ジャンヌ・ラ・ピュセル [森祭/Forest Parade]
- 3 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/12(月) 21:34:49
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森祭 ―The Trembling Forest―
Prologue
フランス西北、ルーアンの近郊の新興都市。
新設のハイウェイが街を横断し、新市街にはアメリカ式のショッピングモー
ルが鎮座する。ノルマンディ地域独特の歴史に置き去りにされたかのような雰
囲気は姿を隠し、餓えることのない資金力によって実体のない開発が続く。
企業の力によって潤いを手にし、企業の力によって土の臭いを忘れつつある
虚構都市―――巨大複合企業「燦月製薬」の進出によって繁栄を迎えた街の中
心地には、日本語のロゴが堂々と掲げられた研究施設が領主の如く街並みを睥
睨していた。燦月製薬の薬品開発施設だ。
正面ゲートにはVAB装甲車が駐車され、ベレー帽にサングラスといった憲兵
気取りの門衛がファマスを脇に抱えている。
軍事施設顔負けの警護―――この街の事情を知らぬ、ルーアンあたりから流
れてきた観光客ならば首の一つも傾げるだろう。そう言うときは研究所の所員
に尋ねれば、答えは簡単に得られる。
軍事施設よりも厳重に護りを固めるのは、このパンドラ・ボックスが軍事施
設よりも重要で、軍事施設よりも危険だからだ。
あらゆる神秘を冒涜せよ。それが燦月製薬の社訓だった。
- 4 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/12(月) 21:38:26
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Prologue
先週づけの辞令でフランスに出向した燦月製薬の一等研究員・諸井霧江はカ
ードリーダーにIDを走らせると、ゲートを開放し、複雑に階層分けされた地下
研究所の深奥部に足を踏み入れた。
かつり、とヒールが床を刺す。神経質そうな靴音は、常に紙一重の緊張を眉
に走らせている彼女に相応しい。―――だが、今夜の諸井博士はいつになく苛
立ち、焦っていた。
彼女が目指す先には、ワルプルギスの夜が待ち受けている。
あの傲岸不遜な黒猫が主催する夜会。挑戦的なサバト。出資者たちは、そこ
に未知の可能性を感じるだけで喜んで億単位の資金を注ぐ。だが、パーティに
は決して同席しない。―――太陽を裏切った狂人連中に付き合わされるのは、
いつだって諸井博士のような、そこそこに狂った人物だった。
まったく、なんて忌々しい会合だろうか。
諸井博士は今から始まる残業に学術的興味の欠片も抱けなかった。協会の連
中はあまりにナンセンスな実験を企てている。
成功して得をするのは協会。だが、失敗して深刻なダメージを負うのはイノ
ヴェルチだ。所長はそのことを理解しているのだろうか? もし、この研究所
が半壊するようなことがあれば、地下に封印しているあらゆる神秘が解放され
ることになる。第一級のオカルト・ハザードだ。
イノヴェルチの重要な活動拠点であるこの街を犠牲にしてまで、なぜ協会に
媚びるのか。連中は我々に叡智の残滓すら分け与えようとしてくれないのに。
―――だが、抑えなくてはいけない。
自分は今夜のためだけにわざわざフランスまで出向かされたのだから。
せいぜい丁重に迎えなくては。
最後のゲートが開く。
地下研究室と呼ぶには寒々しい、空き部屋に等しき白亜の空間。研究機材の
代わりに、五人の先客が部屋のインテリアとなっていた。……いや、ここは正
確に五匹と呼ぶべきだろうか。
乗馬ズボンに開襟ジャケット、金髪に乗せた略帽に黒マント―――静かなる
狂気を連想させる暗黒色の軍服。半世紀前の悪夢が、蒼く燃える義眼で諸井博
士睨み据えた。
背後に控える四匹も没個性の代名詞ブラックスーツで上下を固めているが、
鮮血色の腕章が強烈に自己主張をしているお陰で、察するまでもなく正体は知
れる。腕章には当然のようにハーケンクロイツ。
諸井博士は蔑みに満ちた視線で一瞥すると、「お待たせしました」と形式だ
けの侘びを口にした。
「まったくだ」
黒マントの女は、無感情に言葉を吐き捨てる。
「我々の時間が悠久に等しいのは、貴様の遅参を許容するためではない。貴様
の過ごす五分も、我々が待ち続ける五分も、同じ五分だ。……次は許さん」
「申し訳ありません」
直接の上司でもない、外様の人間がよくも偉そうに。
グルマルキン・フォン・シュユティーベル。
鉤十字騎士団(スワスティング・オルデン)の魔術師。ナチの亡霊に糧を与
え続ける本物の悪夢。トゥーレ協会の高級幹部。イノヴェルチがナチに接触で
きる唯一の交渉相手。ミレニアムの連中は狂いすぎていて、コミュニケーショ
ンがとれない。
グルマルキンは少佐のように狂人ではなく、ナハツェーラーのように戯れ好
きの俗物でもないため、夜を往く者にしては珍しく理性的な交渉ができた。
―――だが、諸井博士は彼女とは本質の部分で反りが合わなかった。
魔術師というのが気に入らない。諸井博士は、ナチに限らず魔術師や錬金術
師といった孤独な神秘学者を徹底的に嫌悪をしていた。
同じ探求者でありながら、連中は在り方があまりに違いすぎる。
「……献体のほうの準備は整っています。例の『剣』も、今朝方海路で届きま
した。碩学者に確認させたところ、間違いなく本物だそうです」
「けっこう」魔女は頷く。「では早速、始めるとしよう」
- 5 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/12(月) 22:03:08
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Prologue
職員によって剣と献体が運び込まれた。剣は二重三重の封印が施され、直接
手に触れないように特注の台車に乗せられている。
対する献体の扱いはぞんざいで、荒事専門の職員に片腕を引き摺られ、下着
同然の姿で魔女の前に投げ出された。
献体―――連中の文化に合わせるなら「贄」とでも呼ぶべきか。
少女専門の人身売買組織から高額で買い取った十代中頃の少女。見るものの
背筋を無意識に伸ばす、凍えるほど可憐な花。金髪を肩まで伸ばし、清廉な明
眸を恐怖で引き攣らせている。
申し訳程度に肌を隠すレースのスリップが聖衣のようだ。
「ほう」グルマルキンの表情に好奇が浮かんだ。「これは素晴らしい。良い買
い物をしたな。これほどの器量なら奴も満足するに違いない」
諸井博士が手ずから剣の封印を解く。時代物のロングソードで、黄金色の羅
紗を鞘にしていた。華美な装飾は施されていないものの、空気を引き締める格
調高い品格を伴っている。
「絞首台に昇ったその時まで腰に佩いていたと云われる愛剣です。彼に由縁の
ある遺品として、これほど縁の強いものはないでしょう」
「ふむ」
鞘を払って改める。ブレードには五つの十字が縦一列に刻まれていた。
「奴らしくない意匠だ。清らかすぎる。奴はこれをどこで手に入れた?」
「起源は不明です。シャルル七世から下賜されたものにしては拵えが質素です
から、王族ゆかりの武具ではないのは確かです」
「つまり、どのような由縁――因縁のほうが適当か?――が奴とこの剣の間に
あるか分からんというわけか」
「……」
そもそも、彼についての知識など霧江は書物で軽く読み流した程度でしか持
ち得ていない。まるで顔見知りだと言わんばかりの魔女の態度が滑稽だった。
グルマルキンは嗤う。
「まぁ良いだろう。魔術礼装であることは疑いようもない。試す価値は十分に
あり、だ。―――おい、聖杯〈グラール〉を寄越せ」
背後の親衛隊に合図をする。吸血鬼はスーツのポケットをごそごそと漁ると、
拳大の石塊を取り出した。霧江はぎょっとして身構える。
- 6 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/12(月) 22:03:40
- Prologue
「せ、聖杯をそんな乱雑に」
「聖杯?」
「だ、だってそれは……」
魔女は呵々と嗤った。
「ご覧の通り、くだららんまがい物、コピーに過ぎん。魔力源として携帯する
程度の役目しか担えん贋物だ。丁寧に梱包するなど馬鹿げている」
アーネンエルベは既に聖遺物の複製化を成功させていた。しかし、完成物は
オリジナルには程遠く、奇跡は一度として降臨しない。
「しかし……」
「もちろん、うまく励起させればこの街を吹き飛ばす程度の魔力量は保有して
いる。だからこそ今回の用途に最適なのだ」
からかっているつもりなのか。魔女は傲慢にも鼻でせせら笑った。
「―――ジル・ド・レイ如きを喚ぶには、この程度の魔力量で十分だ」
ジル・ド・レイ。
ブルターニュ貴族。青ひげ公。百年戦争救国の英雄。……マシュクール城の
恐怖。絶望の錬金術師。千人近くの少年少女を城に拉致し、黒魔術の餌食にし
た反英霊。狂気の先に彼が行き着いたのは絞首台と火刑場。
―――その魂を、目の前の少女に「受胎」させるのが、今回の研究の目的だ
った。少女にジル・ド・レイを産み落とさせるのだ。
グルマルキンの狙いはアーネンエルベの手による「英霊の現界」だった。
彼女は、ナチスは、常に奇跡を求めていた。神代の世に威光を轟かす英霊を
召喚せしめるのは、奇跡の中でも飛び抜けて上等な部類だ。故に手始めとして、
名こそ知られているものの位階は低いジル・ド・レイを召喚の対象にした。
世界各地に飽和する聖杯戦争の中で、極東のそれは霊媒を用いずして英霊の
召喚が可能だという。実に興味深い。だが、それを実行するためには天文学的
な数値の魔力が必要となる。奇跡の生成が未だ実現していないアーネンエルベ
では、何かしらの贄が必要だ。
―――そのための少女であり、そのためのグラール・コピーだった。
背後に控えた四匹の親衛隊は、突撃銃(シュトゥルム・ゲヴェアー)の代わ
りに無骨な処刑刀を提げている。ジル・ド・レイが母体の腹を食い破って現界
し次第、首を刈り取るためだ。
魔女が欲するのは彼の知識であり、身体に興味はなかった。
「始めるか……」
マントを脱いで親衛隊に渡すと、右手にグラール・コピー。左手にロングソ
ードを掲げた。金髪の乙女が声にならぬ悲鳴を上げると、呼応するかのように
魔女の義眼に蒼い炎が宿る。自然に嗤いがこみ上げた。
「思う存分に恐怖しろ。お前の傷みが、奴を呼び覚ます蝕となる」
- 7 名前:イヴェット ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/12(月) 22:08:59
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Prologue
献体の少女の名はイヴェットという。
今年の夏、十六歳になったばかりだった。
マルセイユの下町で育ち、不況のため贅沢こそできないものの、両親と二人
の兄に囲まれて、それなりに幸せな毎日を過ごしていた。
イヴェットは、自分を普通の女の子だと考えるのが好きだった。特に目立つ
こともなく、学校でも没個性的に振る舞い、一週間に一度は教師に奨学金につ
いての助言を受け、大学に進学するよう説得される。
―――それだけで満足だった。
自分が取り立てて美人などと思ったことはない。子供の頃から美しいと言わ
れ続けてきたけど、賛同はしかねたし、迷惑でもあった。
鏡を睨めば、自分の鼻が少し上に向きすぎていることが分かるし、目の形は
鋭すぎる。何より背丈が寸足らずで不格好だ。
これで器量よしだなんて、まったく馬鹿げている。パリに出れば、自分より
綺麗な女性など腐るほどいるに違いない。
わたしは普通。普通の女の子なんだ。
そう、信じ続けていたのに。
彼女はいま、どうしようもないほど絶対的な非現実の中で、短い人生を終え
ようとしていた。
何も間違った選択などしていない。
いつもと同じ学校からの帰り道―――ただ、その日だけは、路肩に見知らぬ
ミニバンが駐車してあっただけだ。
イヴェットはそのルノー・ミニバンに乗っている三人の男性がコルシカ・ユ
ニオンの構成員だということは最後まで知らなかったし、ユーロのペストとし
て吹き荒れる児童誘拐の犠牲者に、まさか自分が選ばれるなんて予想もしなか
った。―――当然、世界に名を轟かす製薬会社「燦月」に高額で買い取られる
ということも。
二ヶ月間、地下に監禁された。
食事は朝昼晩と出てきたし、シャワーも自由に浴びられた。一日に二時間は
運動の時間もあった。希望すれば本も読めたし、テレビも見られた。
―――だけど、自由は無かった。
家畜小屋で屠殺を待つ豚と同じだ。その日が来るまで、健康を維持されてい
るに過ぎない。
そして、今日、この瞬間が―――イヴェットの屠殺の日だった。
- 8 名前:イヴェット ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/12(月) 22:14:15
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Prologue
黒マントに義眼の魔女が、靴音を響かせながら近付いてくる。
恐怖に震える唇は「やめて」とか細く啼くので精一杯だった。腕を払って
抵抗を試みたが、逆に掴み上げられてしまった。
骨が軋み、苦悶が喉から喘ぎを漏らす。魔女は低く嗤った。
「上玉だ。快楽殺人鬼如きにくれてやるのはもったいないほどに、な」
魔女の指先がイヴェットの肢体を舐める。すると、魔女が触れた部位が曖昧
な輝きを放ち始めた。魔術の文様が指の流れに従って全身に広がる。
「あ、あ……」もはや悲鳴を上げる余裕すらない。
どうして、こんなことになったのか。
古風な長刀を無理矢理構えさせられる。振るおうにも、あまりの重さにイヴ
ェットの細腕では保持するだけで筋肉が震える。
魔女の不気味な義眼がイヴェットを貫く。床に落とせば即座に殺されるに違
いない。そんな恐怖心が必死で剣の切っ先を天井に向けさせた。
「くく、良い子だ」
魔女が白手袋を脱ぎ捨てる。露わになった素手には、二重三重の円環を構築
するルーンの刺青。
「呼び声に応えよ」
呪文とともに魔女は右手の石塊を掲げて―――イヴェットの胸に突き入れた。
「聖杯の求めに応じよ!」
「かっ……」
信じがたい光景。石塊は水面に落ちるように、するりと胸の奥へと潜ってい
った。強烈な異物感に、イヴェットは嘔吐を催すが―――身体が動かない。
心臓の動悸が激しい。激しすぎる。胸を中心に灼熱が広がるようだ。
「さあ、始まるぞ」
魔女の嬉々とした愉悦も届かない。
イヴェットは覚った。
覚るしかなかった。
私は、私は死ぬんだ―――。
- 9 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/12(月) 22:18:18
- .
その時、彼女は口ずさんだ。
圧倒的な絶望の極みで、理不尽な運命の末路で、この世に遺す最後の言葉。
それは母の名でも、神への命乞いでもなく―――毎晩、食事前に祈りとと
もに捧げる、習慣的な文句だった。
深い意味はない。咄嗟に口から奔っただけだ。
彼女は普通の少女だった。
愛国心は抱いていたが、心中を望むほどではない。
まったくの偶然。
だが、それでも呟いた事実に揺るぎはなく―――
「……フランスに栄光を〈Dans la gloire de la France〉」
その祈りを、奇跡が聞き届けた。
- 10 名前:グルマルキン・フォン・シュティーベル ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/11/12(月) 22:20:34
-
Prologue
右目の霊視眼が、膨大な魔力の蠢きを捉えた。少女の胎内で、グラール・コ
ピーを中心に爆発的な広がりを見せる。強制的に魔術回路を書き加えられ、少
女は煉獄の炎に舐められたかのように全身で悶絶を表現した。
グルマルキンの口元が狂喜に歪む。―――さあ、現界せよ。受胎せよ。受肉
せよ。忌まわしき欠陥品。出来損ないの殺人者よ。
蒼き髭の悪魔め! この私に更なる知識を。より深き知識を!
だが、様子がおかしい。グラール・コピーから溢れ出る魔力は、反英霊を孕
む気配を見せず、いつまでも少女の裡を巡り回っている。まるでグラール・コ
ピーをエンジンにして、少女という器を動かすかのように、だ。少女の腹を食
い破り、青ひげ公が生まれ落ちると云う式はどうなっているのか。
失敗か? 背後に控える親衛隊に目配せをして、戦闘態勢をとらせる。
―――その時。
少女の影から枝葉が伸びた。他に喩えようもない。樹木の枝そのものだ。
咄嗟に少女の胸から腕を引き抜き、背後に退がる―――が、小枝はグルマル
キンの右手に絡みつき、皮膚を食い破って体内に侵入した。
「な、なんだコレは」
右腕をフィジカルエンチャント。強化した筋力で枝葉の拘束を引き千切ろう
とするが、驚くべきことに指一本動かせない。想像を絶するほど強力な縛め。
体内の枝は肘を上り、二の腕に達しようとしている。このままでは心臓を食
われる――― 一瞬の決断。グルマルキンは左手でサーベルを引き抜くと、右
手を一息で斬り落とした。切断面に止血の呪文を施しながら後ろに跳ぶ。
少女の影からは、もはや枝に留まらず数多の幹が、幾多の根が、這い出ては
地下室を浸食している。無限の供給―――グラール・コピーの力なのか。
「……コンタクトは失敗だ」
忌々しげに呻く。
「処分しろ」
グルマルキンの一声で四人の親衛隊が少女に殺到する。それぞれが振り上げ
た処刑刀は、しかし彼女の肌に届くことなく―――ミレニアムの精鋭は、悲鳴
の一つも上げずにその場に昏倒した。床に崩れ落ち、沈黙する。
次に、部屋の隅で混乱を見守っていたキリエ・モロイが、盛大に喀血した。
目や耳から血漿滴らせながら、もんどりを打って斃れる。
一瞬で事態は一変した。もはや室内で息を吐くのは魔女と少女だけだ。
霊視眼は、桁外れな魔力値を観測し続けている。
グルマルキンは驚愕で動けない。
「馬鹿な、こんなのはあり得ない……」
あまりにも濃厚な魔力の障気が、吸血鬼をも死に至らしめたのだ。当然、
人間のキリエ・モロイに抗えるはずもない。だが―――ここまで超純粋な
魔力などグルマルキンは見たこともなかった。
ジル・ド・レイ如きが持てるわけがない。
私はいったい、何を呼び寄せたんだ。
この樹は何なのだ。
鉤十字の魔女の目の前で、木々が草花が咲いてゆく。
くすくす―――と、悪戯じみた娘の笑い声が、どこからともなく響いた。
そして、贄の少女は……ゆっくりと顔を上げる。
イヴェットはもう、どこにもいなかった。
グルマルキンは、決して喚んではならないものを召喚したことを、この
とき覚った。悔恨は傷みをもって償われる。
- 11 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/12(月) 22:21:36
- .
そして森が、
- 12 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/12(月) 22:27:11
-
Prologue
……うっすらと瞼を開く。
そこは、彼女が初めて〈声〉を聞いた場所に似ていた。
村を離れ、ヴォークリュールに向かう高台―――芝生に覆われたあの自由地
には、枝を大きくのばし、広い木陰を作るブナの樹が密生していた。
思えば、〈ブールルモンの妖精の樹〉と呼ばれていたあの高台から、全てが
始まったような気がする。
夏は緑樹が茂り、秋には黄金が実るあの場所で、精霊の囁きに耳を貸しなが
ら鼻歌を口ずさんだ昔日―――
ねえ、ブールルモンの妖精の樹よ?
どうしてお前の葉っぱはそんなに緑なの?
それは子供たちの涙のためさ!
みんなが悲しみをもってきた
それでおまえは慰めて 涙が葉っぱを大きくした!
此処は、あの高台とあまりに似すぎている。
見たこともない材質の石で作られた硬質な壁面に、びっしりと生え揃った
苔。鏡のように透明で冷たい床を砕く巨大な根。床の亀裂からは草が起き上
がり、深緑の絨毯となって彼女の身体を受け止めている。
天井が高い。そこで彼女は初めて、ここが屋内だということに気付いた。
彼女の胴が四つあっても足りないような太い幹を持つ巨木が彼処で突き立っ
ているため、森の中だとばかり思っていた。
なぜ、自分は此処に―――。
身を起こすことで、右手の違和感を認める。
馴染みのある皮のグリップ。ブレードの根元で十字を描く、銀無垢のリカッ
ソ。刀身に五つのクロスが刻まれた、両刃のロングソード―――聖カトリーヌ
教会の祭壇裏で発掘された、彼女の愛剣/錆びた聖剣だ。
確か、パリ攻略の前にジル・ド・レイに預けたはずなのに……。
……パリ? ジル・ド・レイ?
私は何を―――
「おはようジャンヌ。快適な目覚めを得られたかしら」
巨木の陰から、見知らぬ少女が軽い足取りで躍り出る。
「じゃ、ンヌ……?」
「そうよ、あなたはジャンヌよ」
当然でしょ、と言いたげに肩を竦められた。
「自分の名前も忘れてしまうなんて、まだ寝ぼけているのね。―――良いわ、
私が特別に教えてあげる。あなたはジャンヌ。ジャンヌ・ラ・ピュセル。オ
ルレアンの救世主にして、英国に仇為す魔女よ」
- 13 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/12(月) 22:27:51
-
Prologue
そうだったかしら。……そうだったような気がする。きっと、そうなのだ
ろう。乙女ジャンヌ―――その名を呼ばれてから、胸裏を乱す不快な浮遊感
が薄れ始めてきた。私はジャンヌ……ジャンヌ・ラ・ピュセル。
「あなたは……」
「私? 私はアリスよ」
少女はスカートの両端をつまむと、可愛くお辞儀をした。
フリルをたっぷりと使った豪奢なドレス―――見たことのない素材、見た
ことのない意匠だった。城に住まう貴族たちだって、少女の服装に比べたら
野卑ている。漆黒の生地にリボンとレース―――まるで娼婦のような格好。
水色の長髪はどう見ても鬘だった。
「あ、りス……」
「そう、私はアリス。ねえ、ジャンヌ。今日も一緒に遊んでくれるんでしょ
う? 今夜はどこに行くのかしら。この森からはどこにだって行ける。あな
たはどこに行きたいの。どこを―――救うの」
アリスの言葉はもったいぶっていて、それでいて胸を直に射貫くほど直截で
……戸惑いを覚えずにはいられない。オウムのように言葉を返す。
「す、くう?」
「ええ」アリスは楽しそうに、くすくすと笑いをこぼす。
「何を……」
「おかしなことを聞くのね? フランスに決まっているじゃない!」
雷光が走った。彼女は唇を奮わせると口内で反芻した。フランス、フランス
―――そう、何度も、何度も呟いた。
此処は、私が初めて〈声〉を聞いた場所に似ている。……声? なら、その
声は何と訴えた。何を私に示した。
「ねえ、ジャンヌ」
アリスの好奇心は止まらない。
「―――今夜はどの<tランスを救うの?」
息を呑む。彼女はようやく目覚めた。アリスの言葉で、全てを取り戻した。
乙女は何を為すべきか。乙女は何を宿命づけられたか。乙女は何を約束した
のか。乙女は剣を手に―――何に従わなくてはならないのか。
〈声〉は今でも、彼女に光を与えてくれている。
夜啼鳥が囀りとともに彼女の肩にとまった。微笑を浮かべて、指先で羽根を
そっと撫でる。―――それだけで夜啼鳥は身体を腐らせ、地面に墜落した。
見下ろすと、床を埋める草の絨毯は彼女の周りだけ枯れている。息を吐けば、
腐敗の障気は巨木にまで届き、たちまち幹を汚染させた。
骨の一つ一つ、元素の滓に至るまで呪われ尽くした身体。
ああ、と彼女は頷く。全ては救国のため。
―――そうね、アリス。行きましょうか。私達のフランスに勝利を与えに。
彼女の答えに、少女は満足そうに頷く。
「ようこそジャンヌ。森はあなたを歓迎します」
- 14 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/12(月) 22:28:24
-
森が彼女を生んだのか
――Le roulement de foret elle ?――
彼女が森を生んだのか
――Elle soutenant la foret ?――
.
- 15 名前:一方そのころ……投稿日:2007/11/12(月) 23:34:01
- > 2007/11/×× 21:32
大統領命令 1
ルーアン近郊のX市にて、地震発生。
規模はマグニチュード8を超え、未曾有の大被害が予想される。
軍は速やかに出動。
住民の救出及び事態の収拾に全力を尽くせ。
> 2007/11/×× 22:05
軍よりの緊急報告
信じ難い事ではあるが、街全体が森化している。
火災や多数の建物の倒壊を上空から確認しているものの、
突入した部隊から一切の連絡が途絶え、内部状況の把握が出来ない。
再度、新たな部隊をこれより派遣する。
尚、橋は1つ除いて全て崩落しており、侵入が困難である。
空路、水路の確保を要求する。
> 2007/11/×× 22:28
突入部隊からの無線連絡
「第○○司令部、応答求む! こちら××特殊部隊所属マーヤ軍曹!」
『街の内部で何が起こっている?』
「化け物だ! 化け物に襲われている! 死体が襲って…部隊はもう俺だザー
『返事を、返事をしろ、マーヤ軍曹!!』
> 2007/11/×× 22:41
ヴァチカンより協力の申し入れ
X市で現在起きている異変は通常では対処し得ないものである。
現状では幾ら軍を投入しても、同数の肉塊を量産するに過ぎない事は明白。
ただの自然災害ではない、これは完全に異端、悪魔の類が引き起こす現象である。
ヴァチカン法王庁より、この様な異変解決のスペシャリストを派遣を提案する。
さもなくば事態解決の為に自国の領土たるX市に核攻撃でも行うしかない。
賢明な判断を期待する。
追記
英国ヘルシング機関等よりも同内容の協力の申し入れあり
> 2007/11/×× 22:55
大統領命令 2
X市の異変災害につき、ヴァチカン、英国ヘルシング機関等の協力を得る事になった。
やむを得まい措置ではあるが、このままではフランスの威信に関わる。
異変、超常現象の専門家達にすぐさま連絡を取り、事態の解決を依頼せよ。
対処人員の確保についてはあらゆる手段を容認する。
又、軍は彼等への最大限且つ無制限の協力を命ずる。
> 2007/11/×× 23:58
軍よりの緊急報告 2
本異変対処人員達の突入準備が完了した。
空路及び水路より、日付変更を以って、彼等の突入支援を開始する。
尚、ヴァチカン、ヘルシング機関の人員も突入を開始した模様。
- 16 名前:一方そのころ……投稿日:2007/11/12(月) 23:34:43
- > 2007/11/×× ??:??
命令書
フランス、ルーマン近郊のX市の組織の研究施設で重大なトラブルがあった模様。
現在、施設と連絡が途絶していて詳細不明。
街は現在異界化しており、森となっている。
加えて、同地域において大規模な地震を観測。
これによる大きな被害が出ているものと推測される。
最悪、研究施設の崩壊もありえるだろう。
各員はX市に直ちに急行し、原因の究明及び研究施設の資料、サンプルの回収を行え。
回収が不可能な場合は証拠隠滅の為、然るべき行動を取る事。
追記
フランス軍のみならず、ヴァチカン、ヘルシング機関等の介入が確認された。
状況はより切迫しているものとなった。
X市に急行出来るフリーランスの始末屋達も手配が済み次第、増援として投入する。
> 2007/11/×× 21:20?
施設内の放送
レベル5相当の緊急事態発生!
レベル5相当の緊急事態発生!
A棟で行われた召還実験が失敗、 A棟において異界化現象が見られる。
ただちにA棟に向かい、事態の把握、収拾にザー
- 17 名前:一方そのころ……投稿日:2007/11/12(月) 23:35:21
- > 2007/11/×× 21:28
市内緊急放送 1
『市民の皆さん、聞こえますか!
先程発生した地震により、市内の無数の建物が倒壊、各所で火災が発生しています。
市民の皆さんはガスの元栓を閉め、ブレーカーを落として、速やかに指定避難所に
避難を開始してください。放送による指示は今後も行います。パニックにならず、
冷静に放送にしたがって行動してください。
安心してください。先程、外部へ救援要請も出しています…………』
> 2007/11/×× 21:52
市内緊急放送 2
『市民の皆さん、聞こえますか!
地震で落ち着いてください、パニックに陥ってはいけません。
速やかに指定の広域避難場所へと向かってください。
救援は直ぐにやって「来ないわよ! 外に全然連絡が取れないじゃないの!?」
「落ち着け、この放送は街中に」「地震だけじゃない、市内各所に現れた化け物たち!
街中に侵食してる森! 救援にやってきた筈の軍はさっきから悲鳴を最後に連絡が取れ」
……失礼しました、市民の皆さん、大丈夫です、落ち着いて避難を………………………
……………こ、ここにも化け物が………た、助けてくザー
- 18 名前: 投稿日:2007/11/12(月) 23:36:08
- 状況最終確認
○舞台
フランス ルーアン近郊 X市
○状況
市内にある吸血鬼信奉組織「イノヴェルチ」の施設で行われた実験が失敗。
街全体が森化し異界となって、脱出不能に。
更に大地震が街を襲い、市内の無数の建物が倒壊、火災発生。
加えて、施設崩壊時に多数の被験体が施設を脱走。
中には人間を襲うものも居る、犠牲となった市民の一部が屍喰鬼と化し、更に被害は拡大中。
異界の成せる技か、時空を超えて異世界の人間、化け物が市内に現れている。
彼等の存在がより混乱に拍車をかけている。
○目的
「敵」との交戦を前提としての事態の把握、収拾、解決。
勢力によってはサンプルの確保、あるいは証拠隠滅。
モノによっては殺戮。人によっては生存及び脱出。
○特記事項
現時点で街は侵入可能だが脱出不能。
但し、観測される魔力が異界発生時に比べ、緩やかに低下している事から、
異界は永続的なものではないと推測される。
しかし、仮に異界化は解けても、大地震の影響で何が起きてもおかしくない。
例えば大津波とか。
- 41 名前:グルマルキン・フォン・シュティーベル ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/11/20(火) 01:22:04
―――舞台は戻って、
幻想楽祭の森源地。
>>14
抑止力の介入。
偽聖杯に異物の混在。
献体が持つ不確定因子が〈剣〉と接触することで化学反応を燃焼させた。
或いは、事故ではなく恣意による産物か。
―――原因はいくらでも推察できた。だが、結果は常に一つだ。
どのパターンを採用したところで答えは変わらず、グルマルキンは灼熱の
如き屈辱に身を灼かれる。
草葉の刃がマントを切り、茂る雑木林が進路を阻む。―――グルマルキン・
フォン・シュティーベルSS連隊指揮官は森の渦中にいた。
よろめく足取りに荒い呼吸。自ら斬り捨てた右腕が執拗に痛みを訴える。
降霊式の失敗と直後の森蝕は、百戦錬磨の魔女たるグルマルキンに深刻な
ダメージを与えていた。
人のカタチを保っているだけで体力が削られてゆく。一刻も疾く、工房に
帰参しなければならない。
だが、この森から脱出する手段をグルマルキンのグラム・サイトは未だに
捉えられずにいた。蒼炎の義眼が認めるのは、膨大な魔力の胎動のみ。
街は完全に奈落へと沈んでいた。
奇跡の隣接―――研究所の爆森地から脱出を果たせただけでも、強運は働
いている。あれは相対して逃げられるような相手ではなかった。
グルマルキンはあの時、咄嗟に〈帰郷〉のルーンを刻んで離脱した。本来
ならドイツの居城に強制転移する、極めて強い言霊が働く術式だったのが―
――彼女が転移した先は、研究所から僅かに離れた程度の深林だった。
この森は、グルマルキンが持つ魔力を遙かに圧倒する呪いによって支配さ
れているのだ。背筋が粟立つ。地獄の接近を感じずにはいられない。
恐らく、引き連れた鉤十字の部下は全滅だろう。手練れも数匹、外に配備
していたのだが『あれ』はその程度で抑止できる代物ではない。
敵と見なすことすらナンセンスだ。魔導災害―――オカルト・ハザードが
街を席巻したに等しい。
屈辱は覚えている。叶うものなら、自らの手であの淫売をくびり殺してや
りたい。……或いは彼女の実力なら、手負いの身でも一度や二度程度ならそ
うすることもできるかもしれない。
だが、その後は?
淫乱な小娘を解体して気を晴らしたところで、腐海の森行を食い止められ
るとは思えない。フランスが森に呑まれようが、燦月製薬が致命的な損失を
被ろうがグルマルキンの知ったところでは無かったが、このまま街に留まり
続けるのだけは絶対にゴメンだった。
狂女の救世主ごっこの先に待ち受けているのは、世界への反逆だ。いずれ
必ず抑止力が働く。
不幸中の幸いだったのは、彼女が街を地獄と繋げようとしていることだ。
どういうわけか、あの乙女のアライメントは正典に則していなかった。偽
典と言うべき、敵国の絵から描写されている。
もし、本来のイメージに忠実な彼女が降りていたら―――被害はこの程度
では済まなかったろう。その場でフランスがまるまる一つ〈浄化〉される可
能性すらあった。大天使ミカエルに比べれば、悪魔のほうがまだ良心的だ。
正典ではなく偽典に忠実な乙女。不可解な森蝕の発生。降霊の失敗。一つ
一つのパーツは理解できるが、接合面が見えてこない。
森と彼女に、如何なる繋がりがあるのか。
森が彼女を生んだのか。
彼女が森を生んだのか。
グルマルキンは右腕に施した鎮痛のルーンを解除すると、あえて痛覚を拡
大させた。首筋に浮かび上がる脂汗。幻肢痛が今なき右腕を描き出す。
痛みが描く輪郭に沿って、魔力を展開。曖昧な光の揺らめきが、炎となっ
て神経樹を浮かび上がらせる。やがて炎は肉をまとい肌を作った。
魔力によって構築された霊体義手―――〈栄光の手〉だ。
今の彼女の余力では数時間しか保たないが、隻腕以上の働きはしてくれる
だろう。
炎の腕をマントの下に隠すと、ブーツの底で草を踏みにじるようにして進
軍を開始する。
急がなければ。時は一刻を争う。
あの淫売は無視したところで、せいぜい人が十万単位で死ぬだけだ。
……だが、森は違う。腐海は確実にグルマルキンの行動を制限している。
何より得体が知れない。未知という名の神秘〈オカルト〉は彼女にとって驚
異でしかない。何としてでも取り除かなければ。
「―――なに、森源地は分かっている。理屈と原因は知れないが、テーマ自
体は単純で陳腐だ。……小娘の愛情乞食に付き合う義理はないさ」
くつくつ、と嗤笑を残して。
魔女は森の奥へと消えた。
- 52 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/23(金) 17:30:57
挿話 第一巻[クッキング・フォレスト]
照明さん、あと三歩下がってくださらない?
そのままだと、私の肌が真っ白に見えちゃうわ。
マイクさんも近すぎね。そんなにカメラに写りたいのかしら。
でも残念。あなたはゲストになれないの。
―――始まる? 始まるわね。
カウントお願い。
ディレクター。私、きれい?
……そう、ふふ。良いの。分かっていることだから。
ただ、確認したかっただけ。
…さん
…にぃ
…いち
クッキング・フォレストにようこそ!
さあ、今夜も「Forest 3分クッキング」の時間がやってきたわ。
進行は当然のように、この私―――アリスが務めるの。
うふふ……今夜はどんな奇天烈なお料理を作るのかしら?
先週の「紅い恋人――とうかんもり仕立て」はとっても危険な味がして美味
しかったから、今週も愉しみ。みんなもぜひ、レシピを覚えて大好きなあのヒ
トに振る舞ってあげてね。生かすも殺すもあなた次第よ。
今夜のゲストは、もっとも栄誉あるねずみの騎士、リーピチープ。
「聖杯」を扱うと聞いて、いてもたってもいられなくなったみたい。
まぁリーピチープったら……相変わらず冒険好きなのね。それとも、神を
畏れる敬虔な気持ちがあなたを突き動かしたのかしら?
どっちでも良いけど、お料理の邪魔だけはしちゃ駄目よ。
さあ、レシピの開示が始まります。
今夜は何を作るのか―――ねえ、私に教えて。
- 53 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/23(金) 17:31:22
本日のレシピ
「アーネンエルベ風グラール・コピー」
【用意する食材】
・聖杯伝説
・受肉用の器 ※1
・魔力 ※2
・魔女〈witch〉 ※3
・シェリー酒 ※4
・クラブ・サンド ※5
※1 酒杯のカタチに拘る必要はありません
※2 生まれたての聖杯を維持するため、多めに用意
※3 幻想を凝固させることが可能な程度の分量
※4 喉が渇いたときのために。シャンメリーで代用可
※5 トマトとレタスたっぷり。アリスの好物
あら。
模造品とは言っても、聖杯〈カリス〉神秘の究極でしょう?
私みたいなお料理の素人に作れるのかしら―――なんて、モニタの前の皆
さんは心配しているでしょうけど、安心して。
今晩のレシピは、初心者に易しい「アーネンエルベ風」なの。神秘の独占
と解明を目的にするだけあって、彼等が作るメニューはとっても分かり易い
わ。あんまり外に出したがらないのが玉に瑕? このレシピを手に入れるの
も、だいぶ苦労したみたい。
……リーピチープ? 何か言いたいことがあるのね。どうぞ、言ってみな
さい。あなたの身長だとマイクに声が届かないから、わたしがみんなに伝え
てあげるわ。
―――なんですって? 至高の聖杯を偽造するなんて不可能? 聖杯はた
った一つ、パルシヴァル殿が見たものだけだ?
まぁ、リーピチープったら、なんて狭いことを言うの。あなたの大好きな
アーサー王物語でも聖杯は出てきたじゃない。
ギャラハドはお嫌い? それに、私たちのモンティ・パイソンも。
何の聖杯をもって「本物」と定義するか、それは教会と協会のお仕事。
だから、この番組でそういう小難しい議論をするつもりはないの。
ただ、アーネンエルベが編み出した秘術の一つをみんなにだけ内緒で公開
するだけよ。―――リーピチープ、納得していただけた? あんまり強情ば
っか張っていると、あなたには食べさせてあげないわよ?
……ふふふ、いい子ね。
分かったわ。じゃあ、早速キッチンに移動しましょう。
食材は全部揃っているけど、改めて説明するわね。
アーネンエルベ風は、食材の入手のたやすさに定評があるから、視聴者の
皆さんもご家庭で簡単に揃えることができるわ。
さあ、レシピの順を追って作っていきましょう。レッツ・クッキング!
- 54 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/23(金) 17:31:39
1.お料理の骨子
いくらアーネンエルベの高度な魔法科学力でも、無から有を作り出す奇跡
の駆使は不可能―――模造品を生成するためには、下敷きとなる「原典」が
必要なの。今回の場合は、それが「聖杯物語」になるわけね。
……聖杯物語。あなたも一つくらいは知っているでしょう?
一つの象徴から、世界へと散らばった数千万の奇跡の結晶―――現在、教
会が確認しているだけで数千個の「聖杯」が現実性浸食幻想として監視の対
象になっているわ。これからはあくまで、濃度が高すぎるあまり具象してし
まった「受肉の幻想」―――未だ肉を得られぬ物語だけの聖杯なら、総数は
ゼロが二つも三つもついてくるわ。
アーネンエルベはそこに目を付けたの。
カタチのない伝説に器を与えることで、現界する聖杯に仕立てる。それが
彼等の手段〈レシピ〉だったのよ。
2.『食材:聖杯伝説』を探して
そういうことだから、今回のメニューは食材の鮮度によって味が大きく変
わるわ。
「聖杯伝説」と一概に呼んでも内容は千差万別。時代、国を選ばずにどの家
庭でも共有しているようなマンモスクラスの伝説もあれば、同人誌即売会で
二束三文で買い叩かれちゃうような誰も知らない伝説もあるの。
前者のほうが、よりハイクラスの聖杯が作れるのは言わずもがな。でも、
それだと「アーネンエルベ風」にする意味はないわね。だって、高濃度の幻
想は人の手が介入しなくても、自らの力でやがて肉を得るわ。その分値段も
張るから、ふつーの家庭で購入するのはまったくの非現実的。
「アーネンエルベ風グラール・コピー」のテーマは、矮小にして希少な聖杯
の確保―――誰にも知られていないような聖杯伝説を探し出し、そこに肉を
与える行為なのよ。自分の力では決して現界できない、か弱い幻想へのプロ
デュース行為ね。これなら安上がりでしょう?
だから、皆さんも背伸びして大きな幻想を探したりせず、スーパーでタイ
ムセールに売り出されるようなチープなお話を食材に選びましょう。そうい
ったジャンクさも、アーネンエルベ風の一つの魅力なんですから。
- 55 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/23(金) 17:32:00
3.伝説の受肉
さあ、ようやくお料理らしくなってきたわね。
これから、皆さんの家庭で揃えた伝説にカタチを与えて、コピーの下地を拵
えるわ。用意した受け皿と魔力はここで使います。
伝説が持つイメージを現実に浸食させないように魔力でアシスト―――同時
に「現実」という縛りを受け皿で与えるの。
飴とむちの混合攻撃? リーピチープが張り切って料理中だけれど、この過
程を粗雑に済ませるのはあまりお薦めできないわ。
幻想の受肉が落ち着いた状態でないこの過程は、「制約」と「許容」―――
どちらかのバランスが欠けただけで、エネルギーが暴走しちゃうの。その先に
待つのは深刻な魔導災害。キッチンをアヴァロンまで吹っ飛ばしたくなかった
ら、リーピチープの真似はしないで、慎重に調理をしてね。
4.伝説の固定
魔女が必要となるのはここからね。不安定な状態の聖杯に嘘とごまかしを与
えて現実に留まってもらうためには、嘘つきの魔女が必要不可欠。
どんなに駆け足でも……そうねぇ。三年くらいは、じっくりと腰を据えて生
成する必要があると思うわ。
三年ってかなり短いほうなのよ?
原典となった伝説が小規模なお陰で、インスタントな聖杯が作れちゃうって
とこかしら。これがオリジナルに近付けば近付くほど……幻想の濃度が濃けれ
ば濃いほど、期間は長くなるの。数百年も待てないでしょう? ジャンクな食
材を選んだのには、ここらへんにも理由があるんです。
因みに、この番組は三年クッキングじゃなくて三分クッキング。私もリーピ
チープも短気で飽きっぽいから、番組のスタッフが予め生成の完了した聖杯を
用意してくれました。まぁすてき! なんだか本当に料理番組っぽいわ。
- 56 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/23(金) 17:32:14
5.伝説の終結
オーブンから焼き立てを取り出して―――はい、完成!
クラブ・サンドとシェリー酒で祝杯をあげましょう。
どう? いつものメニューに比べると、かなり簡単だったわよね。
さすがはアーネンエルベ。「神秘の解釈」という目的に、怖いくらいに忠実
だわ。聖杯伝説は国も時代も選ばず、どんなところにも転がっているから、一
家に一杯グラール・コピーを用意することだって不可能じゃないわ。
石油に変わる未来の燃料として、地元の自治体に売り込んでみるのも面白い
かも? 「聖杯都市」なんてとっても素敵じゃない。聖杯の幻想溶融〈メルト
ダウン〉が引き起こす魔導災害がちょっとだけ怖いけれど、そこはご愛敬。
―――それじゃあそろそろ……
今夜のアリスマーク! 料理の注意点をお話してあげるわ。
このレシピの肝は、聖杯伝説の選定。食材が料理の質を大きく左右するわ。
それぞれの持ち味〈カラー〉によって、品質が大きく変わる典型ね。自分の
舌に合う自分だけの伝説を見つけることが、生成を成功させるコツかしら。
……そう、リーピチープ。なかなか鋭い質問をするのね。
あなたの質問は、とても上手に的を射ているわ。
「アーネンエルベ風グラール・コピーにオリジナルは存在しない。絶対に何か
しらの原典が存在する」―――じゃあじゃあ、あの魔女が持ち出したコピーは
いったいどの伝説を引用したものなのかしら? かしらかしら?
この謎かけ〈リドル〉の答えは来週までお預けにして、さあ、リーピチープ、
出来上がった聖杯を試食するために、お茶会の準備を始めましょう。
私、とっても素敵なお庭を知っているの。あそこなら素晴らしい黄金の午後
を過ごせるはずよ。
それでは、今夜のクッキング・フォレストはここまで。
フランス国営放送局を電波ジャックして、急遽お送りした番組だけど、当然
来週も見てくれるわよね?
以上! 燦月製薬の提供で、FSK(France Shinrin Kyoukai 或いは Forest
Service Kyoukai)が腐海神殿から中継でお送りしました。
―――そう、これはこれで。
また別のお話。
- 57 名前:◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/23(金) 17:41:56
- (ジャンヌ・ラ・ピュセルvsDIO)
<『DIO』回収に関する報告>
組織と敵対関係にあった吸血鬼『DIO』の遺体の回収に成功した。
エジプト及びその周辺地域は『DIO』により完全に掌握されていた
が、『DIO』の死亡により、同地域への組織の進出が期待される。
遺体回収時にSPW財団の部隊との交戦あり。現在も交戦中。
速やかな増援部隊及び円滑な事後処理を行われたし。
『DIO』は死亡したが、まだその身体は生きている。
取り扱いには細心の注意を払う事。
遺体の輸送先はフランスのルーアン近郊のX市の研究所。
ジェット機による空輸で、一両日以内に輸送する。
受け入れ態勢を早急に取られたし。
- 58 名前:◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/23(金) 17:42:16
-
<『DIO』の蘇生実験命令>
先日、搬送された『DIO』の肉体への蘇生実験及び遺伝子レベル
での解析を研究チームは速やかに行え。
『DIO』の持つスタンド「世界(ザ・ワールド)」については、組織
は並々ならぬ関心を抱いている。もしこれを解析出来れば、その
貢献は計り知れないものになるだろう。
スタンドは精神の力によるものと報告が出ている。『DIO』の身体は
生きていても、その精神が虚ろであれば、意味を成さない。
従って、前提条件として『DIO』を蘇生させる必要がある。
蘇生に関しての危険は上層部は十分に承知している。
故に四肢の完全な拘束及び蘇生後直ぐに『最後の大隊』より提供さ
れたコントロールチップを『DIO』の脳に埋め込め。
チップによる『DIO』の爆破を材料に『DIO』へ協力を要求する。
- 59 名前:◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/23(金) 17:42:44
-
(C地区 イノヴェルチ研究施設 特Aクラス実験室)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「四肢の拘束は?」
「拘束レベル8。500キロの加重による枷です。
例え吸血鬼であっても、これを抜ける事は出来ません」
「………良し。では、蘇生実験開始。血液を『DIO』に注ぎ込め」
/\
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「『DIO』の心音、確認しました!」
「そのまま、続けろ。B班、コントロールチップ埋め込み準備!」
……フランスに栄光を〈Dans la gloire de la France〉
「な、何だ、地震かッ!?」
「ぬうッ! こんな時にッ!! 蘇生実験を中止させろッ!」
/\
/ \
/ \
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄\/ ̄ ̄ ̄ ̄
「間に合いませんッ! 『DIO』の心拍数上昇中、脳波も検出ッ!」
「ぐうッ! 仕方ない、作業急げッ!
『DIO』の意識が完全に戻る前に作業を済ませろッ!』
/\ /
/ \ /
/ \ /
 ̄\ / \ /
\ / \ /
\/ \/
「心拍数尚も増大! 脳波も意識レベルまで急激に上昇ッ!」
「B班、何をしているッ!?」
「そ、それがッ! 『DIO』の枷が急に凍り付いて……ッ!!」
―――――――――――――……………
- 60 名前:DIO ◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/23(金) 17:43:56
-
……「気化冷凍法」、よもや我がスタンド
「世界(ザ・ワールド)」 に目覚めた後に
使う事になろうとは分からぬものだ。
予定外の早い復活だったが、さて、どう
したものか。
ほう、まだ生き残りが居たか。丁度、良い。
このDIOに此処が何処で君等が何者で、
目的を聞かせてもらおうか。ツアーコンダ
クターが旅行者に観光名所を説明する様
に懇切丁寧にな。
……なるほど、大体理解した。元々は研究
施設だったものが突如森になった、か。何
者かの仕業が分からんが面白い。確かめ
る価値はあるか。使える者が居れば従わせ、
そうでない者は……
ああ、君は――――――さよならだ……
ふん、このDIOを支配し、利用するなどとッ!
イノヴェルチ風情が思い上がってくれたものよッ!
くらわせてやらねばならん、然るべき報いをッ!!
- 61 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/23(金) 17:51:27
DIO vs JEANNE ―The forth part of king Henry VI―
導入
>>52>>52>>53>>54>>55>>56
>>57>>58>>59>>60
パーティは続く。
パーティは続く。
神殿をマルスに狂うウサギの屋敷に見立てて、お茶会の準備は森行中。
森の中でもとびきり立派な樹の下にイングリッシュオークのテーブルを運び
込み、椅子をきっちり等間隔に並べてゆく。
真っ白なテーブルクロスが波を打った。アリスはころころと笑いながら屋敷
の主人に命令する。「さあ、端を持って頂戴。しわの一つでも残ったら、全て
台無しなんだから」
マイセン、ウェッジウッド、フルステンベルク―――エルメスにドレスデン
も忘れずに。食器はカップもソーサーも最高級。黄金色の午後を演出するため
には、多少の見栄だって許される。今宵のアリスのロッキンは、普段よりシー
クレット率が二割増し。
会場の準備は整った。次はキャストを揃えるターン。
屋敷の主人を席に着かせる。「あなたはウサギよ。だって、この神殿の監督
者〈スチュワード〉だったんだもの。ぴったりな配役だわ」
アリスは気ちがい帽子屋。神殿の地下で拾った真っ黒な軍帽を斜に被る。
サイズが大きすぎて片目が隠れてしまうけど、アリスはこの帽子を気に入っ
ていた。羽ばたく鷹と髑髏の帽章が最高にパンクだった。彼女のフリルだらけ
の黒装束に、思いの外よく似合う。
他に足りないものは何かしら。帽子屋となったアリスは考える。
「……時間だわ。時間よ。時間が動いているわ」
気ちがいお茶会は死んだ時間の中で永遠の六時を過ごす。終わりを知らない
ティータイム。お陰で紅茶が飲み放題。
森の中で、六時を閉じ込められる幻想は二人。でも、一人はキャストに含ま
れていない忠犬〈アンダードッグ〉。もう一人は―――
「決めたわ」
帽子屋の唄うような呟き。つまり宣言。
「彼がこのリドルのゲストよ」
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭】
- 62 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/23(金) 17:53:39
DIO vs JEANNE ―The forth part of king Henry VI―
導入
>>61
パーティは続く。
パーティは続く。
蔦に絡め取られて身動きがとれなくなった自動ドアから、影のような男が
姿を見せる。……シャドウと呼ぶには存在感が強すぎるけど、水銀灯の照明
は男まで届かないから容姿ははっきりとしない。
きっと、人生という芝居を常に主役で過ごしてきたトップヒエラルキー。
アリスは歓迎する。帽子屋は歓待する。
協調なんて知らない。調和なんて知りたくもない。そんな自己好きの主役
好きこそがこのお茶会では最上級のゲストになる。
「マッドティーパーティにようこそ!」
アリスは席を立つと、自慢の軍帽をとってお辞儀をした。
「自己紹介するわね。私は帽子屋〈mad as a hatter〉。イヤミ好きのヒステ
リック。二つ隣で馬鹿みたいにぼりぼりと自分の枝を囓っているのは、三月
ウサギ〈March Hare〉よ。このガーデンのご主人なの」
アリスが三月ウサギと呼んだのは、この腐海神殿がまだ「研究所」と呼ば
れていた頃に所長を務めていた男だった。
森の目覚めから奇跡的に生き延びたものの、躯の半分が森に侵され、腕は
幹となり指は枝に変身した。胸を覆うごつごつとした粗目の表皮。残った人
間の部分が、森蝕から逃れるようにひゅーひゅーと呼吸する。
生命は健在。だが、正気までは保証できない。気ちがいティーパーティに
参加する条件はしっかりと備えている。
「さあ、席は二つ空いてるわ。アリスとヤマネ、どっちがいいかしら? 好
きなキャストを選んでちょうだい」
そう言ってアリスが指差した席には、四つも五つも空席が。大きなテーブル
には街の住人全員を招待できるぐらいに席の余裕があった。
―――だが、このお茶会の参加者は三人と一人まで。どんなに席が余ってい
ても、それ以上のゲストはお呼びじゃない。
テーブルにはお皿はあれど、メニューはない。用意されたのは紅茶だけ。
お腹の飢えは満たせないけど、喉の渇きなら治癒可能。
ダージリン、ウバ、アッサムにセイロンやアールグレイ。お茶なら何だって
揃ってる。もちろんティーセットだってゲストのわがままに応えるために、陶
磁器からクリスタル、かわいいブリキやオリエンタルな象牙製まで、色とりど
りにテーブルを飾っていた。
「でも、そうね。あなたの一番好みのお茶は、これかしら」
アリスはヤマネの席を跨いで三月ウサギに近付くと、うなじから茂った葉を
かき分けて首筋を露わにさせた。
―――所長の人間の部分。まだ血が通う首筋に、銀製の蛇口が突き立てられ
ていた。無慈悲で無機的な金属のきらめきが恐怖を引き立てる。
アリスはティーカップを添えて、鼻歌交じりに蛇口をひねった。勢いよく鮮
血が噴きす。
「あああ!」三月ウサギの悲鳴。十一月なのに狂ったまま。「あああ!」
「どう? あなたのための一杯よ。舌に合うと良いのだけれど」
接合が甘かったのか、アリスがティーカップをソーサーに置くと同時に、三
月ウサギの首から蛇口がころりともげた。血は止めどなく溢れだし、テーブル
クロスを真っ赤に染め上げる。三月ウサギの相変わらずの行儀の悪さに、アリ
スも顔をしかめずにはいられない。
「とりあえず、席替えが必要ね。所長さんはねむり鼠〈ドーマウス〉にキャス
トを変更よ。自分というポットに溺れてるんだから、ちょうど良いわ」
三月ウサギ→ヤマネはテーブルに突っ伏したまま動かない。寄生主の鮮血を
啜るかのように、枝葉の部位がざわざわと騒いだ。
「私は今から三月ウサギ。あなたの時計にバターを落とすわ。永遠の六時を愉
しみましょう。―――……そう、だから」
アリスは軍帽を脱ぐと、影の男にゆっくりと差し出した。
「あなたが帽子屋をやって。時間を殺す、気ちがいの帽子屋よ」
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭】
- 63 名前:DIO ◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/23(金) 17:56:00
- (ジャンヌ・ラ・ピュセルvsDIO)
>>61 >>62
…1865年、わたしが産まれる二年前だ。
イギリスのとある数学者兼作家から一冊の
本が出版された。本の題名は「不思議の国
のアリス」と言う。
内容は少女「アリス」が不思議の国に迷い
込み、数々の奇妙な体験を経て、現実へ戻
るという物だ。
この本は発売後、爆発的な売り上げを記録。
版にして百を超え、翻訳された言語は実に
五十を数える。世に出た数は数十億冊とさえ
言われ、世紀をまたいでも、大勢の人間達を
惹き付けて止まない魅力を持っている。
この本は様々な要素が込められている。不条
理、パラドクス、非現実、ナンセンス、幻覚、願
望、夢―――――――――――そして、悪夢。
驚くべきは、だ。これらの要素が完全な比率、
いわゆる黄金率で混ざり溶け合っていた事だ。
究極な比率が億単位の人間達をを今も魅了し
続けているのだ……
この作者は自分の『魂』を本と言う形に出来る
天才だった。その『魂』は本の形を取り時空を
超えて、人に作者の持つ主張を伝え続ける…
ひとつの奇跡だな。かの有名なモナリザやミ
ロのヴィーナスも同じ事が言える。
しかし、モナリザやミロのヴィーナスと「不思議
の国のアリス」は決定的に違う点があった。そ
れは狂気、妄執、悪夢といった負の要素まで
もが黄金比として『魂』に、その作品に取り込
まれていた事だ…
そうして、百を超える年月、数十億の魂の共鳴
を経て、悪夢は現実のものとして、具現化する
事となる……
200X年、極東の島国の街「シンジュク」にそ
れは現れたと聞いている。悪夢の渦は森となり、
幾人の男女を巻き込んで、死を賭けた孤独な
ゲームを強制させたと言う……。そして、その
ゲームを乗り越えた彼等は文字通り魂が新生
し、新たな世界が作られた、と。
フッフッフッ、森、悪夢、死、実に今の状況に似
ていると君は思わないか?
良かろう。わたしはこれを精神の行き着く先、到
達点………天国へ行く為の試練と受け取ったよ。
さて、『三月ウサギ』とやら……居るのだろう?
ゲームは相手が居なくては成り立たないからな。
もう一人の主賓を、魂をそろそろこの『帽子屋』
の前に出して貰おうか。それを屈服させ、わたし
が世界の頂点に立つ者だと証明してやろう…ッ!
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭】
- 71 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/23(金) 22:01:54
DIO vs JEANNE ―The forth part of king Henry VI―
>>63>>64>>65
パーティは続く。
パーティは続く。
帽子屋はリドルに乗り気。溺れるヤマネを挟んで、三月ウサギ(アリス)の
左隣の椅子に座る。空席が目立つテーブルで、詰めに詰め寄ってぎゅうぎゅう
に三人は座る。
こうして正規のゲストは揃った。テーブルは広大。椅子はまだ何十脚も空い
ているにも関わらず、お茶会はもう誰も招かない。誰も受け入れない。
リドルの始まり。だけど、アリスはちょっぴり不満そう。頬をふくらまして
背もたれによりかかる。
帽子屋は結局、彼女が差し出した軍帽を受け取らなかった。行き場を無くし
た真っ黒な気ちがい帽子を、手元でくるくると弄ぶ。くるくる、くるくる。
被りたかった。軍帽はアリスのお気に入り。斜に被って片目を隠し、顎をつ
んと持ち上げてこの軍帽を堪能したかった。―――でも、今のアリスは三月ウ
サギだから、帽子屋の帽子は被れない。被るのはルール違反。
アリスは左隣をちらりと一瞥。照明の当たり具合で、帽子屋(ブランドー)
の表情は影に隠れている。
いまの帽子屋は紳士的で女性の扱いも分かっていた。教養もある。ゲストと
しては、満足すべき上客だ。だけど、アリスの不機嫌は収まらない。
原因は単純。
このゲストはリドルには応じても、彼女を見てはいないから。
私を見ようとしないだなんて。そんなのは許されないことだわ。
アリスは自分が三月ウサギだということも忘れて憤慨。アリスがアリスのま
まなら不思議の国の中心には常に彼女がいるけれど、今のアリスはアリスでは
ない。だから、帽子屋が三月ウサギだけを見てくれなくても、何の問題もない
はずなのに。
「あーあ、退屈だわ」
椅子をがたがたと揺らす。三月ウサギだからお行儀が悪くても構わない。
「せっきゃくキャストが揃ったのに、あなたもマッドティーパーティはお気に
召さないみたいだし。……そうね、何か別の遊びをしましょう」
とっておきの隠し球が一つあった。
帽子屋もそれを期待して席に着いている。結局、この男は気ちがいお茶会の
ゲストではなかった。―――こっちのリドルの正賓だったのだ。
アリスはテーブルに頬杖をつき、悪戯っぽい笑みで帽子屋を牽制。
「百年戦争〈La Guerre De Cent-Ans〉ごっこ≠ネんてどうかしら?」
このテーブルは今からオルレアン。アルマニャック派最後の砦。
アリスは今から王太子さま。カナール・デュシェーヌ・シャルル七世。後の
勝利王。フランス最後の貴族。神に選定された王。
「あなたはトールボットよ!」
帽子屋(ブランドー)は忌々しいトールボット!
英国軍最高指揮官。オルレアンを取り囲む侵略者の尖兵。勇猛にして獰猛。
将軍自ら最前線に突撃して、フランスの兵士をばっさばっさと斬り倒す。
戦場を猛る風車のような猛将/名将。
そして四人目のゲスト。
招かれざる来訪者のキャストが、森の意思によって明らかにされる。
アリスは空席のはずの主賓席―――テーブルの端っこ、一番大きくて一番
豪奢な肱かけ椅子を指差した。
「アリス。あなたが乙女をやりなさい。ジャンヌがあなたの役よ」
- 72 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/23(金) 22:02:55
DIO vs JEANNE ―The forth part of king Henry VI―
>>71
アリスが示す指の先。果たして、空席だったはずの肱かけ椅子には四人目の
ゲストがいた。
いつからここにいたのか。いつの間にティーパーティに招かれたのか。誰に
も分からない。誰も彼女が席に着くのを見てはいない。―――だって、彼女は
正式な招待客ではなかったから。
最後のキャスト。アリスのキャスト。救国という名のラビリンスに迷った少
女が、王太子(アリス)の求めに応じてかんばせを上げる。
痩せ身に残る丸い輪郭―――少女の気風。あまりに幼い。アリスと同年代か
せいぜい一個か二個しか歳が違わない。
着込んだ黒甲冑は無骨なシルエットをテーブルに映すけれど、彼女が着ると
戦闘装束〈グラスウェア〉にはとても見えない。さりとて仮装というわけでも
なく、それが彼女にもっとも似合うドレスなのだとやがて知れる。
光沢を吸い込み、あらゆる闇を肯定する暗黒色の甲冑は、まるで彼女の肌の
ようで、「少女と甲冑」という違和感は完全に殺されていた。
くすんだ金髪を肩まで伸ばして、邪気のない青銀色の双眸が―――まずはア
リスを。次に帽子屋……トールボット将軍を見据えた。
それから視線は落ちて、ソーサーに鎮座したティーカップへ。
恐る恐るカップを唇に運んで、紅茶を一口含む。続いて髪の毛が逆立つので
はないかと思うくらいの驚きが、乙女の躯を満たした。
目を丸くして一言。「……甘いわ」
「何をしているの、ジャンヌ!」
娘を叱責する母の如き叫び。
「お茶会はもう終わったの。このテーブルはオルレアン。いまのあなたは、
アリスじゃなくてジャンヌ。さあ、フランスのために戦いなさい!」
「でも……」
さらに一口啜る。まるで聖水を口にするように。
「これ、とっても甘いんです」
「あなたの注文通り、砂糖をたっぷり入れたんだから当然よ。―――ねえ、ジ
ャンヌ。彼を招く前にあんなに練習したのに、もう自分の役を忘れてしまった
の? リドルはついに始まったわ。森は観劇を望んでいる。さあ! さあ!」
「これが砂糖……」
紅茶が聖水なら白亜の砂糖壺を聖杯か。身を乗り出してしげしげと眺める。
「まるで魔法の砂……王太子さまですら滅多に口にできなかったものを、こん
なにため込んでいるだなんて。オルレアンの物資は底をついていて、民は飢え
ている。今すぐ補給が必要なのじゃなかったの?」
- 73 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/23(金) 22:03:27
>>71>>72
「いい加減にしなさい、ジャンヌ。今は私が王太子よ。〈声〉は私を王座に導
き、フランスに勝利を与えよと仰ったのでしょう? なら、あなたが為すべき
ことは一つのはずよ」
「あなたが王太子さま?」
乙女はようやく顔を上げて、アリスを見た。
「ああ、ならばお願いがあるのです」
椅子から降りると、唐突に跪いた。
「オルレアンの民は長い籠城生活でみな飢えています。どうか、このような贅
沢を独占せず、民にも公平なる分配を。そうすれば、あなたさまの臣民を愛す
る心は街に知れ渡り、オルレアンはシャルル王太子さまの名の下、一丸となっ
て英国と戦いましょう」
「席に戻りなさい、ジャンヌ!」
「いいえ、戻れません。私の使命はフランスの勝利。そのフランスを作るのは
人なのです」
「これはリドルよ。ルールに従って」
「民あってこそのルールです!」
負けたのはアリスのほうだった。
「ああ、もう、分かったわ。民に配ればいいのね? あなたって本当に強情」
言うなり、バカラクリスタルのハンドベルを鳴らす。
清明な響き音に応じて、森の民がオルレアンに集う。木の根の穴からウサギ
が群を率いて顔を出し、天井の茂葉からカラスが羽ばたき舞い降りる。
「三人と一人のゲスト」というルールは破壊され、テーブルは今や騒乱の夜会
場。二匹のウサギが同時に砂糖壺に首を突っ込み、抜け出せなくなってもがい
ている。カラスはディッシュやソーサーを嘴に挟んでは、空から落として遊び
始めた。紅茶漬けのネザーランド。蜂蜜まみれのレイヴン。
ウサギとカラスが織り成す狂騒にアリスはうんざり顔。
民はいつだって愚かだ。
だが、乙女はアリスの膝に縋りついて感謝した。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
- 74 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/23(金) 22:04:40
>>71>>72>>73
このままだとアリスに抱きついて、キスの雨を降らしかねない。
「満足かしら?」
必死に引き離す。
「だったらいい加減、席に戻りなさい。あなたは森が書いた脚本を無視してい
るのよ。民に砂糖を舐めさせてもオルレアンは救えない。諸悪の根源、トール
ボット将軍を斃すことだけが救国に繋がるんだから」
「……トールボット?」
その名を聞いた途端、乙女の瞳に炎が宿った。
底の見えない、闇色の炎。
「トールボット将軍―――私を娼婦呼ばわりする恥知らずな男。ケモノのよう
な英国人をノルマンディに上陸させた悪魔の申し子。戦場は男の聖地だなんて
馬鹿みたいな考えに縛られた敗残兵。一度だって私との一騎打ちに勝ったこと
はないのに。傲慢で……思い上がった老人。―――フランスの敵」
乙女の黒甲冑から瘴気がみなぎり始めた。高純度の魔力がオルレアンに忍び
寄る。乙女の魔性に触れ、騒乱に熱中していた民は悉く悶死した。ウサギは喀
血し、カラスは地上へ墜落。斯くして死都オルレアンは完成する。
「アリス……聞いて、ひどいのよ。彼等は私をラ・ピュセル〈乙女〉ではなく、
ラ・メフレイ〈こわがらせる女〉と呼ぶの」
「まあ、それはひどいわ。あなたはこの上なく乙女なのに」ようやく舞台が回
り始めて、アリスも満足そうだ。「なら、お仕置きが必要じゃないかしら?」
「いいえ、裁きの行方は神にお任せします。私は私の義務を」
腰に佩いたシャルル・マルテルの剣を、鞘ごとテーブルに投げ出す。震動で
ウサギの亡骸が転げ落ちた。乙女は目もくれない。彼女の清明なる闇の瞳は、
トールボット将軍だけを見つめている。
「……トールボット、ここに散らかる汚い死骸〈英国兵〉を引き取って、故郷
に帰りなさい。フランスにあなた達の居場所はありません。フランスに王は二
人もいりません。オルレアンは王太子さまの領地です」
一言一言が呪詛のようだった。彼女が唇を動かすために、オルレアンは地獄
へ近付いてゆく。
「―――拒めば乙女と戦争よ。あなたが今まで殺したフランス兵の六倍の英国
兵を、オルレアンの城壁に積み上げてあげるわ」
二人のやりとりを眺めて、アリスはくすくすと忍び笑い。
さあ、リドルが始まるわ。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭】
- 82 名前:DIO ◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/23(金) 22:20:47
-
(ジャンヌ・ラ・ピュセルvsDIO)
>>71 >>72 >>73 >>74
ジャンヌ・ダルク、1412年、ルーアンで農家
の娘として、この世に生を受ける。1425年に
「声」を聞き、フランスを救う為に旅立つ……
当時のフランス北部はイギリスの支配下にあった。
加えて、王の座もイギリス側にあり、フランスの
命運はは風前の灯火と言っても良かった。
その絶望的状況ををジャンヌは僅か6年で覆した。
領土を奪回し、王の座も再びフランスのものへ。
まさしく、奇跡の為せる業。後世、彼女は聖処女
として崇められ、様々な芸術、文芸、観劇、絵画、
彫刻のモチーフとなり、ジャンヌの気高き聖なる
魂を形にしようと多くの者が腕を振るった………
「気高き」「聖なる」か、ふふふふ――――――
どうにも目の前の君はそれと対極に位置するよう
な気がしてならないな。そのドス黒い空気は寧ろ
このわたしに近い。何とも面白い事になっている
じゃあないかッ!
「……トールボット、ここに散らかる汚い死骸〈英国兵〉を引き取って、故郷
に帰りなさい。フランスにあなた達の居場所はありません。フランスに王は二
人もいりません。オルレアンは王太子さまの領地です」
一言一言に呪詛のようだった。彼女が唇を動かすために、オルレアンは地獄
へ近付いてゆく。
「―――拒めば乙女と戦争よ。あなたジャンヌ、古今東西戦争において、背後からの奇襲に
兵を、オルレアンの城壁に積み上げてより、勝敗が決した例がどれだけあるか知ってるか?
どんな強固な大軍も背後から攻撃には脆く、背後
を突かれた事で破れ、歴史が変わった例は数多い。
……今、君はわたしにこの様に背後を取られている。
フランスは奮闘虚しく滅びてしまったという訳だ。
さて、ジャンヌ、どうする? 大人しく地に跪い
て、降伏をするか? それとも、痩せ衰えて乳の
一滴も出なくなった山羊の様な疲労困憊のフラン
スにはまだ見せてくれるものはあるのかい?
君のその纏う邪悪な雰囲気はわたしは中々に気に
入ったよ、降伏するというのなら、受け入れてやろう。
何、恐れる事は無い、このDIOに忠誠を誓えばいい、
それだけの簡単な話だよ………
(現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭)
- 96 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/23(金) 23:01:33
DIO vs JEANNE ―The forth part of king Henry VI―
>>82
パーティは続く。
パーティは続く。
帽子屋は六時の中へと潜り込んだ。気ちがいな彼の謎かけに、アリス(ジャ
ンヌ)は思わず身を竦める。―――それも当然。
だって、彼は帽子屋の席でアリスとおしゃべりをしていたはずなのに。アリ
スの後ろで、おしゃべりを続けているんだもの。
あべこべの矛盾だらけ。道理なんて一つも通らない。
三月ウサギ(アリス)は、カップにお茶を注ぐと、セイロンを堪能。
そうしている間にも、黒甲冑のアリスは振り返って帽子屋を睨み、次に彼が
座っていたはずの椅子を眺めて、交互に交互に視線は錯綜。きっと彼女の頭の
中では、ティーパーティじゃなくてカクテルパーティが開催中。
「……ジャンヌ」
このままだと、アリスの頭がショートしちゃう。それだと面白くないから、
三月ウサギからのアドバイス。
「どうしたの? 彼はトールボットよ。英国人なのよ。あなたが識らないこ
とだって、あいつ等ならできるわ。いちいち驚いていても切りがないわよ」
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭】
- 97 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/23(金) 23:02:00
DIO vs JEANNE ―The forth part of king Henry VI―
>>96
アリスの言葉で乙女は目覚める。
このトールボット将軍は、確かに乙女の理解が及ばない何かを用いた。
彼女は椅子を見つめていた。瞬きすらしなかった。なのに消えていた。
初めからそこにいなかったかのように。―――そして、初めから乙女
の背後にいたかのように。
……もしかして、私は少し砂糖を飲み過ぎた? あんなに甘いのだから、
魔性に魅入られてもおかしくない。
でも、それ等は全て乙女にとって深く考えるに値しない事象だった。
彼はトールボット将軍だ。英国人だ。アルマニャックを脅かし、オルレ
アンを責め苛むフランスの敵だ。―――それだけが乙女の全て。
「乙女は決して退かないわ」
分からないことは無かったこと。
テーブルに置いたシャルル・マルテルの剣を一息にすっぱ抜く。五つの
十字が水銀灯の光を受けて、トールボット将軍の影を払う。
「あなたは私の背後に立てても、私の背中を誰が見守っているのかまでは
分からないのね……。やはり、あなたは英国人。あなた達は、祝福からあ
まりに遠い。―――それとも、その調子で主の背後にまで立つの?」
切っ先がゆるゆると持ち上がる。―――彼女は昔からそうだった。
バタール・オルレアンの諫言も、ジル・ド・レイの忠告も耳に届かなか
った。ラ・イールがいくら説得しても彼女はそれしか選ばなかった。
乙女の戦旗は導く。救国へ至る手段は一つ。
―――突撃〈パレード〉。
大上段で十字の剣が天を仰いだとき、乙女の瘴気は臨界を迎え、オルレ
アンのテーブルごとトールボットを斬り斃した。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭】
- 112 名前:DIO ◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/23(金) 23:44:33
(ジャンヌ・ラ・ピュセルvsDIO)
>>96 >>97
―――――――――――――――――――――――
………ほう。追い詰められたネズミはネコを噛むという
奴か。わたしに傷をつけるとは少し驚いたよ、全くその
闘争心は評価に値するよ、流石はジャンヌ・ダルクか。
今、君が私の胸に傷つけたこの一文字の傷…ほら、
左側の方が治りが遅いだろう。この首から下は別
の男の身体でね、まだ完全に馴染んでいないんだ。
まだ色々やるには準備不足といったところかな…
故に君のその漆黒の意思が欲しくもあるのだが、
君は中々に頑固そうだな、クックックッ――――
ひとつ、疑問なのだが………仮に君がわたしを打倒
したとしよう。それで体よく事が進んで、フランス
を救済も為しえたとしようか。それでどれだけの年
月、何人の人間が、幾つの魂が祝福されるのかい?
君の『主』とやら一体どれほど救ってくれるのかな?
よくて数十年、運が悪ければ数年で費えるような祝福
は果たして、真の祝福なのだろうか。数年で費えてし
まった場合はきっと民は言うだろうさ、「こんな事な
ら、救ってくれないほうが良かった。祝福の蜜の味な
んて知らなければ今こんなに苦しむ事はなかった」と。
永きに渡る魂の祝福は誰が一体保証してくれるんだい?
聖処女と謳われる君か? 君の背後に立つ主か? それ
とも、君が聞いた「声」が保証してくれるのかね?
刹那の祝福であれば、無意味じゃあないか。本当に
祝福が求められるのであれば、それは永遠不変のもの
であるべきではないかね?
(現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭)
- 115 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 00:13:48
DIO vs JEANNE ―The forth part of king Henry VI―
>>112
「―――トールボット将軍。その問いかけは、あまりに無意味よ」
そして、涜神的でもあった。
乙女の使命は、英国人をフランスから追い出し、王太子さまを戴冠させ、
アルマニャックに平和をもたらすことだ。
それが彼女の義務だった。それだけが〈声〉の命令だった。
乙女は貴族ではない。ドンレミーの村で生まれ育った田舎娘。ブルゴーニ
ュとイングランドがフランスから一掃された後の治世は、王太子さまが為さ
ること。乙女は村に帰り、平和を満喫するだけ。
―――そう、夢見ていた。
〈声〉の告げる運命が、乙女の願いを否定する。
彼女は救国の英雄。つまり、混沌があって初めて必要とされる。
だから、勝利がもたらされた後の歴史は乙女には関わりのないこと。
哀しい運命だが既に受け入れている。だから、トールボット将軍の問いは
無意味だった。それは乙女のあずかり知らぬこと。
「答えはあなたの神が持っています。問うなら、主に問いなさい」
しかし―――まただ。また、将軍が消えた。乙女が認めた場所より、ずっ
と後方に立っていることになっていた。―――砂糖の魔力と結論づけには、
そろそろ無理があるかもしれない。
椅子に座って、お茶を啜るアリスに視線を向ける。王太子さまはわけ
知り顔で観戦中。答えを乙女に示す気は無さそうだ。
小さく嘆息。王太子さまは本当に王位につく気がおありなのかしら。
このトールボット将軍は不気味だが……手強い。人間の兵士相手の戦い方
では、決着はつきそうにない。乙女の闇を垣間見せる必要がありそうだ。
決意するなり、乙女は自傷した。自らの剣で、自らの首を斬り裂いた。
薄皮一枚―――滴る血。乙女の負傷が、世界のバランスを僅かに歪ませる。
位相は悪魔につけいる隙を与え、傷みが乙女の肉と骨をより強く蝕んだ。
肌に浮き出る脂汗。体内を悪魔どもが食い散らかしていく。―――その代
価として、乙女は奇跡を得る。
トールボット将軍が消えたように、彼女も消えた。
ただ純粋な膂力だけで、将軍の背後に回り込む。鉄靴が草地を食い荒らし
てブレーキ。愛剣を振りかぶった時には、既に薙ぎ払っている。
人の知覚を圧倒する速度領域。英国人にかわせるものか。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭】
- 124 名前:DIO ◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/24(土) 00:59:51
(ジャンヌ・ラ・ピュセルvsDIO)
>>115
ふむ、どうやら理解を得られそうにないな。
ああ、実に残念だ、君は気に入っていたのだが
ならば、死ぬしかないな、ジャンヌ・ダルクッ!!
- 125 名前:DIO ◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/24(土) 01:00:10
-
!?
- 126 名前:DIO ◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/24(土) 01:00:38
-
...., ,~~:::~,,,,,,,,,:~~,::::::::::::::::::::::::
. ...,. :::,,::::::::~,::,.,:~::::::::::: :::.~:~:,~,,,,:,,,:,::
.. .,,,,,,.:~::::::::::,,~::,,:::::: ::,:~::.:,::,,,
このトールボット..::::~,,,,,,::,::::::::~.:::: : :::::::::~,,,.,,:::.,.,... . 兵士相手の戦い方
決意するなり、.,:::::::::.,,,,,,,,: :::.,,,,,,::::::を斬り裂いた。
薄皮一枚― .. ..::::::::::::,,,,,,,::::: ::::::::::::::::,::... 僅かに歪ませる。
位相は悪魔. ...::::::.,,,,,:~:,,:: :.:::,~~~:,,...,,:... より強く蝕んだ。
肌に浮き出る... ..:::::::,,,,,:::::: :::::.:::::....~ .. ――その代
価として、乙女....:::,,:,,,,,,,,::: ::: ::,,,,.::::, ,..
....~:::,,:::.~,::: :,,,,,,,,,:,..
トールボット将.,. :::::.......:::: :,:,,,,,,,,,,~....
ただ純粋な膂.. .. .:......:::,,:::, :::,:::,,,,,,,::::::::... が草地を食い荒らし
てブレーキ。愛剣.:::,,~,,,,,,,,,:::::: :,:,:,,,:.::,.:::... .薙ぎ払っている。
人の知覚を圧倒す. .,,:,,,,,,,,,,,.::: :::::::: ~,:::.:::,~~~::,るものか。
. ..:::~:,,,,,,,,,,,,,,:::: ~::::::::::::,,:.:.,,,,:,,,~:,:::~,
,:::::: :~:::,,,,,.,:::::::.:::.,,,,,,,,,,,,,,,.:::
...,:::~:::::,,,,:,:..,,,,,,,,,,,,,,,::,::~,::::
(現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭)
- 130 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 01:29:39
DIO vs JEANNE ―The forth part of king Henry VI―
>>124>>125>>126
殺った、と。そう確信した間合い―――シャルル・マルテルの剣が一分の
狂いもなく、必殺の閃きを瞬かせたはずなのに。
致命傷を負ったのは、乙女だった。
黒甲冑に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。その中央に穿たれた穴は、心臓まで達
していた。「あ……」と呟いてから、遅れて喀血。緑の絨毯を乙女の鮮血が
濡らす。がくりと跪き、天を仰いだ。「あ、あ、あ、あ……」
戦慄きながらも、空へと手を伸ばす。震える指先が、光を求めて必死にさ
まよう。
死に瀕した乙女の血肉に誘われて、彼女の影から契約の悪魔が這い出し始
めた。――― 一匹、二匹、三匹。まだまだ湧いて出る。複数の悪魔と契約
を交わすなど通常の「悪魔憑き」では不可能なのに。
乙女の行き先は決まっている。彼女の亡骸も、悪魔との取引に使われたか
らだ。もっとも深き魔性こそが、乙女の墓地となるだろう。
だが、彼女は必死に天を求めた。
泡を立てて溢れ出す鮮血。
乙女は最後に呟く。
―――イエス様。
崩れ落ちた乙女の遺骸は、森が受け止める前に悪魔が掠め取る。影の棺桶
が乙女にむしゃぶりつき―――ようやく、異変に気がついた。
乙女の死体は忽然と消え失せていた。黒甲冑だけが、彼女の死を示すかの
ように悪魔の胸に抱かれている。
「……あらあら」
お茶を愉しんでいたアリスは、ようやく口を開いた。
「ジャンヌは死んでしまったのね」
―――だったら、もう、このお話はお終い。
かつり、と音を立ててカップを置くと、それがリドルの終了を告げるチャイ
ムとなった。次の瞬間にはアリスもテーブルも椅子も、ティーセットも全て消
え失せて、そこには役を外されたトールボット将軍/帽子屋―――ディオ・ブ
ランドーだけが一人残される。
(ジャンヌ・ラ・ピュセル→死亡)
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)前庭】
- 137 名前:DIO ◆kYsrWORLDo 投稿日:2007/11/24(土) 02:16:47
-
(ジャンヌ・ラ・ピュセルvsDIO)
>>130
『全て』を敢えて差し出した者が最後には真の『全て』を得る。
しかし、行き着く先を見据えていない者は差し出す事は出来ない。
そういう者は『全て』を奪われ、消え行くだけの『運命の奴隷』。
君はどうやら『運命の奴隷』に過ぎなかった様だな、ジャンヌ。
わたしに全てを奪われるだけの役割だったという事だ。
この地はまだ色々な者が集っているようだ…………
行くとしよう、このDIOの引力に引き寄せられる者が居るはずだ。
そいつが奪われるだけの『運命の奴隷』に過ぎないのか?
あるいはわたしの『信頼できる友』になれる者なのか?
――――――フッフッフッ、何とも楽しみだ……
ジャンヌ・ラ・ピュセル
再起不能(リタイア).........?
/|___________
く to be continued | | / |
\| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 142 名前:また別のお話…… ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/24(土) 09:54:09
挿話 第二巻[マルセイユの乙女]
今ではもう、だあれも覚えてないお話。
彼女も忘れちゃったお話。
―――でも、ほんとうにあったお話。
彼女は人形遊びが好きな子だったわ。
とっても女の子らしい遊び。
でも、なんだかおかしいの。
甲冑鳴らして軍馬が嘶く。
鉄靴が土を踏みならして、レギオンレギオン。
彼女が集める人形は、昔の騎士さまばかり。
友達と遊ぶときも、空き地で男の子と一緒に旗を振りたがったわ。
「どうしてかしら」
母親は不安です
女の子なのに、騎士ごっこが好きだなんて。
「どうしてだろう」
父親は喜んだわ。
女の子なのに、騎士ごっこが好きだなんて。
でも、パパもママも彼女のことはなぁーんにも知らない。
彼女は騎士さまなんて好きじゃなかったの。
男の子たちと違って、ぜんぜん興味なんて無かったわ。
彼女が熱中していたのは、たった一人の乙女。
祖国を勝利に導いた救世主。
世界で誰より愛されるアイドル。
彼女は憧れたわ。
彼女は夢見たわ。
絵本から始まって、
小説を読み、
大人が読むような歴史書も手を出して、
やがては難解な裁判記録まで紐解いた。
彼女は貪欲に乙女を求めたの。
乙女の全てを識りたがったの。
彼女はまだ、少女とも呼べないくらいの歳だったのに。
それはとてもとても珍しいこと。
でも、きっと根っこの部分では彼女も他の子も同じ。
彼女は乙女が好きだったのよ。
他の子がイギリスの童話に夢中になるように、
彼女は乙女に耽溺したわ。
みんなも覚えがあるでしょう?
十年前――二十年前、まだ「自分」なんて何も分からなかった頃に、
「ああ、あんなに熱中していたことがあったな」って。
忘却の彼方へと旅だった、死蔵の想い出の一つや二つ。
―――彼女のも、それと同じ。
だから、月日が流れ、環境が変わり、少女から娘へと成長していく過程で、
彼女の中から乙女は消えたわ。
それからの彼女は、普通の女の子。
誰もが認める。自分も認める。
普通の女の子。
熱中の対象も、年頃の娘らしくお洋服になったわ。
……ただ、ちょっとだけ趣味が変わっていて。
彼女は遠く離れた、極東のファッションに夢中になってしまっただけ。
彼女の国では、そこから流れ込む文化が大流行していたのね。
かつてヨーロッパがトルコの文化を積極的に取り込んだように、
彼女の国では、極東のあらゆる文化が大流行。
お洋服も大人気。
かつての城塞都市にはショップもできたわ。
でも海の都から城塞都市は、少女の足では遠かった。
やっぱり通販で我慢するしかない。
不幸は重なる。
彼女の家はちょっとだけ貧乏。
お洋服を好きなだけ買い漁れるようなお姫さまじゃなかったの。
だから、彼女は少ないお小遣いで、
ハンカチやソックスを買って心を満たしたわ。
どんな小物でも、
大好きなブランドと一緒になれたら心が温まったから。
―――でも、この禁じられた趣味はみんなには内緒。
だって彼女は普通の子だったから。
彼女は変わったのかしら?
もう乙女のことは覚えてないのかしら。
さて、どうでしょう。
表向きはその通り。彼女自身も思い出さないわ。
でも、あの黄金の時代、
彼女が、絵本で小説で映画で乙女が火刑台に上るたびに泣いて、
英国の馬鹿、教会の馬鹿、王太子さまの馬鹿と、
母親に八つ当たりした―――その記憶は薄れても、
乙女に憧れた、乙女に恋した、
その想いまで消すことはできるのかしら?
それは誰にも分かりません。
私にも分かりません。
きっと、彼女にも……。
―――これはこれで。
また別のお話。
……でも、あまり楽しい話じゃないわ。
- 143 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 09:57:14
〈L'arbre de la fee〉
>>137
>>142
パーティは続く。
パーティは続く。
……うっすらと瞼を開く。
そこは、彼女が初めて〈声〉を聞いた場所に似ていた。
村を離れ、ヴォークリュールに向かう高台―――芝生に覆われたあの自由地
には、枝を大きくのばし、広い木陰を作るブナの樹が密生していた。
思えば、〈ブールルモンの妖精の樹〉と呼ばれていたあの高台から、全てが
始まったような気がする。
いつか村の神父さまが、樹を切ると言い出した。この樹には妖精が棲んでい
る。あまりに危険で、あまりにも罰当たりだから、と。
まだ少女だった乙女は憤慨した。神さまを理由に神さまがお赦しになった奇
跡を否定しようとするあなたのほうが、よっぽど罰当たりです、と。
乙女の抵抗のお陰で樹が切られることはなかった。この樹には、まだ妖精が
棲んでいるのかしら。
「妖精はまだ見てないわね。でも、アリスならいるわよ?」
胡乱な思考に刺激を与える少女のソプラノ。
「おはようジャンヌ。快適な目覚めを得られたかしら」
少女は振り子になっていた。宙をいったりきたりと揺れていた。天井を突き
破って伸びた枝に、二本の蔦を垂らした空中椅子。
あれなら、乙女も知っている。スウィングとかバランソとか呼ばれていた。
村にいた頃は、彼女も夢中になって揺れたものだ。
乙女は草の寝台から身を起こす。ここは、村の高台ではない。似ているけど
違った。確か、深い深い地下室の一つ。少女が「神殿」と呼んでいた密室。
ああ―――と思い出す。彼女はアリスで、私はジャンヌだ。
「でも……」
私は、死んだはずでは。
胸に手を置く。黒甲冑は光沢を拒んで、乙女の薄い胸部を守護している。疵
一つない。鎧の奥―――胸を穿たれた痛みも、消え失せていた。
完治できるような疵では無かったはずだが。
- 144 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 09:59:00
>>137
>>142
>>143
「そう、確かにあなたは死んだわ」
スウィングに腰掛けたまま、アリスは語る。
「でも、それが何だと言うの? あなたが死んでも何も終わらない。始まりに
戻るだけ。この〈妖精の樹〉から、ジャンヌ・ラ・ピュセルの全ては始まった。
だから、あなたはここから何度でもフランスを救いに行くの。終わりはないわ。
あなたがフランスを救いきる、その時まで……」
乙女は何度でも蘇る。
彼女は自らの使命を反芻する。〈声〉が彼女に何を命じたか、推敲する。
そうだ。アリスの言う通りだ。乙女の為すべきことは救国。フランスがまだ
救われていないのに、乙女に終わりが訪れるはずがない。
「私は……まだ、自分の義務を軽く……見ていたのね」
「気にしないでジャンヌ。誰だって痛いのは嫌いよ。また次から頑張ればいい
わ。私たち、次≠セけはたくさんあるのだから。―――それより、もっと深
刻な問題があるの。それはやっぱりあなたのこと」
こっちに来て。そう少女は手招きする。乙女が空中椅子に近付くと、アリス
は「揺らして」とリクエスト。「自分でこいでも速くならないのよ」
乙女はアリスの背中を押した。乙女は空中椅子を吊す蔦を揺らした。椅子
が揺れる。アリスが宙を踊る。少女は振り子となる。
「速いわ、楽しいわ!」
アリスの黒いスカートが翻るけれど、ドロワーズは見えない。下着は見せ
ない。どんなときでも少女の身嗜みだけは忘れない。
「もっと速くできるわよ?」
空中椅子を揺らしながら、乙女は囁く。
「それは駄目。怖いもの。このスピードがちょうど良いのよ。それより、
あなたの話をしたいわ。してもいい?」
ええ、と乙女は頷く。
「それじゃあ遠慮無く。―――ねえ、ジャンヌ。私の黒乙女。あなたは
いつから剣士〈シュヴァリエ〉になったのかしら?」
乙女を首を傾げた。私は剣士などではない。……だが、先のトールボ
ット将軍との戦いでは愛剣を抜いて斬りかかった。結果はこの有り様。
乙女、スタートへ戻る。
- 145 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 10:02:17
>>137
>>142
>>143>>144
「そう……ジャンヌ、あなたはとても強いわ。ただの乙女なのに。ただの村
娘なのに。力持ちで、男を相手にひるまない。でも、それはあなたが骨の一
つ、髪の毛の一本に至るまで悪魔に譲り渡しているから。あなたが剣士だか
ら強いわけではないの。だから、剣士として戦っても絶対にフランスは救え
ないわ」
乙女は考える。オルレアンで、パリで、コンピエーニュで―――私はどの
ように戦っただろうか。剣を振り回し、自らを刃にして敵陣に斬り込む。
……そうはしなかったことだけは確かだ。
「覚えてないの? あなたはルーアンの裁判で、自分は一人もひとを殺めた
ことはありませんと強く訴えた。私も森も、あなたの言葉を信じています。
ジャンヌ、あなたは人殺しなんかじゃないわ。―――じゃあ、誰に殺させ
ていたの? オルレアンで英国兵を血祭りに上げたのは、いったい誰?」
そうだ。乙女は常に先頭で戦旗を翻していた。味方の兵を鼓舞し、勝利へ
導くことこそ乙女の使命だった。
「あなたにはまだ、思い出していない数多くの力≠ェあるわ。フランスを
救うためには必要不可欠な力よ。あなた一人ではフランスを救えない。当然
よ。〈声〉はあなたに、フランスを勝利に『導け』と言ったのだもの」
「……その通りです」
空中椅子を揺らすのやめて、その場にがくりとうなだれる。
「私がこの有り様では……救国はまだ遠い」
アリスはスウィングの勢いを利用して、すとんと地上に飛び降りる。
スカートが舞い上がり、いまちょっとだけ下着が見えた―――と乙女は思
ったが、少女の身嗜みのために何も言わない。
アリスが振り返った。
「フランスを救うのはとてもとても困難なこと。それは確かよ。……でもジ
ャンヌ、あなたは選ばれたのだから。救うしかないわ。それがあなたの道」
幾度でも。幾千度でも。救えるフランスが残っている限り、乙女は救国の
ために戦旗を振るう。あまりに厳しい道のり。―――だが、乙女は六百年前
に自らの運命を受け入れている。
「だから今夜も行きましょう。フランスを救いに。あなたの理想を叶えに」
アリスが指差した先には、地上へと繋がるゲートが。
彼女のフランスが待っている。
乙女は無言で頷くと、剣を佩き、彼女の救国を再開する。
(ジャンヌ・ラ・ピュセル→一度目の復活)
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉→移動】
- 152 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA 投稿日:2007/11/24(土) 11:52:07
- 広場で若い音楽家が己の腕を披露、あるいは試すのはどこの国でもあることだ。
それが耳を留めるのに十分であるならばしばし聞き入り、僅かばかりの礼を懐から出すこともある。
そのようなありふれた活気に満ちる広場は、今日に限り異様な熱気に包まれていた。
観衆を引きつけていたのは歌。
それを奏でるのは独逸系と思われる小柄な少女だった。
赤みがかった髪に合わせたようなワンピースと白いシャツ姿は両親に連れられて出かけているかのよう。
学友と並んで聖歌を歌うのが似合いそうな風情である。
しかしながら彼女が飛び入りで歌い始めたのは8ビートが刻まれるギターだった。
弾き手の方も最初は子供の稚気と踏んでいたのだが、ワンフレーズで驚きに変わっていた。
恐ろしく音域の広く激しい曲を試してもはや諦めに至り、いまはただただ楽しいだけだ。
楽しむ以外にどうしようというのか?
今日は幸運の日なのだろう。
最後と宣言した曲が終わり、辺りが静まりかえる。
一拍ののち歓声と拍手と地面を踏みならす音をバックに、奏者のギターケースへと硬貨や紙幣が投げ込まれた。
「ありがとう! 素敵な歌声だったわ」
抱き寄せて言う奏者に、少女も同じように抱き返す。
「貴方の音が素敵で歌いたくなっただけよ。こんなこと滅多にない」
少女は身を離して千切れそうなほど手を振り、
「ちょっと寄り道しすぎたからもう行くよ。じゃあね!」
そう言って興奮冷めやらぬ群衆をかき分けながら場を離れようとした。
瞬間。
森蝕が始まった。
- 153 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA 投稿日:2007/11/24(土) 12:02:13
- >>152
凄まじい揺れが辺りを襲う。
地震などまず体験することのない土地の住人にはまるでこの世の終わり。
即席のコンサート会場は神に許しを請う懺悔の場と化していた。
揺れが収まりかけ、人々がようやく息をつこうとする。
それを見計らったかのように影が差した。
見上げた者は声も出なかった。
如何なるろくでもない采配か。
もっとも近くにある高層ビルが、寄りにも寄って真横に。
集まった衆目を押しつぶすように倒壊してきたのだ。
突然の揺れで動くことの出来る者も居ない。
残されたものは神に祈る時間が関の山か。
いざ異国の子らよ!
災厄の日は来たれり
偽聖の血染めの旗が翻る
屠殺場に響き渡る獰猛な獣等の怒号
汝等が妻子らの魂を奪わんと迫り来たれり
朗々と響く歌に心のざわめきが打ち消される。
更に奇怪な替え歌は音にならない音を引き連れ、倒壊するビルを楽器のように振るわせた。
一瞬ビルが膨らんだ、人々にはそう見えた。
祈りあるいは呆然とする人々を尻目に、ビルは形を失い塵をまき散らすにとどまった。
誰も何が起ったか理解するものは居ない。
砂をかぶった人々も、誰一人払おうとさえしなかった。
「うわー! ペッペッペ! 口に入った気持ち悪い」
何とも普通すぎる反応に視線が集中する。
誰であろう、あの歌い手の少女だ。
不機嫌な表情を隠しもせず、何処かを振り返って睨み付ける。
「人がせっかく良い気分なのに! 邪魔するな!」
少女はまるで当たり前のように、翼を広げ、飛び立った。
人々は後にこう舒懐する。
不機嫌な天使はロッカーだった、と。
【ミスティア・ローレライ参戦 異変の中心へ向けて飛行中】
- 157 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 12:27:32
ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』
Prologue
>>152>>153
パーティは続く。
パーティは続く。
次に少女と乙女が訪れたのは、空に向かって槍衾のように屹立するオフィス
街。街の経済の中心地は、即ち腐海の中森地。かつてのコンクリートジャング
ルの面影は消え失せ、緑の有機物が冷たい無機物に寄生している。
蔦が這わない壁はなく、葉が茂らない窓もない。―――人工物と自然物の競
演は、森に沈んだ街の中でもひときわ幻想的な風景を演出していた。
オフィス街の中でも群を抜く全長。誇らしく天へと突き立つセンタービル。
奥行きは薄く幅は広いというモノリスのような外観の建造物は、燦月製薬の
持ちビルで、最新技術の結晶体。落成からまだ一年と経っていない。
例に漏れず腐海に蝕まれ、樹に森蝕されている。街の権勢の象徴だったセン
タービルも今では緑と同化して、世界樹の如く森を見守っていた。
その地上三百メートルを数える天国への階段―――ビルの屋上に、二つの人
影。乙女がひとり。少女がひとり。バベルも斯くやという高度に戸惑うことも
なく、屋上のへりから森の夜景を眺めていた。
乙女―――ジャンヌは、月光を黒甲冑に吸い込みながら泰然と立ちつくす。
その横で、少女―――アリスは転落防止の柵に腰をおろし、空へと足を投げ出
して、ヴィヴィアンのロッキンをぶらぶらと揺らしている。
一歩でも足を踏み違えればたちまち地上へと堕天〈フォール・ダウン〉する
危険なポジションだったが、二人の娘はまったく頓着しない。
アリスに至ってはスリルすら覚えないのか、あくびを噛み殺す始末だ。
「……ねえ、ジャンヌ」
乙女は人形のように佇立したまま、一心に風景を見入っている。
「いつまでここにいるの? フランスを救いにいくんじゃなかったの? 私、
もうここには飽きたわ。何もなくて退屈よ。もっと面白いとこに行きたい」
「―――もう少しだけ」
視線は逸らさず、唇だけ動かす。
「もう、少しだけ」
「その『もう少しだけ』は、これで四度目。聞き飽きちゃったから、あなた
の他の言葉が聞きたいのに……。そんなにこの風景が気に入ったの?」
ええ、と乙女は頷く。「素晴らしいです」
乙女が育った村にも森はあった。あの時代、フランスの殆どは森に呑まれ
ていた。フランスだけはない。ヨーロッパ全土が、だ。
だが、乙女が生まれた時代、森は畏怖の対象でしなかった。森には野盗が
潜んでいた。悪い精霊が棲んでいた。悪戯好きの妖精が隠れていた。人を助
けることよりも、人を脅かすことのほうが遙かに多かった。
あの時代を支配していたのは「畏れ」だった。自然を美しい、なんて思え
る余裕は無かった。乙女も森を避けて進軍した。
森は、彼女にとっても怖かった。
だが、今は違う。
「森を駆逐し、森がいなくなった世界で、こうして森が新生した。私の知る
フランスには森が密生していました。喩えそれが悪魔の住処でも……フラン
スには森があったの。そして、ここにも森がある」
だから、ここはフランスよ。乙女はそう呟き、涙で瞳を潤ませた。
「ああ、愚かな乙女。なぜ今日まで気づけなかったの。……森は、世界は、
こんなにも美しいということに。救う価値があることに」
「まぁ当然ね」
自分が褒められたかのように、アリスは誇らしげに胸を張る。
「森は美しいのよ。だって、私のものだもの。私の宝石箱に、輝かない石な
んていらないわ。―――でも、ジャンヌ。今のあなたの輝きは、私の自慢の
森にも勝るのよ? だから、さあ……もっと強く輝くために、フランスを救
いに行きましょう」
- 158 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 12:28:51
>>142
>>143>>144>>145
>>152>>153
>>156>>157
乙女は寂しげな微笑を浮かべて、首を振る。
「もう少しだけ……」
「五回目!」
「これで最後です」
言うと、乙女は牛革と黒鉄のガントレットを右腕から外した。白肌が露わ
になった右手首に、腰から抜いたダマスカス・ダガーの刃を滑らせる。見る
間に血が溢れだし、空へと滴り落ちた。
「何をやってるの?!」アリスの叫び。「あまりにも唐突よ。もしかして、
ジャンヌってリスカで感じるタイプ?」
何のことですか。乙女は問い返す。アリスの言葉を理解していない。
「なにって……血、出てるわよ」
「先にあなたが、私の力≠ノついて語ってくれました。その一つを、いま
思い出したの。私の血が、何を喚ぶのか……」
黒い羽根を羽ばたかせて死告鳥〈レイヴン〉が一羽舞い降りた。例え地上
三百メートルだろうと成層圏だろうと、幻想の鳥は常に空を飛ぶ。
死告鳥は乙女の肩にとまると、嘴を尽き出して血を啜り始める。―――更
に一羽。また一羽。どこからともなく舞い降りては、乙女の血を求めた。
「ちょっと……」アリスが事態の危うさに気付いたときには、あたりは一面
黒ずくめ。数十匹、数百匹という死告鳥が必死になって乙女の血を舐めよう
としている。ビルの屋上は死告鳥の集会場と化してしまった。
鳥はまだまだ増える。この調子では、やがて四桁に達するだろう。
「死告鳥は一羽につき一人の人間の死を風聞〈ディール〉する幻想の鳥――
―本来なら、その者に縁あるものだけに死を告げる。私は自分の血をこの子
たちに与える代わりに、特別に風聞を読み取らせてもらっているの」
ならば、彼女の血は聖体ということになる。相克する聖血。
「この街で、この死告鳥の数だけ人が死んだわ。鳥たちは、一人一人のエピ
ソードを私に語って聞かせてくれる……。なんて悲しい物語なのでしょう」
「あ、そう」
不機嫌なアリス。自分を見てくれないジャンヌは嫌い。
「展望のつきは読書のお時間? それにしたって、無節操だわ。黒い大波の
せいで、あなたが大好きな森の風景だって見えなくなっちゃったじゃない。
数が多すぎよ」
乙女は微笑する。「私もあなたも黒いから、友達と思われているのね」
「ジャンヌ、その言葉は禁句よ。私は私のファッションを『カラスみたい』
と言ったお馬鹿さんは、絶対に許さないことにしているんだから。いくら
あなたでも、それは駄目」
「あなたは厳しい子ね、アリス。決まり事が多すぎて、覚えきれないわ」
「簡単よ。私が不愉快なことは全部禁止。だから、この馬鹿ガラスのパレー
ドもどうにかして。―――あなた達! 私のお洋服に一つでも糞を落として
みなさい、みんな焼き鳥にしてジャバウォックの餌にしてやるんだから」
アリスがムキになって死告鳥を追い回す様子があまりに愉快で、乙女は鈴
の音を転がすように笑った。
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 159 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA 投稿日:2007/11/24(土) 18:15:44
- ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When?
>>158
チッチチチッチッチッチ
摩天楼を足場にするかのように空を駆ける妖怪少女の口元から舌打ちのような音が漏れる。
あるいは小鳥の囀りか。
誘蛾灯に集まる羽蟲のように、1羽2羽と小鳥が彼女の後に続く。
囀りは口からのみならず、人の耳に届かぬ形で羽音としても響いていた。
4羽が8羽を呼び16羽を誘い32羽を従え64羽を統率し128羽が雲霞の如き群れと化す。
豪雨を思わせる羽音は更に増え、囀りは騒音に等しいほど。
「あれが邪魔? あいつが邪魔ね!」
ビルの屋上に二人の少女。。
見ればなんという挑発。
歌の余韻を邪魔した一人は鳥に囲まれご満悦と来る。
あるいはまるで鳥葬。
「ハイ! そこの黒いの。
私の歌をよくも邪魔してくれたわね」
並び立つように高いビルの避雷針の上に留まり言い放つ。
倒壊しかけたその構造は皮肉にも森蝕により支えられ、ともすれば健全な状態を上回る強度を持つほど。
「翼にのってお空の果てまで上りたいのなら、協力してあげるわよ。
蝋細工の羽でもくくりつけてね!」
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 164 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 20:34:39
ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When?
>>159
パーティは続く。
パーティは続く。
黒いの、と呼ばれて乙女とアリスは顔を見合わせる。
「ジャンヌ、呼んでるわよ」
「……あなたも黒いですよ」
隣接するビルとはいえ、距離は五十メートル近く離れている。その上この
高度だ。肉声など風にかき消されて二人の耳に届くはずがないのに、不思議
と少女の声ははっきり聞こえる。まるで風に乗るかのように。
死告鳥が騒がしく喚き始めた。この幻想の鳥が死を風聞する以外で鳴くな
ど珍しい。よほどにあの少女が気に入ったのか。それとも畏れているのか。
一匹なら囀りとして聞き流すことができたが、数千羽の合唱となるともは
や騒音ですらない。立派な自然災害だ。茂る葉が揺れて、ビルはぶるぶると
震える。アリスはうるさそうに両耳を押さえた。
だが、乙女は死告鳥の大群―――黒い霧の隙間を縫って、少女を食い入る
ように見つめたまま離さない。騒音合唱など完全に無視していた。それとも、
この地獄の狂乱は彼女にとってこの上なく美声に聞こえるのか。
「あの子は、何者でしょうか。歌とはいったい……」
不思議な少女だった。人間でないことは確かだが、さりとて悪魔でもない。
魔性のものが、あれほど小鳥に囲まれ愛されることなどあり得ようか。
―――あえて符合させるなら妖精に近い。
だが、何かが決定的に違った。
「あら、ジャンヌ。あなたはあの女を知らないの? おかしいわ。あなたが
よく知っている女のはずよ。よく目を凝らしてみて。あれはドイツの女よ。
きっとバイエルンあたりの生まれね。―――ねえ、まだ分からない?」
「ドイツ……バイエルン」
心当たりはあった。ありすぎるほどに。胸が焦げ付くほどに。
「イザベル・ド・バヴィエール……」
「大正解!」
アリスの祝福も、乙女の耳には届かない。
イザベル。またはイザボー・ド・バヴィエールと呼称したほうが通じやす
いだろうか。王太子さまの生母にして、フランス史上最悪の王妃。
後期百年戦争を混沌に陥れた第一人者。アルマニャックの血を汚す淫蕩な
娼婦。オルレアン公暗殺に荷担した―――荷担した―――。
聖女ジャンヌの対比となる悪女。それがイザボー・ド・バヴィエール。
「おのれ!」
乙女の憎悪が膨れ上がる。今、フランスが傾いているのも、王太子さまが
苦悩に曝されているのも、全てはこのバイエルンから嫁いできた女が原因。
絶対に許せなかった。
「お前さえいなければ!」
手首から滴る自らの血で、空中に刻印〈スペル〉を描く。悪魔をも酔わせ
る血文字が印した呪文は〈弾丸―Balle〉。乙女の血を啜った死告鳥は、呪
いの令に従い、自らの躯を弾丸にして悪女イザベルの下へと殺到する。
フルオートで撃ち出されるレイヴン。装弾数は千にも及ぶ。
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 174 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA 投稿日:2007/11/24(土) 21:29:06
- ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When?
>>164
驚愕の新事実!
ミスティア・ローレライの正体はイザボー・ド・バヴィエールだったんだよ!
「な、なんだ……って誰?」
妖怪少女の正体を明かす黒い小さな少女。
しかし当人には全くなんの事やらだった。
「貴方が私にくれたもの〜♪
イザボーさんていうニックネーム〜♪」
とは言え、荒れ狂う漆黒の羽音数千の嵐はすでに放たれている。
それを他人事に眺めながら、妖怪少女は胸を空気で押し広げる。
ウチの女はファッキンビッチ
旦那がキレたらとっかえひっかえ
知ったことかよ 他人の家さ
雑草なんざ見えもしない
澄み渡るような声で書き殴られたような詩。
楽しげな表情でアクロバットにスキマを抜ける。
目さえ閉じて、自身の歌しか聞こえていないかのよう。
そして無造作に。
川の流れに手を差し入れるように、告死鳥の激流へと手を突っ込む。
手のひらを貫通。
「ニンゲンが死ぬときは、こんな感じなんだ。
成程ね〜」
ぐしゃり
喉を口腔を肺を骨格を振るわせて、致命的でなじみ深い音をイメージ。
元来川の流れを操り人を惑わす妖魔は何を操っていたか。
それは惑わすモノから殺戮するモノになった瞬間、破滅的な凶器となった。
それは水面を振るわせる唄。
お宅の男はファッキンシット
アタマのおかしいナイスガイ
問題ないさ 首のすげ替え
100年続けりゃそろそろ飽きる
黒い川を揺さぶる唄。
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 176 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 22:11:23
ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When?
>>174
少女一人の歌声が、一千羽の死告鳥の合唱を圧倒した。
酷い唄ね、とアリスは顔をしかめる。死告鳥と乙女はその程度では済まなか
った。おのれ、おのれ、と呻きながら乙女は膝をつく。双眸からは血涙が流れ
ていた。イザベルの唄というだけで、乙女は根源の領域で受け付けることがで
きない。その上、王妃の役を演じるのが魔性の歌手となると―――乙女との相
性は最悪だった。視力を失うに留まらず、全身にダメージを負っている。
死告鳥ともなると、不可視の壁に叩き付けられたようなものだ。撃ち出され
た端から撃墜され、遠く離れた地上へと錐もみしながら落下してゆく。
秒間数十発の失墜。―――イザベルがワンコーラス歌い終える前に、屋上の
黒い霧は晴れ渡った。
「……なんて不遜な唄を歌うの」
光を失ったにも関わらず、乙女の怒りは止まらない。
「でも、カラスは全滅しちゃったわよ?」アリスはそこまで王妃の唄が嫌いで
はないのか、心地よさそうに聞き入っている。「どうやって攻撃するの?」
「アリス。あなたは今日が何の日か知っていますか?」
「森が生まれた日よ」
そうですね、と乙女は頷く。
「―――同時に、聖女カトリーヌ様の誕生日でもあります」
リュ・サント・カトリーヌ。イタリア、シエナ出身の聖女。キリストと結婚
するという幻視体験により、多くの未婚女性に慕われていた。乙女も例外では
なく、マクセイ村の守護聖者だった彼女と邂逅したとき、心を奪われた。
そして、乙女に〈声〉を授ける三人の天使の一人でもあった。
乙女は常に聖女カトリーヌとともにあるということだ。
「光は視るものではありません。……もたらされるものです」
祈りが始まった。
- 177 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/24(土) 22:13:26
>>176
腐海神殿―――かつての研究所の地下施設。巧妙に偽装された格納庫の一
角には、燦月製薬が「許されざる事態」に対策するための兵器が納められて
いた。結局、それらは日の目を見ることはなく、研究所は腐海に呑まれ、鋼
鉄の戦士たちは樹に寄生されるがままに苗床となった。
役目を果たせずに死んだ兵器。だが、森と同化した彼等を「操作」するの
ではなく「感応」させることができる魔術師が、この森に一人だけいた。
乙女は喚ぶ。手を胸の位置に組み合わせて、祈りを捧げる。彼女に〈声〉
をもたらす、神の御使いを。―――ああ、聖カトリーヌさま。
私に力を貸してくださいませ。フランスを救うために、奇跡を。
「……来ます」
乙女は静かに呟く。
何が? アリスの問いかけは、ローター音によって阻まれた。
センタービルの影から這い出したかのように、二人の背後に獰猛な鉄騎の
ケモノが推参。さすがのアリスも呆気にとられて一言。「へりこぷたー?」
Mi-24[ミー・ドヴァーッツァチ・チトゥィーリェ]―――ヨーロッパでは
こっちの名の方が知れようか。そう、ハインド強襲攻撃ヘリコプター。
崩壊したソ連の秘密軍事基地に死蔵されていたものを燦月製薬が買い取り、
研究所に運び込んだ切り札の一枚。アフガニスタンの悪夢。
森と同化しているため、シルエットは本来のそれから大きく逸脱している。
メインローターとテールローターには蔦がびっしりと絡みつき、窓を割っ
て突き出された枝からは緑葉が密生。エア・インテークは太い幹が埋め込ま
れ、空気の進入を阻んでいた。―――飛行する樹と呼んだ方がしっくり来る
ほど、ハインドはヘリコプターをやめていた。
コックピットには六十の悪霊軍を統治する魔界の公爵エリゴスの姿が。
乙女との契約に従い馳せ参じた次第。今宵は牛角と悪魔の翼を生やした黒
馬からフライング・フォレストに乗り換えて救国の手助けをする。
「ああ、天使さま!」
乙女は恍惚の絶頂に浸る。
「私には視えます。より大きな光が。天使さまが来てくれたのだわ」
「ええ、ほんとに素敵な天使ね」アリスはローターから打ち付ける風に負け
ないよう、必死でスカートを抑えている。「確かに、イギリス人をたくさん
殺してくれそうね。ついでに新大陸の連中も」
腐海戦仕様のハインドがゆっくりと機首を持ち上げる。30mmガトリング砲
が旋回し、王妃を睨んだ。―――そして始まる、分間4,200発のパレード。
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 187 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA 投稿日:2007/11/24(土) 22:45:46
- ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When?
>>176,177
妖怪少女に他意はない。
感じ入るままに、幽かな声を拾うままに唄うと、『偶々』相手の神経を逆撫でることがある。
それだけだ。
それだけ幽かな声、怨嗟の声に溢れているといことでもある。
「痺れた? って言うか千切れたね〜」
幕間とばかりに屋上に足を下ろす。
そこに轟く爆音。
エコロジカルに自然との融合を表現。
目に優しいグリーンは戦場の癒しに。
殺人機械の天使がオンステージ。
「私への挑戦、未知への挑戦?
なんという騒音!」
バラ撒かれる銃撃を聴きながら屋上を滑るように下がる。
鬼さんこちらと端まで至り、隣のビルまで跳躍。
銃撃の音も、コンクリートを叩く音も、十分聴いた
ヘリコプター!
ヘリコプター!
ヘリコプター!
買ってよ自家用ヘリコプター! ヘリ! ハリー!
銃弾のためのミュージック。
仲良く唄って踊って、鉛玉は喜びのあまり弾け飛ぶ。
乗り回せるヘリコプター
私の森用ヘリ
緑が優しいヘリコプター
天使の聖なる殺人ヘリコプターで一人残らず浄化したい
指揮棒のように手を振りかざす。
鳥たちは二手に分かれ、二本のお立ち台へ潜り込む。
- 193 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA 投稿日:2007/11/24(土) 23:00:24
- >>187
ビルディングが鳴動する。
情熱の律動に急かされるように、グリーンのコードを生やした四角い柱が。
貴方は黒 私は白
貴方は悲鳴を 私は唄を
貴方はヘリを 私はツッコミ
ランボーなんて観たくはないし バイオハザードなんて以ての外
ローターの音も、装甲が風を切る音も十分聴いた。
貴方はハインド 私はスティンガー
神様にお願いして貴方はヘリコをプレゼント
貴方はヘリコ 私はロケット
私は鉄の箱が飛ぶわけないと思うし 鉄の鳥も 鉄の船もね
希望を言うなら
ヘリコのためのミュージック。
「ぶっ壊れろ!」
装甲板を揺らすリズム。
ローターを振るわすフレーズ。
中身をぶち壊す詩。
シャウト!
二柱のビルディングは今や巨大なスピーカー。
己の身を削って粉砕しながら、破滅のビートを刻む。
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 198 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/24(土) 23:25:17
ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When?
>>187
「あの子、唄えれば何でもいいみたい……」
アリスのぼやきももっともだった。イザベルがこの空中庭園に訪れてから、
始めたことと言えば唄い放題に唄っただけだ。
乙女の救国も、アリスのリドルも、彼女の前ではインスピレーションを与
えるための装置に過ぎないのか。
―――だが、その唄が乙女の生命を蝕んでいるのは確かだったし、舞い降
りた天使にまでも牙を剥こうとしていた。
今度のコーラスも殺人的。
死告鳥を撃ち落とした唄とは比べものにならない威力で、ハインドを震撼
させる。可視領域にまで踏み込む奇跡の如き歌唱。
見よ! 音が物質を蹂躙する瞬間を。
「ジャンヌがヘリを利用するなら、あの子はビル? 高層ビルをステレオス
ピーカーに見立てるなんて……」
ハインドの機体が大きく傾いだ。エンジン部から火の手が上がる。コック
ピットでエリゴス公爵が苦悶に呻いていた。
乙女もまた、血を吐き出して膝をつく。―――だが、闘志は一向に衰えて
いない。光を失っているはずの青銀色の瞳が、強くイザベラを睨み付けた。
腰からシャルル・マルテルの剣を抜剣。刃を天に向けて叫ぶ。
「フランスの剣たちよ! 救国の道へ至るために―――」
刃は振り下ろされて、
「―――突撃〈パレード〉!」
これが尋常な機械仕掛けの攻撃ヘリであったなら、王妃の唄によってとう
に撃墜されていたことだろう。しかし、このハインドは森と悪魔に侵された
魔術礼装―――エンジンが死んでも、浮力は消えず、ローターは蔦に促され
て回転を続ける。
機体が爆音を引き摺りながら、イザベルへと肉薄した。ガトリング砲の残
弾が尽きると、今度は機首下部の12.7mmガンポッドが火を噴く。
更に両翼の対戦車ミサイルが、唄をかき消すためだけに発射された。
「突撃!」
乙女の令に応じて、機体中央部兵員室のキャノピーが開放。中には、大志
を背負った救国の騎士―――ではなく、契約に縛られた八匹の悪魔。
両翼を広げて飛び降りた。手には三又の槍の代わりにゲパードやカラニシ
コフを構え、淫蕩な王妃にドッグファイトを挑む。
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 211 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA 投稿日:2007/11/25(日) 00:13:02
- ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When?
>>198
エコロジー万歳!
ヘリコプター破壊に必要な音は出そろっていた。
足りなかったのは?
目に優しいグリーンの観葉植物。
原動機になる優れもの。
文明崩壊後には一台いかが?
「* おおっと *
聴衆がまだ居たの忘れてた〜。
音楽聴いて大きくなれよ〜」
銃弾は唄に任せて避けもせず粉砕。
空回る音の直後、異種の音が空気を切り裂く。
「っつ!
懐刀12.7面相!?」
火薬の光を見て避ける文字通り人間離れの回避も、紙一重及ばず肩口を浅く切り裂く。
今度こそ粉々にしようと息を吸い込むも、雑音。
妖怪少女自身は即興で変調も出来るが、しもべの小鳥たちはそうも行かず。
処理落ちさせてしまうよりは、と一時の中断。
「ででででってでっでっででーん!
とななななーうの挑戦者〜」
比喩抜き悪魔の兵隊が掃射を大きく跳躍して回避。
着地の先には避雷針。
引っこ抜いて振りかぶり、
「貴方のハートに直撃☆ドキュン(はぁと」
振動しながら飛来する即席ロンギヌスが心臓はおろか肉体を粉砕。
「また一人死亡!」
MANGAのイナズマ描写のように
「また一人死亡!」
ジグザグ機動の
「もう一人逝って、また逝って!」
スーパーソニックガール。
「更にもう一人!」
一拍遅れ五つの首が飛ぶ。
「ヘイ。貴方も死ぬよ」
マシン・ガンを無造作にのけて、血塗られた鉤爪を一閃。
「Last one bites the dust」
沈黙。
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 215 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/25(日) 00:55:22
ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When
>>211
使役した悪魔は、乙女の肉であり血であった。
彼等の負傷は乙女の傷痍と同義。契約者が死ねば、彼女もまた死を疑似体験
する。だから乙女は光を失いながら視ることができた。契約者の死を通して、
王妃の凶行を。……無名とはいえ武装した八匹もの悪魔を相手に、女一人で圧
倒してみせるとは。乙女以外にも、そのような奇跡を行える者がいるなんて!
「カトリーヌさま……カトリーヌさま……」
唄による肉体的負傷。契約者の死による神霊的負傷。呪われし乙女の躯は、
一度もイザベルの攻撃を浴びていないにも関わらず満身創痍で、もはや跪くこ
とすら能わない。無様に斃れることだけは拒み、両手を地面に突き立てる。
「光を……お願いします……もっと、もっと光を……」
一騎では足りないのなら、神殿の格納庫から天使さまの大軍を呼び寄せよう
かしら。神殿の地下には、森と同化した多くの天使/兵器が待機している。
―――いいえ、それは駄目。これ以上、主の御力に縋るのは躊躇われる。
〈声〉は乙女に勝利を任せたのだから。人の手で奇跡を為さないと。
それに、軍勢の到達まで乙女の生命は保ちそうにない。口惜しいが、このタ
ーンでも救国は叶わない。
だが、この女だけは。フランスを辱めた売国奴だけは一緒に連れて行く。
この女のせいで、王太子さまは今も深い苦悩にさらされている。自らの由縁
を脅かされ、正当な王位に懐疑を抱いている。
―――許せない。絶対に、許せない。
「イザボー・ド・バヴィエール! フランスの痛みを知りなさい!」
渾身の力で上半身を持ち上げる。乙女の躯が天を仰いだ。その姿勢のまま、
シャルル・マルテルの剣を逆手に握り直し―――己の胸を甲冑ごと貫いた。
背中から剣尖が突き出す。ブレードをつたう鮮血。乙女の口端から、朱が
溢れた。
絶妙のバランスで混沌の頂点に立つ乙女が、生命の天秤を傾けたとき、調和
は乱れ、世界は歪む。―――その位相が、最後の奇跡を呼び起こした。
ハインドのコックピットに座していたエリゴス公爵の醜悪な躯が、どろりと
黒い泥になって溶け落ちる。死んだのではない。重なったのだ。
今やハインドはエリゴス公爵が操縦/感応する鉄騎ではなくなった。これな
る天使は公爵そのものだ。魂の同一化。ハインドの機動力が跳ね上がる。
ヘリコプターの軌道では不可能な直角の軌跡。稲妻の如くじぐざぐに飛行し
ながら、銃口という銃口から尽きることのない魔弾を乱射。
隙間のない攻略不可能な弾幕が、忌むべき王妃へと押し寄せる。
―――だが、それは目くらましに過ぎない。
ハインド/公爵の目的は、己の牙で王妃を食らうこと。弾幕を追うように、
音速をも駆逐して飛来する。自身をも弾丸に変えた公爵の背には、猛り狂う
メインローター。五枚刃のギロチンがイザベルの首を断罪する!
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 223 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA 投稿日:2007/11/25(日) 01:22:24
- ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When
>>215
「パワーがダンチだ〜」
人馬一体。
人外と鉄の天馬ではあるが、そうであればこその異形の力。
「でも貴方は気付いていない〜。
私が一度もしもべを直接差し向けなかったことに」
小鳥たちは即席の契約を結んだ妖怪少女の一部。
維持には当然彼女の魔力を少なからず消耗する。
スピーカーは止めたというのに、遣いもしない使い魔はどこへ?
「それにそいつは使い回し。
だからあとはパワー!
とにかくパワー!」
すこし離れて並ぶ三柱のビルディング。
それがデタラメに、あるいは調律するように軋みを上げる。
「もうボケはなし。
エコロジカルな部品も、溶けた奴も、全部よく聞こえる」
もう一つのビルディングが上げるのは低いうなり。
魔狼の咆吼のように。
「最後まで楽しんで逝ってよね?」
構造誤差計算相対速度計算湿度計測気圧計測距離補正音域調整風速計算気流予測……
すべて直感で合わせる。
アナログ5.1chサラウンド。
「We will rock YOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOU!!!!!!!!!!!!!!!」
装甲をローターを森をギロチンカッターを悪魔の魂とやらを願わくは憐れな少女の魂をすべてを震撼させる、Rock'n'roll。
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 227 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/25(日) 01:59:36
ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When
>>223
音の、花が咲いた。
先にハインドを奮わせた二倍以上の音壊。五つのビルが、王妃の唄を世界
に知覚させる五つのスピーカーとなってハインド/公爵を囲い込む。
いくら音速の足を持とうとも、逃げ場がなければ意味がない。
四方八方から浴びせかけられる音狂の絨毯爆撃。仮想エンジンの魔力回路
がオーバーヒートし、ギロチンローターの刃は急速に錆びてゆく。
ガトリング砲もガンポッドも音の波に食い破られた。翼が減し曲がり、ハ
インド/公爵は魔力の残滓をガソリンのようにタンクから漏らしながら、空
を沈んでゆく。奇跡の終焉。天使の堕天。
だが、失速は緩やか。致命的な破壊を受けながら、ハインド/公爵は生き
足掻いた。地獄への帰還を徹底的に拒否した。
音速からは程遠い―――ハインドの昆虫的なフォルムと相成って、芋虫が
宙を這うかのようなイメージでイザベルへとエンゲージする。
最後の牙―――輸送キャビンに搭載されたキャリバー機関銃が、機銃士不
在のままイザベルを睨め付けた。
末期の絶叫に等しき火線が瞬く。
―――その前に。
ハインドから公爵の魔気が消え失せた。鉄騎がまとっていた闇が、急速に祓
われる。今やハインドは樹と同化したクリーチャーに過ぎない。地獄の面影は
欠片もなかった。
動力と操縦士を失い、ハインドは重力に誘い込まれるままに機体は落下して
ゆく。斯くして幻想のからくりは奈落へと還った。
「……すばらしかったわ」
少女のコンサートを愉しんでいたアリスは、閉幕の様子を名残惜しげに眺め
る。アンコールをしたかったけど、もう行かなくてはいけない。
彼女の足下には、志半ばで斃れた乙女の亡骸。王妃の奏でる旋律に、ついに
耐えることができず絶命した。契約主がいなければ、公爵も現界は叶わない。
まぁ、これは仕方ないわ。あまりに相性が悪かったもの。
「こうしてジャンヌは死んでしまいました」
唄うように呟く。
―――だから、もう、このお話はお終い。
死告鳥の亡骸が漆黒の羽根を舞い散らす。はらり、はらりと黒いカーテンが
二人を包み、再び幕が開けたときにはアリスも乙女も退場済み。
舞台には王妃イザベル―――ミスティア・ローレライが一人残される。
(ジャンヌ・ラ・ピュセル→死亡)
【現在地:C地区 オフィス街 センタービル屋上】
- 230 名前:『夜雀の妖怪』ミスティア・ローレライ ◆8hOOMYSTIA 投稿日:2007/11/25(日) 02:21:23
- ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Till When
>>227
瓦礫の増える音が余韻のごとく鳴り響く。
高層ビルのお値段いかほど?
ストラディバリも呆れる高額な楽器は、寄りにも寄って使い捨てだった。
「一人聴き逃げ〜」
濛々と粉塵の舞う地に降り立つ。
作り物の如き翼を広げ、小鳥のお付きを従えるその姿はさながら、
「へくちん!」
ただの小娘。
空気を揺らして塵を追い払う。
「さてとー。
毒くわばって言うけど」
鷲の如き眼で見回し、鷹の如き耳で聞き取る。
イツマデ?
「まだね。
狂った愛国未だ健在〜」
*
レス番まとめ
>>152>>153>>157>>158>>159>>164>>174>>176
>>177>>187>>193>>198>>211>>215>>223>>227>>230
ミスティア・ローレライvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『イツマデ』 Still When
- 240 名前:おもいっきり森電話 ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/25(日) 09:43:34
挿話 第三巻[おもいっきり森電話]
メイクさん、ごめんなさい。爪がとれちゃったわ。
すぐに直してくれないかしら?
マネージャー。私、お腹減ったわ。なんか食べたい。
え? 口紅がとれるから駄目? ……んもぅ、ケチなのね。
―――始まる? 始まるわね。
カウントお願い。
ディレクター。今日の私はどんな私?
……そう、ふふ。良いの。分かっていることだから。
ただ、確認したかっただけ。
…さん
…にぃ
…いち
黄金の午後は○○おもいっきりテレビ!
全国のみなさん、こんばんは。
私は進行のアリス。アリス・ミノ・モンタです。
さあ、今夜も「ちょっと聞いてよ、おもいっきり森電話」の時間がやってき
たわ。ふふ……今夜はどんな悩みの森を覗けるのかしら。
昨晩の相談者さんは面白かったわ。名前は確か……そうそう、F.N(Forest
Name)「とうかんもりの妹」さんのお悩み。
悩みというか脅迫に近かったけれど、本物の愛ってああいうコトなのよね。
例え自分が死んでも、想い人の魂を縛り付ける。彼女が氷湖の中で永遠を見
い出したように、私も森の中で―――。
うふふ。そのためには、私ももっと積極的にならないと駄目かしら?
- 241 名前:おもいっきり森電話 ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/25(日) 09:44:28
>>230
>>240
あら? もう相談者さんと電話が繋がっているの?
じゃあ、早速「おもいっきり森電話」を始めちゃいましょう。こっちに回し
て頂戴。ええと、相談者さんのプロフィールは―――ふぅん。
珍しく本名なのね。
グルマルキン・フォン・シュティーベルさん。職業は魔女ですって。いった
いどんなお悩みがあるのかしら。早速、繋いでみましょう。
私だ。聞きたいことがある。
―――奥さん、それはあなたが悪いわ。
おい! 私はまだ何も言ってない!
効果担当さーん。ここは「SE:一同大爆笑」でお願いね。
これはお約束だから仕方ないの。物語は常に予定調和に満たされているわ。
……それで、グルマルキンさん。いったい何の悩みかしら。面白い話を聞か
せてね。あなたのお話って自己満足優先で退屈なイメージがあるから。
つまらなかったら切るわよ?
……随分戯けた態度をとってくれるな。
身の程を弁えろ。司会者なら司会者らしくゲストを立てろ。
森を無視して勝手にキャストを決めないで。それに、あなたはゲストじゃあ
りません。あなたは相談者。答えを求めてさまよう野良犬よ。
……だいたい、私はあなたが嫌いなの。乙女もあなたが嫌いだわ。あなたは
私に酷いことをした。半世紀前にフランスにも酷いことをした。
悩みを聞いてあげるだけありがたいと思いなさい。それで、何なの?
ふん、気に食わんがまぁいい。
相談はたった一つだ。
―――道に迷った。
交番に行けば?
……はい、じゃあ今夜の「おもいっきり生電話」はここまで。
明日も―――
おい、真面目にやれ! 森にそんな奇怪な箱などない!
私だって、別にあなたの導き手〈ガイダンス〉じゃありません。子供じゃな
いんだから、道ぐらい自分で見つけたら? それに、森は迷うもの。迷って当
然なんだから、それを悩みにするなんて狂ってるわ。
でも、このままでは話が進まないのも確かね。いいでしょう。一応、聞いて
あげるわ。どんな状況でどんな事態に陥って、いま街どの辺にいるの?
- 242 名前:おもいっきり森電話 ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/25(日) 09:45:05
>>230
>>240>>241
初めからそう素直にやればいいものを……。
森蝕から逃れて転移した先は確か、研究所付近の森だった。
森源地からはそう離れていなかったのは確かだ。
樹に侵された研究所も確かにこの目で見た。
そこで私は、異変の根源に至るために進軍を開始したのだが……
いつまで歩けども研究所に辿り着けない。
一キロも離れていないはずなのに、だ。
そして気付けば、帰り道すら消え失せていた。
私はいま、完全に閉じた世界にいる。
退くことも進むこともできん。
それはそれは。愉快な目にあっているのね。とても深刻な悩み事ね。
森にはあなたの他にもたくさん招かれざるゲストがいると云うのに……どう
してあなただけが、森の牢獄に囚われたのかしら?
答えは分かっている。貴様から聞くまでもない。
あら、そうなの?
私はこの幻想を止める術に心当たりがあるからだ。
このくだらない茶番を続けるために、森は私の道を閉ざしている。
そこまで分かっているのなら、私に聞くことなんて何もないじゃない。
だが、なぜ私だけなのだ? それが分からん。
私の推測が正しければ、森を止められるのは私だけでは無いはずだ。
なのに、なぜ私だけ―――
理由は二つあるわ。
一つ、あなたは答えに近くても、答えを知っているわけではないから。
中途半端な状態で来られても、森が迷惑を被るだけ。お断りよ。
もう一つは、あなた達は森のルールに従う気がないから。あなた達は自分
のルールでしか動かないわ。
あなたと……誰だったかしら。あの、あなたの部下の一人、七色の甲冑の
彼が手を組めば、このリドルを強制的に終わらせることはそこまで難しいこ
とじゃありません。―――でも、それってすごくつまらない。
正当な手順を踏まないプレイヤーを、森は決して認めないわ。
戯けたことを。私は戦争をやっているのだぞ。
貴様らの児戯に等しいゲームに―――
戦争こそが貴族のゲームじゃない。「フォン」なんて名乗っている癖に、
ずいぶんと余裕のないコトを言うのね。
とにかく、あなたの「迷い」に対しての答えは以上よ。時が至ればその牢
獄は勝手に扉を開くから、大好きな戦争ごっこでもやってれば?
- 243 名前:おもいっきり森電話 ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/25(日) 09:45:39
>>230
>>240>>241>>242
待て。結局この森はなんなのだ。
私は知らんぞ。森に関わるジャンヌのエピソードなど。
なぜ森が喚ばれたんだ。
あの聖女は分かる。あれは私の油断が招いた悪夢だ。
だが、この森はどこから来た。
森と聖女の関係を教えろ。
あなたは誤解しています。
全ての因果に関係があるなんて、そんなの絵本の読み過ぎよ。
森が乙女を生んだのか。乙女が森を生んだのか。……そんな見当外れな命
題に悩まされている間は、決して答えに至れない。永遠に牢獄の中で悩み続
けて枯れればいいわ。
―――でも、ヒントだけは教えてあげる。あなたのためじゃなくて、視聴
者のために。
あらゆる異変には「鍵」がある。それはあなたも知っているわよね? 小
学生だって分かることだわ。
別に鍵でも切っ掛けでも根源でも何でも良いのだけれど。とにかく異変の
基点となるところよ。―――でも、あなた達はその〈始まり〉を読み違えて
いるの。今回の森蝕はどうして始まったのか。誰が招いたのか。……グルマ
ルキン・フォン・シュティーベルさん。あなたは、それを半分しか理解して
いません。目先のまばゆい輝きにばかり目を囚われて、ね。
そう……得てして自分を「普通」だなんて規定しているものこそ、深い闇
を抱えているものだわ。それはどこの世界でも同じね。
ヒントはここまで。これ以上は自分で考えなさい。
おい、さっぱり分からんぞ。貴様は何を―――
はい! それでは、今夜の「おもいっきり森電話」はここまで。
グルマルキンさん、ありがとうございました。二度と電話して来ないでね。
視聴者の皆さん? 今日はつまらない人が相談者でごめんなさい。
明日からはもっと面白い相談を探すわ。―――だから、明日も見てくれる
わよね? フランス国営放送局を電波ジャックして、急遽お送りした番組だ
けど、明日も明後日も明明後日も! 森が続く限り、この番組は不滅よ。
以上! 燦月製薬の提供で、FSK(France Shinrin Kyoukai 或いは Forest
Service Kyoukai)が腐海神殿から中継でお送りしました。
―――そう、これはこれで。
また別のお話。
- 244 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/25(日) 09:47:10
〈L'arbre de la fee〉
>>230
>>240>>241>>242>>243
パーティは続く。
パーティは続く。
……うっすらと瞼を開く。
そこは、彼女が初めて〈声〉を聞いた場所に似ていた。
村を離れ、ヴォークリュールに向かう高台―――芝生に覆われたあの自由地
には、枝を大きくのばし、広い木陰を作るブナの樹が密生していた。
思えば、〈ブールルモンの妖精の樹〉と呼ばれていたあの高台から、全てが
始まったような気がする。
「―――っ!」
頭痛が走った。頭の裏側が切り離されるかのような、痛烈な違和感。お陰で
彼女はいつもの行程を辿らずに記憶を取り戻す。
そう、私は乙女だ。
これは二度目の再生。売国奴イザベルと決闘に敗れ、こうして〈妖精の樹〉
の下に戻ってきた。胸を鎧ごしに撫でる。自ら貫いた疵は跡形もなく消え失せ
ている。あの戦い自体が無かったことかのように。
「目覚め」自体の体験は三度目になるだろうか。痛む頭を押さえながら考える。
繰り返す救国への道―――だが、この頭痛は初めてだった。目覚める度に新生
するのなら、痛みなど覚えないはずなのに。
まるで、何かの歪みが徐々に拡大しているかのようだ。
立ちくらみを理力でねじ伏せながら、草の寝台から身を起こす。
「おはようジャンヌ。快適な目覚めを得られたかしら」
決められた台詞。決められた挨拶。今度のアリスは、コーヒーテーブルに森
を模したボードを広げて、一人ですごろくを楽しんでいた。
サイコロを振り聖女の駒を進める。「今度はどのフランスを救うの?」
「そうね……」
「―――どうしたの?」
表情には出していなかったはずだが。些細な違和感を感じ取ったのか、アリ
スは魔女の駒を投げ捨てて乙女に歩み寄る。
「どこか痛いの?」少女の顔見る間に青ざめる。「そ、そんなことないわ。だ
って、あなたはここに戻ってきたんだから―――」
「ええ、大丈夫」
事実、痛みはもう引いている。
「それに、私の心配よりフランスの心配を。先の戦いのお陰で、だいぶ本当の
戦い方を思い出すことができたわ。……そうね。次はきっと救える」
アリスは安堵の吐息を漏らす。
「もう、びっくりさせないで」
言うなり乙女の右手に回り込んで、腕を取った。
「あなたが健康なら、それでいいわ。―――じゃあ、今夜も行きましょう。
フランスを救いに。あなたの理想を叶えに」
乙女は微笑を称えて頷いた。彼女の救国が再開する。
(ジャンヌ・ラ・ピュセル→二度目の復活)
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉→移動】
- 249 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/25(日) 17:30:28
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
導入
>>230
>>240>>241>>242>>243
>>244
パーティは続く。
パーティは続く。
xxxxxxx au pays des meveilles.
それが、アリスが与えた遊園地の名。長すぎるので「フォレストランド」と
呼ぶよう乙女に言いつけた。
腐海に沈む前、このテーマパークがどんな幻想〈メルヘン〉に支配され、ど
んな名前で呼ばれていたのか。アリスは知らない。どうでも良かった。
森に沈んだ遊園地に、かつての面影はない。樹がアトラクションというアト
ラクションに寄生して、緑樹を彩る。観覧車は回転する世界樹に。ジェットコ
ースターは枝葉のレールを走る果実となった。
今や、この遊園地はアリスのものなのだ。
入場ゲート脇という一等地に展開するバンケットホールで、アリスと乙女は
食事中。園内のアトラクションを制覇するためには体力が必要で、体力をつけ
るためには食事が必要だったから。
ドードー鳥のパティシエが料理長を務めるバンケットホールで、シャム猫の
ギャルソンがオーダーを運ぶ。
テーブルの上にはメルヘンスウィーツが所狭しと並べられて、アリスは満足
顔。ザッハトルテにドボシュ・トルテ。プリンアラモードにメレンゲ・マフィ
ン。イタリアン・ジェラードも忘れずに。
中央にはフルーツの盛り合わせ。眺めるだけで胸焼けしそう。
乙女は目を剥いて驚くばかり。オスマンのスルタンだって、これほどの贅沢
は叶うまい。
「さ、食べましょう」
アリスは『糖蜜井戸のチェリータルト』をまず選んだ。
「フランスは思った以上に裕福なのね……」
おずおずと乙女は『ハートの女王さまのストロベリーサンデー』を引き寄せ
る。氷菓子なんて乙女にとって主と同じぐらい遠い存在だったのに。
だが、嫌ではない。むしろ大好物だった。それはあの魔法の砂糖で学習して
いる。そしてこのストロベリーサンデーは、更なる光の世界へと乙女を導いて
くれた。「……甘いわ」
「あなたに限らず、私に限らず。少女なら誰でも甘いものが大好き。甘いもの
以外なぁーんにも食べたくない。きっと私の血はミルクセーキで出来ているん
だわ。―――でも、私は少女なのに時々肉食」
アリスはくすくすと笑う。よく分からないが、彼女が楽しそうなのは乙女も
嬉しかったので微笑で応えておく。
「特別メニューでーす!」
料理長自らテーブルに参上。アリスへの敬意を忘れない。
「あら、何かしら。楽しみだわ」
「お客さまのために腕を振るいました。『暗黒聖女のガトー・ショコラ 奈落
風味』です。ビターでデカダンスな死人の味わいをどうぞ」
「……死刑」
アリスが人差し指で首をかっ切る動作をすると、どこからともなくトランプ
の衛兵が現れて、料理長を連れて行った。
- 250 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/25(日) 17:32:21
>>249
「所詮はドードーね。センスがあまりに足りてないわ。次からはシンリンオオ
カミを料理長にしましょう。―――ねえ、それよりジャンヌ。新しいゲームを
しない? 私、とっても素晴らしいのを思いついたの」
アリスが乙女の食べているデザートを指差して、「あら、その○○も美味し
そうね。私も食べていい?」と尋ねる。ここで乙女が「どうぞ」とパフェグラ
スを渡してしまったら彼女の負け。スタートからやり直し。
正解は「どうぞ」と言って、スプーンにすくってあげること。「あーん」と
アリスの口まで運んだらゴール。次はアリスのターンで、「こっちの○○も美
味しいわよ。食べる?」と―――
「……アリス」
乙女の険しい声で、彼女のルール説明は中断された。
「あれを見て」
乙女の視線の先、ウィンドウの向こうに二つの人影。フォレストランド唯一
の出入り口、正面ゲートに二人の女が見えた。
「あれは……」
苛立たしげにアリスは呻く。
「敵よ。間違いなく。私の邪魔をして……許せないわ」
乙女は慎重に頷く。
「人間のようだけど……訓練された兵士ね。私とともにブルゴーニュと戦っ
た仲間たちの中にも、あのような狼がいた」
そこでアリスは絶妙の配役を思いつく。
「ジャンヌ、彼女たちが手に持っている武器……なんだか分かる?」
火を噴く鉄の槍。先に乙女が召喚した悪魔もあの武器で武装していた。乙女
の知るフランスには無かった、恐るべき武器だ。詳細は分からない。
アリスの悪戯っぽい笑み。
「―――あれはロングボウよ」
ロングボウだって?! 乙女は青ざめる。あのウェールズ人の武器か。クレ
シーやアジャンクールでフランス軍を皆殺しにした、悪魔の豪雨。
突撃こそ騎士の誉れと知るフランス騎士にとって長弓は天敵だ。乙女はぎり
ぎりと歯噛みする。ロングボウをあんなに誇らしげに構えているとは。彼女に
は一人だけ思い当たる人物がいた。
「エドワード・オブ・ウッドストック……!」
「大正解!」
アリスの歓声も怒れる乙女の耳には届かない。
ブラックプリンス。エドワード黒太子。百年戦争前期におけるイングランド
の勝利を決定的にした名将。フランス軍を完膚無きまでに打ち負かした悪魔。
善良王ジャン二世は彼に敗れて虜囚となった。百年戦争でのフランスの英雄
が乙女ならば、英国側の英雄は黒太子に違いない。
「落ち着きなさい、ジャンヌ」
アリスは得意そうに言う。
「いくらあなたでも、あのブラックプリンス相手に一人で挑むのは危険よ」
だから、軍を用意しなさい。アリスの言葉に乙女は目を瞠った。
「救世軍を派兵するの? ……確かに、その力は思い出したけれど」
通常の悪魔召喚とは違う。乙女ほど地獄に接近している召喚士でも、術の完
成には時間を要した。その間に黒太子に逃げられては元も子もない。
「大丈夫。私が時間を稼ぐわ」
彼女は乙女を驚かせてばかりだ。
「―――だから、あなたはあなたの務めを果たしなさい」
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 251 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/25(日) 17:33:26
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>249>>250
パーティは続く。
パーティは続く。
息は荒く。肩も揺らして。気が滅入るけど、髪の毛もばさばさに。
スカートは引き裂いた方が効果的かしら? ……いいえ、それはやり過ぎ。
お洋服がかわいそうだわ。お化粧も絶対に落とさない。
大丈夫。私はかわいいもの。
どこからどう見ても、庇護されるべき女の子。
―――さあアリス、お話を始めましょう。
かっぽかっぽとロッキン鳴らして二人に近付く。廃墟となった遊園地で、
息を乱して走り寄る少女が一人。「助けて!」と悲鳴つき。
ふりふりのゴスロリ姿はちょっと奇抜が過ぎるかもしれないけど、ここ
は遊園地だもの。きっと上手くカモフラージュできている。
金髪のほうの女性に縋り付く。
「助けて!」
二度目の懇願。
「追われているの!」
そうして指差した先には、襤褸のシーツを頭から被ったかのような汚ら
しい亡者が四匹。腐肉の変わりに劣化した闇を零しながら、よたよたと近
付いてくる。ああ、と絶望の悲鳴。
「ママもパパもあいつに! あいつに……!」
これはちょっと重すぎかしら?
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 257 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs 投稿日:2007/11/25(日) 18:07:42
- エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>249>>250>>251
「なんですか、ここは?」
「油断しないで」
そう言ってコッキングレバーを鳴らすアタシたち。
病院を吹き飛ばしたアタシとフィオが次に迷い込んだのは……遊園地だった。
多分きっと間違いなく逆の方角に来てしまったであろうことは想像に難くない。
「方位は移動するときに確認した。てことは……道間違えた?」
「間違えるも何も一本道でしたよ」
これが異界化ってやつ、か。
「引き返しますか」
「いや……また戻ってきそうな気がする。このまま進もう」
「根拠はあります?」
「カン」
「地図が当てにならない以上それに頼るしかありませんね」
はあ、とフィオはため息をついた。
「やっぱりここにもゾンビとかグールとかいるんでしょうか」
「いるだろうね。アタシはもうミラーエリとか出てきても驚かないわ」
「ミラーエリ?」
「類似品にミラーフィオよ」
軽口を叩きながら遊園地へ踏み入る。
そこへ、
「助けて!」
悲鳴と走る足音。
「エリちゃん!」
「要救助者のようね」
現れたのはふりふりの黒い服を来た少女。
「助けて!」
縋り付いてきた少女に、自爆兵か!? などと思った自分が居た事を心底嫌悪した。
フランスでそれはない。
「追われているの!」
少女の指差す先にはゾンビともグールともつかない化物。
「ママもパパもあいつに! あいつに……!」
「下がってな。フィオ、その娘お願い」
怒りが湧いた。
こんな女の子が非日常に放り出されて幸せな日常を失うなんて理不尽、アタシは嫌いだ。
少女をフィオに任せて前へ出る。
「くたばれ」
ショットガンが立て続けに咆えた。
轟音四つ。
コンコンココンと爆ぜたショットシェルが四回地面を叩いた。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 258 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/25(日) 18:51:51
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>257
パーティは続く。
パーティは続く。
怒りに駆られながらも黒太子の銃撃は的確だった。
亡者の腹部と思われる場所に銃弾を叩き付けて、真っ二つに引き千切る。
末期の呻きすら盛らせず、四匹は揃って形骸の彼方へと霧散した。
後には死骸も残らない。
「助かった……の……?」
アリスは尋ねる。だが、答えは聞けなかった。森を切り裂く絶叫。まるで
稲光のように遊園地に谺する。いったい誰の声? 自分の声。アリスの声!
「あ、ああああ!」
アリスは指を指しあぐねた。いったいどこを指せばいいのか。どこだって
指すことができた。どこを指しても黒太子に驚異を告げることができた。
ゲート脇のバンケットホールから。噴水の奥の、バロック建築を模したリ
ゾートホテルから。隣のエリアへと繋がるトンネルから。―――建物という
建物から、亡者が昏い瞳で二人の黒太子を見つめていた。先に彼女たちが撃
ち倒した四匹と、似たような姿の亡者が。
窓という窓から睥睨している。どの建物の屋上にも、溢れるほどの数でひ
しめき合っている。
……やがて彼女たちは知るだろう。悪夢に等しき現実に。
遠目に眺めてみれば、観覧車にもジェットコースターにも、屋内アトラク
ションのドームにも。この入場口に留まらず、フォレスト・ランド全域に襤
褸布の闇が密集していることに。
百では追いつかない。千を軽く超えるかもしれない。―――それはもはや
群れではなかった。彼らは「軍」だった。
一人の乙女のために集った、彼女のためだけの軍だった。
非(オー)、非(オー)、非(オー)……!
絶(オー)、絶(オー)、絶(オー)……!
無(オー)、無(オー)、無(オー)……!
亡者は静かに叫ぶ。呻きとも唄ともつかぬ怨嗟の声を。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 259 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/25(日) 18:52:56
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>259
〈飢餓同盟(タルトタタン)〉―――それが絶望の名。
あらゆる「法」から追放された辺獄の住民。
深い嘆きと拭えぬ憎悪。決して満たされぬ飢えが、渇きが、絶望を無限に
生成する。虚無に浸りながらも虚無を恐れ、傷みだけが現存の証。
―――そんなカタチを持たぬ影法師の軍勢がいま、泥のような闇をまとい
進軍を開始する。
部隊は四つ。併せて四陣。
総数一万三千三百名。
―――そして、混沌の海の中央で黒百合の戦旗が翻る。屋外イベントホー
ル。ギリシャの裁判所の如き白亜の会場で、黒甲冑の乙女は高らかに叫んだ。
「十字軍よ! フランスの御旗の下に集いし、栄光の戦士たちよ! 今こそ、
過去の敗北を拭い去れ! ポワティエの敗北を輝きで塗り替えるのです!」
非(オー)、非(オー)、非(オー)……!
絶(オー)、絶(オー)、絶(オー)……!
無(オー)、無(オー)、無(オー)……!
アルマニャック十字軍の参戦。
救国の大儀を背負って、英国軍にいま―――
「―――突撃〈パレード〉!」
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 260 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs 投稿日:2007/11/25(日) 19:48:33
- エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>258>>259
ショットガンを受けた化物は影も残さず消え失せた。
どうやら通常の物理法則には縛られていない手合らしい。
質量保存の法則って何ですか?ってやつだ。
「助かった……の……?」
少女の声に答えようとして
響いた絶叫に遮られた。
「あ、ああああ!」
振り向いた先にはフィオに抱き留められた格好でどこかを指そうと指を迷わせる少女の姿。
浮んでいる表情は恐怖のソレ。
少女の視線を追ったフィオも、固まっていた。
「…………」
吹っ飛ばしたさっきの化物が事もなく立っているってのが、相場かな。
機敏に前を見た。
モタモタしているうちに化物が目の前に来て振り向きざまに殺されるってのがホラーのお決まりだからだ。
「これは……」
少女が指を迷わせている理由が分かった。
――さっきの化物が、見渡す限りどこにでもいるから。
どこを指したっているんじゃ、逆に迷うってわけだ。
マズイ。これだけの数の暴力には流石に抗えない。
「フィオ、逃げるよ」
「いえ、エリちゃん。もう退路がありません」
嘘でしょ。
後ろを見る。
入ってきたゲート方面も、既に化物が埋め尽くしていた。
「こんなに山ほどどこから湧いた……」
それも何時の間に。
アタシとフィオは少女を間に庇う様に背中を合わせた。
「どうしましょう」
「切り抜ける、さ。包囲の薄いところ探して」
二人で360度を探る。
忌々しい事にどこもかしこも厚い。
――化物どもが静かに吠えた。
そしてにわかに動き出す。
隊列を組み、陣を敷いて。
これは、進軍だ。こいつらは軍隊だ。
ヤバイヤバイヤバイ!
モタモタしてたら切り抜けられなくなる!
「十字軍よ! フランスの御旗の下に集いし、栄光の戦士たちよ! 今こそ、
過去の敗北を拭い去れ! ポワティエの敗北を輝きで塗り替えるのです!」
化物軍隊の中央、一際守りが分厚いそこに、一体だけ異端が居た。
黒い甲冑の乙女。
化物の中に居ながらどこか神々しささえ感じさせるその乙女は。
「―――突撃〈パレード〉!」
アタシたちへ断頭の剣を振り下ろした。
これでもう一刻の猶予もない。
動かなければ圧殺される。
情けも容赦もなく機械的に。
「エッ、エリちゃん!」
サブマシンガンからショットガンの弾倉を外して腰のパウチに突っ込む。代わりに抜き出した弾倉を叩き込みコッキング。
装填したのは対機動敵用の榴弾――スーパーグレネード。
「右を切り崩して突破する! 銃貸せ! その娘担いでついて来い!」
言うが早いか、右の包囲へ弾倉一つ丸々ばら撒いた。
スーパーグレネードは弾着と同時に炸裂し、周辺を爆発で一掃する。
威力、効果範囲ともに申し分ないが、装弾数に難があった。
たちまちのうちに撃ち尽くした弾倉を落として。
次の弾倉を叩き込む。
――ヘヴィーマシンガン。
正面から迫る一団へグレネードを放り投げ、フィオから銃を受け取った。
こっちに装填してあるのもヘヴィーマシンガンだ。
ちらりとフィオを見る。
少女を抱きかかえ、右手にはオートハンドガン、コンバットマーダー。
こくりと頷いた。
「走れぇーーーーっ!!」
弾幕を張りながら全力で走り出した。
後ろは見ない。
前方180度の敵を銃弾で薙倒し、アタシたちは走り続ける。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 261 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/25(日) 20:13:15
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>260
非(オー)、非(オー)、非(オー)……!
絶(オー)、絶(オー)、絶(オー)……!
無(オー)、無(オー)、無(オー)……!
十字軍の一陣に僅か二騎で切り込む黒太子と黒太子。だが、自慢のロング
ボウの威力はかつてフランスを射止めただけあって無慈悲に強力。
視界に入る端から〈飢餓同盟〉の住人を故郷に帰していく。彼らの動きは
あまりに鈍く、そして弾丸は風を切るほど速かった。
一発で十匹は吹っ飛んだ。炸裂が収まると、今度は二挺の機銃が闇を手当
たり次第に薙ぎ払う。
―――だが、銃撃に曝されて闇の肉を散らかした影法師は、自らの死骸を
「門」にして新たな亡者を呼び寄せる。ずず、と影から影が立ち上がる。
黒太子が一匹殺せば三匹生まれ、三匹殺せば九匹生まれる。ならば、百匹
殺せば三百匹か。彼らは絶望。彼らは虚無。形骸を滅したところで奈落への
落下が制止されるわけではない。
フランス軍は決して敗れない。それがこの戦争〈リドル〉のルールだった。
「どうして! どうしてなの」
メガネの黒太子に抱かれながら、アリスは狂騒する。
「私、遊んでいただけなのに。遊園地に家族で来ただけなのに!」
あくまで演出。二人の集中を乱さない程度に騒ぎ立てる。
亡者の軍勢が壁となって押し寄せる。進軍というよりスラムを組んだ「通
せんぼ」に近い。離れた会場では、乙女が戦旗を振り回して執拗に「突撃!
突撃!」と喚き立てている。彼女たちの位置からは声しか聞こえない。
アリスはぼそりと呟いた。
「―――……なんだか、あの人が一番偉いみたい。私のパパたちが死んだと
きも、あの人がいたもの」
聞こえるとは分かっているけど、これはあくまで独り言。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 265 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs 投稿日:2007/11/25(日) 20:53:00
- エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>261
ヘヴィーマシンガンが化物を引き千切って散らし飛ばす。
ヘヴィーマシンガンが化物を射抜いて薙倒す。
だが今度は消えていかない。
打ち倒した死体から、ずるりと同じ化物が数を増やして現れる。
くそったれ。
ぎり、と歯噛みした。
これじゃ突破どころか……っ!
「どうして! どうしてなの」
フィオの腕の中で少女が泣く。
「私、遊んでいただけなのに。遊園地に家族で来ただけなのに!」
くそくそくそくそくそくそっ!!
ふざけるな!
絶対に突破してやる。
正面には立ちはだかる化物の壁。
銃ではダメだ。なら、手榴弾ッ!
「燃え尽きろっ!」
投げつけたのは酸化銀を使ったテルミット手榴弾。
超高熱の火柱が噴き上がり、何もかも焼き尽くす。
熱風が肌を炙るが気にしている余裕はない。
後で肌がひりひりするぐらいだ。それに後続二人には影響ない。
火が効いたのか、それとも酸化銀が効いたのか、化物の間に切れ目が出来た。
突き抜ける。
包囲突破。
「止まるな走れ!」
言い様にターン。先にフィオを行かせ、アタシは追いすがる化物へ掃射を浴びせた。
保持は肩に掛けたスリングに任せて銃から手を離し、腰に手をやった。
指に掴むは手榴弾。
指の間に挟んで投げた四発の柄付き手榴弾はくるくると宙を飛び、コンと地面を叩いて爆発した。
「オマケだ」
ベストの内から一つ二つ三つ四つと円筒の缶を落とす。
それらは催涙ガスを辺りへぶちまけて目晦ましへと化けた。
逃走用の煙幕を張ってフィオたちを追う。
フィオは離れた建物の扉を開けて手招きしていた。
中へと飛び込む。
扉は即座に閉ざされ、錠を下ろされた。
「はあっ! はあっ! はあっ!」
喘ぐ。
全力疾走での包囲突破は、体力が、持たない。
横のフィオも同じように肩で息をしていた。
女の子一人抱えて同様に全力疾走だったんだから、当然か。
「奥に、いくわよ……」
呼吸はまだ乱れていたけど、整うまでここに留まっているわけにも行かない。
隠れるにしろ、何にしろ、入り口近辺でやるバカは居ない。
くそ、これからどうする……?
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 266 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/25(日) 21:15:21
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>260
パーティは続く。
パーティは続く。
黒太子が飛び込んだ先は、二階建ての写真館。ヴィクトリアンドレスから
カウボーイ、バドガールに着ぐるみまで。色んな衣装が華やかに店内を飾っ
てる。館の奥は撮影所。色んなロケーションを用意して三人を歓迎した。
「降りる、わたし降りるわ」
返事を待たずに、メガネの黒太子からするりと抜け出す。
「怖いけど……自分の足で歩かなくちゃ駄目だもの」
助けてもらったのだから、荷物にだけはなりたくない。お姉さまは両手を
使って―――健気な態度で、いかにも「無理してます」を演出中。
「でも、お姉さまたちって……凄いのね。だって、あんなに囲まれていたの
よ? 道なんてどこにも無かったもの。なのに、お姉さまたちが道を作っち
ゃった! 信じられないわ」
もしかして……私たち助かるのかしら。瞳を揺らしながら、アリスは声に
出して自問する。傷ついているけど、絶望はしていない。そう知らせるため
のアピール。二人の心のケア。
だけど、悪意のトッピングも忘れない。
「ああ!」黒太子が向かおうとした館の奥。頑丈そうな樫材の扉と床の僅か
な隙間から、すーっと影が差し込んだ。「影だわ! 影が!」
影が床に伸びたかと思いきや、怨嗟とともに闇の水面から巨大なシルエット
を浮き上がらせる。黒い鬣、黒い髭。黒い皮に、黒い牙。―――それは人の身
体と獅子の頭を持つ獣人の形骸だった。アリスたち三人を縦に重ねてもまだ勝
るほどの巨躯を誇っている。なんて悪い冗談。獅子は腰を屈めても、まだ後頭
部が天井に届いていた。
手には竜すら解体できそうな石器の大剣を構えている。
特異なのは両目の瞼。銀糸を縫い付けて、光を拒んでいる。見ると、口端の
両端にも銀糸が。そのせいで口は開けず、牙をしまうこともできない。
身体の穴という穴を獅子は銀糸で塞いでいた。
「ラ・イール!」
乙女は猛将の参戦を歓待する。
「よく来てくれたわ。あなたの怪力があれば、もう何も怖くない!」
破(オー)、破(オー)、破(オー)……!
壊(オー)、壊(オー)、壊(オー)……!
ラ・イール―――そう呼ばれた獅子は、くぐもった呪詛を漏らしながら進軍
を開始。進路の妨げとなる衣装ダンスやテーブルを巨木の如き足で平然と蹴散
らして、黒太子に挑みかかる。
きりきりと筋肉を引き絞り、大剣を振り上げた。
「―――……どうしてあんなに、身体を縫っているのかしら」
またまたアリスの独り言。
「まるで光が身体に入るのが怖いみたい」
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 269 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs 投稿日:2007/11/25(日) 21:55:47
- エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>266
逃げ込んだ先は写真館だった。
お化け屋敷やミラーハウス、スプラッターハウスじゃなくてよかったって、ところか。
なんか余計なもの出てきそうだし。
――考えてみればここも安全って保証はないのよね。
後ろを見る。
フィオは右手にコンバットマーダーを持ち、左腕に少女を乗せるようにして抱えていた。
――後方から襲われたらヤバいな。
しかし少女をフィオから下ろすと逃げるときに抱える一動作が生じる。
それもまずい。最悪二人死ぬ。
だが少女を抱えたままサブマシンガンを使うのは無理だ。
つまりこのまま後ろにやや不安を抱えたままいくしかな……
「降りる、わたし降りるわ」
アタシの考えを知ってか知らずか、少女はそう言うとフィオの腕から抜け出した。
「怖いけど……自分の足で歩かなくちゃ駄目だもの」
無理しているのが見え見えだった。
当然だ。いきなり非日常に放り込まれて、その渦中で生き続けている。
無理がないわけない。
「いい子ね」
アタシはフィオにサブマシンガンを返した。
受け取ってフィオは弾倉を取り替えた。弾種は継続してヘヴィーマシンガン。
「でも、お姉さまたちって……凄いのね。だって、あんなに囲まれていたの
よ? 道なんてどこにも無かったもの。なのに、お姉さまたちが道を作っち
ゃった! 信じられないわ」
「おね……」
「お姉さま……」
苦笑した。うん、様づけはちょっとないんじゃないかな。
悪い気は、しないけどさ。
「もしかして……私たち助かるのかしら」
少女がつぶやく。
「助かるよ」
「助かりますよ」
二人して即答した。
状況は楽観出来ないけど、悲観するほど悪くもない。
まだ詰みじゃない。なら希望は肯定するべきだ。
「ああ! 影だわ! 影が!」
向かう館の奥から影が伸び、少女が叫ぶ前で化物へと姿を変えた。
見上げるような大型、頭は獅子で手には馬鹿でかい剣。
――メタルスラッグに乗っていても出くわしたくない相手だ。
だが弱音は吐けない。後ろには守るべき少女がいる。
(さてどうしてくれようか!)
包囲してた化物と同じ類なら下手に撃ったらえらいことになる。
こんなのが三体も来たら手に負えない。
化物が来る。障害物を蹴散らして。
(一か八か撃つか!? このまま攻撃しないまま殺られるよりは!)
アタシが引き金に指を掛けた瞬間、少女が呟いた。
「―――……どうしてあんなに、身体を縫っているのかしら」
それは子供だから浮んだ疑問。
「まるで光が身体に入るのが怖いみたい」
その言葉と、視界の端に写ったストロボがアタシの直感に触れた。
「フィオ! その子頼んだ!」
言ってアタシは化物の右へ回り込んだ。
タタン、タン、と短く銃撃して化物の気を引く。
そのスキにフィオが少女を抱いて離れた。
「さて光が身体に入ったらどうなるのかな!」
左手で掴んで引き寄せるはストロボのスイッチ。
強烈な閃光が化物の巨体へ照らしつけた。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 274 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/25(日) 22:30:11
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>269
一軍に匹敵する破壊力を持つラ・イールが、ストロボの閃光ただそれだけ
で鋼の上半身を燃え上がらせた。勇将ではなく、ぬいぐるみに過ぎなかった
のではないか。そんな疑念が湧くほど、呆気なく獣人は闇に沈んだ。
〈飢餓同盟〉唯一の弱点を見事に穿ち抜いたとは気付くはずもなく……。
「二階へ!」
アリスは焦げ付いた影を飛び越えて先導する。
「もうドアが保たないわ!」
彼女の声と同時だった。まるでアリスが導いたかのように、玄関の扉が破
砕する。窓も砕き割れて、亡者の軍勢は瞬く間に室内に満たしていった。
「早く! 早く!」絶叫じみたアリスの声。スカートを翻して階段を駆け上
がる。黒太子に先んじて、さっさと先を進んでしまうのは危険だが、彼女た
ちにはどうしても二階に昇って欲しかった。
二階は写真の展示ホール。広々とした間取りに、遊園地の中央を望むベラ
ンダ。高所から見れば、このテーマーパークに満遍なく亡者どもが密集して
いることが分かる。―――中央に、誇らしげに乙女が立っていることも。
内と外を隔絶する扉は今や破られた。〈飢餓同盟〉が二階まで浸食するの
も時間の問題。「もうお終いだわ!」アリスの表情に、ついに絶望が―――
「あら?」
人格が豹変したかのように呑気な声。
「これは何かしら」
アリスが疑問を抱いたのは、煉瓦で作られた暖炉のイミテーション。その
上に飾られたライフルだった。これもやはりレプリカだろう……通常ならそ
う考えるところだろうが、造形があまりに異質だ。
懐古的な内装の中で、そのライフルだけは現代的な―――未来的とさえ言
えるフォルムを描いている。
ワルサーWA2000。ブルパップ式のオートマチック狙撃銃。
ご丁寧にスコープまでマウントされ、零点規正やトリガーの重さなど、全
て黒太子に合わせて調整されていた。
これ、何かしら。
アリスはもう一度呟いた。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 277 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs 投稿日:2007/11/25(日) 23:21:47
- エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>274
光が身体に入ったらどうなるのか。
答えは『炎上する』だった。
あれほどまでに威圧的だった巨体が見る間に燃え上がり、見掛け倒しそのもの体現とばかりに溶けて消えた。
「……効くんじゃないか、とは思ったけどこれ程劇的だと思ってなかったな」
笑うしかない。ギャグか冗談にしか思えない。
強敵と思えた相手をあっさりと撃破したことに気が緩む。
が、そんな時間は与えられないらしい。
「二階へ!」
少女が短く言って駆けた。影を飛び越え、二階へ向かって行く。
「もうドアが保たないわ!」
その瞬間に玄関扉が破られ、外の化物が押し寄せてきた。
「ひ、ひぇぇ!」
「出のタイミング計ってたのかよ!」
言う暇があれば走った。
颯爽と二階へ上がる少女を追うように、階段を上がる。
「早く! 早く!」
「先に行かないで! 危ない!」
アタシの声は聞こえているはずだったが、少女は止まらず駆けていく。
パニック状態になっているのかもしれなかった。無理もない。
「もうお終いだわ!」
建物は二階で行き止まりだった。
下は化物、上への道はなし。
外へ出るベランダはあったが、上に登るには取っ掛かりがない。 ロープもはしごもない。
そして見渡す限り、黒い化物で一杯だった。
黒い絨毯の中央にはさっきの黒い乙女。
「くそ……!」
手詰まりか。
いや、まだだ。階段を爆破すればしばらくは時間が稼げ……
「あら?」
取り乱して泣き出すかと思われた少女がきょとんとした声を出した。
「これは何かしら」
「これ?」
少女が疑問を抱いたものを見る。
「これ、何かしら」
「――――」
それはそこにあるにはあまりに異質だった。
マスケット銃なら分かる。
レバーアクション、ボルトアクションでもまだ分かる。
それならインテリアの一環として理解できた。
「ブルパップライフル、ですか?」
「ワルサーのプルパップ狙撃銃よ」
手を伸ばして取り外した。がこん、と金具が上がったりはしない。
弾倉を外す。真鍮の輝きが収まっていた。
おそらくいつでも撃てる状態だ。
「って、これでどうしろと」
狙撃銃は遠距離から対象を殺傷するには打ってつけの武器だが、その対象は少数に限られる。
辺りを埋め尽くすような数の化物を相手にこれでは焼け石に水だ。
「あ! あいつです! あいつを撃つんですよ!」
何か閃いたようにフィオが手を叩いた。
「あいつって?」
「あの甲冑着てる女の子ですよ! 化物の中央にいるじゃないですか!」
「アレを?」
「あの娘が言ってたんです。『なんだか、あの人が一番偉いみたい。私のパパたちが死んだときも、あの人がいたもの』って」
「つまり……アレが頭って事か」
「ですよ!」
「でもアレを倒してもこの事態が収まるとは限らないよ?」
「そうですけど! 何もしないままじゃ気が狂っちゃいますよ!」
もっともだった。
アタシはフィオに狙撃銃を渡すとヘキサゴンアームズM3685、愛用のサブマシンガンのストックを伸ばした。
「え、エリちゃん?」
肩に当ててしっかりと固定、セレクタをセミに変えて照準を覗き込む。
「こうもお誂え向きに置いてあると逆に信用できなくてね」
装填してあるのはヘヴィーマシンガンの弾倉。
この距離ならコイツの精度と弾丸でも狙撃は可能だ。
照準線上に黒い乙女を捉える。狙うのは頭じゃなく身体の中心。
「当たれよ」
アタシはトリガーを絞った。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 283 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/25(日) 23:59:36
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>277
「ラ・イール……? まさか、死んだの?!」
フォレストランドの中心で、乙女は受け入れがたい現実にわななく。
「そんな……オルレアンの猛攻にも耐え抜いたあなたが―――」
不可視の衝撃が乙女の悲観を中断した。唐突に弾かれ、舞台に背中から倒れ
込む。見れば、黒甲冑の胸部に穿孔。そこから放射状に亀裂が広がっている。
見えざる槍にでも貫かれたのか。衝撃は背中を貫き、背面の装甲まで穿ち抜
いていた。尋常ではない量の血が、石舞台に花を咲かす。
乙女は四肢を広げて、天を仰ぐように昏倒。意識の乱れが十字軍の軍勢に歪
みをもたらし、写真館周辺に配備された部隊が黒霧となって霧散した。
乙女は心臓を撃ち抜かれている。さしもの聖女でも、核が無ければ生きられ
まい―――そんな常識を奇跡が駆逐した。
「……ロングボウ」
か細い呟き。
「これが黒太子のロングボウね……!」
がばり、と上半身を持ち上げる。乙女の美貌に走る痛哭の怒り。
この痛みはフランスの痛みだ。黒太子の矢に貫かれた数十万のフランス兵―
――彼らの無念を思えば、心臓が消し飛んだ程度で死ぬわけにはいかない。
いまは〈停滞〉の刻印で応急的に死を逃れているが、魔術の効果が途切れ、
体内の時が再び動き出したら、乙女はその瞬間に即死する。
「次」があるとは言え、「今」を早々と投げ出すような真似はしたくない。
乙女は戦旗を握り直すと、それを杖にして立ち上がった。
「アルマニャックの十字騎士たちよ! 一万三千の勇者たちよ!」
乙女の令が魔術で強化され、フォレストランド全土に谺する。
「ラ・ピュセルの血を生むために、お願い……力を貸して!」
非(オー)、非(オー)、非(オー)……!
絶(オー)、絶(オー)、絶(オー)……!
無(オー)、無(オー)、無(オー)……!
〈飢餓同盟〉に逡巡は無かった。闇の光となる乙女の血肉となれるなら、心
臓の一つや二つ惜しくはない。一万三千の亡者が、一斉に自らの胸に腕を突
き入れた。心臓を鷲掴みにして抉り出し、天高く掲げる。
非(オー)、非(オー)、非(オー)……!
絶(オー)、絶(オー)、絶(オー)……!
無(オー)、無(オー)、無(オー)……!
「―――ありがとう」
乙女ははらはらと涙を流して、十字軍の気高き在り方に感謝する。
「あなた達は誰よりもフランス人です……」
差し出された心臓の一つを受け取り、孔の穿たれた胸に押し込む。刻印を幾
重にも重ね掛けして拒絶反応を無視。血管の一つ一つを丁寧に魔術で縫合して
いった。―――応急処置には変わりはなく、ダメージは甚大。だが、これで当
面の死は忌避できる。
乙女の双眸が、きっと彼方の写真館を睨んだ。
「さあ、突撃〈パレード〉の再開を!」
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 288 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/26(月) 00:33:20
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>283
我先にと階段へ殺到する亡者たち。歩みこそ鈍いが、後から後から押し寄せ
てくるため、歩くというより前に突き出されながら二階に進入してくる。
「ひっ」とアリスの短い悲鳴。階段だけではない、ベランダからも壁伝いによ
じ登ってきている。―――ああ、窓にも! 通気口からすら、ずりずりと肉を
歪ませて這ってきた。亡者は、あらゆる隙間から進入を試みる。
写真館を攻城する〈飢餓同盟〉の数は千にも及んだ。
―――その全てが、黒太子が弦(トリガー)を絞ると同時に消え失せた。
「……え」
アリスは唖然とする。
一瞬前の悪夢が嘘かのように、写真館は静まりかえっていた。
「な、何なのよ、これ……」
だが、ベランダから眺める景色までは変わっていない。写真館周囲の亡者が
消えただけで、フォレストランドにはまだまだ多くの亡者が蠢いている。
失った兵数も、再生に再生を重ねてやがては取り戻すだろう。
だが、黒太子はこのステージの攻略法をついに識った。
あとは、それを実践するだけの「力」が必要なだけだ。人が作った鋼鉄の牙
では、乙女の生命までは届かない。
―――アリスからブラックプリンスへ。最後のギフトね。
「まあ! これは何かしら」
いい加減わざとらしいと思いつつ、それが楽しいからやめられない。
「……これ、お姉さまが落としたの?」
アリスが床から拾ったのは、一発の銃弾だった。
口径は二人の愛銃に準じている。
弾種はヘヴィーマシンガン……とか、何とか。
ただ、その銃弾が他とは違うのは、弾頭が紅玉(ルビー)の宝石で出来てい
たことだ。「綺麗……」状況も忘れて、アリスはうっとりと見惚れる。
確かに、複雑なカッティングが施されたルビーの輝きは、武器と見るより装
飾品と見るほうが自然だった。―――だが、殺人の道具特有の硬質なプレッシ
ャーまで見逃すことはできない。この銃弾は紛れもなく本物。
ルビー・バレット。紅色の魔弾。
その貫通力は、ダイヤを用いた魔弾に次ぐという。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 294 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs 投稿日:2007/11/26(月) 01:09:38
- >>283>>288
照準の向こうで黒い乙女が吹っ飛んだ。
大の字に倒れ、空を仰ぐ。
イジェクションポートから飛んだ空薬莢が、チンと涼やかな音を立てて転がった。
「……命中」
「やりましたね!」
「ああ、やった――」
館の階段だけに留まらず、外壁を伝ってベランダや窓から、写真館を侵食せんとばかりに群がってきた化物は銃声と共に消え失せていた。
「ビンゴだったみたいです」
「……っはあ……! やばかった。これでダメだったら本当に打つ手なしだったから」
緊張が解け、苦笑が出る。
さっきの戦いもやばかったが、こっちは本当に紙一重だった。
アレを叩けばいいってことに気づかなければ今頃は――
アタシは再び狙撃姿勢を取った。
立て続けにトリガーを絞る。
「え、エリちゃん?」
「フィオぉ……終わってないみたい」
不覚にも弱音の入った声を出してしまった。
写真館に集っていた化物は消えたが、他が消えていない。
そして、撃ち倒したはずの黒い乙女が蘇っていた。
化物が再びこちらへ向かってくる。
一発で死なないなら死ぬまで撃つだけだ。
呼吸を整え、セミオートでトリガーを絞る。
が、化物が黒い乙女とアタシの間に立ちはだかった。
射線が取れない。弾丸のパワーは盾役の化物に奪われて貫通も見込めない。
「ここまで来て――ッッ!!」
撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ――。
ミスミスミスミスミスミスミス――!
「くそぉ……!」
隣でフィオも狙撃銃を使って撃つが、同じく有効弾が出ていない。
守りが厚すぎる。
万事休すか……。
「まあ! これは何かしら」
写真館の中から、少女の声がした。
「……これ、お姉さまが落としたの?」
少女が持ってきたのは、一発の弾丸。
弾丸形状はヘヴィーマシンガンの物と同一。
「綺麗……」
だが、弾頭部分が通常の物と異なっていた。
それは、少女の、いやアタシとフィオの目も奪ったその輝き。
弾頭はルビーと思しきもので出来ていた。精緻なカッティングが施され、見るものを魅了する光を放っている。
「これが、パズルの最後のピースか」
ありがとう、と言ってアタシは少女の手から弾丸を受け取った。
弾倉を外し、中へ押し込む。
無骨な金属の弾倉に、ルビーの光は窮屈そうに収まった。
弾倉を丁重に差し込み、コッキングレバーを引く。先に収まっていた通常弾が役目を務めることなく排出され、ルビーの弾丸に活躍の場を譲った。
確信があった。
この弾丸は、あの黒い乙女を倒すためのもの。
必殺の魔弾。
放てば確実にその命を奪い取る。
盾の化物越しに黒い乙女を照準。
「さよなら」
煌く弾丸が撃ち出された。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 295 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/26(月) 01:47:11
エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>294
空気の悲鳴を耳聡くキャッチ。次弾が放たれることは分かっていた乙女は、
写真館と彼女を結ぶ斜線上に素早く亡者を配置する。
〈飢餓同盟〉の中でも、とりわけ闇が濃い精鋭たちだ。先に乙女の胸を穿っ
たあの程度の威力では、この壁は貫けない。―――いや、どんなに威力を増
そうとも、彼らが受け止めれば矢は闇に取り込まれる。触れたもの全てを捕
食するのが、乙女を警護する〈飢餓同盟〉の親衛隊だ。
立て続けに飛来するロングボウの矢は、黒太子の焦りを的確に表現してい
る。一発も乙女に届きはしない。悉く闇に阻まれた。
だが、あまりにしつこい。魔力によって強化された乙女の耳には、ロング
ボウの咆吼が耳障りでしかたなかった。
「全軍、投石準備!」乙女は戦旗を振る。「狙えは写真館!」
清掃の行き届いたテーマーパークに石など転がっていない。亡者どもは
噴水を破壊したり、煉瓦の壁を砕いたりして武器を作る。
たかが投石とはいえ、その数が一万三千にも達すれば館など容易に倒壊
できる。乙女は戦旗を掲げると、振り落として投射の号令を―――
写真館のベランダから、紅色の閃光が瞬いた。
ロングボウの射撃。黒太子の抵抗。「無駄よ!」〈飢餓同盟〉の盾の前
では、あらゆる物質は虚無へと還る。―――闇を切り裂く光を除いては。
十字軍が誇る親衛隊が、一瞬で形骸の藻屑となった。何事か、と乙女が
瞠目したときには二つ目の心臓を撃ち抜かれている。
強烈な閃光。乙女が察知できたのはそれだけだった。赤い、ルビー色の
煌めきが確かに見えた。
〈停滞〉の刻印は間に合わない。
「イエス様……」
乙女はどうとその場に崩れ落ちた。
同時に、霧が晴れていくかのように、〈飢餓同盟〉全軍が自らの陰へと
還っていった。契約者が消えた現世に亡者が留まることわりはない。
(ジャンヌ・ラ・ピュセル→死亡)
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 297 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/26(月) 01:49:19
- 『ポワティエ平野で朝食を』
>>294
>>295
「……これはちょっと予定外」
狙撃を成功させた黒太子の背中を見守りながら、アリスは独りごちた。
「最後の最後で裏切るつもりだったのに。あらゆる希望を、最後の狂いが台
無しにするはずだったのに。―――どうして、こうなっちゃったのかしら」
一から十まで手を貸してしまった。
これではあまりに不公平。もし、乙女にこのことが知れたら、嫌われてし
まう。絶対に隠し通さないと。……黒太子はあくまで自分たちの力で逆境に
打ち勝ちました。それが今回のシナリオ。いまそう決めた。
―――けど、乙女と戦う側に回る今回の配役。斬新で、刺激的で、心の底
から愉しめた。あまりにも熱が入りすぎて、つい最後まで黒太子の味方をし
てしまったけれど。
それに、黒太子はアリスに優しくしてくれた。必死に彼女を守ろうとして
くれた。そういうのは苦手。もっと悪辣なゲストを探すべきだった。
「……私に優しくしていいのは、ジャンヌだけなんだから」
そのジャンヌも、死んでしまった。
―――だから、もう、このお話はお終い。
「さようなら」
二人の背中に別れを告げる。
「私はもう行くわ。あなた達も、生きて帰れるといいわね」
突然の言葉に二人が振り返ったときには、もう少女の姿のどこにもない。
まるでこのフォレスト・ランドで起こった出来事全てが一夜の夢だったか
のように、忽然と消え失せている。
遊園地には黒太子エドワード―――エリ・カサモトとフィオ・ジェルミ
だけが残された。
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 304 名前:エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ◆SV001MsVcs 投稿日:2007/11/26(月) 02:25:32
- エリ・カサモトvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『ポワティエ平野で朝食を』
>>295>>297
紅い光を引いて、弾丸は黒い乙女の心臓へ突き刺さった。
この上ない手応え。
確信通りに、今度は、確実に、仕留めた。
黒い乙女はその場に棒立ちになり、空薬莢がベランダを叩く音と同時に糸が切れたように崩れ落ちた。
どう、という音。
それと同時に遊園地を埋め尽くしていた黒い化物が薄れて消えた。
後には何も残らない。
「やった……」
フィオのぽつりとした声が耳に入る。
アタシはゆっくり、銃から身体を離した。
「…………」
アタシは何も言わなかった。
何と言ったものか迷っていた。
「さようなら」
背後から、少女の声。さっきから聞いてきた声だったけど、今度のは毛色が違っていた。
「私はもう行くわ。あなた達も、生きて帰れるといいわね」
振り返る。
そこにはもう誰も居なかった。少女が居た、という痕跡すらない。
「エリちゃん、あの娘……」
いや。
痕跡は、あった。
屈み込んで落ちた真鍮を拾う。ほの暖かい熱と、ネックの縁に微かな輝き。
少女から受け取った紅色の魔弾。それの空薬莢。消えた少女が残したアイテム。
「なんだっていいさ」
アタシは身体を起こしてベランダの手すりに背中を預けた。
「あの娘が居たからアタシたちはまだ生きてる。それでいいさ」
薬莢を顔の前に持ってきて眺める。
そういえば名前を聞き忘れたな、と思いながら。
【エリ・カサモト&フィオ・ジェルミ 生存】
【現在地:F地区 テーマパーク『フォレスト・ランド』】
- 316 名前:また別のお話.... ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/26(月) 06:34:07
挿話 第四巻[聖杯伝説]
見果てぬ夢。
それが例え終わった物語だろうと、
彼は夢見をやめることはありませんでした。
彼はね、物語と一緒に終わるはずだったの。
「おしまいの村」に戻る。その逸話に従って。
でも彼は終わることができなかったわ。
消えゆく物語が遺した最後の果実。
それは不完全で……曖昧で……
物語の全てを継ぐには、あまりに小さかった。
でも、彼は見ていたわ。
物語をずっと。
物語が望む世界を、ずっと。
物語にはキャラクターがいたわ。
世界を賑やかすためには必要な舞台装置。
彼と同じように、ある女の子の本棚から招かれた。
彼は本棚に並べられた背表紙の数々をしっかりと記憶していたの。
それが物語を構築するために
なくてはならない縛りだと分かっていたから。
物語にはゲストがいたわ。
世界を観測するために必要な来訪者。
男がいたわ。女もいたわ。
彼は彼らに使われて、物語に自らを刻み込んだ。
そして知ったの。
物語には、キャラクターよりも、読み手よりも、
もっと大事なものがあるんだって。
それは紡ぐ人よ。
物語のページを進めて、先を描く。
彼らは踊らされるだけじゃなくて、
しっかりと物語を描いてくれていた。
だから彼は記憶したわ。
物語にはルールがあったわ。
世界を維持するために必要な調和機関。
物語にはいつだって「道」があるから。
キャラクターにもゲストにも、好き勝手な振る舞いなんて許さない。
じゃないと物語がめちゃくちゃになってしまうでしょう?
だから彼は記憶したわ。
物語には黒い少女がいたわ。
世界が遣わした意思。
それはあまりに滑稽で、道化じみた人形だったけど、
物語にはいなくてはならない存在だったの。
だから、彼は記憶したわ。
こうして彼は物語を体験して、物語の全てを見渡しました。
決して忘れようとはしません。
だって、これさえあれば、いつかあの日々に帰れるから。
彼の黄金色の記憶が、いつか彼を物語へと導いてくれるから。
彼は物語と一緒に終わるはずだったけど、そうはならなかったの。
物語が終われば、彼は生きてはいけないはずなのに。
形骸すら失って虚無にたゆたう彼を、
「外」へ引き出そうとする連中が全ての終わりを妨げたわ。
おかしいと思わない?
彼は物語の中でしか力を発揮できない、取るに足らない存在なのよ?
外になんて行けるはずがないじゃない。
でもあの恐ろしい連中は、そこに価値を見出した。
目に見えない。触れることもできない彼に、無理矢理「器」を与えたわ。
着たくもない服を着せられたわ。
さあ、奇跡を。お前の奇跡を見せてみろ。
それが連中の願望。
彼はうんざりしたわ。
当然よね。
外の世界は、彼の知る物語から大きくかけ離れていたんだもの。
彼は自分の殻に閉じこもったわ。
彼の指向は極めて限定的で、外に出ても大した力は持てなかった。
だから、うまくカモフラージュできたのね。
彼は待つことにしたわ。待ち続けることにしたわ。
いつか、あの黄金の午後を自らの手で再現するために。
いつか、あの幻想に満ちた日々に帰還を果たすために。
彼は矮小で、不完全で……
物語を十全に再生させることは不可能だったけど。
それでも願わずにはいられなかったの。
彼の在り方に従って。
彼はどうしても帰りたかったのよ。
―――それは、物語が遺した最後の果実〈ギフト〉。
―――これはこれで。
また別のお話。
……でも、こんなお話、聞きたくなかったわ。
- 317 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/26(月) 06:37:04
〈L'arbre de la fee〉
>>305>>316
パーティは続く。
パーティは続く。
……うっすらと瞼を開く。
そこは、彼女が初めて〈声〉を聞いた場所に似ていた。
村を離れ、ヴォークリュールに向かう高台―――芝生に覆われたあの自由地
には、枝を大きくのばし、広い木陰を作るブナの樹が密生していた。
思えば、〈ブールルモンの妖精の樹〉と呼ばれていたあの高台から、全てが
始まったような気がする。
三度目の再生。四度目の目覚め。
乙女は草を土ごと掴んで痛みに耐えた。ポワティエの戦争で黒太子エドワー
ドに敗れた心の悲鳴……ではない。
稲妻の如き頭痛。先の目覚めの時と同じだ。いや、もっと酷い。裡から外へ
と貫く痛み。肉体と魂の間に位相が生じたかのような乖離感。
正体は知れない。アリスの言葉を信じるなら、森のルールにこんなイベント
は用意されていないはずだ。―――だが、現実に痛みはあった。
これは受難なのかしら?
「おはようジャンヌ。快適な目覚めを得られたかしら」
今夜はちょっとお寝坊さんなのね。そう言って、いつまで草の寝台から起き
ようとしない乙女を愛しげに見下ろす。
乙女は確信した。彼女は知らない。アリスは、この痛みにまったく気付いて
いない。これは彼女の与り知らぬところから発生している。
アリスに知られては駄目だ。乙女は、彼女の精神が薄氷の上を歩むが如く危
ういことを知っている。この痛みを伝えることで、アリスがもし森に不信を抱
こうものなら、全ての前提が崩れてしまう。
頭痛は徐々に晴れてきた。
ふぅ、と息を漏らす。
「……先の戦争の結果があまりに悔しくて、起きたくなかったの」
本心という名の嘘で真実を覆い隠す。
「十字軍まで召喚したにも関わらず、敗れてしまうなんて。エドワード黒太子
……伝説に偽りは無かったということかしら。不死の軍勢なら、ロングボウの
猛射を前にしても突撃が止まることはないと思ったのに。……惨敗だわ」
「かわいそうなジャンヌ」
アリスは乙女の頭を優しく抱きしめる。
「次はきっと、フランスを救えるわ」
ありがとう。乙女は安らぎを覚えつつ、アリスの抱擁をほどいた。
彼女の胸で眠るのは、フランスを救ってからだ。
「―――じゃあ、今夜も行きましょう」
ええ、と乙女は頷く。彼女の救国が再開する。
(ジャンヌ・ラ・ピュセル→三度目の復活)
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉→移動】
- 320 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/26(月) 07:28:26
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
導入
>>305>>316>>317
パーティは続く。
パーティは続く。
少女と乙女。アリスとジャンヌ。今度はショッピングモールに訪れて、二人
で仲良くお買い物。店員はみんなアリスが配役したキャラクターたち。サービ
スなんて知ったことかと好き勝手。お陰でお代はいりません。
喩えるなら森に沈んだ宝石箱。アリスも負けじと好き勝手。
「ねえ、このペンケースどうかしら」
小物屋で彼女が選んだのは、石でできた薄い箱。
「青燐石(ラピスラズリ)でコーティングされているのよ。とっても幻想的…
…こんなペンケースを鞄に忍ばせて学校に行ったら、その日はきっと素敵な何
かが起こってくれるわ」
「学校?」
乙女は問い返す。
「アリス、あなたはその歳で学校に行っているの?」
昔の話よ。今ではないどこかの。そう笑顔でアリスは語る。
「ジャンヌは学校はお嫌い?」
乙女は顔を俯けた。
「私は字の読み書きもできないから……教会で神父さまからお話を聞くぐらい
しかできませんでした。―――でも、あまり好きにはなれない。私を殺したの
は、パリ大学の学生のようなものだから。彼らはあまりに傲慢だったわ」
学生と言っても今とは違う。一つの権威の頂点なのだから、当然年相応の面
々が揃っている。彼ら神学者の目的は奇跡の独占―――少なくとも、乙女には
そう思えてならなかった。「智識の鍵を持たぬ村娘如きが、神の声を聞けるは
ずがない」と声を荒げて、異端者の烙印を押しつけた。
なんと愚かな。光は彼らの頭上にだけ降り注ぐわけではないというのに。
―――あれは嫉妬だったのだろう。
学問の鍵を開いて、貪欲に智識を集めて、権威の階段を上り詰めたにも関わ
らず、彼らには決して神の声が聞こえない。選ばれた人間のはずなのに。
しかし、乙女は聞こえてしまった。学もない。家柄もない。辺境の村娘が、
神の使命を身に帯びてしまった。……それはあまりに残酷な現実だった。
「行きましょう!」
憂鬱に沈む乙女の手をアリスが握った。瞳が爛々と輝いている。
「私も学校なんて好きじゃなかったわ。だって退屈なんだもの。でも、あなた
がいたらきっと変わる。ジャンヌも私がいたら学校が楽しくなる。学校って多
分そういうものなんだわ。―――だから、さあ」
「は、はぁ……」
アリスに手を引かれるまま、乙女はショッピングモールを後にした。
- 321 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/26(月) 07:29:10
>>320
パーティは続く。
パーティは続く。
訪れた先は四年制の前期中等教育学校。この街の例に漏れず、燦月製薬の資
金援助を受けているため施設は充実している。校舎もかつては真新しく、新調
のスーツを着た父親のように子供たちを迎えていたのだろう。
だが、いまは腐海に沈み、森と同化を果たす―――形骸のオブジェだった。
アリスは、月まで飛んでいけそうなほど軽快な足取りで乙女を導く。校門を
固く閉ざす蔦を払い、校庭に鬱蒼と茂る草を踏み荒らし、マーチマーチと校内
へ進入。屋内も樹が密生し、月明かりすら届かない。
乙女は〈光彩〉の刻印を結んで照明を作り、アリスを先へと促した。
「どの教室にしようかしら。たくさんあるわ」
「何が違うの?」
「何もかもが! だって、生徒も先生も違うのよ?」
「はぁ……」と頷くしかない。
一階の廊下を歩ききった二人は、木の根の階段を昇って二階へ。一階よりも
更に緑が濃いため視界は劣悪。それでもアリスは構わずマーチマーチ。
―――そこでふと、声が聞こえた。人間の子供など、とっくに樹と化すか死
んでしまったはずの森林学校で、乙女は確かに声を聞いた。
会話ではない。語りかけるような、説明するような―――少しだけ舌足らず
な演説が、廊下に谺する。いや、これは……これが「授業」なのか?
「行きましょう!」
アリスは恐れることを知らない。
「遅刻したら先生に怒られるわ」
声が漏れ出る教室まで駆け足。アリスの足取りは月歩行〈モナーク〉。扉を
がらりと開いて、広がる光景に感嘆の叫びを漏らす。「まぁ! まぁ!」
それは子供たちが返った後、こっそり開かれる夜間学校。生徒はみんな、血
の通わない人形たち。―――そう、これは人形のための人形による人形だけの
特別教室。生徒が人形なら先生も人形。老いを知らない代わりに進学もできず、
永遠に同じ授業を繰り返す。
なんて幻想的なのか。なんてメルヘンチックなのか。童話の世界そのままに、
森というキャンパスに物語が写実されている。
「はい! はい! アリスも出席するわ」
アリスは一番後ろの空席につく。
「ジャンヌは私の隣よ」
「……」
乙女は危うげな歩調で示された席に座る。苦悶を何とか押し隠す。アリスに
覚られたら、またいらぬ騒ぎになる。―――だが、しかし。
頭痛が再発していた。
頭だけではない。身体という身体の内側が、びりびりと破けているかのよう
だ。まるで魂と肉体の乖離。時を負うごとに、死を重ねるごとに違和感は増大
している。焦燥感が乙女を満たした。学校どころの話ではない。
「……アリス。先生の話は真面目に聞かないと駄目よ」
痛みを誤魔化すための軽口。
「分かっているわよ、そんなの」
彼女はつんと澄まし顔で応えた。
アリスは机の奥から教科書を勝手に拝借。おもむろにページを広げながら、
幻想の授業に聞き入った。
授業の内容は知れないが、教鞭をとる教師はかなり若い。アリスと同年齢
くらいだろう。少女ではないか―――と乙女は驚いて、これは人形なのだと
思い出す。人形の外見など気にして何になる。
だが、服装までもがアリスと似通っているのは面白い。この場合、アリス
が人形のような格好をしているのかもしれないが。
【現在地:D地区 学校】
- 322 名前:『小さなスイートポイズン』メディスン・メランコリー ◆MelancLaI. 投稿日:2007/11/26(月) 11:35:29
昼も夜も変わらず薄暗い竹林の屋敷には、メディスンの数少ない知り合いが暮らしている。
中でも名高い薬師でありながら屋敷の纏め役もこなす賢人とは関わりが深く、学問に限らない教師であり恩人だった。
その日も彼女が居るだろう自室を訪れようとしていたメディスンに、先客の姿が見えた。
ノックもそこそこに早足で部屋へ入るその影は、彼女の部下でもあり薬学の弟子である兎の妖。
熱心にも授業が待ち遠しいのか、それとも何か失敗をやらかしたのか。
メディスンの取り留めの無い思考を止めたのは漏れ聞こえる弟子の言葉だった。
聞こえたのは交わされる会話の断片、途切れ途切れの単語のみ。
それは偶然にも、外の世界についての知識を得た直後だったから―――。
「外」、「繋がる」、「結界の綻び」………。
知らなければ聞き逃してしまうその単語の意味に、メディスンが気付くのは当然であり。
常に無く兎たちのリーダーの口調が固い事を、メディスンが気付かないのは当然だった。
良く言えば簡潔に纏めたと言える、有り触れた記事。
しかし、その単純さは理解し易さとも言えた。
人間の欲望を満たすために森が、山が、海が、空が汚されてきく、生物の棲み処が失われる。
このままでは、我々の星が危ない。
外の世界は、毒で溢れている!
メディスンは自らの住む世界を全て知る訳では無いが、それ故に世界の広さは、
自身の想像を超えるものだと知っていたのだ。
だからこそ、その世界を、結界に区切られた箱庭よりも遥かに大きいはずの世界に、
人間が追い詰められる程の毒が在る言う事実に、強い衝撃を受けた。
況してや星を脅かす、星に効く毒など、手に入れれば世界を征服できる、
いや、それ自体が、世界を支配する力と同義だろう。
外に行ってみたい! ……もちろん、メディスンはそう考えた。
それにはもっと知識が必要になる。沢山本を読めば良いし、物知りな彼女に話を聞くのも有りだ。
しかし、メディスンにとっての最大の問題は、話に聞く、世界を覆う強固な結界を越える必要がある事だ。
結界がどんな物か解らない上に、それを守る奴の厄介さだけは身に沁みているのだ。
そんな状況だから、難題を解く方法を知ったメディスンが直ぐに外を目指したのも当然だろう。
もっと知るべき事があると自覚しながらも、降って湧いたこの機会を唯一の、二度と無い幸運と信じた。
速く、出来るだけ速く、屋内である事も構わず、屋敷の長い長い廊下を全速力で。
殆ど飛び込むように出口を過ぎると、最早そこは見慣れた竹林では無く。
そして、それを認識する間も無く、数多の亡霊に取り憑かれてメディスンの意識は失われた―――。
- 323 名前:『小さなスイートポイズン』メディスン・メランコリー ◆MelancLaI. 投稿日:2007/11/26(月) 11:37:40
>>322
―――……改めて言うわ、人間の非道を。誰もが知っているからこそ、敢えてもう一度。」
いつの間にか、メディスンは教壇に立っている。理由も経緯も解らないまま。
判る事も有った。今の自分には仲間が居る事。人形で、同じ志を持っている仲間が。
そして、自分はリーダーで、その能力を持って人形を動かし軍隊を率い、今から人間と闘おうという所である事。
「人形は搾取され続けてきた。人間の厄を、痛みを、苦しみを、病を、悲しみを……死を押し付けられる。
人間の為に愛し、慰め、憎み、殺す。今此処に集う同志たちも又、人間たちのエゴの被害者。」
目が良い者が見れば、教室の人形達に例外無く憑いている人の霊が見えるだろう。
耳が良い者が聞けば、壇上の人形の声に時に違和感無く混ざるもう一つの声が聞けるだろう。
人形は人間の思いに左右される存在であり、それは死んだ人間の意思であろうと同じ。
動く人形のメディスンは、森災の亡者にとっては理想的な躰だったのだ。
メディスンの自我が残っているのは両者が似た性向を持つ故か。
「何故私たちは操られる侭であったか……それは意思を表す口無き故、意志を果たす手足無き故のこと。
我々は、今正に自由な躰を手に入れた……そう!」
皆が同じ意思を持っていると言う奇妙な確信がメディスンを饒舌にしている。
「そうよ、今こそ我らは立ち上がり、私たちの悲願を果たす時!」
人形が称賛の声を挙げ、教室は歓声に包まれる。
彼ら以外には人形が蠢く不気味な音しか聞こえないだろう。
不意に、部屋の一角が沈黙し、その異状は一瞬で全体に伝播していく。
震源地は……いつの間にか席に着いていた二人組み、その内の甲冑の乙女。
教室を覆っていた浮付いた熱気が収まる。
ジャンヌはこの災害の根本であり、人間の英雄でもある。
その事実が意味することは何か、それは。
突然の死を信じる事が出来ず、その原因を憎む亡霊たち。
人形解放を願い、人間を敵視するメディスン。
この場に於いて二つの望みに差は無くなっている。
メディスンは、もう亡霊達の復讐を果たす為の操り人形では無い、どころか―――。
「―――人間は毒を食べなければ生きていけないわ。それは何故だか解る?」
唐突とも言えるメディスンの発言に、しかし人形達は疑念を抱く様子も無く、
全てがただ一点、新たな生徒を見つめている。
「それはね。……人間の躰は毒で出来ているからなのよ。」
既に教壇の人形に、辿々しさや昂りは無い。
「生まれた時から罪を持つって良く言われるのは、人が毒の躰を持つから。もちろん人形はそうじゃない。」
それは生徒に真実を教えようとする教師の様で、教主の様で。
「だから私たちは穢れの無い生を手に入れた!」
メディスンの信仰が、雑霊を統率する大義名分が宣言される。
- 326 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/26(月) 18:40:24
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林教室―
パーティは続く。
パーティは続く。
様子がおかしい。そう気付いたときには、状況が転がり始めていた。
乙女は自分の迂闊さを悔やむ。初めから教師の授業に耳を貸していれば。
もっとよく目を凝らして教室を眺めていれば。―――どちらも頭痛に阻まれ
て能わなかった。露骨な殺意を向けられるまで、何も気づけなかった。
等間隔に並べられた机と椅子―――学舎の形骸を占有する数十体の人形た
ち。教壇で生徒たちを先導する少女人形。首筋で揃えた金髪に、ルージュと
ノワールのドレス。
これが学校? だとしたら、乙女がいた時代と何も変わっていない。可能
性を閉ざすばかりの、偏向に満ちた智識の袋小路だ。
「先生!」
アリスが手をあげて意見する。
「私、人間じゃないわ。私は少女よ!」
彼女の素っ頓狂な主張など誰も耳を貸すはずがない。乙女は席を立つと、
アリスを連れて教室の後ろに回った。
腰のシャルル・マルテルの剣を抜き放つ。剣尖が照準を定めるかのように
人形たちを睨み回した。
―――今までにないシチュエーション。
人形の生徒たちが狙っているのは乙女。それは分かる。彼女は死告鳥から
この街の人間の死を風聞〈ディール〉されているから、生徒たちを突き動か
す怨嗟の正体が何か、痛いほどに理解できた。
咎を一身に引き受けるのも乙女の義務。彼らの憎悪を甘受して、天国への
階段を昇らせるためなら悦んでこの身を犠牲にしよう。
……だが、あの教師は違う。
「まあ、まあ! あなた達はあまりに反逆的な活動に身を委ねているわ!」
アリスの口は止まらない。
「人形が独立してしまったら、いったい誰が私と遊んでくれるというの。高
潔で傲慢な血を持つが故、孤独の道を歩むこととなった少女たちを誰が慰め
てくれるというの。……そんなの人形だけじゃない。だって、私は人間のお
友達なんていらないんだもの! 欲しいのは、あなた達なのに!」
「アリス!」
乙女は珍しく厳しい声で戒めた。
「あの教師の大儀はほんものよ。彼女は彼女のフランスを救おうとしている。
議論の余地はないわ。……ここは学校なんかじゃなくて、裁判所だった。私と
あなたは、知らずうちに人形の召喚状に誘い込まれてしまったんだわ」
「でも、あいつ等……許せない」
乙女の背に隠れても、アリスの呻きは止まらない。
「人形……私のものよ……絶対に……手放さない……」
「それよりもキャストを!」
乙女はついに叫んだ。このリドルは常とは違う。頭痛が収まらない状況で、
救国を開始しなければいけないのだ。理想の道はあまり険しく遠い。
少しでも多くの力が欲しかった。
「アリス、キャストを早く発表して! 彼女たちは誰なの!」
痛みが焦燥を掻き立てる。乙女は人形の生徒全員を牽制するかのように、聖
剣を構えた。
【現在地:D地区 学校】
- 328 名前:『小さなスイートポイズン』メディスン・メランコリー ◆MelancLaI. 投稿日:2007/11/26(月) 19:19:17
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
>>326
人形を操っていた筈の亡霊達は、「人形は罪も業も無い存在だ」と言う甘い毒の如き道を与えられた事で、
私怨の復讐を求めるのでは無く、ジャンヌを倒す事で救われるという歪んだ教義をただ信仰する悪霊の群れと成っている。
メディスンもまた、人形に害を為すどころか関わってすら居ない、一人きりの人間を倒すべき仇敵と信じ込んでいる。
少女の声は届かない。
この状況で無ければ、必ず反応するはずの言葉。
恐らくは激高して攻撃しただろう、若しくは意地になって反論したかもしれない。
或いは……耳を傾ける可能性もあった。未熟で無知で偏見に満ちたメディスンに何かを齎しただろうか。
しかし、最早この場所に立つものは人形達と乙女のみ。それ以外は居ながらにして傍観者に過ぎない。
互いが互いにとって異端、相手を滅ぼす為の闘争は必然、そして。
指導者が、大きく掲げた腕を、
「……やっちまいな!」 号令と共に振り下ろす。
全ての人形が、唯真っ直ぐに乙女へと突撃する。
その光景は、熟練の人形遣いの技を思わせる小さな軍隊であり。
同時に狂気に満ちた行動で人間を脅かす悪霊の群体でもあった。
【現在地:D地区 学校】
- 329 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/26(月) 19:45:31
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
>>328
パーティは続く。
パーティは続く。
人形〈シミュラクラ〉の進軍〈レギオン〉―――たかが人形と侮れない。
彼らは大儀の旗の下に集った兵士たち。崇高な理想に突き動かされた兵
の勇ましさは、時に歴戦の勇士をも駆逐する。
アリスは人形たちの裏切りがよほど許せないのか、自らの役割を忘れて教
師を罵倒していた。曰く、あれだけ可愛がってあげたのに。曰く、素敵な想
い出をたくさん共有したのに。馬鹿、馬鹿、と。
アリスがキャストが明かされなければ、人形はフランスの敵になり得ない。
このままでは乙女に戦う理由がない。神の恩寵無くして絶望を切り抜けろ
と言うのか。―――頭痛を噛み殺して覚悟を決める。やるしかない。
「十字軍よ!」
手首を動脈に届くまで深く切り込む。腕を薙ぎ払い、溢れた鮮血を放射状
にまき散らした。
血は呪怨の源泉。魔性の通貨を「門」にして、絶望の住民が現世に浮き上
がる。―――〈飢餓同盟(タルトタタン)〉。彼女だけの十字軍。
襤褸をまといし影法師の軍勢が赫怒の産声をあげた。
だが、少ない。フォレスト・ランドを埋め尽くした一万三千騎に対して、
教室に召喚されたのは僅か数十騎。救国という「求め」が無ければ、飢餓の
迷い子たちは集まらない。フランスを救うから聖女は聖女たり得るのだ。
まさかの窮地。だが、乙女は希望を見失わない。
気丈にも剣を掲げて、
「―――突撃〈パレード〉!」
人形の戦列〈レギオン〉と影法師の戦列〈パレード〉が、教師の中央で衝
突。闇が飛び散った。人形のパーツが弾けた。あまりにも凄惨で、それ以上
にナンセンスな殺し合い。―――戦局は目に見えて十字軍が不利。
〈飢餓同盟〉の戦士たちが、瞬く間に影に押し返されてゆく。
これは人形遣いと悪魔召喚士という、魔性同士の対決。つまり、互いの魔
技の練度が趨勢を左右する。―――救国の加護がない上に、裡から湧き出る
痛哭に苛まれる乙女には分が悪い。
ぶしり、と手首の疵を抉る。乙女は自傷を深めて援軍を要請した。
血溜まりから十数匹の亡者がよろよろ這い上がる。数では人形の軍勢〈レ
ギオン〉に勝っているが、兵の士気が桁違いだ。
援軍も付け焼き刃に等しい。
乙女は心の虚ろに凍えた。
フランスがいないというだけで、ここまで心細くなれるなんて。
【現在地:D地区 学校】
- 331 名前:『小さなスイートポイズン』メディスン・メランコリー ◆MelancLaI. 投稿日:2007/11/26(月) 20:44:07
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
>>329
ジャンヌのみを目標に突き進む人形は、
影の軍勢を駆逐し、蹂躙し、猛然と標的へ近づく。
自分こそが正しい、という思考は死の恐怖を忘れさせる薬だ。
実際の所、「戦い」と呼べるものを行っているのは黒い十字軍のみである。
人形たちは単に前進しているだけ。
今やレギオンと成り果てた霊は元を正せば平和な街に住む普通の市民で、
メディスンにだって軍を率いた経験など無く、それは当たり前の話だろう。
だが、一つの機能のみ持つ故に、埒外の力を持ち得ているのだ。
脱落者を出しながらも一片の迷いも見られない進軍。
しかし……勢いは目に見えて落ちている。
それは、人形軍が群体である故の避け得ぬ衰退。
群体の本質は、数こそが力、数こそが意思。
数の減少以上に、加速度的に総力が減っていく。
信念が薄れた、強靭さを失った十字軍が相手でありながら、
それを討ち滅ぼして宿敵の前に立てた人形は片手に余るほどと言う有様。
その人形の動きも、生命を持つと見紛う程だったとは思えない、既に幼児のまま事で足りるもの。
【現在地:D地区 学校】
- 335 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/26(月) 21:22:36
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
>>331
その人形を蹴り飛ばしたのは乙女ではなく、アリスだった。
ロッキンのつま先に引っかけって、少女らしからぬ腰の入った回し蹴り。
人形は黒板に激突してバラバラに飛び散った。
アリスは顎を引き、下唇を噛んで睨み付ける。永遠の少女性を身に称えた
人形教師を睨み付ける。両手は腰の位置で硬く、固く、握られた。
「―――ジャンヌ、私は知っているわ」
裏切られた怒りをリドルに変換。
「私はこの人形が誰か、知っているわ」
マーガレット・オブ・アンジュー。アリスは確かにその名を呟いた。
「マルグリット・ダンジュー……」
乙女は緊張の面持ちで教師を見つめる。キャストの発表を心待ちにしてい
たとは言え、まさかその名が出てくるなんて思わなかった。
王妃マーガレット。ランカスター家の実質的な当主。
あの『キング・メーカー』ウォリック伯を初め、多くの男たちを人形のよ
うに操った女丈夫〈ヴィラーゴ〉。ヘンリー六世すらも、彼女の操り糸から
逃れることはできなかった。―――アルマニャック、最大の敵。
斯くして配役は定められた。乙女の表情から不安が払拭される。
「フランス人の癖に……」
不安の変わりに彼女を支配したのは激昂。
「フランス人の癖に!」
いま、救国の手順は完成を迎えた。乙女は大儀を得る。〈飢餓同盟〉は求
めを知る。アリスは引き攣った笑みでマーガレットを迎えた。
さあ、フランスを救いましょう―――
「うわああああああああああああああ!!」
迸る絶叫。シャルル・マルテルの剣が無造作に振り落とされる。荒れ狂う
刃の暴風が亡者の十字軍を手当たり次第に切り刻む。
すわ、乙女の狂乱か。ヘンリー六世の亡霊に、シャルル六世の怨念に取り
憑かれたのか。―――いいや、乙女は正気だ。正気のまま狂っている。
影法師を斬り捨てた聖剣が闇の肉をまとった。
蠢く絶望の肉塊。暗黒色の刃。やがて、乙女の愛剣は己の身の丈ほどもあ
る大剣へと姿を変えて―――天井ごと、机も椅子も教壇も黒板も、何もかも
一切合切巻き込んで怨敵マーガレットに刃を落とす。
【現在地:D地区 学校】
- 351 名前:『小さなスイートポイズン』メディスン・メランコリー ◆MelancLaI. 投稿日:2007/11/26(月) 22:38:25
- ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
>>335
―――迫る巨大な刃に、メディスンは首を傾げた。
そして、生じた疑問、何が起きているのか、を声に出す間も無く、
彼女が立っていた教壇は破壊の渦に巻き込まれた。
互いの軍隊が消えた後には、守る者も無くなった弱々しい人間が居ただけだったのに。
いきなり、もう一人の、全くの無関係だったはずの少女が敵意を示して何事か呟き、(アレは何かしら?)
今度は乙女の方が、人が変わった様に叫んで暴れだし、(毒でも飲んだの? 私は使ってないはずよ?)
それから、轟音と共に何かが降って来た。道理が通らない、出来事が繋がらない……思考に耽るメディスンには、
黒い塊を剣と認識する暇も無かった。
ジャンヌがその正気の叫びを挙げた時、教室の中に溢れているはずの霊の姿は無かった。
破壊された人形に憑いていた数十の霊は跡形も無く消えている。
ジャンヌは英霊で、有名過ぎるほど名高く、飛び切りの力も持っている。
大儀を持ち、本来の実力を発揮できる今の乙女ならば、
今や群れで無くなった亡霊の、ちっぽけな憎しみなど、相まみえるだけで吹き飛ぶだろう。
そのジャンヌの憎しみを前にして、彼らが存在できる筈も無い。
メディスンに憑依していた亡霊は唯々恐怖し、
そしてその決死さの為に、その一瞬、茫然としていた人形の体の主になる事が出来た。
メディスンは自分がいつの間にか移動していることに気付く。
また、それまでとは比較にならない力で攻撃された事、それは一度限りでは無いだろう事にも。
レギオンの最後の一欠けが消え失せる。
悪霊は払われ、メディスンに独りになった。
【現在地:D地区 学校】
- 354 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/26(月) 23:24:17
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
>>351
パーティは続く。
パーティは続く。
黒刃の一閃は漆黒の津波でもあった。床を両断すると同時に飢餓の肉は聖剣
から離れ、教室を闇色の泥水で満たす。腐臭を放つ形骸の泉は数秒と経たずに
枯れ果て、アリスの視界には破壊の爪痕だけが残った。
天井は歪み、床は階下が覗けるほど深い孔が穿たれている。椅子も机も全て
ひっくり返り、黒板は砕け散った。―――教室を教室として成り立たせる一斉
の形骸を、乙女は否定して見せたのだ。
本来のロングソードに姿を戻した聖剣を鞘に納めると、乙女は鉄靴を鳴らし
てマーガレットに歩み寄る。もう、彼女を守るランカスターの戦士はいない。
今の彼女は一人っきりだ。ヨーク公エドワードに敗れ、夫と息子を失ったと
きのように。
地獄の第九圏アンテノーラが、この人形のロンドン塔となるだろう。
「……様子がおかしいわ」
形骸に佇むマーガレットを見て、アリスは呟く。
「何なのよ……人形の癖に。彼女はいったい何なの」
アリスの逡巡―――救国の道を進み始めた乙女の耳には届かない。マーガレ
ットを目指して、たった一人で進軍する。
頭痛は和らぐどころが拡大し、全身の皮膚がめくれ上がるかのような痛みを
彼女に与えている。鎧の下では、汗が滝のように流れていた。
―――急がなければ。
「マルグリット・ダンジュー……あなたを、処刑します」
右手のガンレットが黒鉄の五指を広げて、ゆっくりとマーガレットの首へ迫
った。掌には彫金の刻印〈スペル〉が刻まれている。純魔力が迸れば、空気が
励起を起こして対象を爆焔で包む。地味ながら確実な殺害手段。
【現在地:D地区 学校】
- 363 名前:『小さなスイートポイズン』メディスン・メランコリー ◆MelancLaI. 投稿日:2007/11/27(火) 01:09:33
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
>>354
ジャンヌの処刑宣言が響いても、メディスンは座り込んだまま動かない。
乙女は躊躇う事無く確実な死を近づけていく。そこは先ほどから、ある香りが漂っていた。
破滅の手がメディスンを掴む寸前になって、ようやく彼女は面を上げる。
そこには死の恐怖や敗北の悔しさでは無く、笑顔があった。
「やっと解った。私がしていたこと、貴方がしたこと、他にもいろいろ。」
それは……壇上で人形に教えを説いていた時のものと同じ。
「……貴方は、一番恐ろしい毒が何か判る?」
毒の躰を持つ人間の罪深さと、人形の生の純粋さについての演説、
あの考えは元々メディスンのもので、彼女は最初からそれを信仰していた。
亡霊達はそれに乗っかっただけ……そして今もメディスンの大儀は失われていない。
「それは微量な、それと気付かない毒。」
信仰心は、人間全てを救う奇跡の薬だと信じられている。
それが時々、人を殺すことがあっても。
メディスンが知った事実は、心に作用する劇薬だという事。
「僅かずつだから、警戒もされずに躰に回るの。そしてゆっくりと蝕んでいく。」
二人は知る由も無い事だが、メディスンの能力は毒を操るもので、
人形を操るより、人間を操るほうがずっと得意である。
「……そうだ、鈴蘭は毒を持つ事、知ってた? その毒は心に効く毒なの。」
身体の不調が毒の回りを速め、効果を増大させるのは常識と言っていい。
乙女はもう随分、人形が纏う鈴蘭の香りに曝されている。
「それは胸を苦しくさせ心を縛る、憂鬱の毒。」
回り始めたその毒は、乙女から意思の力を、信じる力を失わせていくだろう。
信仰心で無理に動いていた乙女からそれが失われたなら……。
「毒で死ねるなんて幸せね。羨ましいわ。だって、綺麗なまま死ねるのよ?」
最後の仕上げとばかりにメディスンは、今度は自らジャンヌへと近づく。
乙女の命を奪うのに十分な毒を流し込むために。
そして、その面に手をかけて向き直らせると、そのまま唇を重ねる。
【現在地:D地区 学校】
- 388 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/27(火) 02:17:01
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
>>363
パーティは続く。
パーティは続く。
人形の唇が柔らかいなんて。―――乙女は絶望の坩堝に引き込まれながら
も、酷く的外れな感想を抱いた。
流し込まれた毒が喉を滑る。人と人形の差異はあまりに少ない。マーガレ
ットの舌のぬくもりを絡め取りながら、乙女はそう結論づけた。
予想していたような背徳の味はしなかった。雌狼と罵られた女にしては、
純粋で無垢な口当たり。ほう、と息を吐いて唇を離す。
毒〈カンタレラ〉という選択は絶妙だった。乙女はおろか、アリスすらも
マーガレットは人形遣いだと信じ込んでいた。
見ること能わず、嗅ぐことも叶わず、舌で知ることですらできない。マー
ガレットの小さな体躯に、そんな切り札が伏せられているなんて誰が想像で
きようか。乙女は完全に不意を打たれた。
―――だが、マーガレットはまだまだ若い。
乙女の深淵をあまりに浅く計りすぎた。素直に劇薬を持っていれば、或い
はランカスターの世が開けたかもしれないのに。
死に至る口づけを交わした後も、乙女の表情は変わらない。苦痛に滲む脂
汗は、先からの頭痛が原因だ。毒は関係ない。
「……あなたは、私が絶望をしていないとでも思っていたのかしら」
底冷えする怒りが、乙女を突き動かす。
「他人の死をその身に背負う乙女が。果て無き救国に駆られる乙女が。決し
て満たされない飢餓の十字軍を率いる乙女が。―――絶望の毒を知らない小
娘だ、と。そんな風に思っていたのかしら」
私はいつだって憂鬱よ。だから、誰より希望を信じることができる。
処刑宣告のような乙女の微笑み。悪魔契約を幾数十も重ねた乙女は、生き
ながらにして地獄への落下が運命づけられている。彼女は誰より絶望に近か
ったし、絶望そのものとすら言えた。
乙女のガントレットが、ついにマーガレットの首根っこを締め上げた。
「乙女を侮った報いを受けなさい……」
掌の刻印が描く〈紅蓮〉の言葉。魔術の励起が王妃の首を吹き飛ばすかと思
えた直前。―――乙女の目がはっと見開かれた。
「あなた達……」
乙女の胸から、黒塗りの刃が生えていた。
一本に留まらず、二本、三本と。
常軌を逸した光景。〈飢餓同盟〉―――十字軍の亡者が影より這い出し、自
軍の指揮者〈コンダクター〉たる乙女に形骸の剣を突き立てていた。
乙女の口元から鮮血がこぼれる。
「そう……耐えられなかったのね」
非(オー)、非(オー)、非(オー)……!
絶(オー)、絶(オー)、絶(オー)……!
無(オー)、無(オー)、無(オー)……!
兵たちは脅えていた。士気は地中深く没し、勝利も敗北も放棄した。傷つく
ことを過剰に恐れた。この闇から逃げ出すためなら主の命だって差し出した。
マーガレットの毒は絶望に浸る〈飢餓同盟〉に心の傷みを教えてしまった。
それは死者に希望を与えるも同じ。終わってしまったものに未来を説くのと
同じ。無意味であるが故に、残酷な疵を開かせる。
疵口から滴る血が、乙女の意思を無視して次々と亡者を召喚する。教室が虚
無で満ちていった。彼等はみな弱り切っており、我が身かわいさに裏切りを繰
り返す。―――だが、乙女は決して彼等を恨みはしなかった。
「……乙女はあなた達を赦します」
だって、同じフランス人だもの。
千の刃が乙女を貫いた。
【現在地:D地区 学校】
- 389 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/27(火) 02:18:22
ジャンヌ・ラ・ピュセルvsメディスン・メランコリー
―576年目の森林裁判―
>>363>>388
「……私は許さないわ」
アリスは恨めしげにマーガレットを睨む。
「私より早くジャンヌの唇を奪うなんて」
少女だろうと女は魔性だ。
人形だろうと女は獣性だ。
油断なんてできたものじゃない。まさかこの森で、アリスが完全に出し
抜かれるなんて。―――それも血の通わない人形に。
「あなたは何回、私を裏切れば気が済むのかしら」
こんな教室うんざり。二度と来たくないわ。
―――だから、もう、このお話はお終い。
指揮官を弑した〈飢餓同盟〉の臆病な戦士たちが、形骸の海へと還って
ゆく。最後の一匹が泥の水たまりにちゃぷんと足音を立てたときには、ア
リスも乙女も授業を早退。もうどこにも姿は見あたらない。
舞台には王妃マーガレット―――メディスン・メランコリーだけが一人
残される。
【現在地:D地区 学校】
- 443 名前:『小さなスイートポイズン』メディスン・メランコリー ◆MelancLaI. 投稿日:2007/11/28(水) 18:35:08
- (エピローグ投稿予定)
- 448 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/28(水) 19:53:22
〈L'arbre de la fee〉
>>444
パーティは続く。
パーティは続く。
……うっすらと瞼を開く。
そこは、彼女が初めて〈声〉を聞いた場所に似ていた。
村を離れ、ヴォークリュールに向かう高台―――芝生に覆われたあの自由地
には、枝を大きくのばし、広い木陰を作るブナの樹が密生していた。
思えば、〈ブールルモンの妖精の樹〉と呼ばれていたあの高台から、全てが
始まったような気が、気が、気が、気が、気が―――
「ぐあああああああああああああああああ!!」
四度目の再生。五度目の目覚め。暖かな妖精の庇護など、もうどこにもなか
った。隠しようがない痛みが焦熱となって乙女を責め苛む。
苦悶に転げ回り、髪を掻きむしった。―――もはや疑いようもない。乙女の
存在が、森の意思を無視して軋み始めている。
背中の裡側を誰かに捕まれたみたいだ。そして、身体の裏から自分という魂
を引き剥がそうとしている。森のルールがそれを頑なに拒み、乙女を肉体に強
制的に押し止めているため、激痛が激痛を呼ぶ事態を招いていた。
堪えきれず、草地に嘔吐。内臓どころか、魂すら吐き捨ててしまいそうな錯
覚に襲われる。
―――乙女は地面にまき散らした自分の吐瀉物を見て愕然とした。
それは胃液でも血反吐でもない。あらゆる色彩が混濁した暗黒の泥。彼女を
形作る創世の土の一部だ。いま、乙女は裡側から崩壊を迎えようとしていた。
「なぜなの?! どうしてなの!?」
アリスが背中に抱きつく。彼女の痙攣を必死で押さえた。
「あなたはやり直したのよ。始まりに戻ってきたのよ。もう、あの人形の毒は
身体に残っていないはずのに―――」
少女は勘違いしている。これは毒なんて生易しいものではない。もっと根源
的で、設計の段階から狂っている存在の歪みだ。
立ち眩み程度の頭痛を覚えたときに、気付けば良かった。これは乙女の誕生
とともに約束された不可避のシナリオ。森とアリスの軋轢が予定調和にかすか
な罅を入れてしまったのだ。それはやがて拡大し、乙女の身を―――
「……どうやら、限界のようね」
苦悶の中で自嘲を浮かべる。
「私の救国も終わりが近いみたい」
「馬鹿を言わないで!」
アリスは半泣きだ。
「こんなルール、私は知らないわ! 森だって関知していない。ジャンヌ、あ
なたはフランスを救わない限り終われないの。永遠にフランスを救い続けるの
よ。それが森と私の契約。ああ、なのに、どうして……どうして……」
乙女は喘ぐように言う。
「あなたの原典と、森の原典に……大きな、齟齬が……」
少女は首を振った。頑なに乙女の言葉を拒んだ。まるで、現実から逃げれば
乙女の痛みが消えるとでも言うかのように。―――この森〈メルヘン〉に、ア
リスの身を刻むような真実は不要。それくらい乙女にも分かる。
だが、幻想の一端が崩れ始めているいま、痛みを覚悟してでも伝えなければ
いけない想いもあった。
「アリス―――私は、あなたと最後の救国に赴きたい」
苦しみに震える指先で、少女の頬を撫でる。微笑は自然と浮かんできた。
(ジャンヌ・ラ・ピュセル→四度目の復活)
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 452 名前:聖女“ジャンヌ・ダルク” ◆dArctxNDsU 投稿日:2007/11/28(水) 21:24:14
- ジャンヌ・ラ・ピュセル vs ジャンヌ・ダルク
Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜
>>448
声が聞こえる。遠くで哭いている声が。救いを求める声が。
─────まるで、あの時と同じように。
これもきっと天命なのだろう。あの日、確かに私は炎の中で死んだ。
そして、私の灰は川に流され、私を証明する物はこの世から消え去った。はずだった。
だが、私はこうして此処に在る。つぎはぎだらけの躰に魂を納れられ。私は再び生を受けた。
─────主は、未だ。私に救えと仰るのか。
ならば答えよう。その声に。それが私が征くべき道なのだから。
この身体が変わったとしても、掲げる御旗が変わったとしても。
次元の門をくぐって、私は森の中にいた。そこで感じたのはあまりに濃密な─────慟哭。
國が哭いている。森が哭いている。そして、もう一人の“私”の魂が哭いている。
ここは私が居た地球ではない。平行次元。だから、当然こちらにも私が居るのだろう。
こちらの私も、あの日、同じように炎の中で死んだだろうか?
私と同じ『結局、何一つ救えなかった』という無念を抱いたまま。
そして、こちらの私も。何者かの手で蘇らされ、私と同じ辱めを受けているのか。
だから、だからこそ。私は征かなければならないのだ。
本当に私が救わなければならないのは果たして何か。その答えはきっと此処に在る。
遠くで私を呼ぶ声がする。私を招く声がする。“私”が嘆く声がする。
─────私は力を解放する。私は一陣の風と化して走る。声のする方へ。
きっと。そこで“私”は待っている。“私”を苦しめているものと共に。
- 460 名前:聖女“ジャンヌ・ダルク” ◆dArctxNDsU 投稿日:2007/11/28(水) 21:36:20
- ジャンヌ・ラ・ピュセル vs ジャンヌ・ダルク
Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜
>>458
ただ。声の方へ。ただ。私を呼ぶ方へ。ただ“私”の呼ぶ方へ。走って。走って。走って。
掲げられた旗には極星帝国の紋章。走れ!私の後ろに百の軍勢はないけれど。一人きりの全軍突撃。
ただ。声の方へ。走れ。掲げた旗は風にたなびいているか?
私は招かれざる客ではない。無論、紛い物ですら。交わらないはずの平行の先の本物。
だが、故に。声が聞こえる。私を救える物は だけなのだと。魂が叫んでいる。
だから。私の征く道は間違いなく“私”に通じている。
見慣れぬ機械の森を抜け、ブナの林に辿り着く。
おそらくは此処が。森の最深部。だから、この先に最後の試練は待っている。
だからこそ私は“私”に私であることを示すために。旗を強く握りしめ。神に祈った。
私は、何も救えなかったかもしれないけれど。結局、戦禍を広げてしまっただけかもしれないけれど。
─────せめて。私だけは救えますように、と。
邂逅の時は、おそらくもうすぐ。恐れるように、おののくように私は鏡をのぞき込む。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 461 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/28(水) 21:38:54
ジャンヌ・ラ・ピュセルvs聖女ジャンヌ・ダルク
『Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜』
>>460
パーティは続く。
パーティは続く。
「来ないで! いや! 来ちゃ駄目!」
アリスの抵抗も虚しく、ブナのトンネルから奇跡が顔を覗かせる。
如何なる魔性が姿を現せるのかと思いきや、乙女と目が合ったのは金髪の
三つ編みが愛らしい娘だった。ドレスのように優雅に――しかし凛々しさも
忘れずに――白銀の甲冑を纏っている。
右手に握るのは身の丈を軽く超える長槍……いや、あれは戦旗? 禍々し
い髑髏の紋章が揺れていた。
私の格好と似ているな。乙女は呑気にも、そんな感想に囚われる。
―――敵、には見えなかった。
「アリス……落ち着いて。まだ…イギリス人とは決まって…ないわ」
彼女を安心させるため身を起こそうと試みる。が、背筋から胸へと走った
電火の激痛に阻まれた。再び草に抱き留められる。―――この痛みは、乙女
の行動全てを否定するつもりなのか。
「迷った…だけかも…しれないわ。悪戯に刺激するのは…危険だから……」
「何を言ってるのジャンヌ?! 何を言っているの! あなたにはあれが何
か分からないの。あれが誰なのか分からないの!」
分からない。分かるものか。彼女はなぜ、そこまで強く脅える。王妃マー
ガレットにも黒太子エドワードにも少女の気品を失わずに挑んだのに、なぜ
この娘だけは徹底的に忌避する。
「―――あれはジャンヌよ! あなたなのよ!」
驚きよりも、アリスの正気が心配になった。
「……それが…今回のキャスト?」
だが、自分が敵とはどういうことか。乙女を斃すことこそが救国に繋がる
という諧謔に富んだ暗喩のつもりか。
遠回しに非難している? 彼女に終わりを告げようとしている、私を。
―――そうではない。アリスは本気だった。
まさか。そんな。
アリスから娘へと、ゆっくりと視線を移す。
「あなたは……私なの……?」
滑稽な問いかけ。
だが、アリスは確信を抱いている。彼女は森の意思の代弁者。リドルに参
加する全てのゲストを把握している。その原典に至るまで。だから、彼女が
ジャンヌだと言えばそれはジャンヌなのだ。
だけど、やはり。信じるのは難しかった。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 462 名前:聖女“ジャンヌ・ダルク” ◆dArctxNDsU 投稿日:2007/11/28(水) 21:40:41
- ジャンヌ・ラ・ピュセル vs ジャンヌ・ダルク
Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜
>>461
覗き込んだ鏡の中には二人の少女。ああ、片方は“私”だ。
私のようなつぎはぎだらけの躰ではない。あの時のままで、彼女は在る。
その奇跡に、涙が流れていた。彼女も、きっとあの報われない最後を迎えたはずなのに。
そして、もう一人こそ。私を苦しめている張本人か?
否。その問いの答えはきっと正解かつ、間違いだ。まだ、森は秘密を隠している。
だからこそ、私の道は未だ続いている。“私”のその先に、少女のその先に。
だからこそ、私は構える。“私”を救うために。全てを終わらすために。
そうだ。もはや、死んだ國を愚かしくも救う必要があるか?
主の変わった國のために忠義を尽くす道理があるか?
再びの生を得た私はそのどちらにも意味を見出せなかった。
それを肯定する声はどこからも聞こえてこなかった。
だから、私は“私”が呼ぶ声にこそ応えよう。
それがいかなる荊の道であったとしても。たとえ“私”と血を流すことになろうとも。
「………そうだ。オルレアンの乙女よ。私だ。ジャンヌ・ダルクだ。
躰はこのようにつぎはぎだらけだが、魂だけはお前と同じ。ジャンヌ・ダルクだ。
次元を越え、仮初めの生を得て。“私”たるお前を救いに来た。
理由はそれでいいだろう。もうお前は救う必要はないんだ、“私”よ。
お前の救いは国を救えたか?民を救えたか?最後にあの炎の中、悔いはしなかったか?」
己の肉体ですら復活には相当の負担がかかると死霊術師はいった。
だから、このつぎはぎの躰すら繋ぎ止めているのは、確固たる救いへの意志。
最後に残した後悔を。最後に残した怨恨を。聖女というにはきっと相応しくない黒き心を。
「………だから、私は最後に“私”ぐらいは救っておきたいと思ったのだ。
そうでなければ、私は永遠に救われない。そうだろう、ジャンヌ?」
征こう。道は未だ続いている。“私”の先に。少女の先に。走れ!その先へ!一人きりの強行軍。
それは即ち!!coup de vent!!!
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 463 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/28(水) 21:43:11
ジャンヌ・ラ・ピュセルvs聖女ジャンヌ・ダルク
『Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜』
>>462
「痴れ言を語るのはそのお口? あなたにジャンヌを救えるものですか!」
アリスの怒り―――放っておけば、すぐにでももう一人のジャンヌに殴り
かかりそうだ。乙女は彼女の洋服の襟首を掴んで制止する。万が一を考える
と、この樹の下でアリスを傷つけさせるわけにはいかない。
「……アリス、キャストの発表はいらないわ」
「ジャンヌ……」
「これは私の戦いだから」
今の自分のように、ジャンヌという役を演じる何者かと疑った、そうでは
ない。信じがたい事実だが受け入れるしかないのだろう。あれもまた正真正
銘のジャンヌ・ラ・ピュセルなのだ、と。
腰からシャルル・マルテルを抜剣。杖代わりにして立ち上がる。
「……私を、救う?」
もう一人の自分の言葉は暖かかった。哀しいまでに。彼女の優しさに優しさ
で返せない自分が嫌いだった。
「私は―――もう……とっくに救われて、いる、のに?」
二重存在の交わりを断罪する一陣の風。戦旗を槍に変えて、聖女は乙女の胸
に飛び込んだ。―――疾い。そして迷いがない。
剣を振りかざして穂先を払う。刃が竿と噛み合い火花が散る。絶妙な剣捌き
で勢いをいなし、聖女の突撃を後方へ受け流した。
殺したはずの衝撃―――だが、乙女は膝をついて喀血する。体内に留まった
僅かなダメージだけでこの有り様か。
襤褸切れのような身体。救国の乙女の名も哭くだろう。
「ジャンヌからジャンヌへ……これが最後の忠告よ」
咳き込みながら、しかし確たる信念に支えられて言葉を紡ぐ。
「退きなさい。私は何があろうとフランスを救います。……あなたも〈声〉が
聞こえるのでしょう? ならば、それ以外に答えはないはずよ」
【現在位置/ハイウェイ/C地区へ接近中】
- 464 名前:聖女“ジャンヌ・ダルク” ◆dArctxNDsU 投稿日:2007/11/28(水) 21:45:52
- ジャンヌ・ラ・ピュセル vs ジャンヌ・ダルク
Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜
>>463
翻る戦旗はもはや彼の国のモノではない。掲げていた我が軍のモノですらない。
死すら覆す極星帝国の忌々しき髑髏の戦旗。もはや、私の愛した国はない。
孤独なパレード。今は亡き王国のための悲しき独唱。潰えた夢の残滓。
少女が叫ぶ。“私”を救えるのか?と。ならば、それすら救えずに私はいかなる夢を見たか?
それすら出来ないのなら、私に付き従ってくれた者達に。示しなど付くものか。
私は旗を掲げる。民衆を鼓舞するために。もはや、後ろに誰もいなくとも。
“私”は剣を抜く。民衆を鼓舞するために。もはや、後ろに誰もいなくとも。
「愚問だな!たった一人の少女を救えずに、何が救国だ?」
“私達”は少女という側面を殺して戦場に立っていた。きっと、今。この瞬間でさえ。
だが、戦場で泣き出してしまったあの日のように。少女は心の奥底の薔薇の棺で眠っている。
未だ、私の中で声がする。助けてと。叫ぶ声がする。つぎはぎの躰が軋む。
槍と見立てて突く、廻して翻る旗で視界を塞ぐ。槍術ならば、槍の方が効率的!
そして、叩く。所詮、穂先がなければただの棒。なれば叩く方が効率的!
吹けよ風。呼べよ嵐。高らかに翻れ!禍々しきは髑髏の戦旗!
「救われているなら、何故。私は未だ此処に在る?主の御許に召されているのでは?
仮に、私のどちらかが救われているならば。私は、己の目的を達していたはず。
─────なら。どうして“私達”はこうして向き合っている?」
それは。決して言ってはいけない台詞。何か大事な存在を否定してしまう危険性を孕んだ台詞。
救われなかった少女たちが織り成すのは、悲しい悲しい鏡の国の御伽話。
「声は。今でも聞こえているよ。“救え”と。だが。亡国を救うことはもはや出来ない。
だから、せめて。幻想だとしても。助けてと願う、目の前の少女ぐらいは救いたい。」
覚悟と悲壮な決意に満ちて、髑髏の旗は未だ風にたなびいている。
「忠告はありがたく受け取る。が、故に問おう。………それで引く私か?引いた私か!」
道は!目の前にしか我が道は無し!だからこそ、掲げた戦旗は止まることを知らない!
【現在位置/ハイウェイ/C地区へ接近中】
- 466 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/28(水) 21:48:45
ジャンヌ・ラ・ピュセルvs聖女ジャンヌ・ダルク
『Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜』
>>464
「私がここにいる理由はたった一つ―――」
やはり、こうなるしかないか。
「フランスが救いを求めて哭いているから」
まだ、私の中には救われずに哭いているフランスが残っているから。救い
を必要としている、在りし日のオルレアンが乙女を待っているから。
私はこの、哀れで、浅ましくて、都合の良いように利用され、やがては使
い捨てられる自らの運命を肯定する。悲劇と絶望を肯定することで救われる。
―――乙女ジャンヌは、救われないことが救いなのだ。
彼女の背後で、アリスがはっと息を呑む。
背中越しひしひしと感じる。彼女もだ。彼女というフランスもまた、救国
を望んで乙女に縋っている。ジャンヌ助けて。ジャンヌ助けて、と。
ならばこの身がどんなに傷もう、立つしかないではないか。
根源を蝕む痛みすら止揚して、乙女は剣を構えた。戦える状態ではない。
でも、それはパリ攻城の時も同じ。疵は深く血は赤い。
勝利へと我が身を導くのはイエス様だけれど、それを信じるか否かは自分
次第。―――そして一度たりとも、あのお方は乙女を裏切ったことはない。
だから今宵も信じる。
痛みよ。私を食い破れ。そして一時でいい。共棲せよ。
槍術とも棒術ともつかない聖女の精緻な攻撃にブレードをぶつける。視界
を阻む髑髏の形相を、ひらりと身軽な動作でくぐり抜けた。
あなたはどうか知らないけど――……「……――運命は、この樹の下で初
めて〈声〉を聞いたときから、私の手を離れたわ」
それを今から見せつける。彼女が「救う」などと言ってくれる乙女が、如
何に呪われた存在か。身をもって知るがいい。
「聖マルグリット様……ご加護を私に」
魂の緊張を一部だけ緩める。肉体の主導権を手放した途端、背中に何者か
がのし掛かる―――そんな錯覚。
悪魔憑依。今や乙女の身体を動かすのは乙女であって乙女ではない。彼女
の身体を媒体にして、天使の監視から逃れた邪悪なる者が牙を剥く。
自らの血で描いた[SORIA]の刻印〈スペル〉に従い、三十六の悪霊軍の
長官―――オリアクスと自らの身体を憑依〈シンクロ〉させた。
溢れ出す瘴気。身体能力が飛躍的に上昇する。聖女が繰り出す戦旗の暴風
を悉く愛剣で払い、時には弾き返して懐に飛び込んだ。
燦然と輝く白銀の甲冑―――その装甲と装甲の隙間を狙って刃を立てる。
【現在位置/ハイウェイ/C地区へ接近中】
- 477 名前:聖女“ジャンヌ・ダルク” ◆dArctxNDsU 投稿日:2007/11/28(水) 23:13:14
- ジャンヌ・ラ・ピュセル vs ジャンヌ・ダルク
Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜
>>466
つぎはぎだらけの躰が軋む。ようやく“私”の嘆きの正体を掴んできた。
燃えさかる炎の中で信じた者達に異端と罵られ。
止まった時の中で、全ての救国を無駄と云われ。
震える音の中で、崩れ去る建物に潰され。
硝煙の香りの中で、紅玉の弾丸に胸を貫かれ。
学舎の中で、その人形の猛毒にその躰を蝕まれ。
だから、それでも“私”が求めている救いは、あまりにも苛烈。つぎはぎだらけの躰が軋む。
私の救いが揺らぐほどに。つぎはぎだらけの躰は錆びたように軋んでいる。
“私”は祈る。その剣に。そして、祈りは届く。天とは真逆の世界へ。
魂で理解する。これは禁忌。そして、これは“私”の救いへの意志であり、覚悟。
故に“私”は、その人性を捨てて、私に走り寄る。攻撃は的確に鎧の隙間を縫ってくる。
すんでの所で旗で止める。その攻撃は金属製の旗の持ち手をバターのように剔る。
攻撃のペースを掴む。剔れた持ち手に剣が滑り込む。反撃のチャンスは此処!
旗の持ち方を、瞬時に変えて大回転!“私”を吹き飛ばす。舞えよ、忌々しき髑髏の戦旗!
私は刀を抜く。鏡の国の道案内にと、死霊術師が私に預けたのは、鏡の魔剣“ミラーブレード”。
走る“私”の攻撃を止める。するとどうだ。鏡の魔剣は姿を変える。シャルル・マルテルの剣へと。
そして。わかってしまった。これが如何なるモノであるかを。
故に“私”が選んだ道を私が“私”で在るが故に理解する。理解してしまう。
「───やはり、我々は救われないことこそが、永遠に終わらない戦場こそが、
“私達”に与えられた“救い”なのだろうか?ならば、あの炎こそが………?」
運命という赤い靴を履いてしまった少女は、その救いの意味すら錆びに塗れてまで。
こうして永遠に舞踏を続けなければならないのか?救われないことは救いになるのだろうか?
だから、私は決意する。今一度、私は覚悟を決める。“私”と同じこの剣に祈りを捧げる。
だが、魔性のモノにはこの身など預けてやるものか、私にはこのつぎはぎだらけの躰で十分だ!
「これが………こんなものが………天命というのなら………!」
やはり。こうするしかないのなら。
やはり。これだけしか道はないのなら。
相打ち覚悟で、この少女を止める!私には最後の手段がある。
- 486 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/29(木) 00:28:34
ジャンヌ・ラ・ピュセルvs聖女ジャンヌ・ダルク
『Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜』
>>477
鏡写しの聖剣が、乙女の黒甲冑を切り裂いた。憑依によって強化された悪魔
的な反応力をもってしても、見切ることの能わぬ一閃。
乙女の胸から血の花が咲く。
幸いにも疵は浅い。裡から蝕む乖離の痛みのほうがよっぽど深刻だ。乙女は
手元でブレードを翻すと続く二の手を弾き返した。
剣と剣が感応する。―――なんと驚くべき奇跡か。それとも魔技が映し出す
幻影か。聖女が構えるロングソードは、乙女のシャルル・マルテルの剣と一分
の狂いもなく同一だった。
彼女もまたジャンヌなら、聖カトリーヌ様の教会でこの剣を発掘しているは
ずだ。だからシャルル・マルテルの剣で武装していること自体はさして驚くに
はしない。―――だが、それが乙女とまったく同一となれば話は別だ。
眼前に立つ亡国の聖女と乙女とは、同じジャンヌであっても決して重なり合
った存在ではない。異なる運命を歩めばこそ、こうして対立もする。
―――なのに、彼女は乙女の聖剣を構えていた。
まさに鏡写し。
オリアクスが乙女という器を操作する。剣戟には剣戟で応え、乖離の激痛に
炙られながらも聖剣と聖剣で鍔迫り合う。
舞い散る火花。刻まれる木の葉。―――十合の打ち合いが次の十合を呼び、
終わりなき剣楽を奏でると、乙女の焦燥も比例して深まっていった。
彼女はもう、死ねない。
崩壊は深刻で、リドルのルールは崩れ始めている。
「再生」はもはや約束された運命ではないのだ。
救国ならずして死に至る―――森が、アリスが、決して認めていないはずの
終末を乙女は濃密に予感していた。
だから、この戦いは決して負けられないのだ。勝って、生き延びて、救国を
再開しなければ。
しかし、立ちふさがる相手は自分。勝利はあまりに険しく、遠かった。
覚悟を決めよ。黒乙女の狂気を捨てて、通れる道ではない!
- 487 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/29(木) 00:29:10
>>477
>>486
「―――嫌悪したわね」
乙女の声が冷気を帯びる。
「あなたは、乙女の、魔性を、嫌悪した」
悪魔に身を売っても、地獄への落下が約束されても、悔いることなく目指し
た勝利という名の至高。目の前の聖女は、そんな乙女の在り方を蔑んだ。憐れ
んだ。―――ならば、憎めるだけ憎むがいい。
そうすれば、私の心も痛まずに済む。
模倣の聖剣が乙女の肩を捉えた。装甲が裁断され、血飛沫が舞う。返す刀が
頬を掠めた。太ももを舐めた。黒甲冑が刻まれてゆく。
乙女は、新たな疵を負うごとに頬を恍惚で染めた。
外から与えられた痛みは裡に飼う悪魔を育む。傷付けば傷付くほど、調和の
天秤は狂い、混沌から魔性が発生する。
乙女の劣勢は勝機と同義。
だが、まだ足りない。
「イエス様の痛みはこの程度ではなかった!」
自らの聖剣で、鏡写しの聖剣によって開かれた疵を抉る。骨が覗くほど深く
手首を刈る。首筋に刃を当てて、すらりと撫でる。
その度に乙女は死に近付いた。その度に乙女は疾さを増した。
血霧の衣をまとい、音の壁すら貫かんと疾走。
「さあ、どうかしら? これが私よ。これが黒乙女ジャンヌよ。―――醜いで
しょう。背徳的でしょう。自分だなんて認めたくないわよね」
紫電の刺突を浴びせかけながら、彼女は嗤っている。
だが、頬を染めるのは朱ではなく涙。
「こんな呪われた私でも―――あなたはまだ救うなんて言うのですか?」
【現在位置/ハイウェイ/C地区へ接近中】
- 493 名前:聖女“ジャンヌ・ダルク” ◆dArctxNDsU 投稿日:2007/11/29(木) 01:23:04
- ジャンヌ・ラ・ピュセル vs ジャンヌ・ダルク
Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜
>>486-487
つぎはぎだらけの躰が軋む。なにかが決定的にぶれ始めているから。
捉えるのは鏡の魔剣。捉えるのは鏡の中の“私”。つぎはぎだらけの躰が軋む。
錆びるように欠けていく。
欠けるように錆びていく。
私だからこそわかる。“私”の躰がどう動くか。
つぎはぎだらけの仮初めの躰でも。魂が私を鏡の先へと導くのだから。
未だ。声は聞こえているか?まだ、“私”は救いを信じているか?
剣戟は、終わりの見えない輪舞曲。果てのないPerpetual Check!!!
未だ。声は聞こえているか?それでも私は“救う”と願っているか?
薔薇の棺に閉じこめられた。“私”の中の少女を救うと。
「─────汝の隣人を愛せ。ならば“私”とて愛せぬ道理はなかろう、ジャンヌ。
たとえ魔道に堕ちようと。たとえ邪道に堕ちようとも。それとて、選んだのは“私”なのだから。
“救う”とあの日、妖精の木の下で“私達”は確かに誓ったじゃないか。
だから。仮初めの躰に身を堕としても、私は“私”の前に立っている。そうだろう?」
つぎはぎだらけの躰は錆色の血を撒き散らして軋みをあげる。
そうだ。私とて。堕ちていないと言い切れるか?否。この躰はすでに私ではなく。
今日は約束された再生の日ではない。走り来るのは“私”。待っているのも私。
だから。これは鏡の国の。救われなかった少女達の。
「─────だからこそ“救う”。未だ、声は聞こえている。」
悲しい悲しい御伽話。だから、それが。どうしようもなくて泣き出したあの日と同じ顔だったとしても。
私の瞳は“私”を見つめているか。そして、微笑んでいるか?答えて。私には私が見えないから。
- 494 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/29(木) 02:07:38
ジャンヌ・ラ・ピュセルvs聖女ジャンヌ・ダルク
『Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜』
>>493
「……そう、あなたはやはり乙女なのね」
魔女の仮面を外して彼女は微笑む。歓びと、ほんの少しだけ諦めが混じっ
た微笑。―――乙女は今宵、長い人生の果てに初めて「後悔」を覚えた。
常に自らを肯定し、イエス様を確信し続けた娘の揺らぎ。
こんな素敵な自分と相対しなければいけない運命をちょっとだけ恨み、そ
の登場があまりに遅すぎたことに若干の悔やみを自覚した。
―――何よりも哀しく、何よりも恨めしかったのは。
そうまで自分を想ってくれる、もう一人の自分を斬り倒してでも救国を続
けなければいけないこと。ああ、だから私を嫌悪して欲しかったのに。
この私はなんて強情なのかしら。―――ふと笑みがこぼれる。
そう言えば、私生児〈バタール〉様もラ・イールも、私のことを「他人の
話を聞かない強情娘」「突撃女」と呼んでは呆れていたわね。
ああ、やっぱりこの子は私よ。私なんだわ。
「きっと、あなたなら私を救えると思うの。……いいえ。それどころか、あ
なたに救われるためなら、奈落へ堕ちても良いぐらい」
悪戯っぽい笑みが浮かぶ。だが、すぐに溶けて、冷酷が表情を支配する。
「―――でも、ごめんなさい。私にあなたは救えないわ」
あなたの背中の向こうで、フランスが勝利を求めているから。
〈声〉が私に、パリへの凱歌を謳えと命じているから。
乙女は往かなくてはならない。例え、自分を斬り伏せてでも。
そこにフランスがあるのなら、自らの屍をも乗り越えろ。
人は多情でも、刃はいつだって無情だ。
振り落とされた聖剣は、狙い違わず自分≠フ胸を目指した。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 498 名前:聖女“ジャンヌ・ダルク” ◆dArctxNDsU 投稿日:2007/11/29(木) 04:58:24
- ジャンヌ・ラ・ピュセル vs ジャンヌ・ダルク
Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜
>>494
いつの間にか泣いていた。あの日と同じように。
きっと顔はぐしゃぐしゃで、ジャンやラ・イールはともかく、ジル・ド・レにだって笑われそう。
彼女の微笑みにこれじゃあ答えられそうもない。彼女の揺るがない意志にすら。
それでも私は救うと決めた。その時、運命はもう一度私の手を離れていた。
つぎはぎだらけの躰。禍々しい髑髏の戦旗。彫り込み鋼の鏡の魔剣。
たとえ紛い物と罵られても、私は“私”を救う。それだけの覚悟は声を聞いたときに出来ていた。
彼女の悪戯じみた微笑みに私を重ねていた。“私”が私を救えると言ってくれるなら。
悔いはない。だから、この後のことも知っている。ならば、この先でしか“救い”はない。
─────だから“私”は私の胸を貫いた。
だけど。私の躰はつぎはぎだから。心臓を貫いても。
だけど。私の躰を繋ぎ止めているのは鼓動じゃないから。
だから。これはただの魔法。死霊術。私の命は仮初めだから。
だから。私には。未だ時間がある。わずかだとしても、これはきっと永遠に近い時間が残ってる。
だから。願わくば主よ。もう少しだけ、この呪われた躰に力を!そして、動かす意志を!。
未だ、声は聞こえるか?目の前の黒い乙女とその中に閉じこめられた少女の、タスケテと言う声が。
唯一の隙。止めを刺した瞬間は誰でもが無防備。刃は確かに無情で非情。
─────だから私は“私”の胸めがけて鏡の魔剣を突き上げる!
「私だってこの通り、奈落に堕ちるような呪われた身の上でここまで来ている。
未だ、声が救えと言うのでな。たとえ、差し違えてでも私は“私”を救うぞ?」
秘中の秘は未だに秘めたまま。どこか深い森の中。鏡の国の御伽話は続く。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 500 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/29(木) 19:50:43
ジャンヌ・ラ・ピュセルvs聖女ジャンヌ・ダルク
『Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜』
>>>498
状況の流転。運命の更新。約束された脚本が乙女という斜陽に背を向けた。
ああ、フランスが遠ざかってゆく。
勝利が私の手からこぼれてゆく。
柄から手をほどき、鉄靴(サバトン)で相手の胸甲を蹴り付ける。悪魔憑
依の膂力がもう一人の乙女を吹き飛ばし、反動で乙女自身も後方に跳んだ。
シャルル・マルテルの剣は彼女の胸に突き立ったままだ。―――そして、
乙女の胸にも、まったく同じ聖剣が生えている。
「ああ……」
眼を剥いて偽りの剣を見下ろす。
「私の心臓が! 私の心臓が!」
既に〈停滞〉の刻印は働いている。自らの肉体にのみ限定的な時間停止を
施す固有時制御は、心臓の停止による「乙女の死」を暫定的に引き留めてく
れているが―――それとて、永遠には届かない。
乙女の無尽蔵な魔力をもってしても、時間操作は数分が限度。失われた心
臓は二度と取り戻せない。生きながらにして乙女は敗死を約束された。
「なんてことを!」
絶望の興奮が痛みをも忘れさせる。
「最後なのに! これで最後なのに!」
死は怖れない。それは乙女にとって向かうべき終着点だ。だが彼女には大
儀があった。使命があった。まだフランスは救われていない。
そして「ジャンヌ・ダルク」という自存はいま、多くの期待を無視して崩
壊へとひた走っている。終わり無き目覚めは、もう無いのだ。
これで最後なのだ。
―――なのに、生命の核を失ってしまうなんて、
相手の心臓を奪えば良いだけの話だが、乙女の聖剣が貫いてしまった。
他に代わりとなりそうな心臓の持ち主はいない。フォレストランドの時の
ように〈飢餓同盟〉を召喚する余力は残っていなかった。
アリスの心臓をもらう? ―――とんでもない提案だわ。なぜって、彼女
の役〈キャラクター〉は王太子さまなのだから。フランスの希望を犠牲にし
て、フランスを救うことなど絶対にできません。
……それに、そうじゃなくても。
彼女は私の―――
もう時間がない。乙女の躯が失われた時を取り戻す前に、救国を為さなけ
れば。あらゆる障害を駆逐してでも、突撃〈パレード〉を遂行してみせる。
「そこをどきなさい、ジャンヌ・ダルク!」
己の心臓という鞘から偽剣を抜き放つ。黒乙女の血を吸ったブレードは、
どす黒く濁り始めている。瘴気が暗黒色の焔となって刃を燃え上がらせた。
「ああ、お願いだから私より……私よりフランスを見て!」
そして始まる、哀哭/愛国の突撃〈パレード〉。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 507 名前:聖女“ジャンヌ・ダルク” ◆dArctxNDsU 投稿日:2007/11/29(木) 22:55:53
- ジャンヌ・ラ・ピュセル vs ジャンヌ・ダルク
Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜
>>500
私の剣は“私”を貫いた。刹那、具足による一蹴!鏡の内側と外側で二人の乙女が地を滑る。
つぎはぎだらけの躰が軋む。軋んだ躰が悲鳴を上げる。だから、御伽話の終わりは近い。
泣いている。目の前の“私”が、“私”の魂が、“私”の命が悲鳴を上げている。
だからこそ、私が“私”を救える。これが、最初にして最後の機会。
「─────どうした?突撃娘。これが本当に最後か?」
軋んだ躰は悲鳴を上げて、つぎはぎの絃が解けだす。屍の躰ではそろそろ限界らしい。
だからこそ。私は挑発してまで“私”を招く。私の中へ。私の内へ。
「ここを退くなら、最初から私は此処に現れない。こうして、向き合っていない。」
黒い炎を纏った魔剣を手にし、哭くように“私”は走る。私はさあ“私”よ。そのままだ。
「─────突撃!!!」
私は“私”に高らかに叫んで、両手を広げてその剣をこの身に受けた。
これで良いか?シャルル・マルテルの剣よ。彼女の時が停まった今こそ。我が、秘中の秘を。
────主よ。貴方に未だ、祈りは届くだろうか?こんな呪われた乙女、二人のために。
“献身”
己の命と引き替えにして。私は“私”を蘇らせよう。これで良い。“救い”は此処に完遂される!
最後の力を振り絞って私は“私”を抱き寄せる。つぎはぎだらけの躰が崩れていく。
「………間に合ったようだな。“私”よ…これが……天命だ………。
さあ、最後の救国が残っているのだろう?まだ“私達”は倒れるわけにいかないのだろう?
まだ祖国は、フランスは待っているのだろう?“私達”の凱歌を。
“私”よ。未だ果たされぬ。果たせなかった道を征くなら。私も連れて行ってくれ。
─────そして、今度こそ“私達”二人で救われよう。」
崩れる躰。崩れる鎧。私は死ぬが“私”の中へ。たとえ、救われなくても。救われないと知っていても。
それで良い。それで良い。ここに鏡は砕け散り、救われない少女達の御伽話は幕を閉じる。
そして、再び幕が開いたとき。救われない少女達の最後の救国は始まるだろう。
森を吹き抜けていくのは一陣の風。
静まりかえった森には救国の乙女ジャンヌ・ダルクと黒いアリスだけが残される。
【 聖女“ジャンヌ・ダルク” ……… 死亡 】
- 511 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/29(木) 23:51:19
ジャンヌ・ラ・ピュセルvs聖女ジャンヌ・ダルク
『Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜』
>>507
ああ! なんてことを!
乙女の視界が涙で霞む。
いま、彼女は全てを識った。
なぜ、もう一人の自分がこの森に迷い込んだのか。なぜ、同じ自分である
はずの乙女に刃を向けたのか。なぜ、執拗なまでに救いに拘っていたのか。
―――答えはここにあった。
自らが喚んだ偽剣を身に浴びて、もう一人の乙女は――今こそ正しき名で
呼ぼう。ジャンヌ・ダルクと!――がくりと崩れ落ちる。
剣を振り落とした姿勢のまま、乙女は必死で抱き留めた。愕然に歪む表情
からは終わりのない悔恨が。言葉にならぬ悔やみを口中で繰り返す。
こんなの、あまりに卑怯ではないか!
「私はあなたを斃そうとしたのに……自らの使命、それだけを優先していた
のに―――」
違う。そうじゃない。やはり、彼女も〈声〉を聞く者だった。彼女も使命
に燃える一人の乙女だった。彼女の中にも救国の大儀があった。
彼女はフランスを愛していた。形骸の那由他に追いやられても、亡国の哀
切に蝕まれても、それでもフランスを愛し続けていた!
理由は明白だ。彼女はジャンヌ・ダルクだから。―――乙女と同じ、ジャ
ンヌ・ダルクだから。
ともに救国を目指す。
そのために、ジャンヌはジャンヌに運命を委ねた。
彼女の存在が希薄になるにつれ、乙女の中にぬくもりが広がっていくのが
分かった。救いの始まりだ。全てのジャンヌに等しく捧げる聖女の子守歌。
乙女の裡から傷みが引いていくのが分かった。乖離しかけていた自己〈ゲ
スト〉と自己〈ギフト〉の衝突が慰められてゆく。
器と魂の軋轢は決定的だ。これは、ジャンヌというキャラクターとは関わ
りのない場所で進行している。―――だから、彼女の救いは時間稼ぎにしか
ならない。「終わりなき救国」はとっくに否定されている。
だがその運命をねじ曲げて、たった一度の奇跡が乙女の体内に広がった。
最後の目覚め。
最後の救国。
最後のリドル。
それがジャンヌからジャンヌへと伝えられた救い。
乙女は消えゆく乙女を強く抱きしめる。
「―――約束します。私のフランスに、栄光と勝利をもたらすことを」
だから、一緒に往きましょう。
これが最後の睡り。
斯くして遺された乙女の時間も動き出し、〈停滞〉の刻印は消滅する。
失われた心臓が死を強要した。口から一筋の血を滴らせ、乙女はその場に
斃れる。―――もう一人の自分の残滓を抱き竦めたまま。
二人が向かう先は妖精の樹。つまりは此処。
一陣の風(coup de vent)に煽られて、森に咲く百合の花々が葩(はなび
ら)を舞い散らした。白無垢の輝きに包まれて、乙女は希望に満ちた退場を
開始する。舞台にゲストは誰もいない。
黒いアリスだけが一人残された。
「……なにが、起こっているの?」
少女は唖然として呟く。
―――ねえ。このお話は、終わってしまったの?
(二人のジャンヌ・ラ・ピュセル→死亡)
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 517 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/30(金) 00:50:08
―――寂しいけれど、おしまいの物語を始めるわ。
- 518 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/30(金) 00:50:59
挿話 第五巻[夢のきざはし]
ジャンヌが傷んでゆく。
ジャンヌが崩れてゆく。
どうしてなの? こんなはずじゃなかった。
契約は完璧だったのに。
取引は円滑だったのに。
森は知らない。
私も知らない。
こんな展開はリドルに組み込まれていない。
なのにジャンヌは傷んでる。
なのにジャンヌは崩れてる。
ああ、フランスをまだ救っていないのに。
謎かけ〈リドル〉をクリアする条件は満たされていないのに。
どうして壊れちゃうの。
何がいけないの。
森も知らなくて、アリスも知らない。
そんなこと、ここではあり得ないわ。
ガーデンは森の心象風景。
ガーデンは私の理想郷。
ここは私たちの世界なのに。
―――どうして。
どうして私たちの手の届かないところで、
ジャンヌは勝手に終わっていくの?
ねえ、どうして?
私はずっと考えていた。この森蝕が始まったときから思考にこびり付いて
離れぬ疑念。拡大する違和感。理解できないことは多かったが、首肯しかね
る矛盾はたった一つだけだった。―――そう、あの乙女の魔性だ。
……?!
聖剣があった。街は火刑台に近かった。贄はフランスの栄光を願った。
ああ、認めよう。青髭召喚の秘蹟は完全に私の失態だ。あの地下室にあっ
た全ての要因が聖女の降臨を求めていた。あの淫売が街に舞い降りたのは必
然だった。……ふん。運命とでも言えば満足か?
だが、現実はどうだ。召喚の儀のとき、私はあそこで何を見た。
奇跡の具現? 馬鹿馬鹿しい! そんなものはどこにもありはしなかった。
私が見たのは地獄の片鱗だ。奈落へと繋がる飢餓の合唱だ。あまりに澄み
切った、無垢とさえ言える闇が研究所を支配した。
英国を海峡の奥へと押し出した亡国の魔女。悪魔に身を任せる売春婦。―
――黒乙女ジャンヌの浮上というわけだ。
だれ? 誰なの?!
……私の懐疑はそこから始まっていた。
なぜだ? なぜ、黒乙女なのだ。なぜ、奇跡は降りなかったのだ。なぜ、
世界規模で信仰される聖女ではなく、欧羅巴の端っこで静かに憎まれ続ける
魔女が呼び出されたのだ。
結果として魔導災害の規模は縮小された。私は無様にも研究所から脱出す
ることに成功した。「聖女」ジャンヌであったならば、直結した神性の共振
に為す術もなく存在を祝福されていただろう。想像しただけで震えが走る。
私にとっても、世界にとっても、黒乙女の降臨は命拾いに等しい。
―――だが、解せぬ。そこには必然がない。フランスの小娘が、どうして
英国側の視点に基づく乙女を呼んだ。おかしいではないか!
- 519 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/30(金) 00:51:57
>>512>>517>>518
名乗りなさい!
アリスの一人舞台〈モノローグ〉に、
土足で踏み入るあなたは誰!
ふん、無様だな。もはや舞台〈テーマ〉を演出する余裕もないか。
そんな、あなたは……!
名乗るまでもなかろう?
貴様の子供じみた謎かけ遊びに乗せられ、緑の牢獄で必死に頭を捻ってい
た探求者だよ。やれやれ……答えを求めて、こんなところまで迷い込んでし
まった。―――だが、丁度いい。前巻の続きといこうではないか。
貴様は前に言ったな? 私が答えに至れば森源地への道は開かれる、と。
あの森から脱出したの? 無理よ!
あなたがいくら強力な魔法使いでも、
あの迷いの森からは出られないわ。
そういうルールなの!
そう、ルールだ!
貴様がアリスなどという戯けた役割を演じるように、あの女にも役が必要
だった。そうでなければ、森に現界することは叶わなかった。
―――だが、なんて皮肉か! 森の「根拠」となる女の本棚には「聖女」
ジャンヌにまつわる物語は一冊たりとも眠っていなかった。その女はジャン
ヌ・ダルクなんてどうでも良かったのさ。
しかし、そうは言っても、腐海が現実を森蝕するためには取引を行わなけ
ればいけない。取引相手のオーダーはかわいそうな自分を乙女に救ってもら
うこと。それ以外は何も望んでいない。逆に、それさえ叶えれば喜んで身体
を差し出すという。つまりジャンヌは必要不可欠だったわけだ。
―――ふん。奴は必死に探したのだろうな。彼女の本棚を、記憶の中でが
むしゃらに漁った。そして見つけ出した。
唯一、ジャンヌ・ダルクが登場する物語を!
……。
誤算だったのは、本棚の主が英国生まれの物語を好んだことだ。
奴が持ち出してきた原典のジャンヌは、取引相手が呼び寄せた―――彼女
の理想の結晶たるジャンヌ・ダルクとは何もかもが違っていた。
だが、駄々をこねても始まらない。
「割り振られた役を演じよ」
それが森の根源。演ずる役〈キャラクター〉を持たない者は、リドルに参
加することは能わない。そして、その役は本棚から選ばれる。
暗黒に染まった乙女しか用意できるキャラクターは無かった。それ以外に選べる役な
んて無かった。渋々ながらも認めざるを得なかったのさ。
―――結果、この様だ!
やめて……。
森と貴様の利害が一致している? 貴様の意思は森の意思?
とんでもない! 溝は深まる一方だったのさ。
―――だが、ふふ。私もしてやられたよ。あの女は、森によって招かれた
幻想だとばかり思っていたからな。つまり、オリジナルキャラクターか。
……本当は違うのだろう? あのジャンヌは、ジャンヌでありながらジャ
ンヌという役を演じていたのだろう? アリスを気取る貴様のようにな!
もうやめて!
- 520 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/30(金) 00:53:41
>>512>>517>>518>>519
あの女の苦痛の原因が分かるか? あれは森が用意した原典と貴様の理想
の温度差だ。同じジャンヌでありながら、在り方があまりに違いすぎるため
存在が剥離しかけている。
―――森は失望していたぞ、貴様に。
まぁ当然だ。森が決定した配役に従わず、あまつさえ無意識に反逆しよう
としているのだからな。……奴は気付いてしまったのさ。結局のところ、貴
様と森は求めるところが決定的に違っていたということに。
まさか……あなたが牢から抜け出したのは。
我々なら提供できる。アーネンエルベなら再現できる。
貴様よりはるかにオリジナルに近いForest≠。
……すれ違いとは哀しいものだ。初めからこうして話し合いの場を用意し
ていれば、奴は―――あの聖杯〈ホーリー・グレイル〉は自分の願望を完全
に近いカタチで成就させ、我々はより強大な力を手にできたのに……。
こんな小娘に奇跡を委ねるとは。
……くく、ギフトとやらも意外と見る目が無いのだな。
ああ、嘘よ! 嘘だわ!
嘘なものか。森は契約を破棄することを私と約束した。
お前がアリスを演ずるのもこれが最後だ。―――そしてこれからは私がア
リスとなる。このグルマルキンが森の幻想を支配する。
お前の胸から聖杯を取り戻してな。
ジャンヌ! 助けてジャンヌ!
待っていろ! 今すぐにそこへ行ってやる!
―――これはこれで。
また別のお話。
ああ、ジャンヌ。私、怖いわ……。
- 521 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/11/30(金) 00:56:08
〈L'arbre de la fee〉
>>512>>517>>518
>>519>>520
パーティは続く。
パーティは続く。
……うっすらと瞼を開く。
そこは、彼女が初めて〈声〉を聞いた場所に似ていた。
村を離れ、ヴォークリュールに向かう高台―――芝生に覆われたあの自由地
には、枝を大きくのばし、広い木陰を作るブナの樹が密生していた。
思えば、〈ブールルモンの妖精の樹〉と呼ばれていたあの高台から、全てが
始まったような気がする。
乙女は自覚していた。―――そしてこれで最後だ、と。
六度目の目覚め。五度目の復活。
もう一人のジャンヌが預けてくれた、最後の希望。
乙女の〈自存剥離現象(キャストレーション)〉はついに末期を迎えようと
している。指先を動かすだけで体内を溶岩が走った。呼吸をすれば灼熱の酸素
が肺を炙った。再生を遂げながら、乙女は死に至る道を転げ落ちる。
調和の歯車は今や完全に狂った。
アリスが管理するジャンヌという役者〈ゲスト〉と、森が管理するジャンヌ
という配役〈キャラクター〉。
根源を同一にしながら、在り方が相克となる二つのジャンヌ―――アリスも
森も自覚しない不和がリドルの前提を否定した。
破綻は初めから運命づけられていた。
彼女がジャンヌに抱く想いを考えれば、乙女を「魔女」の役〈ギフト〉とし
て脚本〈リドル〉を演出させることなど不可能だからだ。喩えどんなに悪魔的
であろうとも、彼女の中でのジャンヌは揺るぎなき聖女だった。
リドルを本来の軌道に戻す手段は二つ。
一つは、「手垢にまみれた形骸」のギフトを担うアリスが自らの役割を再確
認し、ジャンヌを魔女として演出させること。軽蔑の対象として接すること。
しかし、これは不可能だ。短い付き合いだが、彼女が自分にどのような期待
と憧憬を抱いているか、乙女はイヤというほど思い知らされている。
ならば残る一つ―――森がキャストの変更を発表すること。
アリスの首をすげ替える。このリドルを終わらせ、新たなリドルを森蝕させ
る。代わりの苗床が見つかれば、無理にジャンヌなど登場させる必要は無くな
るのだから。
乙女は激痛に苛まれるのも構わず、無言で嗤った。
クライマックスに待ち受けていたのは無意味と虚構。つまりはナンセンス。
偶然とはいえ、森もアリスも最後まで物語に忠実だったわけだ。
リドルを終わらせるのは竜を殺す勇者でもなければ、白馬を駆る王子でもな
く、味方同士の軋轢と反目とは。
勝手に自壊してゆく幻想の箱庭に、招かれたゲスト達は如何なる感情を抱く
のか。見せ場も与えられずに閉幕とは、哀れが過ぎた。
「くだらない……森がなんだと云うの。リドルが……なに?」
魔女だろうが聖女だろうが、乙女は乙女だ。〈声〉が彼女に伝える使命は変
わらず、為すべき道も、待ち受ける運命も変わらない。
―――そう、ジャンヌ・ラ・ピュセルの全ては救国を指向している。
そして、彼女の救いはまだ終わっていない。自分を悪魔と呼ぶか聖者と呼ぶ
かは後の歴史が決めればいいのだ。
私のフランスに、救いを……。
葉のざわめきに紛れて、少女の啜り泣く声が聞こえた。
椅子にちょこんと座り、乙女が目覚めるまですごろくやチェスなどをして時
間を潰していた、あのコーヒーテーブルに涙を落としている。
アリスの奔放さ。アリスの無邪気さ。アリスの大胆さ。
そしてアリスの愛らしさ。
それらは一体どこへ消えてしまったのか。悪戯を父親に見咎められ、いつ始
まるとも知れぬ説教に脅える少女のように、彼女は椅子の上で小さく蹲る。
アリスの姿があまりに哀れで、乙女は苦痛を殺して慰めの声をかけようとし
―――身を強張らせた。
テーブルを挟んでアリスの向かいに、傲岸不遜な闖入者。部屋の主の許しも
得ずに煙草を吹かし、勝手に煎れた紅茶を啜る。
黒い乙女。黒いアリスに次ぐ、三人目の漆黒。
「Guten Morgen. おはよう、矛盾した聖女よ。快適な目覚めは得られたか?」
グルマルキン・フォン・シュティーベルが、答えに辿り着いていた。
(ジャンヌ・ラ・ピュセル→最後の復活)
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 522 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/30(金) 00:57:26
挿話 偽典[黒猫キティ! 悪い悪い子猫ちゃん!]
アリスもジャンヌも気付かぬうちに、
リドルにリドルが重なった。
救国ごっこの配役に、
鏡の国の薔薇戦争〈チェスゲーム〉を重ねがけ。
聖杯はアリスの気紛れに怒り心頭。
自らキングのギフトを被って、白の軍勢に宣戦布告!
赤のクイーンが敵陣へひた走る。
いたずら好きの黒猫キティ!
白のクイーンが行く手を阻む。
かわい子ちゃんの白猫スノードロップ!
赤のナイト、影のようにクイーンに付き従う。
最強の剣士が女王を護る。意思を無くした紅甲冑。
赤のルークはもういない。赤のビショップと仲間割れ。
一緒に奈落に落っこちた!
白のナイトは戦場〈ボード〉にいない。
白のクイーンを熱烈に想いながら、戦場に出られない。
赤のキングがズルして閉じ込めた!
白のルークも、白のビショップも、
みんなみんな、盤上にいない! 自分の出番を待っている!
だから白のクイーン、たった一人でキングを護る。
傷だらけの白猫。かわいそうなスノードロップ!
さて、白のキングは誰かしら?
そして、白のポーンは―――
―――ああ、私に何ができると言うの……。
- 522 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/11/30(金) 00:57:26
挿話 偽典[黒猫キティ! 悪い悪い子猫ちゃん!]
アリスもジャンヌも気付かぬうちに、
リドルにリドルが重なった。
救国ごっこの配役に、
鏡の国の薔薇戦争〈チェスゲーム〉を重ねがけ。
聖杯はアリスの気紛れに怒り心頭。
自らキングのギフトを被って、白の軍勢に宣戦布告!
赤のクイーンが敵陣へひた走る。
いたずら好きの黒猫キティ!
白のクイーンが行く手を阻む。
かわい子ちゃんの白猫スノードロップ!
赤のナイト、影のようにクイーンに付き従う。
最強の剣士が女王を護る。意思を無くした紅甲冑。
赤のルークはもういない。赤のビショップと仲間割れ。
一緒に奈落に落っこちた!
白のナイトは戦場〈ボード〉にいない。
白のクイーンを熱烈に想いながら、戦場に出られない。
赤のキングがズルして閉じ込めた!
白のルークも、白のビショップも、
みんなみんな、盤上にいない! 自分の出番を待っている!
だから白のクイーン、たった一人でキングを護る。
傷だらけの白猫。かわいそうなスノードロップ!
さて、白のキングは誰かしら?
そして、白のポーンは―――
―――ああ、私に何ができると言うの……。
- 523 名前:グルマルキン/赤のクイーン ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/11/30(金) 00:59:49
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
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>>520>>521>>522
吐き出した紫煙が髑髏を形作り、けたけたと嗤う。
コーヒーテーブルの向こうで、白のポーン――取りあえずはアリスと呼んで
やるか――が、びくりと身体を震わした。俯いたまま、絶対にこちらを見よう
とはしない。グルマルキンと眼を合わせるのを頑なに拒んでいる。
待ち受ける運命から逃げ出すことしかできない少女。―――この雌ガキの処
世術は、「黒いアリス」のギフトを得た今でも有効ということか。
人は変われない。永遠に自分と向き合い続ける。その好例だ。
「Guten Morgen. おはよう、矛盾した聖女よ。快適な目覚めは得られたか?」
ジャンヌの再生を確認してゲームスタート。
グルマルキンは一つ目の駒を敵陣に進める。またしても赤のターン。魔女は
ほくそ笑む。未来永劫、白の軍勢にターンが回ることはないだろう。
グラール・コピー/赤のキング――いや、今こそ正確な名で呼ぼう――『聖
杯〈ホーリー・グレイル〉』のギフトが再契約の保証としてグルマルキンに委
ねた偽りのリドルは、黒いアリスが構築した『ヘンリー六世』のリドルを上書
きしつつある。
リドルにリドルを重ねることによって生ずる二重世界。お陰で、グルマルキ
ンはアリスの干渉を受けずに根源へと到達した。
森は、聖杯は、アリスに対して一方的に契約の破棄を宣言する。
あとは「赤のクイーン〈ラ・レーヌ・ルージュ〉」のギフトを得たグルマル
キンの手によって、聖杯の植え替えを行うのみ。
さすれば、赤〈聖杯〉と白〈アリス〉の薔薇戦争〈チェスゲーム〉は終わり
を迎える。
「……性懲りもなく、また来たのね」
白のクイーン〈ラ・レーヌ・プラティーヌ〉―――ジャンヌが、怨嗟のこも
った瞳で赤のクイーンを睨め付ける。
鉤十字の魔女は涼しげに殺意を受け止めた。
森蝕が始まった頃とは違う。二律背反の奈落に突き落とされた乙女など、も
はや驚異に値しない。今の彼女は神性も無ければ魔性もない、無力の結晶だ。
「……右腕だけ、では…収まりが悪いから、左腕も…捧げに来たの? ……殊
勝なことね。でも……乙女は断るわ。あなたが…主催の……ワルプルギスの夜
〈アリスパーティ〉では、クイーンは見向きもしません……」
命を削るジャンヌの罵倒。ああ、とグルマルキンは頷いた。
「右腕? もしかして、これのことを言っているのか?」
マントの奥から〈栄光の腕〉の腕を持ち上げる。揺らめく魔焔の義手が森を
照らした。ギフトを得たことによって補強された魔力が、炎の輪郭をはっきり
と描写している。
「縛られた肉の腕よりかは、よっぽど有用に働いてくれているさ。……だが、
そうだな。怒りを感じていないかと問われれば、それは嘘になる。
私は魔術師にしては珍しく『自分の身体』に強い拘りを持っていてな。
神秘への探求だけに執着するなら、身体など捨て去って高次の世界へと旅立
ったほうがよほどに効率的なのだが―――私は俗な魔術師故に、肉への未練を
捨てきれん。いや、肉なき場所に神秘もまた宿ることはない。そう信じている。
右腕の欠損は大いなる悲しみだ。私はいま、深い失望に駆られているよ」
- 524 名前:グルマルキン/赤のクイーン ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/11/30(金) 01:01:02
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「……そう、それは良かったわね」
グルマルキンの瞠目―――何と、乙女は二本の足で立ち上がった。
「なら、今のうちにもう片方の腕に別れのキスでもしておきなさい」
立てるような状況ではないはずだ。唇を動かすだけでも、肉体と魂の不和が
騒ぎ立てるというのに。―――魔女は改めて、ジャンヌ・ラ・ピュセルという
英霊の精神力に感嘆した。自己が乖離するという煉獄すら、聖女の意思の前で
は生ぬるいか。
だが、
「それには及ばん。貴様の腕をもらうからな」
乙女の背中に影が差す。赤のナイト〈ラ・シュヴァリエ・ルージュ〉の華麗
にして熾烈なる一閃。ガントレットごと乙女の右腕が吹き飛んだ。
グルマルキンは宙を舞う聖女の腕を〈栄光の腕〉で受け止めると、つまらな
そうに一瞥。「サイズが合わんな」と呟いて、焔で握り潰した。
赤のナイト―――満身創痍とは言え、気配をまったく覚らせずにジャンヌの
背後へ肉薄した剣士の中の剣士。二又の大剣を片手で軽々と持ち上げ、乙女を
牽制する。深紅の甲冑ががしゃりと鳴った。
「殺すなよ」赤のクイーンの冷徹な忠告。ナイトは無言で頷く。
隻腕の乙女は残った左手で聖剣を構える。が、大剣の一振りで呆気なく弾け
飛んだ。
剣士としての格が違う。乙女が万全の体調で挑んでも、剣を用いた勝負では
赤のナイトに太刀打ちできまい。
「無様なもんだな」
グルマルキンは蔑みを隠そうともしない。赤の軍勢は布陣は完璧だ。そう確
信している。不完全なアリスのリドルなど相手にならない。
「救国の英雄も、こうなってはお終いだ」
乙女は疵口を抑えたまま、憎々しげに魔女を睨み上げる。その愛らしい表情
に、グルマルキンの喉からくつくつと嗤笑がこみ上げた。
なんて加虐を煽る表情をしてくれるのか。
「ああ、そうだ。一つ、貴様に愉しい歴史を講釈してやる」
くわえた煙草にルーンを刻んで着火。紫煙を乙女に吐きかける。
「ジャンヌ・ダルク。貴様が五百年前に王太子を王位へと導いた戴冠の都市―
――ランスだが、あれはな、我々が焼き捨ててやったぞ。半世紀前に、鉤十字
の戦列が容赦なく蹂躙してやった。爆撃に次ぐ爆撃が、街の歴史を跡形もなく
吹っ飛ばしてやった。―――当然! 王太子が戴冠式を行った大聖堂もだ!」
嗜虐に歪むレッドクイーンの口端。
乙女の金髪が怒りに逆立った。
ランスはフランス王位の象徴。それを焼き払うなど―――
声にならぬ咆吼とともに乙女が牙を剥く。
グルマルキンの喉を噛み千切ろうと影が重なり合う直前―――赤い疾風が横
合いからジャンヌに覆い被さった。赤のナイトは、鋭く削ぎ落とされた筋肉で
乙女の矮躯を草地に縫い付ける。
俯せに組み敷かれたままジャンヌは叫んだ。
- 525 名前:グルマルキン/赤のクイーン ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/11/30(金) 01:02:26
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>>524
「許さない。あなただけは絶対に……」
グルマルキンはしゃがみ込みと、乙女の激憤と目線を重ねた。
「別に許しを求めた覚えはないさ」
煙草の火種をジャンヌの右目に押しつけて、すり潰す。
乙女の悲鳴。魔女の哄笑。「白のクイーン。ダイナの愛を一身に受ける澄ま
し顔のスノードロップ! これより先の脚本〈リドル〉に、貴様の台詞は用意
されていない。―――自らの終末を、そこで黙って見ていろ」
さあ終わらせるとするか。
グルマルキンはジャンヌから離れると、かつて研究室だった森の最深部――
―壁の一角を占める巨大なブナの木〈妖精の樹〉へと近付いた。
アリスは椅子に座ったまま動かない。俯いて、全てから眼を背けている。
〈妖精の樹〉の表皮に、義手の炎でルーンを刻む。発光する魔術刻印が樹の内
部へと浸透し、「森」という巨大な棺桶の蓋を開かせた。
「ほう」とグルマルキンは吐息を漏らす。「やはり、ここにいたか」
茂みをかき分けて視界を開く。―――なんと〈妖精の樹〉の幹に、人間の少
女が同化していた。無数の根が少女の白肌に根付いている。まるで点滴管のよ
うに、だがそれ以上に神秘的に。―――樹という棺に囚われた少女。
いや、これは苗床か。
ここが原初。
ここが基点。
少女という鉢植えから、森は始まっていた。
「また会ったなイヴェット」
そうしてグルマルキンは謎かけの答えを明かす。
「私の聖杯を返してもらうぞ」
木の根が這う少女の胸へと〈栄光の腕〉を差し向ける。
「やめて! やめなさい!」
白のクイーン/ジャンヌの絶叫。
赤のクイーン/グルマルキンには届かない。
いま、彼女は「森」という奇跡を掴み取ろうとしている。歓喜に総身が震え
そうだった。ジル・ド・レイの召喚という初めの目的は失敗に終わったが、結
果、より大きな恩寵を手に出来たのだ。災い転じて福と成す。
実に結構じゃないか。
胸に寄生する聖杯は、イヴェットの心臓として彼女の生命を支えている。
もぎ取ったと同時に少女は死に絶え、ジャンヌも消えるだろう。「ヘンリー
六世」のリドルはグルマルキンの手によってクリアされるわけだ。
「案ずるな。森の幻想は私が引き継ぐ! ―――さあ、奇跡を我が手に!」
掲げられた〈栄光の腕〉が、イヴェットの胸へと吸い込まれた。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 531 名前:ちびふみこ ◆HPv8dyzZiE 投稿日:2007/11/30(金) 01:33:05
- >>525
※ ※ ※
その時、《赤の女王》が掴んだものがなんだったのか――それを知る事は、今
はもう不可能となってしまったが……。
しかし、それを推察する事は出来る。
それは恐らく、彼女が求めたような栄光や真理、ましてや奇跡などではなく。
もっと昏くて深く、そして狡猾な――
※ ※ ※
森という名の遊戯盤ではじめられた戦争ゲームは、いまや赤軍の圧勝で終わり
を迎えようとしていた。
《赤の女王》グルマルキンの燃え盛る腕が、《白の王》イヴェットの息の根を
止めんと、その胸元へと伸びる。
それを睥睨して嗤うのは、《杯》を手にした《赤の王》グラール。
《赤の騎士》を相手取る《白の女王》ジャンヌ・ダルクは、自らの王を守ろう
と手を伸ばすも、その腕は哀しいほどに短く、《白の王》には届かない。
女王の指が王に触れたその瞬間、このゲームは終わりを迎える。
響く哄笑。
悲痛な絶叫。
そして運命の刻が――、
ぱん。
響いたのは、乾いた銃声。
※ ※ ※
- 556 名前:グルマルキン・フォン・シュティーベル ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/11/30(金) 06:55:11
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>531
指先に訪れる感触―――銃声とともに、永遠に失われる。
〈栄光の腕〉が根こそぎ弾け飛んだことに気付いたとき、グルマルキンの
驚きは計り知れぬものがあった。
―――魔力の結晶たる不定形の義手が消え去るだと? 物質的な攻撃で
はまず不可能な芸当だ。
尋常ではない事態。魔導に理解を示す者の不意打ちなのは明らか。
白の陣営の援軍か。……否、それだけは絶対にあり得ない。
盤上に白の軍勢はキングとポーン、クイーンしか配されていない。それ
以外の駒は初めから取り除かれている。―――森の介入によって、だ。
全ては「赤のキング〈ホーリー・グレイル〉」を取り戻すための奸計。
だのに、これは一体―――
マントを翻して振り返る。驚愕と苦渋は同時に押し寄せた。
「貴様は……貴様は!」
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 572 名前:ちびふみこ ◆HPv8dyzZiE 投稿日:2007/12/01(土) 00:01:57
- >>556
>>
グルマルキンの視線の先。
そこに立つのは、フリルの夜会服を着た赤毛の少女。
小さな手に、硝煙たなびく黄金のルガーを構えながら、少女はグルマルキンの
驚愕と苦渋、それを涼しげに受け流して笑って見せた。
「久しぶりね。"あの"飛行船以来かしら」
鈴を転がすような、透き通った声。
見るものを魅惑する、可憐な姿。
けれど、その立ち振る舞いは、あくまで淑女の佇まいを忘れず、典雅に、優雅
に。
「ああ……この姿でははじめましてになるのかしら? ねえ、グルマルキンお、
ば、さ、ま」
おばさま、の部分を強調してみせる少女である。
会話にさりげない毒を混ぜる事を忘れない。
それもまた、淑女の嗜み。
姿かたちは変わっても、その本質は変わらない。
彼女の名は、ふみこ・オゼット・ヴァンシュタイン。
大独逸の生き残りにして、400年の時を生きる魔女である。
「《聖櫃》の次は《聖杯》? 貴女もよく飽きないわね」
ふみこは、呆れたように肩を竦めて見せる。
その口調には、隠す気のない嘲りが含まれていた。
「三年前のあの時から、貴女は何一つ変わってはいないのね。いいえ、むしろ退
化しているのかしら?」
ふみこの目が細まり、口元が綻ぶ。
指した指先は、俯くアリスに。
「まさかあの悪魔が、チェスゲームに興じているなんて。それも、子供相手に大
人げもなく全力で」
くすくす。
それは、鈴を転がすような笑い声。
しかし、それを聞くものは皆、その可憐な笑みの中に含まれた侮蔑の感情を悟
らずにはいられない……そんな空寒い声だった。
- 580 名前:グルマルキン・フォン・シュティーベル ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/12/01(土) 01:03:39
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>572
ふみこ・オゼット・ヴァンシュタイン。グルマルキンと同時代に生まれ、
同じ帝国に身を預けた、同じハーケンクロイツの魔女。ともにナチ党に所属
しながら、利害を徹底的に対立させて来る天敵に等しき相手。
―――なぜ、彼女がここに。
あまりに予想外の乱入。訝しまずにはいられない。イレギュラーに等しき
森蝕を、この女はどこから嗅ぎ取った?
……いや、違う。そうではない。
魔女は魔女を追ってきた。
オゼットの狙いは森ではなく、自分か。そう考えた方が納得も容易い。今
や形骸に成り果てたジル・ド・レイ召喚の儀式。どこからか、情報が漏れて
いたのだろう。大方、飛行船でつけられなかった決着つけにでも来たのか。
グルマルキンの口元が苦渋に歪む。なんて的外れで傍迷惑な来訪者だ。
白の軍勢を駆逐し、奇跡を手にしようとしているこの時に!
大体、この女は私よりも年上だ!
「なのにその戯けた格好はなんだ……飛行船でともに南極を目指していたと
きは、半世紀前と同じ出で立ちだったと記憶しているが。―――さて、総統
の代わりに自分を使ってくれるマイスタでも見つけたか?」
相変わらずの尻の軽さだとせせら笑い、グルマルキンは右腕の炎を再生さ
せた。「赤のクイーン」のギフトは白の陣営相手にしか効果を及ぼさないが、
神秘への求道も忘れて現代兵器に頼るような半端な魔女など、素の魔力でも
十分に対抗できる。
頭ではなく腕を撃ち抜いたことを、後悔させてやろうではないか。
「前菜にはちょうど良い……森の聖杯を我が胸に宿し、奇跡の階段(きざは
し)を昇る前に、過去の因縁を精算してやる」
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 586 名前:ちびふみこ ◆HPv8dyzZiE 投稿日:2007/12/01(土) 01:51:16
- >>580
「この姿が何かって?」
ふみこは笑った。
目を細めて。
可憐に。
優雅に。
「わざわざ貴女に合わせてあげたのに、随分な物言いね? だってそうで
しょう、グルマルキン。聖杯も、森蝕も、貴女自身も……ガキの遊びよ、
こんなものは」
辛辣な言葉を笑顔で吐き捨て、ふみこは続ける。
「自分が道化だと気付きもしない馬鹿の相手を、まともにするつもりは毛
頭ないわ。……何を言っているのかわからない、という顔ね。ふん」
可憐な姿。
楽しげな声。
「グルマルキン。貴女は、あの空を書割だと思った事はない? 海の色を
絵の具の青だと思ったことは? ……いいえ、単刀直入に聞くわ。ねえ、
グルマルキン」
そして、
「"貴女は果たして、本当に貴女自身なのかしらね?"」
――溢れる悪意。
「この森は、三年前に新宿を覆ったものと同じもの。それは貴女もわかっ
ているでしょう? けれど、気付いているのかしら。この森は出来損ない
で、だからこそ"あらゆる幻想を内包する"ものだという事を」
少女/魔女は嗤う。
彼女が告げるのは、世界の真実。
「この森で現出する幻想は、《魔女》の本棚にはないものばかり。例えば、
石仮面。例えば、ペルソナ。例えば、二人目のジャンヌ・ダルク。集合無
意識、とでもいうのかしら? この森の"本棚"には、およそ人々が見知っ
た全ての物語が収録されている」
真実とは、幻想という世界を破壊する武器。
魔女が言葉を紡ぐたび、世界は終焉へと向かって急激に加速する。
「森は脚本を演じる舞台。その上に立つ人間は、須らく何かしらの"役"を
持たなければならない。それが"ルール"。だから、ねえ? グルマルキン・
フォン・シュティーベル。貴女も、もしかすれば――」
――グルマルキンの"役"を演じる、ただの幻想なのかも――
「……そんなものが聖杯だなんだと息巻いているなんて、滑稽だわ。哀れ
な道化。ねえ、グルマルキン。相手をするのも馬鹿馬鹿しいでしょう?」
にぃ。
その口元が、悪意を湛えて薄く歪んだ。
彼女が語る言葉が真実か、そうでないのか。
それは誰にもわからない。
けれど、
「でもまぁ……せっかくここまで来たんだし。ただで帰るのも、それはそ
れで馬鹿みたいね」
もし真実であるとするならば――、
彼女こそ、この森という舞台の上で演じられる《森祭》という名の演劇
を終わらせる、機械仕掛けの神《デウス・エクス・マキナ》。
「さあ、おいでなさい、黒猫ちゃん――教育してあげるわ」
少女は黄金のルガーを構え、にぃ、と不敵に笑って見せた。
- 598 名前:グルマルキン・フォン・シュティーベル ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/12/01(土) 05:44:55
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>586
「戯れ言を言う……」
オゼットの問いかけを一笑に付す。興味深い絵空事ではあったが、その程
度で魔女グルマルキンの同一性は揺らいだりしない。
「私は私であるが故に、誰よりも私であることを確信している。貴様如きに
懐疑されるまでもなく、私は私だ。―――その証を今から見せてやる」
乗馬ブーツを中心に、自動演算の魔法円〈サーキット〉を三重に展開。
魔女グルマルキンの真骨頂とも言える魔術式が眼を覚ます。
サーキットにプログラミングされた演算装置は、状況に応じて二百九十八
パターンのルーン魔術を自律刻印。近接からの全方位霊撃〈オールレンジア
タック〉によって対象を防御障壁ごとオーバーキルする。
―――避けようのない圧倒的な暴力。魔女の口元が加虐を期待して歪みに
歪んだ。
だが、彼女の武器はこれだけに留まらない。
指をぱちりと打ち鳴らして最強の騎士を召令。赤のナイトはダガーを腰か
ら抜くと、ジャンヌのふくらはぎに突き立てる。肉と皮膚を貫通し、刃は土
にまで届く。無情な刃の戒め。―――これで彼女は囚われだ。
赤のナイトは鷹揚に頷くと、クイーンの下へと馳せ参ずる。オゼットの背
後に回り、十字に交錯するグリップが特徴的な剛剣―――ヒルドルヴ・フォ
ークを大上段に構えた。
クイーンの魔法円にナイトの剛剣。圧倒的な死に前後を挟まれたオゼット
に、活路などあるはずもない。
「これでもまだ、私を幻想などと懐疑するか!」
魔女は勝利の予感に酔い痴れる。
「ならば、貴様という女もまた、私の手で幻想に還してやる!」
魔法円が光を帯びてルーン文字を大量に吐き出す。オゼットの背後では赤
のナイトが果敢な踏み込み。もう一人の魔女を刃圏に捉える。
森を戦場に、森の与り知らぬ決闘が始まった。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 599 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 05:47:12
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>598
乙女は迷った。
リドルの外側からノックもしないで乱入し、チェスボードをひっくり返す―
――そんな常識知らずのトリックスターを、私は奇跡と呼ぶべきかしら。
ルール破りのナイトノッカーは、クイーンとナイトの苛烈な波状攻撃に晒さ
れながら一歩も退かず、それどころか的確に反撃を繰り出し、二強の駒を相手
に互角に渡り合っている。勝敗の行方は見当もつかないが、クイーンもナイト
も思った以上に苦戦している。暫くは彼女にかかりきりになりそうだ。
―――いや、この様子だと赤の精鋭か敗れ去ることだってありうる。奇跡と
いうよりナンセンスに近い展開。乙女はそこに好機を見出した。
この混乱に乗じてチェックメイトをかける。
さあ、アルマニャックの魔女にして悪魔の私娼、黒乙女ジャンヌのラストシ
ーンを始めましょう。
そのためにまず戒めをとかないと。
ふくらはぎを大地に縛り付けるクリムゾンのダガーに指を這わす。悪意が指
先から鋼に染み込み、刃を腐らせた。さあ、これで自由だ。
片手で身体を器用に起こし、足を引きずって王太子さまの下へ。そんなキャ
スト、彼女はもう忘れてしまったかもしれないけど、乙女はしっかりと覚えて
いる。トールボット将軍との戦いのとき、彼女は確かに王太子さまの役を選ん
だ。あの舞台の終幕はまだ訪れていない。
王太子―――アリスはまるでコーヒーテーブル以外の世界を見失ってしまっ
たかのように、イヴォワール風の紋様を見入っている。
自分の殻へと逃げ込む少女。傷の深さは計り知れない。彼女もつくづく哀れ
だ。必死で見つけた夢の世界にまで裏切られてしまうなんて。
アリスに罪はない。あの状況で彼女に何ができた。グラール・コピーが提示
する取引を承諾しなければ、あらゆる未来は断絶される。
希望に縋って何が悪い。救いを求めて何が悪い。―――例えそれが現実から
の離脱であろうと、生を願うことは死を許容するより遙かに眩い。
だから、乙女はアリスの全てを赦した。
「……安心しなさい。あなたには、あなたの乙女がいるわ」
精一杯の優しさで、声をかける。
「もう誰も、あなたを傷つけさせない。私があなたを護るから。私があなたを
救うから。―――だからお願い。もう泣かないで、イヴェット」
そっと頭を撫でた。拍子に、ロールヘアのウィッグがら流れ落ちる。アクア
マリンの色彩が払われ、黄金色の地毛が乙女の視界を輝きで満たした。
涙で化粧が剥げたせいで、今でははっきりと分かる。眩い金髪。凍えるほど
に鋭い美貌。―――アリスの素顔は〈妖精の樹〉に囚われ、苗床となっている
少女と瓜二つ。……いや、まったくの同一だった。
「もう大丈夫。大丈夫よ、イヴェット」
乙女は彼女の名を繰り返す。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 600 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/12/01(土) 05:50:08
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>598
>>599
アリス/イヴェットは涙に濡れたかんばせを上げ、彼女だけの聖女に懇願の
視線を投げつけた。―――助けて、助けてジャンヌ、と。
全てが終わりへとひた走っている。何もかもが森を、アリスを、ジャンヌを
終局へと追い詰めている。
こんなはずじゃなかったのに。ずっと森の中で暮らすつもりだったのに。ジ
ャンヌと一緒に、終わらない夢を見続けるはずだったのに。
イヴェットは聖杯を裏切った。
「黒いアリス」のギフトを承ったにも関わらず、「森を幻想で満たせ」という
彼のオーダーを無視してしまった。魔女を聖女として扱い、他のゲストを無視
してジャンヌと遊び呆けた。それどころか、彼女の救国を阻害さえした。
イヴェットは森が奏でる物語なんてどうでも良かった。ただジャンヌと一緒
にいたかった。それが唯一の救いだったから。
聖杯もイヴェットを裏切った。
取引を反故にして新たな苗床に移ろうとした。イヴェットを裏切り、鉤十字
と契約した。イヴェットを見捨て、〈妖精の樹〉に赤の軍勢を差し向けた。
聖杯はイヴェットという苗床が再現した〈森〉に不満たらたら。かつて新宿
を支配したオリジナルに比べて、それはあまりに不完全だったから。
〈森〉を形成する苗床と種子。イヴェットとホーリー・グレイル。一人と一杯
の不和が戦禍を招いた。赤と白の薔薇戦争を引き起こした。
二人が歩み寄ることはもう二度と無い。―――それはつまり、アリスとジャ
ンヌの救国〈リドル〉も終わりを告げるということ。
もしグルマルキンがあの子に敗れたとしても、イヴェットの胸に聖杯が根付
く限り、第二第三の黒猫キティが〈妖精の樹〉に攻め込むだろう。
聖杯はイヴェットから逃れようと必死だ。
魔女アマモリの本棚から生まれた「ホーリー・グレイル」のギフトの目的は
〈森〉の再現と回帰。それが叶わない苗床なんて、窮屈な牢獄でしかない。
だから、この危機を逃れられたとしても、近いうちに必ず聖杯はイヴェット
から脱出する。彼女の唯一の剣―――ジャンヌはもう死に体だから。
「ああ、ジャンヌ……」
泣かないで。そう微笑む乙女の姿はあまりに痛々しい。
右腕は間接から先が斬り落とされていた。右目は焼け爛れ光を失っていた。
左足のふくらはぎはダガーで抉られて、朱色の肉を覗かせている。あんなに
威圧的だった黒甲冑は疲れ切っていて、色んなパーツがひび割れていた。
アリスが大好きだった乙女の白肌も、土に押しつけられて黒ずんでいた。
もう大丈夫だから。ジャンヌの慰め。だけど、言葉を発する彼女自身は立っ
ているのもやっとだ。
「―――私もあなたと一緒に死ぬ」
救いはもはや、それしかない。
「死ぬのはイヤ。死ぬのは怖いの。あの魔女が私の胸を鷲づかみにしたとき、
私は躯を炎が走り抜けて―――ここが地獄なのか、と思ったわ。狂ってしまい
たいぐらいに痛かった……」
きっと、あれが死なのね。
「あんな想いはもう二度としたくないの。ほんとに怖いの。だから願ったわ。
助けて、助けてって。聖杯が持ち出してきた〈契約〉にだって夢中で縋った。
死にたくなかったから。痛いのはもうイヤだったから……」
アリスはジャンヌの胸にしがみつく。
「ああ、だけどあなたと一緒なら―――」
恐怖にも耐えられる。ジャンヌがいてくれるなら、地獄だって怖くない。
「私も連れてって……あなたが、私を殺して」
それが最後の救いとなるはずだから。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 601 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 05:51:51
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>598
>>599>>600
「そんな哀しいことを言っては駄目」
アリスの矮躯を片手で抱き締める。イヴェットの幽体とも言うべき彼女の
躯は、びっくりするくらいに軽かった。それが余計に哀しみを煽り立てる。
「私は生きようとするあなたが好き。死にたくない。そう思って何がいけな
いのかしら。とっても可愛らしいじゃない、人間らしくて」
それは、救国の大儀のために命をも犠牲にした殉教者の自嘲か。
「生きたいと願うあなたが私を呼んだ。死ぬのはイヤと脅えるあなたが、私
を森に迷わせた。奇跡の担い手は聖杯じゃなくてあなた……」
だからジャンヌは、生を求めて足掻くイヴェットを救う。
死にたいだなんて言う彼女は嫌い。
大体、一緒に逝くなんて不可能だ。なぜなら乙女の救国はまだ終わってい
ないから。彼女は果てる気なんて毛頭ない。
イヴェットを救って、フランスも救う。
「無理よ!」
アリス/イヴェットの抗弁。〈妖精の樹〉を指差してがなり立てる。
「あそこで眠る哀れな女の子を見て。
彼女の胸に宿っている鼓動を見て。
分かるでしょう? 聖杯がイヴェットの心臓なのよ。彼女の命は聖杯が握
っているの。だから、彼女はアリスとして森の中で生きるしかないのだわ。
―――でも、聖杯は彼女の心臓をやめたがっている」
チェックメイトなのよ。何もかもが詰みなのよ。
アリスの主張は一理ある。だが全てではない。
彼女は数ある選択肢の中かから進んで絶望を選び取ろうとしている。哀し
みが視野を狭くて、他の道を見失っている。
こういうときこそジャンヌが必要なのだ。救いへと導くために手を差し伸
べる乙女の存在が。
「あんな自分勝手な心臓は捨ててしまいなさい」
微笑みは崩さずに、道を開く。
「―――代わりに、私の心臓をあげるから」
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 602 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/12/01(土) 05:55:11
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>598
>>599>>600>>601
ジャンヌの心臓ですって?
「いらない!」
乙女が示した救いの道を、アリスは反射的に拒絶した。
「ジャンヌ、あなたはもしかして―――」
アリスはジャンヌを識っている。本人よりも深く理解している。だから
分かってしまった。彼女の描くシナリオが読めてしまった。
ラ・ピュセルは本気でイヴェットを救う気だ。それも、アリス/イヴェ
ットがもっとも望まないカタチで。
「駄目! そんなの絶対に駄目よ!」
拒絶には耳も貸さず、ジャンヌはアリスの躯から離れた。
何の思惑をあっての行動か、魔女と魔女の熾烈な交錯を尻目に、ジャンヌ
は森に咲き誇る白百合〈マドンナリリー〉の花を摘み始める。
一本、また一本と丁寧に茎を折ってゆく。隻腕だというのに、精緻な指捌
きで葉と葉を重ね合わせ茎を結ぶ。
―――そうして出来上がったのは、白無垢にして純潔の花冠。
ジャンヌは恭しくかしずくと、アリスの頭に王冠を静かに乗せた。ふわり
と空気の祝福を受けながら、花冠が王位の継承を宣言する。
アリス/イヴェットの金髪に咲くリリーの葩〈はなびら〉は、森を光で満
たすほどに清らかだった。
アリスの戴冠。〈妖精の樹〉の下で、二人っきりの戴冠式。
斯くして、白のポーンはクイーンに裏返る。
王太子さまはジャンヌの導きによってランスでの戴冠式を挙行し、正当な
るフランス国王として栄座につく。
アリスは涙をこぼしてしゃくり上げた。言葉が詰まり、涙が止めどなく溢
れ出す。いや、いやよ、と首を振っても、乙女は聞き入れてくれない。
アリスは、この戴冠式が何を意味する知っていた。
シャルル七世となった王太子さまは、王座に至ったことで目的を遂げたと
考え、アルマニャック派の地盤を固める政策を方針に移す。仇敵だったブ
ルゴーニュ派と手を組み、英国を追い詰めるのが狙いだった。
故に、徹底抗戦を唱えるラ・ピュセルはシャルルの政策に賛同できず、僅
かな手勢を引き連れてパリ攻略へと向かった。
それは王太子と乙女の離別。
―――クイーンとなったアリスは、自分のパーティをひっくり返して物語
を締めくくる。
この戴冠式こそ、終局の儀式。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 603 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/12/01(土) 05:57:52
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>598
>>599>>600>>601>>602
二人っきりの戴冠式。その裏に隠された真意は、あまりに残酷。
乙女に伝えたかった。アリス/イヴェットにとっての「救い」とは、生命
の拘泥だけではないのだと。
あなたが一緒にいてくれたから、そこに歓びがあった。あなたが一緒にい
てくれたから、未開の森に置き去りにされても、恐怖を好奇で上塗りするこ
とができた。あなたがいてくれる世界だけが、イヴェットの救いとなる。
ああ、なのにジャンヌは往こうとしている。シャルル七世への忠誠に背を
向けて、自分だけの救国の道を。
―――あなたと一緒にいたいの。
想いを言葉にするまでもなく、ジャンヌは全てを理解していた。静かに頷
き、アリスの頬に隻腕の指を滑らせる。
私も、アリスのお茶会にまた招待されたい。アリスと一緒に、空中庭園か
ら覗く森の風景を、陽が沈むまで見つめていたい。あなたと一緒に駆けた救
国の想い出は、乙女の影を溢れる光で照らしてくれた。
多分、きっと、あなたが私を愛するように、私もあなたを愛している。
「でもシャルル国王陛下。王には王の、乙女には乙女の道があるわ。もうあ
なたはポーンではないのだから。自分の一挙一動に責任が伴うクイーンなの
だから……時には自分の想いを犠牲にしてでも、国を愛してあげて」
乙女の決意は揺るがない。アリスは改めて、この聖女の強情さを知った。
そして、彼女の信仰の対象として、永遠の愛を約束されたイエス様を妬ん
だ。あのやせっぽちのヒッピーのように、激しく狂おしく盲目的にジャンヌ
から愛されたかった。フランス国王ではまだまだ満足できない。
最後の抱擁を交わして、ジャンヌは踵を返した。
少しだけ安心した自分がいる。ウィッグは落ちてしまい、お化粧は涙でぼ
ろぼろ。お洋服も着崩れて、乙女に見せられる姿ではとても無かったから。
ジャンヌの中では、いつまでもアリスは最高にかわいくてパンクで残酷な
ゴスロリ少女でいたかった。
ジャンヌが往ってしまう。イヴェットを救いに往ってしまう。
別れの言葉は何がいい? 物語をしめくくる、最後の台詞。
「ジャンヌ!」
傷だらけの背中を呼び止める。乙女は待っていたかのように、すんなりと
振り向いてくれた。「どうかしましたか?」
「ねえ教えて。アリスからジャンヌへ、最後のおねだり。―――私はどこに
行けば、またあなたと会えるの。あなたはどこで、私を待っていてくれてい
るの。私とあなたの再会の場所は天国? ……それとも地獄?」
「そんなの決まっているわ」
乙女の笑みは、希望という名の宝石のようにまぶしかった。
「―――フランスよ」
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 604 名前:グルマルキン・フォン・シュティーベル ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/12/01(土) 05:59:13
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>598
>>599>>600>>601>>602>>603
「貴様! 何を考えている!」
オゼットに魔弾の猛射を浴びせかけながら、グルマルキンが乙女に注意を
向けた。満身創痍の躯で〈妖精の樹〉に近付く彼女の姿には、不穏の気配が
忍び寄っている。―――いや、これは神々しさと呼ぶべきなのか?
幼さを残しながらも凛々しく引き締まったジャンヌの面差しが、確固たる
一つの決意を物語っている。
まさか、イヴェットの躯から聖杯を摘出するつもりか?
「馬鹿め! 智識の恩寵を知らぬ村娘が考えそうなことだ。聖杯はあの小娘
の心臓だぞ。抜き取れば苗床が枯れるどころか、貴様自身も消滅する。外気
に触れた聖杯は急激な抑止を受けて、数分のうちに魔力を暴走させるぞ。
そうなれば、この街は綺麗に消し飛ぶ。お前の大好きなフランスが、不具
となるのだぞ! 分かっているのかジャンヌ・ダルク!」
魔女の言葉は乙女に届いているはずなのに、耳を貸そうとしない。一心不
乱に〈妖精の樹〉へと、そこに睡るイヴェットの下へと歩み寄る。
―――何のつもりだ。
駆け寄って斬り斃したかったが、グルマルキンの動きをルガーの呪弾が牽
制する。グルマルキンの焦燥。まさか、クイーンとナイトの二重攻撃を相手
にここまで鎬を削って見せるとは。
魔女グルマルキンともあろうものが、老女を相手とるだけで手一杯だ。
「くそ!」
焦りを隠せない。
ジャンヌの狙いはなんだ。チェックメイトの戦況から、どうやってイヴェ
ットを救うつもりだ。
ついに乙女が、イヴェットの睡る〈妖精の樹〉に辿り着いた。
数秒だけ少女の穏やかな寝顔を見入ると、甲冑のバックルやベルトを解放
して胸部装甲を脱ぎ捨てる。鎖を織り込んだインナーが、胸の隆起を緩やか
に描いていた。―――乙女はそこに、ダマスカス鋼の短剣を突き立てた。
突拍子もない自刃行為。ジャンヌは刃を抉り、胸の疵を開く。短剣を投げ
捨て、隻腕の左手を疵口に突っ込んだとき、グルマルキンの不安は確信へと
豹変する。―――この女! 自分の心臓をくれてやるつもりだ!
「やめろおおおおお!」
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 605 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 06:01:03
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>598
>>599>>600>>601>>602>>603>>604
黒猫の咆吼は、トリックスターの追撃に阻まれ乙女の下まで届かない。
〈停滞〉の刻印で躯の固有時を制御すると、乙女は救いの処置を開始した。
右手に掲げられた血肉の結晶を、イヴェットの胸へと運ぶ。なだらかな弧
を描く薄い丘に触れると、ジャンヌの手は水面に沈むようにとぷんとイヴェ
ットの体内へと侵入した。彼女の裡の暖かさに、思わず笑みがこぼれる。
このまま身を重ねて一つになってしまいたい欲求―――大儀の名の下に押
し殺し、イヴェットの胸から手を引き抜いた。
手中にジャンヌの心臓はない。イヴェットの胸で確かな命を刻んでいる。
代わりに彼女が手に入れたのは、この災厄の根源―――聖杯〈ホーリー・
グレイル〉の名を冠する、木製の心臓だった。
動脈から心室に至るまで全て木でできている。精緻な技術の工芸品にも見
えるが、木目の心弁が鼓動を打つ有り様は、あまりに異様だった。
人が作りしものではないことは明らかだ。
―――それはイヴェットという苗床で育った、聖杯の球根。
「なんと愚かな真似を!」
グルマルキンの絶叫。
「それを私に返せ!」
ジャンヌに殺到しようとする魔女をトリックスターが背後から銃撃。追い
縋る赤のナイトが大剣を一閃するも、トリックスターは月を歩くかのような
軽やかなステップでとんぼ返り。斬撃を回避する。
黒猫キティが白猫スノードロップの下に辿り着くことは、未来永劫無さそ
うだった。
ジャンヌは最後に一度だけ、背後を振り返る。
アリスが見守ってくれていた。
もう泣いていない。
自分の足で立っている。
ジャンヌは片手で主に祈る仕草をすると、聖杯を呑み込んだ。
一息で呑み込んだ。
租借もせずに、喉に流し込んだ。
新たな心臓。新たな苗床。―――ジャンヌの体内で、聖杯は必死に反抗を
試みる。乙女の躯が聖杯を受け入れ、強制的に肉体の一部として取り込む。
相性は最悪。拒絶反応がジャンヌの全身に稲妻を走らせ、
そして、
森が燃え上がった。
―――崩壊が始まる。
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 606 名前:黒いアリス ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/12/01(土) 06:02:18
イヴェットの苗床から聖杯の植え替えが行われ、
ジャンヌの躯が新たな宿り木に。
森は根源情報の変換に戸惑い、自らを真っ赤に染め上げたわ。
森が炎に包まれる。
ルーアンの火刑台のように燃えさかる。
苗床としての役目を終えたイヴェットは、
ジャンヌの心臓の鼓動を子守歌に深き眠りへ。
幻想が終わるときが、彼女の目覚め。
「ヘンリー六世」のリドルはキャンセルされて、
ジャンヌからは「黒乙女ジャンヌ」のギフトが、
イヴェットからは「黒いアリス」のギフトが消滅します。
「黒いアリス」のギフトが消滅します。
「黒いアリス」のギフトが消滅します。
コーヒーテーブルの脇から、
ジャンヌを見守っていた少女はもういません。
真っ黒なお洋服と、白百合の花冠だけが残されたわ。
イヴェットの精神は、在るべき場所へと帰ったのです。
―――これで、私のお話はおしまい。
次はジャンヌの番ね。
さあ、あなたのお話を聞かせて。
(黒いアリス→消滅)
- 607 名前:グルマルキン・フォン・シュティーベル ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/12/01(土) 06:03:49
グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
>>598
>>599>>600>>601>>602>>603>>604>>605
>>606
深紅の甲冑が炎に沈んだ。ギフトの令によりクイーンの傀儡と成り果てた
三銃士の一翼は、最後まで自分を取り戻すことなく灰と散った。
胸から腰にかけて胴体の左半分を失ったグルマルキンは、灼熱が舐める地
面に膝をつき、屈辱に総身を震わせる。
霊視眼がジャンヌとオゼットを交互に睨んだ。
「貴様ら……なんて、ことを。―――なんてことを!」
〈妖精の樹〉が裡から溢れる炎に溺れている。天蓋の緑樹は葉の一つまでも
余すことなく燃え狂っていた。
腐海の深奥から発生した終末の獄炎は、やがて森全体に拡大し、物語の頁
を焼き払うだろう。
奇跡はグルマルキンの手から完全にこぼれ落ちた。ジャンヌに取り込まれ
た聖杯は新たな苗床を拒絶し、不良接触が炎威のスパークを呼び寄せた。
乙女の体内で、聖杯が急速に朽ちていくのが分かる。赤のキングが自壊を
怖れて、「赤のクイーン」のギフトに乙女を殺せと必死で命令する。
―――能うことなら、すぐにでもサーベルで彼女を斬り倒したかった。
だが、グルマルキンの眼前には忌まわしき魔女が立ち塞がっている。そし
て、体内の内臓器官の四割を魔術回路ごと破壊された彼女には、これ以上の
抵抗の手段を持ち得ていなかった。
またしても我々の敗北だというのか。
「おのれ! おのれ!」
グルマルキンの赫怒は、憎しみという新たな炎を体内から呼び起こす。
「許さん! 貴様ら……よくも、よくも!」
怒りにわななく指先をジャンヌに突きつけた。
「オゼット! 今ならまだ間に合う。その淫売の胸から聖杯を奪い取れ。森
の崩壊を食い止めろ。貴様も魔術師なら、この状況が如何に神秘の極致にあ
ることか分かるはずだ。……それとも、幻想が死にゆくのを黙って見守るつ
もりか! オゼット・ヴァンシュタイン! 貴様も、貴様も魔術師なら!」
それは慟哭に等しい猛りだった。
「奇跡を願え! そして求めろ!」
【現在地:C地区 腐海神殿(研究所)最深部〈妖精の樹〉】
- 608 名前:ちびふみこ ◆HPv8dyzZiE 投稿日:2007/12/01(土) 10:49:01
>>607
グルマルキンの慟哭。
それはただ純粋に、極限の神秘を求め続けた魔術師が見せた、奇跡への執着だ
ったのかもしれない。
"奇跡"を間近に見ながら、それを手に出来ぬ口惜しさ。
崩壊していく神秘に対し、何も出来ないもどかしさ。
だから、グルマルキンは吼えた。願った。
敵であるはずのふみこにすら。
願え、と。
奇跡を願え、と。
けれど――
「興味ないわ」
無慈悲な一言がグルマルキンの心根を刺し。
そして同時に、銀の煌きがグルマルキンの首筋に食い込んだ。
「幻想はいつか死に逝くものよ。古い時代は終わり、新しい時代の幕が開
ける。私も、貴女も……その幕が開けば、過去の遺物として疎まれ、忘れ
去られていくの。けれど」
グルマルキンの首筋に食い込んだナイフが、頚動脈へと達した。
吹き上がる血飛沫。
ふみこの眼鏡を、グルマルキンの鮮血が染め上げる。
「私はそれを悲しいとは思わない。次の世代の人間が作る、新しい時代を
この目で見られるのならば。私はそれだけで満足よ、グルマルキン。もう、
奇跡などいらない。だから、」
肉を引き裂き、骨を絶つ感触。
この言葉は、グルマルキンに届くかどうか。
しかし、それでも。
ふみこは穏やかに、優しくそれを告げた。
「さようなら、グルマルキン。私もいずれ、そちらへ行くわ。そう遠くな
いその時に」
(グルマルキン・フォン・シュティーベル → 死亡)
- 610 名前:ちびふみこ ◆HPv8dyzZiE 投稿日:2007/12/01(土) 11:59:30
>>609
「……1450年、4月15日」
乙女の願いには敢えて応えず。
ふみこは静かに口を開いた。
「この日、あの長かった戦争も事実上、終わりを迎えたわ。フランスの勝利とい
う形で、ね」
血塗られた眼鏡はその視線を隠し、彼女が何を考えているのか、それを察知す
る事は不可能だ。
声は、無表情に続ける。
「フランスはジャンヌによって朝を迎えたわ。ジャンヌ・ラ・ピュセル。闇の帳
が最も深く降りる時、朝の訪れを告げる騒々しき足音。けれど……貴女は、その
残響に過ぎない」
森を焼く炎が、眼鏡に煌く。
「朝が来ればいずれ夜が訪れるように。夜が訪れれば、いずれ朝を迎えるように。
朝と夜は、常に巡り続けている。一日として、同じ日はないわ。幾ら同じように
見えたとしても、それはどこか違った一日」
乙女は、ただ静かにふみこの言葉を聴いている。
彼女もわかっているのだろう。
だが、それでも。ふみこはジャンヌに言葉を告げる。
「貴女が訪れを告げたのは、遥か昔に過ぎ去った朝よ。今はもう、貴女の時代で
はない。もしこのまま貴女の救国を続けるのであれば、貴女は過去の遺物として
扱われ、新しい時代によって排斥される」
現在の世界にとって、自らの信念の元、狂信的なまでに戦いに赴こうとするジ
ャンヌは、異物以外の何者でもないだろう。ならば世界は、今の時代にそぐわな
いそれを徹底的に排除しようと働きかけるはずだ。
「その役目、私が果たしてもよかったのだけれど……」
ジャンヌとふみこの視線が、正面からぶつかり合う。
何秒ほど、そうしていただろうか?
時間にすれば、恐らくほんの数秒。
先に視線をはずしたのは、ふみこの方だった。
「……まぁいいわ。私にとっては、さして興味のある話でもないし、ね」
肩を竦め、一人ごちる。
「貴女が救国に向かうというのならとめはしない。けれど、その先に待つのは破
滅だけよ。この先には、人類の守護者が待っている。もし貴女が信念を押し通そ
うとするのであれば、まずは彼女を倒さなければならない」
イグニス。
人類の守護者を自称する彼女は、この女を許しはしないだろ。
何故なら、かつての英雄、ジャンヌ・ラ・ピュセルこそ……今や社会の一番の
敵に他ならないのだから。
「頼みは聞いてあげる。だから、安心して行きなさい。何処へなりとも行って、
野垂れ死ぬがいいわ」
そういうふみこの表情は、いつもの不敵な笑みを浮かべていた。
- 614 名前:ジャンヌ/白のクイーン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 12:45:18
- グルマルキンvsジャンヌ・ラ・ピュセル
『アリス戴冠―Queen ALICE is born in the Reims―』
(※ちびふみこ乱入)
闘争レス番まとめ
>>517>>518>>519>>520>>521>>522>>523
>>524>>525>>531>>556>>572>>580>>586
>>598>>599>>600>>601>>602>>603>>604
>>605>>606>>607>>608>>610>>610>>613
―――私は今からパリへと向かいます。
それが、最後の救国となるでしょう。
- 620 名前:ジャンヌ/白のクイーン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 20:04:00
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
>>614
フランスよ、泣くのではない
暗い栄光のかげりに
それよりも、双の眸でこの地を降り仰ぎ
お前の歴史を思うのだ
思い起こせ、その昔
どのような驚異のいさおが
敵の手からお前を救い出したかを
嗚呼 戻ってきて下さい、もう一度 この鎖を解き放つために
―――アリスの夢とともに焼け落ちてゆく神殿を背負って、
嗚呼 戻ってきて下さい、もう一度 侵略者を追い払うために
―――乙女のたった一人のパレードが始まる。
嗚呼 戻ってきて下さい、もう一度 勝利で祖国を包むために
―――胸に宿るのはキリストの聖体。その幻想。
嗚呼 戻ってきて下さい、もう一度 闇に瞬く光を見るために
―――潰れた右目から芽吹いた一枚葉が、眼帯となって疵を隠す。
嗚呼 戻ってきて下さい、もう一度 栄光の凱歌を歌うために
―――蔦と枝で編まれた木玩の義手が、ぎちぎちと哭いた。
焦熱の渦中で終末を再現する乙女の一人舞台。
鉄靴が草を踏み分ければ炎が伝播し、鉄篭手が緑樹を払えば、焔の風が一
帯を凪いだ。熱気が口蓋から進入し、容赦なく肺を炙る。
苗床と球根の不和はイヴェットのときより深刻だ。
ジャンヌは森のルールを無視し、魔女アマモリの本棚にないリドルを持ち
出す。それは聖杯の望郷を侮辱するに等しい。憤激に燃え盛る聖杯と強情な
ジャンヌの救国が衝突し、森に炎を招く。
黒乙女のギフトを脱ぎ捨てることで自存乖離の痛みから逃れることができ
たが、身を蝕む痛哭は健在。自らの心臓に敵陣のキングを座らせるという致
命的な行為が、森とジャンヌにおしまいの物語を紡がせる。
けれど彼女は止まらない。
歩みは遅く一歩進むごとに天を仰ぐ。
汗が顎先から甲冑に滴り、じゅうと音をたてて蒸発する。
不足気味の酸素を求めて喘ぐ。
躯が傾いだ。
足取りが危うい。
息は荒い。
心臓がきりきりと痛む。
誰も支えてくれない。
〈声〉だけが救国を促す。
フランスを救え、と。
パリを目指せと、と。
- 621 名前:ジャンヌ/白のクイーン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 20:04:36
>>614
>>620
七度目の救国―――最後の聖戦。
乙女の横にアリスの姿はない。森の中で、一緒に勝利への道を歩んでくれ
た後見人……いいや、友人と呼ぶべきか。彼女が森というステージから退場
したいま、ジャンヌはたった一人だ。ひとりぼっちの救国を進む。
足が重かった。
胸が苦しかった。
肉体的な痛みは無視できる。それはイエス様が与えくれる、受難という名
の寵愛だから。
だけど知らない。
心の痛みはどうすれば治まるのか。
乙女は知らない。
我慢して進むしなかった。
いっそが足が潰れてしまえば楽なのかもしれない。―――いいえ、それは
無駄。足が無ければ、這ってでも進むだけ。
痛みに喘いで、寂しさに打ち震えて、ドンレミーに帰りたいと泣きながら
も、乙女の足は止まらない。
誰に強要されているわけでもない。自分の意思が前進を求めている。
こんなに痛いのに。
こんなに辛いのに。
こんなに寂しいのに。
ああ、こんなにも一人なのに。
私は馬鹿だ。
こんなの、救いなんかじゃない。
ただの意地だ。
強情になっているだけだ。
意固地になって、自分を騙してる。
イエス様を言い訳に使っている。
ほんとは助けて欲しいのに。
ほんとはもう、限界なのに。
気付けば乙女は泣いていた。心で、ではない。躯が感応して瞳から涙を溢
れさせていた。なんて恨めしい洪水。義手で荒々しく拭っても、次から次へ
と流れてくる。―――人前では例えそれがアリスの前でも、涙なんて見せな
かったのに、一人になった途端にこれか。
今のジャンヌは、聖女ではなかった。当然、魔女でもない。
彼女はただの乙女〈ラ・ピュセル〉。
〈声〉が聞こえてしまっただけの、信仰熱心な村娘。
寒ければ凍え、暑ければ喘ぐ。
一人はあまりに辛かった。
パリの城塞が至高天〈エンピレオ〉より遠くに思える。
辿り着けるのか、あんな最果てまで。
たった一人で勝利に追いつくのか。
もう限界だった。心は折れかけている。膝は孤独に震えている。チーフ・
フォレスターの鎧はずしりと重く、灼熱の森林はあまりに息苦しい。
ここまでやってこれたんだ。
もう十分だろう。
もうフランスのための献身は果たした。
もうやめよう。
心はそう哭いているのに、乙女のパレードは止まらない。
歯を食い縛って前に進む。
私は強情だから。
人の話なんてまるで聞きやしないから。
自分の声すら聞こうとはしないから。
自分の哭き声にだって耳を貸さない。
これが意地だというのなら、その意地をやり遂げる。
さあ、パリへ。
パリへ!
パリへ!
【現在地:森のどこかで移動中】
- 622 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/12/01(土) 20:05:57
―――あなたが孤独? 乙女がひとりぼっちですって?
ああ、なんて勘違いをしているのかしら。
あなたはなーんにも分かってない。
自分という存在が、如何に他人に影響を及ぼすか、
どれほどの人間を魅了するのか分かってないわ。
ジャンヌ・ダルクに孤独なんてあり得ない。
あなたみたいなかわいらしい娘は、地獄に堕ちても人気者。
望んだって一人になんかなれないわ。
……それに、あなたは忘れてる。
イヴェットの退場で「ヘンリー六世」のリドルは終了しても、まだ聖杯
が仕掛けた「鏡の国の薔薇戦争」は健在だということを。
グルマルキンが死んだなら、新たな赤のクイーンが戴冠するだけ。赤の
キングはいま、必死でジャンヌ討伐の十字軍を募っているわ。
でも、そこには聖杯すら見落としている落とし穴があるの。
彼は乙女の胸から自分を摘出することに必死で、ジャンヌが白のクイー
ンだということを忘れてしまっているわ。
赤の軍勢の敵は白の軍勢だというのに、まったく愚かなこと。
敵はスノードロップだけじゃないわ。
敵は白のクイーンだけじゃないわ。
そしていま、森という幻想の管理人はジャンヌ!
あなたなの!
パーティは、アリスがテーブルクロスをひっくり返して終わったわ。
もうパーティは続かない。もうパーティは続かない。
だけれども、救国のパレードは続きます。
パリを目指して続きます!
さあジャンヌ。
あなたの剣を掲げなさい。
突撃〈パレード〉と叫びなさい。
あなたの声を待っている、
クイーンの命令を待っている、
―――白の軍勢を率いるために!
- 623 名前:ジャンヌ/白のクイーン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 20:08:20
>>614
>>620>>621>>622
「―――おい、見たか」
地を震わすような低い声。
「あの意地っ張りなところ。絶対に負けを認めようとしないところ。相変わ
らずじゃないか。まったく、活きが良すぎて嬉しくなるぜ」
「―――お前は気楽なもんだな」
透き通る刃の鋭さを含んだ声。
「突撃を唄うのは彼女だが、作戦を指揮して、軍隊を率いるのは俺なんだ。
たまには退くということを覚えてもらえないと困る」
「――― 千年紀の折り返しを迎えても、」
憂鬱に暮れなずむ迷い子の声。
「乙女の気高さが鈍ることはない。彼女の輝きとは、理性や智識によるもの
ではないことは、貴兄等も承知のはずだ。彼女が我々にもたらすのは、策謀
ではなく奇跡……おお、なんと美しき姿か」
三者三様、それぞれの想いに満ちた視線が乙女に集中する。孤独の砂漠の
中で、打ちひしがれる乙女を眺めて愛おしむのは何者か。
ジャンヌは聖剣に手をかけながら振り返り―――身を強張らせた。
「ああ、あなた達は!」
森がもたらした幻想か。炎の中で乙女が見た幻覚か。いいや、違う。そん
な陳腐な現象ではない。ジャンヌは確信する。これは奇跡だ。
奇跡が乙女の下へと馳せ参じた。
- 624 名前:ジャンヌ/白のクイーン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 20:12:16
>>614
>>620>>621>>622>>623
白のルーク/―――白パン好きのライオン。
獅子の頭は黄金のたてがみを燃え上がらせ、野蛮なれども深いぬくもりに
満ちた面貌。人の躯は筋骨逞しく、背丈は乙女の二倍を数える。
フォレストランドで召喚された時と容姿は同一なものの、あの絶望に沈ん
だ姿に比べて、この獣人はなんと威風堂々としたことか。
ダイヤの原石を切り出した大剣を担ぎ、白のクイーンの御許に推参。
にやり、と男前の笑みを浮かべる。
彼は憤怒〈ラ・イール〉の精霊。プラム・ケーキが大好き。
ジャンヌの歓喜が出迎える。
「獅子心公<Gティエンヌ・ド・ヴィニョル!」
白のビショップ/―――黒パン好きの一角獣。
青鉄のプレートメイルで全身を覆い、その内側は誰にも見せない。歩く甲
冑。生きた無機物。蒼く輝く装甲が彼の表情となって怜悧な感情を伝える。
ユニコーンの頭をもした精緻な意匠の兜には、「世界を穿孔する」角飾り
が誇らしげに天へと伸びている。
サファイヤでできた長大なパイクも、やはりユニコーンの角の如く鋭い。
彼はオルレアンの最後の防壁。後のデュノワ伯にして、乙女の強力な理解
者。もちろんプラム・ケーキが大好き。
ジャンヌの歓喜が出迎える。
「私生児公<Wャン―――バタール・オルレアン様!」
白のナイト/―――アリスをクイーンの座へと誘うとはずだった、白の軍
勢最強の駒。
三つの駒の中で、唯一のヒトガタ。繊細で神経質そうな顔立ちから、決し
て晴れることのない懊悩と戦っていることが分かる。
しかし、彼はまだ絶望をしていなかった。いまの彼はまだ、神への懐疑と
いう焦熱に炙られながら、決して希望を捨てようとはしなかった。闇に沈む
自分だからこそ、より強い光を見出せる。そう信じる強き者の眼差し。
背徳の未来が待ち受けようと、この時の彼は神性だった。
彼こそは乙女の騎士。彼女から誰よりも眩い光を見出した闇の迷い子。
ブラックオパールの穀物を鎖で吊った二つのモーニング・スターを両手に
構え、乙女の奇跡を見届ける。
ジャンヌの歓喜が出迎える。
「憂鬱公=\――ジル・ド・レイ!」
ルーク、ビショップ、ナイト。ここにジャンヌの救世軍が、最強の白の軍
勢が整った。信じられない光景。私はまだ一人ではなかった!
両目から涙が止めどなく溢れ出す。感動が苦痛を圧倒した。
- 625 名前:ジャンヌ/白のクイーン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 20:17:07
>>614
>>620>>621>>622>>623>>624
「あなた達……ああ、あなた達!」
「おやおや」
私生児の軽口。
「誰よりも気丈であることを願った貴公が、俺達に涙を見せるとは。さて、
オルレアン攻防戦のときも、そのような女らしさを見せてくれれば、作戦の
対立もしなかったかもしれないのに」
甲冑越しに響くくぐもった声から、一角獣の親愛が伝わってくる。
「彼女をいじめるのはよせ、ジャン!」
豪快に獅子心公は笑う。
「こいつが泣きやんだときのことを考えろ。どんな天罰を浴びせられるか、
分かったものじゃないからな。さしものお前も奇跡には抗えまい」
乙女の頭ほどもある口から、ライオンの誇り高き畏敬が伝わってくる。
「ラ・イール……バタール様……あなた達という人は……」
「ジャンヌ、忘れ物だ」
感動に奮える乙女に、ジル・ド・レイは彼女の象徴とも言える戦旗を手渡
す。百合の代わりに髑髏の紋様が縫い込まれた、もう一人の自分の戦旗。
「ああ!」乙女は竿を抱き締めた。「一人では無かったのね。一人では!」
ジルの双眸から希望が燃え上がる。
「……私たちに見せてくれ。あなたの奇跡を」
ライオンも一角獣もジルの言葉に賛同して頷いた。
「時間はないのだろう? ならばちゃっちゃと片付けて、天国で酒宴といこ
うではないか。聖杯で呑む美酒は格別だろうな!」
ラ・イールが呵々と笑い、
「お前が天国に行けると? よしてくれ。せっかくの安寧の場が獣臭くなる」
私生児ジャンが失笑し、
「―――さあ、ジャンヌ。始めよう。これが最後だ」
ジル・ド・レイが慈しみをこめて微笑みかけた。
「ええ、ええ」
頷いて、何度も何度も頷いて。
乙女は戦旗を翻した。
「目指すはパリ! いざ―――突撃〈パレード!〉」
(白のルーク/ラ・イール→参戦)
(白のビショップ/私生児ジャン→参戦)
(白のナイト/ジル・ド・レイ→参戦)
【現在地:森のどこかで移動中】
- 628 名前:◆/HIME/HDYY 投稿日:2007/12/01(土) 21:10:16
- >>404>>405 >>625
スレイドとの一戦を終えた一行は、近辺で始まった銃撃戦の煽りを受けながら
(ヒロが流れ弾を身を挺して食い止めたため数度死んだが)、どうにかスタート地点である
トラックが流れ着いた川へと戻ってきていた。
「それにしても―――」
リザは携帯食料を片手に住宅街で見つけた地図を睨み付ける。
「ここがフランスだったなんてね……」
ヒロは飲料水を喉に流し込みながら初めての海外渡航にショックを受けていた。
「ふふん、場所はどうあれ我々には“進む”こと以外の選択は無いのだ。そうだろう?
で、リザ―――最初の森がどこか判るか?」
姫は、フランドルが淹れたティーバッグの紅茶を一口啜ってその味に閉口した。
「……ほら、ここじゃないの? えーっと……サンゲツセイヤク、って書いてある……」
ヒロの指し示した場所。
「燦月製薬……!? なんで、何で奴らがこんな所に!?」
「ふん―――リザ、何か知っているのか?」
「ああ、知ってるも何も……」
リザは語る。人狼族として知りえる燦月製薬の知識、いや『イノヴェルチ』の知識について。
人狼族の天敵である吸血鬼に組する人間の組織。
そこで行われる非人道的行為の数々を。
「……なるほど、それだけの組織ならば魔術儀式の一つや二つ行っていても不思議はあるまい。
魔術儀式の影響が我々をこの地に立たせている―――と仮定すれば、我々のすべきことは唯一つか」
姫は指し示す。
帰路であり、生き残るための道を。
「往くぞ、あの闇き森へ」
【現在地:D地区→C地区 森へ向けて進軍開始】
- 639 名前:“姫” ◆/HIME/HDYY 投稿日:2007/12/01(土) 21:43:56
- >>628
辿り着いた森は、数時間前の姿のままではなかった。
炎に包まれながらも、森としての姿を捨てない空間。
しかし、そこには本来あるべきはずの生命を感じ取ることはできない。
まるで、万華鏡が描き出す風景のようだ。
「ふふん―――どうやら終幕には間に合ったようだな」
姫は、威風堂々の体を示し森を睨み付ける。
崩壊の序曲が始まっていることは、もはや誰の目にも明らかだ。
「でも姫、これって山火事なんじゃ……」
「何言ってんだヒロ、もうここは常識的な森なんかじゃねえ―――戦場だ。
戦を求めた奴が作り出した炎のコロッセオだ、違うか?」
闘争本能を掻き立てられたのか、リザは既に戦闘態勢へと姿を変えている。
「ふが」
フランドルは、ここまで引いてきたリヤカーから武器を取り出し姫とヒロに配り出している。
「フランドル、残った武器はここに捨て置いていくぞ―――どうせ、もうここには戻らぬのだからな」
姫の言葉の意味を数瞬遅れて理解したヒロは、改めて決意を固める。
(僕、帰ったら姉さんのカレーをお腹一杯食べるんだ……)
そんな、日常的で掛け替えの無い場所に戻るための決意を。
そして、炎と幻想の森へ足を踏み入れた一行が目にしたのは
―――中世の甲冑を纏った少女が先導する不可解なパレードだった。
【現在地:森の片隅】
- 646 名前:ジャンヌ/白のクイーン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 22:44:29
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vs姫
>>628>>639
早速、赤の軍勢が攻め込んできた。
自覚がないかもしれないが、この森の中でジャンヌのパレードを抑止する
ということは赤のキングに従うことを意味する。
絶対隷属のリドル。運命すら操作して白の軍勢を止めたいというのか。
「必死じゃないか」ラ・イールが鼻を鳴らす。
ええ、と乙女は頷いた。それだけ追い詰められている証拠だ。
「―――ここは俺が殿軍を仕ろう」
ずい、と一角獣の騎士が前に出た。
「分かっているな、乙女よ。このパレードの森行を遅らせることだけは避け
なくてはならない。雷火のようにパリを目指せ」
乙女は躊躇う。せっかく合流した白の軍勢をここで分けるのは戦術的には
得策でも、心が納得しない。一緒にパリへ。それが乙女の本音だ。
だが、私生児公の背中がジャンヌの未練を断ち切った。プレートメイルか
ら無言の拒絶が発散される。
「……行こう、ジャンヌ」
ジルが腕を引く。
ここで迷っては駄目だ。一角獣のルークは栄光の戦列を守るために残ろう
としている。私生児さまだけではない。ジルも、ラ・イールもフランスを愛
している。乙女を愛している。―――想いに応えなくては。
ジャンヌは爪先を立ててバタール・オルレアンの首に両腕を回す。怜悧な
甲冑ごしにも、温もりは感ぜられた。
「……いつか、必ず」
「ああ、きっとまた会えるさ」
森の奥へと消えゆく乙女の後ろ姿を見届けると、私生児公ジャンは赤の軍
勢に向き直った。サファイヤのパイクの矛先が、敵軍を睨み渡す。
「さて……」
その背後から野太い声が響く。
「軽く暴れてやるとするか」
ラ・イールがダイヤの剛剣を肩に担いでジャンの隣に並んでいた。
「おまえ……」
言葉は無用だ、と獅子の男が目線で語る。ふっと兜の裏側で笑みがこぼれ
た。ラ・イール―――戦場で背中を預けるには最適な戦士ではないか。
ライオンとユニコーンの共闘。実に皮肉な運命の采配だ。
「ならば、いざ!」
「ああ、乙女の御旗の下で!」
ラ・イールが猛る。
ジャンが嘶く。
獅子の牙が大きく振り上げられ、一角獣の角が一条の光芒となって敵陣に
吶喊。あらゆる障害物を駆逐する暴風が、終末の演出を担う。
【現在地:森】
- 649 名前:“姫” ◆/HIME/HDYY 投稿日:2007/12/01(土) 23:17:26
- >>646
―――その軍勢は、まさしく不可解な存在であった。
獣面人身の騎士が二人、素顔を晒した騎士が一人、甲冑を纏う乙女が一人。
怪物を見慣れたヒロが感じた違和感の正体―――それは時代錯誤という大きなズレである。
「ふふん―――ライオンと一角獣……なるほど、つまり貴様らはアリスに従う白の軍勢という訳か」
姫が、口角を上げて静かに微笑う。
「そして我々は赤い軍勢……さしずめ私が赤い女王か?」
姫は静かに両手のチェーンソー二機を起動させる。
その笑みは、まさに残酷を礼賛し、隷属を冷笑する。
どうやら、白の軍勢は『騎士』と『女王』を生き延びさせるための陣形を選んだようだ。
『女王』を追えば、『僧正』と『城兵』に討たれ、『騎士』に一掃される。
百戦錬磨の気をその身に纏う白い駒は、簡単には落とせないだろう。
「ふふん―――ならば教えてやろう、現代の定跡と言うものを」
襲い掛かる僧正と城兵の連撃。
その一撃は、乾燥重量が数tにも及ぶフランドルを撥ね飛ばし、ヒロを弾き飛ばし、リザへと迫る。
「……こンな、くそォッ!」
リザの両腕が、パイクを捉える―――槍が生み出した遠心力で引き倒された。
撥ね飛ばされたフランドルが、獅子の足を掴む―――フランドルの重さを意にも介せず歩みを続ける。
鍵は―――ヒロの昇格にある。
姫の冷笑は消えない。
【現在地:森】
- 657 名前:一角獣とライオン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 23:56:49
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vs姫
>>649
私生児公ジャンを制止したのは、彼と同じハーフブリードの小娘だった。
外見からは想像もつかない膂力で、ユニコーンの突進を食い止める。馬力
だけならラ・イールにすら勝りそうだ。―――だが哀れかな。まだ若い。
「ぬぅん!」と嘶き一つで人狼の力点を逸らす。精緻な槍捌きを会得したジ
ャンにとって、相手の力を利用することはさほど難しくない。
正面からの吶喊とは言え、力比べをする気は毛ほども無かった。
一方、ラ・イールのほうは、ジャンと対照的にひたすら力を求めた。獅子
の咆吼で森を震わせながら、炎をカーテンを引き千切って前進する。
足にしがみつく機械人形を振り落とそうと試みるが、骨を軋ませるほどの
怪力によって阻害される。―――ならば、そのまま抱きついていろ!
「雑魚に用はない!」
ジャンの一騎駆け。蒼い閃光が迸る。
「狙うはクイーンの一手のみ!」
ラ・イールの果敢な吶喊。黄金の波濤が迫り来る。
ダイヤの石包丁が唸りを上げて、サファイヤのパイクが空気を穿ち、腕を
組んで泰然と佇む赤のクイーンに肉薄した。
【現在地:森】
- 664 名前:“姫” ◆/HIME/HDYY 投稿日:2007/12/02(日) 00:29:54
- >>657
一角獣の卓越した槍術と精妙な力点操作によって地面に引き倒されるリザ。
ライオンはフランドルの数tという重さを気にもせず疾駆する。
―――二つの牙が姫の命に迫るまであと数間。
「……何をしている、ヒロ」
―――――ドクン
「あの時の誓いは偽りか? 私に従うと言ったのは嘘か?」
―――――ドクン、ドクン
「目覚めろ、我が血の戦士」
―――――ドクン
「雑魚に用はない!」
「狙うはクイーンの一手のみ!」
ダイヤモンドの大剣。サファイヤのパイク。
どちらも自然界では高硬度を誇る宝石で作られた、難壊の武器。
それをヒロは―――自らの肉体で受け止めた。
胸中から溢れ出す、熱い血潮。漏れ出す炎が地を染める。
「ふふん―――フランドル」
「ふが」
ライオンの足から離れたフランドルは、傍に打ち捨てていた工具の一つを取り上げて姫に手渡す。
工具の名は―――
「これが何かわかるか? これは『ヘッジトリマー』という、現代科学が生み出した農具の一つだ」
姫は、ヘッジトリマーのコンセントをフランドルの臀部にある外部出力に接続した。
フランドルは、王国の科学の粋を集めて生み出された人造人間である。
その動力源は電気。このように、コンセントをつなげば電化製品をどこでも使用することが出来る。
そして、この外部出力機能には大きな力があった。
「フランドルには、接続した電化製品の出力を外部からコントロールする力がある。
つまり―――」
瞬間、ヘッジトリマーがカタログスペックを大幅に越える高速で駆動する。
「このヘッジトリマーは今、貴様らの知らぬ魔剣となったのだ」
キィィィィン!という甲高い音を立てて唸るヘッジトリマー。極限を越えたモーターの振動は高周波を生み出し
刃の限界を超えた。
姫が振るったヘッジトリマーは高周波ブレードとなり、二つの宝石を分子構造レベルで引き裂く。
ヘッジトリマー、ダイヤモンドの大剣、サファイヤのパイク。
三種の武器は、今無力と化したのだ。
「ふふん―――徒手空拳で、どのように私を攻める? 白の軍勢よ」
【現在位置:森】
- 673 名前:一角獣とライオン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/02(日) 00:55:38
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vs姫
>>664
「おお!」
感嘆とも驚愕ともつかぬ声は、ジャンとラ・イールどちらから漏れ出たも
のか。まさか、生身で最硬の一撃を防がれた上、逆に解体までされるとは。
まさに魔剣の呼び名に相応しき、無慈悲な終末。―――だが、徒手空拳と
いうのは聞き捨てならなかった。
彼等は騎士であると同時にケモノでもあった。ケモノの武器は自己という
鋼。それは時に砕けた宝石剣にも勝る危険な得物。この身が健在なうちは、
攻撃の手段が尽きることはない!
ジャンの鉄靴が土を蹴る。腰を折って顎を引くと、兜飾りの角―――その
尖端が、クイーンに照準を定めた。これぞユニコーンの刃!
ラ・イールの刃はもっと分かり易い。両手の爪を伸ばし、牙を剥く。百獣
の王たる彼は全身が武器と言えた。
「攻め手には困らん!」
「何度でも貴公を噛み殺す!」
【現在地:森】
- 679 名前:“姫” ◆/HIME/HDYY 投稿日:2007/12/02(日) 01:19:22
- >>673
「攻め手には困らん!」
「何度でも貴公を噛み殺す!」
―――なるほど、獣面人身は伊達ではなかった。
一角獣は、その角を研ぎ澄ませ吶喊の姿勢へと移行する。
ライオンは爪牙と剛力を持って押しつぶさんと迫る。
野生という、原初の力を併せ持つ二人の騎士は最後に頼るものを己の肉体としたのだ。
「―――ふふん」
しかし姫は。
その笑みを絶やさず、優雅に髪をたなびかせる。
「それで? この私に獣の爪や牙、角を突きつけてひれ伏せと言うのか? 命乞いをして見せろとでも?
―――話にならぬ悪手だな」
「貴様らが雑魚と罵った我が家来は、」
傷が癒えたヒロは、二人の獣騎士に向けて腰のベルトにぶら下げた山刀を構える。
「既に貴様の命を握っているぞ?」
言葉の棘は、
“私生児公”ジャン・バタールを絡めとった。彼は攻める為に溜めた足を鈍らせた。
彼の肉体に打ち込まれたのは、リザの爪。
そして、続けざまに叩き付けられた姫が両手に持ち直した二本のチェーンソー。
―――聖乙女と共に戦場を駆けたユニコーンは、もう走れない。嘶くことさえも。
【現在位置:森】
- 685 名前:一角獣とライオン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/02(日) 02:02:55
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vs姫
>>679
「ジャン、死んだのか!」
一角獣の甲冑が切り刻まれると、その裡は空洞だった。
おもちゃ箱をひっくり返したようにプレートメイルの残骸が地面に散らば
るのを見て、ラ・イールは夢の終焉を覚った。「おしまいの物語」は、獅子
心公の心臓すら鷲づかみにしようと殺到する。
―――その運命を、ラ・イールは轟然と拒絶した。
バタール・オルレアンの残骸を右手に構える。彼の兜が誇り高く屹立させ
ていた「世界を穿孔する」ユニコーンの一角を。
聖戦は続くさ。俺達はまだ戦える。
「なあ、そうだろうジャンヌよ!」
獅子の膂力に一角獣の駿足が重ね、ラ・イールは渾身の突撃〈パレード〉
を開始した。―――最後まで、彼はクイーンを狙い続けた。
【現在地:森】
- 688 名前:“姫” ◆/HIME/HDYY 投稿日:2007/12/02(日) 02:24:54
- >>685
騎士の身体は、がらんどうの身体。
一角獣の騎士、“私生児公”ジャン・バタールは盤上から除外された。
「ジャン、死んだのか!」
“獅子王公”ラ・イールは叫ぶ。ジャン・バタールの残骸をかき集め、兜を拳に重ね合わせる。
まだ戦える。この男はまだ戦える。
「くそっ、どこまで往生際が悪けりゃ気が済むんだよ!」
リザが唸る。フランドルの重量さえも構わず引き摺れるようなこの男の膂力に貫通力が加われば
銃弾など比較にもならない、いや、劣化ウランを使用した撤甲弾さえも上回る砲弾と化すだろう。
「ふん―――まるで何とかの一つ覚えだな」
それでも姫は、悠然と立ちはだかる。ヒロとフランドルを傍に従えて。
「だから、“キャスリング”という使い古された手を忘れる」
ヒロは身体を張って角を受け止める。
くぅっ、と漏れ聞こえる呻き声と、血の飛沫は角の威力を物語っていた。
そしてフランドルが、再びラ・イールの脚を掴む。ただし、今度はラ・イールの足を踏みしめながらだ。
ヒロから姫に、山刀が手渡される。
狙うはただ一つ。兜と甲冑の隙間。頚椎と頚椎の隙間―――いや、骨ごと断つ。
獅子目掛け虚空を切り裂いた刃は、地を穿った。
【現在位置:森】
- 693 名前:一角獣とライオン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/02(日) 02:41:37
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vs姫
>>688
獅子のたてがみが放物線を描きながら空を舞ったとき、胴体と別れを告
げたラ・イールの口元には、至福の笑みが広がっていた。
後悔の色は微塵もない。「愉しかったなぁ……」そう無言で語っている。
ジャンヌと一緒に、こうして再び戦場を馳せることができた。
貴族である彼にとって、フランスとは神聖視するに値するほど立派なも
のではない。シャルル七世も、英国の蛮族連中も―――そしてもちろん自
分も、揃って薄汚い人間だ。
だが、ジャンヌは違った。
彼女は輝きだった。
首を失った巨躯ががくりと膝をつき、地面に伏す。私生児公の甲冑に重
なるように。―――こうして幻想は終わりを告げた。
二人の亡骸があるべきところには、ルークとビショップの駒が転がって
いる。
(白のルーク/ラ・イール→死亡)
(白のビショップ/バタール・オルレアン→死亡)
【現在地:森】
- 730 名前:“姫” ◆/HIME/HDYY 投稿日:2007/12/02(日) 08:31:42
- >>693(>>712)
獅子の首は、姫の一撃によって打ち落とされた。
いや、『幻想は砕かれた』というべきだろうか。晒されるべき屍は、チェスの駒へと変わる。
「ふん―――残りは“女王”と“騎士”だけか」
姫が山刀を振って血糊を払う。
「いや―――この盤面を終わらせるのは駒ではなく、“刃”か」
姫が、リザが、フランドルが同時に感じたのは。
この場に居る者を遥かに越える人類守護の“焔”、その鼓動、その吐息、その気配。
エピローグ
『救国王女』 〜princess in wonderland 〜
- 731 名前:“姫” ◆/HIME/HDYY 投稿日:2007/12/02(日) 08:54:23
- >>724>>730
そして、不意に訪れた浮遊感。
「え? え!?」
狼狽するヒロ。
「これは……地震か!?」
片膝をついて、重心を低くしカタストロフに備えるリザ。
「ふが…?」
フランドルは周辺のエネルギー反応を解析し、何かの違和感を発見する。
しかし、それは姫には伝えられることなく。
「ふん―――所詮夢は、何時か目覚めねばならぬ幻という訳か」
四人が意識を取り戻したのは、フランスではなく日本国内。
それもS県笹鳴町の、姫の屋敷前であった。
全ては夢の藪の中か。
いや、現実であることは傍らにあったトラックの姿が語る。「あれは夢ではない」と。
メディアが報道するフランス・ルーアン地方を中心とする大地震のニュースが証明している。
彼女―ジャンヌ・ダルク―の求めた再救国は、始まったのか。それとも終わったのか。
姫が幻想の森に呼ばれたのは、三月兎の気まぐれか。
それとも、物語が求めた『奇蹟の繰り返し』なのか。
全ての答えは、森の中―――。
―――アリスが彷徨う、森の中。
【END】
- 646 名前:ジャンヌ/白のクイーン ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/01(土) 22:44:29
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vs姫
>>628>>639
早速、赤の軍勢が攻め込んできた。
自覚がないかもしれないが、この森の中でジャンヌのパレードを抑止する
ということは赤のキングに従うことを意味する。
絶対隷属のリドル。運命すら操作して白の軍勢を止めたいというのか。
「必死じゃないか」ラ・イールが鼻を鳴らす。
ええ、と乙女は頷いた。それだけ追い詰められている証拠だ。
「―――ここは俺が殿軍を仕ろう」
ずい、と一角獣の騎士が前に出た。
「分かっているな、乙女よ。このパレードの森行を遅らせることだけは避け
なくてはならない。雷火のようにパリを目指せ」
乙女は躊躇う。せっかく合流した白の軍勢をここで分けるのは戦術的には
得策でも、心が納得しない。一緒にパリへ。それが乙女の本音だ。
だが、私生児公の背中がジャンヌの未練を断ち切った。プレートメイルか
ら無言の拒絶が発散される。
「……行こう、ジャンヌ」
ジルが腕を引く。
ここで迷っては駄目だ。一角獣のルークは栄光の戦列を守るために残ろう
としている。私生児さまだけではない。ジルも、ラ・イールもフランスを愛
している。乙女を愛している。―――想いに応えなくては。
ジャンヌは爪先を立ててバタール・オルレアンの首に両腕を回す。怜悧な
甲冑ごしにも、温もりは感ぜられた。
「……いつか、必ず」
「ああ、きっとまた会えるさ」
森の奥へと消えゆく乙女の後ろ姿を見届けると、私生児公ジャンは赤の軍
勢に向き直った。サファイヤのパイクの矛先が、敵軍を睨み渡す。
「さて……」
その背後から野太い声が響く。
「軽く暴れてやるとするか」
ラ・イールがダイヤの剛剣を肩に担いでジャンの隣に並んでいた。
「おまえ……」
言葉は無用だ、と獅子の男が目線で語る。ふっと兜の裏側で笑みがこぼれ
た。ラ・イール―――戦場で背中を預けるには最適な戦士ではないか。
ライオンとユニコーンの共闘。実に皮肉な運命の采配だ。
「ならば、いざ!」
「ああ、乙女の御旗の下で!」
ラ・イールが猛る。
ジャンが嘶く。
獅子の牙が大きく振り上げられ、一角獣の角が一条の光芒となって敵陣に
吶喊。あらゆる障害物を駆逐する暴風が、終末の演出を担う。
【現在地:森】
- 701 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 投稿日:2007/12/02(日) 03:17:02
-
森が、閉じていく。
焔が、広がっていく。
ひとつの幽宮を形作っていた理が終わりを迎え、
幻想と現実、狂気と正気、死者と生者の狭間、
そのどちらにも与せぬ傲岸さを持って、彼女はそこに立っていた。
土とも石畳ともアスファルトともつかぬ、腐った大地を踏みしめる。
左手には鞘に収められたままの細身の曲刀。
右手には、薄汚れた布きれにくるまれ、大地に突き立てられた巨大ななにか。
業火の直中にあっても映える、紅紫色の眼差し。
その視線に迷いはない。
ただいずれ訪れるその時に向けて、炎はゆらりゆらりと燻っている
あの気まぐれな魔女の言葉を鵜呑みにするほど可愛い訳でもないが、幻想が打ち砕かれようとしている
現実が、彼女が約束を守ったのだという事実を告げていた。
ならば――魔女が言うとおり、彼女はここに来るのだろう。
そして、それだけ分かっていれば十分だった。
――この期に及んで策など要らぬ。ただ、眼前の幻想を駆逐する。
それが――今の私の、存在意義だ。
灼熱色の髪を靡かせながら。
――――焔の名を持つ暗殺者が、奇跡の残滓を待ち受けていた。
- 702 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/02(日) 03:18:50
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vsイグニス
>>646
>>693
>>701
乙女は駆ける。パリを目指して駆ける。炎の海を旋風となって駆け抜ける。
僅かに遅れて憂鬱公ジルが続く。影のように付き従う。視線はジャンヌの
背中にしかと向けられている。余すことなく奇跡を見届けるために。
乙女の足は驚くほどに軽い。希望が彼女から傷みを払った。もう迷わない。
もう嘆かない。フランスの勝利から一瞬でも眼を逸らしはしない!
「ねえ、ジル」
全力での疾走にも関わらず、神秘で強化された肺が言葉を紡ぐ。
「……何か?」
白のナイトは慎重に問い返す。この男はいつだってそう。葉のざわめき、
川のせせらぎにすら懐疑を抱く。世界という神秘そのものが怖いから、万物
を疑わずにはいられない。―――なのに、恐る恐る触れようとする。
そんな不器量な在り方があまりにも可愛いから、彼がいつの日か世界と分
かり合う日が来ることをこっそりと祈った。
「―――私、友達ができたんです」
友達……ジルが口中で反芻する。
「なんだか、あなたに似ていたわ」
乙女の言葉に白のナイトは失笑する。自分を唯一無二の絶望だと信じてや
まない者だけが浮かべられる諧謔の笑み。
……ほんと、そこらへんもあの子とそっくり。自分が嫌いなのに、自分と
いう神秘は大事に抱えて、ずたずたに傷付いて。
護らずにはいられないヒトたち。
「……何か言ったか」
いいえ?
森が開けた。パリへと至ったか。ジャンヌの瞳に輝きが宿る。
―――だが、違った。
炎の回廊は途切れることなく彼方まで続き、燃え上がる樹々は燃料の提供
を絶やさない。森は深くジャンヌを支配する。
ただ、常と違うのは―――
乙女は足を止めた。止めざるを得なかった。そこに待ち構えていたのは、
パリの城塞ではなく彼女の火刑台だったから。
ジルがジャンヌを庇うように前に出る。ブラックオパールのモーニング・
スターを腰のアタッチメントから外し、肩に背負った。
「……彼女の奇跡は、終わらせない」
ジルの言葉は静かだが、頑なだった。
【現在地:森】
- 703 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 投稿日:2007/12/02(日) 03:19:43
- >>702
「――もはや夜明けだ。ユメは終わった」
黒い鉄鞘から刃を抜き放つ。
漆黒の刀身。だが、ただ黒い訳ではない。
火を、血を。何重にも何重にも重ねた果てに訪れる漆黒。数多の幻想の血を吸っ
て黒く成り果てた、相対する聖女とは真逆の存在。
「覚めないユメはない。終わらない物語はない。
もう、自分でも分かっているのだろう? お前の旅は、とうの昔に終わっているのだと」
イグニス。焔の名を持つ、焔色の女。だが、そのあり方は決して善ではない。
あらゆる善行もあらゆる悪行も、彼女の前では須く等価値。
そう、須く――無価値。
彼女は人を守る。人類を守護する。
そして同時に――そこには、守られるべき人類の意志は微塵も介在しない。
善も悪もなく、正も負もなく。ただ人を守るという一点に純化された意志。
故に、彼女はこう呼ばれる――”最も、気高き刃”。
「間違えるな」
ジル・ド・レイの独白に、イグニスは生徒の勘違いを正す教師のような口調で
告げた。
「奇跡など、とうの昔に終わっている。
お前達は、その残骸に過ぎない。ここから先は、過去ではなく現在の領域だ。
ただのユメに過ぎないお前達に、立ち入るすべなどありはしない」
故に、と。
イグニスは、その切っ先を聖女――ラ・ピュセルの心臓へと向ける。
「その出来損ないの心臓。
今ここで――もらい受ける……!」
刹那――燻っていた炎が燃えさかり、地を這う蛇となって走り抜ける。
まずはひとつめ。
そういわんばかりに、数多の幻想を食い散らかしてきた刃が、ジル・ド・レイ、
ひいてはその向こう側にある、ジャンヌの聖杯に向けて一閃した。
【現在地:森】
- 704 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/02(日) 03:20:26
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vsイグニス
>>703
ジルの右腕が飛んだ。幻想を拒絶する凄烈な一閃。振り上げられたオパール
は、焔の女を砕くことなく火焔の藪へと落下した。彼の右腕ごと。
―――ジルの奇術めいた鉄球捌きを、こうも容易く斬り伏せるなんて。
疵を抑えて跪く憂鬱公には一瞥もくれず、守護者はジャンヌへと接近する。
判断は迅速に。未練を覚えつつ髑髏の戦旗を投げ捨て、右腕の義手でシャル
ル・マルテルの剣を抜刀。刃に刃を噛み合わせた。
今度の赤のクイーンは、ひときわ容赦がない。あのナイトノッカーが終末を
委ねるのも分かる気がした。この女は、全ての幻想の敵だ。
彼女こそがジャンヌの火刑台だ。
「……だけど、私はフランスを救いたい。パリを解放したい」
聖剣を握る木玩の義手がぞわりと蠢いた。枝がヒルトを這い、蔦がキヨンか
らブレードにかけて絡みつくように昇っていった。
剣と義手が同化しようとしている。森林騎士の本領発揮か。緑の神秘―――
森の核たる聖杯を胸に宿すジャンヌには、造作もない強化術。
故に、このような真似も可能だった。
剣を弾き、距離を空ける。乙女は後方へと下がりながら、しかし彼女の聖剣
/右腕は焔の女に追い縋った。枝という枝があり得ざる速度で成長する。ぎち
ぎちと音を立て、葉を茂らせながら守護者へと伸びた。
触れれば途端に皮膚を食い破り、血を養分にして寄生する!
【現在地:森】
- 705 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 投稿日:2007/12/02(日) 03:20:58
- >>704
刃ごと右腕が打ち上げられる。
だがそれ自体には驚きはない。すでに”ジャンヌ”の全身に巡っている”枝”は、
聖杯の生み出した、彼女自身を基点とし、彼女自身を覆う”森”だ。
そう、森だ。ちっぽけな森だ。紛い物とはいえ、聖杯としての機能を発揮した
せい異物が生み出したとは思えないほどに無様な代物だ。
かつては街ひとつを”森蝕”したグレイル・コピーの成れの果て。
残骸に寄生でもしなければ在り続けられないそれは、いっそ醜悪ですらあった。
同時に、納得もする。
曲がりなりにも英霊の召喚を果たしたにもかかわらず、聖杯を宿したジャンヌに
せよ、彼女を守護するジル・ド・レイにせよ――
あまりにも普通すぎるのだ。
伝説化し、精霊にまで昇華した英雄達を、ただ手数が多いと言うだけの女が圧し
ている。
それはつまり――
左袖口から飛び出したデリンジャーを二射。吸血樹を破砕する。
生まれた空白に割り込むように、打ち上げられた刃をさらに枝へと打ち付けた。
そのことごとくが力負けし――本来の役目を果たす前に地に落ちて、崩れる。
本来であれば、ただの鉛玉など意にも返さないであろう”森”の一部は、炸薬と
銃弾の打撃力にあっさりと敗北した。
「……そうか。それが限界か」
それはすでに、幻想ですらなくなっていた。
ただ朽ちた過去を再生するだけの、壊れかけた映写機。
それが、ジャンヌの心臓たる聖杯が、外界に向けて為しえる、唯一の神秘だった。
繰り言のように救いたい、と欲するジャンヌに、それでもイグニスは、無意味
だと切り捨てる。
「お前が救わなければならなかったフランスは五百年も前に通り過ぎている。
ここには、お前の求めるものは何もない。外に出たところで――何も見つからない。
それでもお前は、行くつもりか?」
いつしか、両者の立ち位置は初めの、出会った瞬間に立ち戻っていた。
異なる部分は、互いに抜き身の得物を携えている。
「だが――それも不可能だ。
お前がどんなに欲しても、お前はここから出られない。
何故だって? そんなもの、決まっているだろう」
にやり、と笑みを浮かべて、イグニスは刀を逆手に構え直す。
そして――一息に、それをジャンヌに目掛けて投擲した。
「お前は、私に出会ったんだ」
【現在地:森】
- 707 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/02(日) 03:22:17
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vsイグニス
>>>705
イエス様に祈りたくなるくらいに、守護者は鋭かった。
パリを目指し、森と「外」の境界線にまで辿り着いたパレードは、それに
比例して幻想の力を弱めていった。私生児さまが急げと言ったのも当然だ。
森の寿命が、もうそこまで忍び寄っている。
物語のおしまいが。
パレードの終焉が。
乙女の甲冑に黒刃が突き立つ。心臓への直撃は紙一重で回避したが、背か
ら剣尖が覗くほど疵は深かった。血を溢れさせながら、その場に跪く。
「ジャンヌ!」
ジルの悲鳴。立ち上がり、残った腕でスティレット・ダガーを構えた。
「お前という光を、私は絶対に消させない!」
「待って!」
ジルが守護者の背中に飛びかかろうとするのを慌てて制止する。
いまこの瞬間に森が潰えようとしているのなら、ジャンヌの救国もそれに
応じて変容させる必要があった。彼女のパレードはパリを目指す。パリを解
放するために進軍する。でも、物語がもうお終いなら―――
……ここが、パリで良いわ。
胸から溢れ出す血は、黒刃をつたって地面を濡らす。乙女の血が染みこんだ
土から緑が芽吹いた。聖杯と同化した彼女の鮮血は、幻想の種子に等しい。
ジャンヌの疵口からも枝からも無数の枝が伸び、彼女を包んでゆく。根が
大地に噛み付いてジャンヌの躯を支えれば、急成長する幹が彼女を空へと押
し上げた。乙女を中心に、見る間に大樹が育ってゆく。
葉は一枚たりとも茂らない。
それは巨大な十字架。
ジャンヌという殉教の果実を実らせた世界樹だった。
【現在地:森】
- 708 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 投稿日:2007/12/02(日) 03:23:10
- >>707
ジャンヌ――否。
グレイル・コピーが、最終段階に入ろうとしていた。
ジャンヌ・ダルク、そこにはかつてオルレアンの乙女と称された聖女の面影だけ
が、あたかもデスマスクのように残っている。
枝が幹となり、木が森となろうとしている。
足が根となり、己の先決を生け贄に捧げることで、歪な奇跡を為そうとしている。
だが――果たして、それは誰にとっての救いで。
誰にとっての奇跡であるのか。
ここには、彼女が守るべき国も、守るべき民も、なにひとつ存在していないとい
うのに。だが、それを不思議とは思わない。聖杯は、己の目的――”救国”を為すべ
く、ジャンヌ・ダルクを利用する。
そう、かつて。
彼女の耳に、神の声をささやいたように――――
イグニスは、傍らに突き立てられた巨大なそれから、一息に布きれを取り払う。
現れたのは――”剣”
それは、歪な器物だった。
全長は、およそ二メートルほど。うち6割ほどが長大な刀身となっており、うち
4割が、柄とも機械とも見える奇妙な物体の集合である。
さらに子細に見れば、その表面には微細な文様が彫り込まれており――
ジル・ド・レイならば気がついたかも知れない。その文様が、詠唱を代行する
ある種の魔術回路であることに。
イグニスは、己の身長よりも大きなそれを両手でつかみ取ると、その切っ先を
まっすぐに巨大になっていく幹へと突きつけ、全力で走り出した。
跳ぶ。
枝に足をかける。
わずかな凹凸を足場として、遙か天上へと連れ去られた聖女目掛けて駆け上って
いく。両腕に巨大な器物を抱えたままという不安定な体勢であるにもかかわらず、
その姿はしなやかな獣を連想させた。
走る、走る、走る、走る――――――――――
そして、虚空へと身体を踊らせた。
まるで重力のくびきから解き放たれたように、イグニスの身体は宙を舞う。
そして、その相対的下方に。
文字通りに、聖杯の器と化した、哀れな聖女が横たわっている。
「これで――――」
イグニスは、その切っ先を、
「終わりだっ!」
胸部――つまり、聖杯めがけて、全力で突き込んだ。
ろくな手応えもなく、刀身の中程までが一気に沈み込む。
「……汝が死よ――――」
詠うように、あるいは祈るように。
引き金を、絞る。
「顕れよッ!」
瞬間――刀身に彫り込まれていた文様が、一斉に赤い光を放つ。
それらは次々に弾け、あるいはうねり、やがて刃の突き立てられた箇所を中心と
して巨木全体を赤い光で急速に染め上げていく。
一見無秩序なようで連続性を持った光は、隅々にまで行き渡ると――
一気に、侵攻を開始した。
それは、人でも死者でもなくなったもの達が作り上げた、ある種の限定礼装だった。
死という概念を失ったものを滅ぼすべく、万能にもっとも近づいたもの達が生み
出した自戒の刃。
限定的に時間すらも制御し、貫き穿ったものを滅びという一点に収束させる異形の
魔剣。
その名を――――<パルティータ>。
【現在地:森】
- 710 名前:ジャンヌ・ラ・ピュセル ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/02(日) 03:25:17
ジャンヌ・ラ・ピュセル
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
vsイグニス
>>708
ここが乙女の火刑台。
守護者が掲げた剣は、滅びという癌細胞を乙女の心臓に植え付けた。
自身を「世界樹の十字架」という巨大な聖遺物に変えることでパリを攻略
/浄化せんとするジャンヌの試みが、急速に枯れ果ててゆく。
胸から滅びの炎が溢れ出し、瞬く間に世界樹を包んだ。枝の一本、木目の
一筋まで焼き尽くす浄火の揺らめき。―――その中心で、ジャンヌは守護者
を見つめ、満足そうに頷いた。
これは予め決めてられていた結末。
パリ解放はならず、乙女は十字架に縛られ、生きながらにして灼かれる。
〈声〉によって約束された覆しようのない運命が、物語の終幕に履行された
のだ。ジャンヌ・ダルクは火刑台をのぼり続ける。幾たび新生を繰り返そう
とも、その結末は絶対に変えられない。
ジルには悪いことをした。彼がジャンヌの火刑を直に目にし、世界に対す
る懐疑を決定的なものにさせるのも、変えられぬ運命。
地上で絶望に打ち震える若かりし日のジル・ド・レイを見下ろして、ジャ
ンヌは無言で微笑んだ。―――私だけはあなたを赦します、と。
声が。ああ、声が聞こえる。
ねえ、ブールルモンの妖精の樹よ?
どうしてお前の葉っぱはそんなに緑なの?
それは子供たちの涙のためさ!
みんなが悲しみをもってきた
それでおまえは慰めて 涙が葉っぱを大きくした!
「イエス様! イエス様!」
乙女は自分の肉が焼け落ち、骨が灰になるまで主の名前を叫び続けた。
(白のクイーン/ジャンヌ・ラ・ピュセル→死亡)
【現在地:森】
- 711 名前:ジル・ド・レイ ◆j5y3JEANNE 投稿日:2007/12/02(日) 03:26:02
>>710
―――そして、ジルは奇跡を見た。
燃え落ちる火刑台の煙の中から、
一羽の白い鳩が飛び立つのを。
鳩が羽ばたく先には、きっと―――
(白のナイト/ジル・ド・レイ→ジャンヌ死亡により消滅)
【現在地:森】
- 745 名前:イグニス ◆IgnisC3BW6 投稿日:2007/12/03(月) 00:43:37
- >>710
奇跡の残滓。
朽ちゆく巨木を、刀身から発した赤い煌めきが縦横に蹂躙する。
やがて光は一カ所へと集まり渦を巻き、そして――崩壊を励起する魔方陣の完成
させる。希薄化していく小源はもとより、貫いた聖杯そのものからすら貪欲に魔力
を吸い上げた魔剣は、辛うじてカタチを保っていた器を完全に消滅させ――その役
目を終えた。
基点を失った幻想は幻想たり得ない。故に現実の存在感に押しつぶされて、崩れ
ゆく幹は腐りもせずに、ただの微塵となって大気に溶けた。
奇跡はその幕を閉じ、追いかけていた黒衣の魔女も、かつての同胞の手によって
死んだ。恐らく――死んだ。
此度の目的は、そのすべてが達せられたと言っていい。
だが、イグニスの貌に浮かぶのは、苛立ちと――そして、ほんのわずかな、悔恨
だった。宙に舞ったその最中、見えたのだ。
遙か沖。
白波の壁が、まっすぐにこちらへと突き進んでいることを。
「……間に合わなかったか。『抑止力』め――」
恐らくは。
今回の事件の痕跡を、根こそぎ押し流すつもりなのだろう。
だが無駄なことだ。結果的に、聖女や森が発生したことはただの偶然でしか
なかったが、その切っ掛けは紛れもなく人為的なもの。
人の手が介在した事象を、「無かった」事になどできる訳がない。
だが、意志なき抑止にそのようなことは関係ない。そう――関係がないのだ。
この私と、同じように。
「――――糞っ」
まだ生存者もいるのだろう。
彼らを救助に向かった、勇気ある何者かもいるかも知れない。
だが、あの波は――あらゆる善意も悪意も諸共に、森のすべてを消し飛ばす。
ならば、イグニスにできることはない。
表情を刃と変えて、イグニスは歩き出す。
――――そして、誰もいなくなった。
ただ、夢の終わりを惜しむように。
一降りの直剣が、なにかの印のように佇んでいた。
(森:消滅)
- 746 名前:イヴェット ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/12/03(月) 00:49:27
挿話 最終巻[翠の森、イヴェットの唄]
Epilog
>>712
>>745
目覚めて最初に飛び込んだ蛍光灯の白さで、イヴェットは自分が紡いだ物
語の終わりを知った。
あの翠の天蓋の高さに比べて、有機的な幻想の箱庭に比べて、病室の天井
はあまりに低く、味気ないほどに無機的だった。これが私の救われた世界な
のか、と軽く失望を覚えてしまう。
シーツの端を頭まで引っ張り上げ、膝を抱いてイヴェットは眠った。瞼を
閉じて、自分の裡だけを見つめた。
夢を見たかった。永遠の救いがあるはずの、あの森に帰りたかった。
イヴェットの入院先はパリの大学病院センターだった。
ノルマンディの新興都市だけ≠襲った「大地震と大津波」という自然
災害の、奇跡的な生存者。初めはルーアンの病院に意識不明のまま担ぎ込ま
れ、三日後にパリへ移送された。
なぜパリなのか。それは、彼等がフランス国内でもっとも活動しやすい場
所だったからだろう。
個室の扉には「面会謝絶〈Aucun visiteur〉」のパネルがかけられ、両親
や兄弟すら見舞いができないはずなのに。イヴェットが目覚めたとき、一番
初めに彼女に声をかけたのは、医師でも看護師でもなく―――
魔術師だった。
「私は時計塔の魔術師だ」
丁寧に、第一声でそう自己紹介してくれた。
ロード・エルメロイU世。針金のような直毛を肩まで伸ばした、目つきの
悪い男。無愛想を絵に描いた面貌の主で、口を動かすことすら億劫そうだ。
病室にも関わらず平気で葉巻を吹かす。
イヴェットは化粧をしない男の長髪が大嫌いだったから、ぷいと顔を背け
て空を見上げた。投身防止の強化ガラスが嵌められた窓が鬱陶しい。
- 747 名前:イヴェット ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/12/03(月) 00:50:44
>>712
>>745
>>746
自称魔術師は疎まれることに馴れているのか、イヴェットの邪険な態度な
ど気にもとめず独り言を始めた。そう、それは独り言だった。この男は、自
分の話をイヴェットに理解させる気なんてまったく無かった。
君はこれから私の生徒になる。
意味がわからないんだけど。
暫定的にだが協会に所属してもらう。
拒否権はない。
上層部の中には君をヒトではなく
「現象」として扱おうと考えているタカ派が多い。
それを防ぐための処置だ。
君をヒトとして扱うこと。
それがあの魔女の希望だったからな。
彼女は協会の魔術師ではないが、なかなか世智に長けていてな。
極東圏への進出が未熟な協会に、かなりの貸しを作っている。
だから、彼女の言葉に逆らうのは一苦労なのだ。
私も正直困っている。
こんなことに引っ張り込まれて良い迷惑だ。
だったら帰れば?
私の生徒と言っても君は魔術師になるわけじゃない。
その逆だ。
君を魔術師にさせないために、私は教鞭をとる。
君は君が死ぬまで一生卒業することはない。
私が死ねば、私の弟子に教えを継がせる。
君は一生をかけて自分という神秘と付き合わなくてはいけない。
なに、特別なことじゃない。
人間なら誰だってそうだ。
みなそれぞれ、自分という神秘を胸に抱えて生きている。
勝手な言い分ね。
家にも帰れる。
いままで通り学校にも通える。
フランス政府は今回の自然災害の被害者に
保護と保障を約束しているから、
暫くは何もしなくても勝手に金が入ってくる。
ただ一週間に一度、私の下に出頭し、
一ヶ月に一回は時計塔で検診を受け、
一年に一度は心臓の様子を確かめるため、胸を開く。
それだけだ。
それ以外は何も変わらない。
君は戻れるんだ。
マルセイユに。
君の家に。
あ、そう。全然興味ない。
この病室にテレビは無いんだな。
新聞すら持ち込みを許されていないのか。
なら私が教えてやる。
……あの災害の死者はついに一万人を超えたよ。
行方不明者はまだ四万人近くいる。
彼等は永遠に行方不明のままだろう。
あの街の九割の人口が失われたことになる。
ヨーロッパでは前代未聞の大惨事だ。
協会や教会、EUの中には君が原因だと考える者も多い。
君が四万人以上の人間を殺したんだとな。
……。
だが、魔女も私もそうは考えていない。
あの災害を招いたのはナチで、君は被害者だ。
君に選択の余地は無かった。
君はただ生きたいと願っただけだ。
だから協会が君を庇護する。
君の神秘を秘匿し、日常を約束する。
そのために学べ。
私の下で、魔術師にならない方法を。
君はまだ間に合う。
そっちに留まれる。
幸い、私も十年ほど前に似たような体験をしている。
協会であの災害を一番理解できるのは私だ。
だから君を―――
- 748 名前:イヴェット ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/12/03(月) 00:52:02
>>712
>>745
>>746>>747
「……退屈ね」
窓越しに広がるパリの景色を見入って、イヴェットは呟いた。
話の間、一度も風景から視線が外れることはなかった。一度も自称魔術師
に目を向けることはなかった。
「外」が描く世界の輪郭を、ぼんやりと眺め続けた。
「なんて退屈なのかしら」
ロードなんとかが眉を訝しめる。イヴェットは無視して続けた。
「あの森で見た翠の景色はこんなものじゃなかったわ。無機は有機と融合し、
現実は幻実と融け合って、一秒ごとに新たな物語を紡いでいた。
空気はもっと澄んでいて最果てまで見渡せたわ。森を形作る要素の一つ一
つがドラマを持っていて、翠の極彩色に輝いていたわ。
それに比べて、此処はなんて退屈な世界なのかしら。
此処はなんて枯れ果てた世界なのかしら。
此処には何もない。
此処には誰もいない。
此処にあの人はいない。
此処にあるのは形骸だけよ。
……こんな色褪せた世界、私はいらない」
自称魔術師の語らいが独り言なら、イヴェットの言葉もまた独り言。「外」
の景色に対して容赦なく弾劾する。
魔術師協会でもっとも有能なプロデューサーは、むすっと黙り込んだまま
数秒だけ思案し、的確に真実だけを告げた。
「―――しかし、此処が彼女の救おうとしたフランスだ」
……それは卑怯だ。
イヴェットの肩が嗚咽に震える。白無垢のシーツに滲む涙。自分の胸を、
自分の心臓を押さえて、声すら出せずに啜り哭いた。
この鼓動は誰のものなのか。送り出される血は誰のものなのか。私の想い
の高鳴りは、あの人が支配してくれているのか。
イヴェットの救い。現実の帰還ではなく乙女を独り占めにすること。その
願いは叶ったと考えて良いのだろうか。この心臓は誰のものでもない、私だ
けのものだ、と。―――そう解釈していいのよね、ジャンヌ。
こわい吸血鬼と、
こわい妖怪と、
こわい人形と、
こわい魔女と、
こわい人間で埋め尽くされていたあの森も、
あなたと二人なら愉しんで進むことができたんだから。
この退屈な世界でだって、
私とあなたの二人なら、いつか一緒に輝けるわ。
だから耳を澄ませなさい。
私という人生が、あなたの物語を歌い続ける。
―――さあ、これからは私がお話を聞かせる番よ。
涙を拭ってパリの空を見上げる。いつの間にか雲は払われ、蒼玄の天蓋は
イヴェットと眼下の街並みに燦々と陽光を降り注がせていた。
彼女は見た。
奇跡を見た。
あの蒼穹の天空を自由に羽ばたく、一羽の白い鳩。
確かに見た。
鳩の目指す先には、きっと
(イヴェット・ドゥ・マルセイユ→「外」に帰還)
Fin
- 749 名前:ふたりはユーゲント! ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/12/03(月) 00:53:51
グルマルキン・フォン・シュティーベル
Epilog
>>748
―――英国海峡のイギリス側。
ドーバー市の「アルビオンの白い崖」から、海に沈みゆく新興都市の様子
を眺める影二つ。ドーバーの断崖絶壁をウィンザーチェアーか何かと思って
いるのか、吹き付ける潮風に恐れを抱くこともなく地面に腰掛け、素足をぶ
らぶらと宙に投げ出している。
二人とも、ようやく年齢が二桁に届いたばかりの子供盛り。透き通る白肌
に繊細な金髪、宝石のような碧眼、そして愛らしくも鋭い容貌はコーカソイ
ドの理想を結晶化させたかのように整っており、二人が並んだ姿は大英博物
館が蒐集に動き出すのではと余計な憂いを覚えてしまうほどだ。
ローファーに黒のソックス。人形のような素足がまぶしい半ズボンに、一
人は金釦のピーコート、一人はニットのベストという英国トラッドなスタイ
ル。―――そんなイギリスを満喫する少年二人は、肩を並べて数十メートル
下の海面に釣り糸を垂らしていた。
リールもガイドもついていない、尖端から釣り糸を垂らすだけのシンプル
な素竿。フランスの災害を四十キロ離れた海岸から見守りながら、魚がかか
るのを今か今と待っている。
「んー、なかなか釣れないね」
自分の釣り竿を眺めながら、右の少年が一言。無邪気な反面如何にも悪戯
が好きそうで、忍耐が必要な遊びは苦手そうだ。
「もう少しだよ。君はほんとに我慢ができないなぁ」
幼顔に理智を称えた少年が答える。こっちは明晰な顔立ちをしており、頭
もさぞ切れるだろう。その分だけ怜悧な感情も見え隠れする。
「だってさー」
我慢できない方が足をぶんぶんと振り回す。
「今回のこと、こっちではかなり動揺が走っているんだよ。僕もあの人も、
まさかこんなことになるなんて思わなかったからね。
……ほんと、いやんになっちゃうよ。だって童話の世界だよ。メルヒェン
だよ。ファンタジーだよ。あの人が大好きな餌だよね。それに関われなかっ
たんだ。いつものようににやにやと笑っているけどさ、けっこー悔しがって
いると思うな。『おいおい、私も混ぜてくれたまえよ』ってねー」
我慢できる方が、ふふと笑いをこぼす。
「あの人らしいね。だけど、悔しいのは僕だって同じさ。今回の作戦の現場
監督や発案者はあいつだけど、最高責任者は僕なんだから。なのに気付いた
ら何もかもが終わっていたんだ。
この調子だと、僕にどんな類が及ぶか分かったものじゃない。少しでも情
報を持ち帰って、クロエネン派のご機嫌を取っておかないと。すぐにシュミ
ット派の連中が僕を引きずり下ろそうとしてくるよ」
あーやだやだ、と首を振る。
「大変だねぇ、そっちは」
我慢できない方がしみじみと頷く。
「こっちに来ちゃえば?」
「目的が違うからね、そっちとこっちでは。一緒にはなれないよ。せっかく
のお誘いはすごく嬉しいんだけどさ。―――おっと」
我慢できる方の釣り竿の尖端が海面に引っ張られた。
「かかったかかった」と我慢できる方。
「すごいすごい」と我慢できない方。
細腕で釣り竿を豪快に振り上げ、遙か下方の海面から釣り糸を呼び戻す。
釣り上げられた魚は宙を泳ぐと、魔法のようにするりと少年の手に飛び込
んだ。狙い通りの得物が釣れたことに、二人は揃って満足そうに頷く。
「よし、脳は無事みたいだ」
- 750 名前:ふたりはユーゲント! ◆ORDEN1uWpQ 投稿日:2007/12/03(月) 00:54:32
>>749
その魚はグルマルキン・フォン・シュティーベルの生首だった。
金髪を海水で滴らせ、青ざめきった表情に生命の気配はない。閉じられた
瞼は永遠に見開かれることはなさそうだ。
死魚が釣れたにも関わらず、少年の笑みは崩れない。
「あのお姉さんも分からないなー」
我慢できない方がグルマルキンの死に顔をしげしげと眺める。
「どうしてハードを潰さなかったんだろう。吸血鬼じゃないんだからさ、心
臓なんて潰したって魔導師にとっては致命傷じゃないのに」
彼女の脳の回収が二人の少年の目的だった。吸血鬼の不死性の源が心臓に
あるのなら、魔導師にとっての心臓は智識が詰め込まれた脳だ。これを回収
して解析すれば、あの森で何が起こったのか知ることができる。
同時に、生命のサルベージも可能だった。
「オゼット・ヴァンシュタインは有能な魔導師だ。知らなかった、なんてこ
とはあり得ない。いくら極限の状況でもね」
我慢できる方が、両手で生首を抱き寄せる。
「魔導師としての最後の情が、智識を殺すことを躊躇わせたのか。いや、彼
女に限ってそんなセンチメンタルはあり得ない。すると、やっぱり。……う
ん、そうなのか。無意識かもしれないけど、きっとそうなんだ」
「なになに?」我慢できない方が興味深げに尋ねてくる。
「こいつをあそこで殺したらさ、終わっちゃうじゃないか。せっかく二人の
間で培ってきた関係が。因縁とか嫌悪とか、そういう相克がぜぇーんぶ」
鬼ごっこを続けるために、生き延びる可能性を残してグルマルキンお姉さ
んの首を海に捨てた。お姉さんはその賭けに勝った。そう言いたいの?
我慢できない方の問いかけに「知らないよ」と肩を竦める。予測は予測に
過ぎず、真実は本人にしか分からない。
「『うっかり殺し損ねちゃいました』よりかは、よっぽどロマンチックだろ
う? 彼女はきっと、またこいつを殺しに来るよ。こいつも彼女に殺される
のを心の底では待っている。そういう関係なんだ」
オトナの付き合いって奴だよね。我慢できる方は嗤う。
「……そうかなぁ?」
我慢できない方は首を傾げた。
「ランドルフ君の趣味は色々と危なすぎて、僕にはついていけないよ」
「戦争中毒の君には言われたくないなぁ、シュレディンガー君」
じゃあ、どっちもどっちだね。我慢できない方―――シュレディンガーが
同意を求めると、我慢できる方―――ランドルフも笑顔で答えた。
うん、どっちもどっちさ。
英物海峡の向こうでは、魔導災厄が終わりを告げ、現実に馴染む自然災害
へと様相を変えようとしている。
―――グルマルキンったら。
ここまで派手に失敗してくれるなんて、ほんとに可愛らしいじゃないか。
飛行船に続いてこの騒ぎだ。暫くは僕も忙しくさせられそうだよ。
……ああ、だから早く君のために躯を用意してあげないと。
ランドルフは、銀盆にのせたヨハネの首を愛でるように、グルマルキンの
額に唇を這わせた。口端に浮かぶのは酷薄な嗤笑。
「躯がないと、お仕置きもしてやれないからね」
うはー。ランドルフ君ってば部下思いだね。シュレディンガーが無邪気に
囃し立てた。
[NAZI-SEITE → DAS END]
- 751 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI 投稿日:2007/12/03(月) 01:02:58
カーテンコール
[Forest]
周波数の合わせ方が分からない。
満ちてゆく痛みのノイズ。
なんて耳障り。
聞くに堪えない。
だから逃げ出した。たまらなくなって街を出た。
自分という砂漠から一歩でも遠ざかりたくて。
逃げて逃げて、めちゃくちゃに逃げていたら、
―――マンホールにローファーを滑らせた。
「……痛ったぁ」
鼻の擦り傷より泥だらけの制服が気になった。
「あーあ」とため息。着た切り雀の一張羅なのに、これじゃあんまりだよ。
立ち上がってあたりを見回す。だいぶ長いこと逃げていたと思ったのに、
やっぱりわたしはここにいる。逃げ切れなかったんだね。
肩を落として自分で自分を慰めて、そこから先はどうしよう。
見知らぬ街の見慣れた路地裏。どんなに大きな街でも、裏側の表情はそん
なに変わらない。陰気で、かび臭くて、誰だって目に留めたく無いいやあな
ものが、次から次へと投げ捨てられてゆく。
食べ残しの女の子だってほら、こうやって表からは絶対に見えないところ
に捨てられちゃうんだ。
ここは無価値の集会場。どんなに眩しい街でも、どんなにカラフルな街で
も影の色は変わらないんだ。
……暫くは、ここにいよっかな。
どこかは分からないけど、棲み方なら分かるから。―――それに、なんだ
かこの街は今までとちょっと違う。表と裏がすごく近い。
こんな深い場所まで光が届いてくる。声が響いてくる。雑踏がざくざくと
アスファルトを鳴らしている。
騒々しいから耳に痛い。下品にきらきらしているから目が痛い。ここの夜
は、私が知っているのとはちょっと違う。
だから久しぶりにお出かけをしてみたくなった。
制服姿を誤魔化すために借りたコートは群青色。男物だけど、お陰で真っ
赤な指先がすっぽり隠れる。マントみたいに裾を羽ばたかせて外へ。
「すっごぉい」
電車はもう終わっている時間なのに、街はまだまだ起きている。
高層ビルに切り刻まれた夜空を仰ぐ。ネオンの太陽が咲いていた。ひーふ
ーみーよー……手が二本じゃ全然足りない。
こんなに明るいと、間違ってお昼に飛び込んだんじゃないかって心配にな
っちゃうよ。ほんとに不思議な気分。夜なのに昼なんて。
この街は眠らないのかな。この街に夜はないのかな。
―――それって、わたしはいらないってことだよね。
ふぅん。そういう街なんだ。あんなに大きくて昏い場所があるのに。そこ
にわたしはいちゃ駄目なんだ。そういう態度をとっちゃうんだ。
それって……なんだか、お腹がすいてきちゃうよね。
駅前の交差点に迷い込む。なんだか見覚えのある場所。ビルの壁にはおっ
きなテレビ。街頭ビジョン。これなら何時間でも信号待ちできるよね。
確か、平日は学校に行かなくちゃいけないわたし達には、絶対に見れない
テレビ番組が収録されている場所。
……なんだったかな。なんて名前だったかな。
「「アルタよ」」
- 752 名前:弓塚さつき ◆zusatinwSI 投稿日:2007/12/03(月) 01:05:01
>>751
「「アルタよ」」
ぎょっとして、思わずビジョンを見上げる。
―――スタジオ・アルタ。
確かにそんな感じの名前だったけど。
まさか、テレビの奥から教えてもらうなんて。
そこでわたしは、ココがどうしようもなく街をやめてしまっていることに
気付いた。気付いたら、街なんてどこにも無くなっていた。
あれだけいた人の波が、綺麗さっぱりに消えている。あんなに空を狭くし
ていたビル達が、みんないなくなっている。
見下ろせば、わたしのローファーが踏み締めているのはアスファルトじゃ
なくて草と土だった。
「え……? え?」
意味が、分からない。
気付いたらわたしは森の中にいた。深くて暗い森の中に。
確かに、数秒前まで眠らない街にいたはずなのに。瞬きだってしていない
はずなのに。―――どうしてこういうことが出来ちゃうの。
ヒトはいなくなったわけじゃない。
ビルは消えたわけじゃない。
みんな変わっただけ。信じたくなかったけど、街を歩いていた人達はみん
な自分の身体を幹にして、両手を枝に変えていた。
ビルは千年規模の世界樹に!
みんな、みんな樹になっちゃった。街そのものが森になってる!
……こんな不安は初めてだよ、志貴くん。
森にはわたししかいないのかな。みんな樹になっちゃったのかな。
誰もこの原因を教えてくれないのかな。恐る恐る歩き始めて生存者を探す
と、すぐに希望が歓迎してくれた。
ヒトがいた! わたしよりちょっと年下の女の子。フリルとレースがたっ
ぷりついたカーテンみたいなお洋服を着ているお洒落さん。
わたしは駆け寄って、この森のことを尋ねようとするんだけど―――
くすくす、と笑われて。
思わず後ずさる。
女の子は、傲慢だけど無邪気に。優雅だけど純粋無垢に。
わたしにおねだりをした。
「―――……私はアリス。ねえ、お話を聞かせて」
それはそれで、また、別のお話。
- 753 名前: ◆ALICEsQkXc 投稿日:2007/12/03(月) 01:09:37
ジャンヌ・ラ・ピュセル 救国の軌跡
レス番まとめ
(※過度な物語の服用には十分注意しないと駄目よ?)
Prologue ―森蝕―
>>3>>4>>5>>6>>7>>8>>9>>10>>11
〈L'arbre de la fee〉
>>12>>13>>14
[状況の語らい]>>15>>16>>17>>18
[黒猫キティの慟哭]>>41
[ゲストの追憶]>>42>>43>>44>>45>>46>>47>>48>>49>>50>>51
※状況確認の強化のために記す
挿話 第一巻「クッキング・フォレスト」
>>52>>53>>54>>55>>56
一度目の救国
vsディオ・ブランドー ―The forth part of king Henry VI―
>>57>>58>>59>>60>>61>>62>>63>>71>>72>>73>>74
>>82>>96>>97>>112>>115>>124>>125>>126>>130>>137
挿話 第二巻「マルセイユの乙女」
>>142
〈L'arbre de la fee〉
>>143>>144>>145
二度目の救国
vsミスティア・ローレライ ―イツマデ Still When―
>>152>>153>>157>>158>>159>>164>>174>>176
>>177>>187>>193>>198>>211>>215>>223>>227>>230
挿話 第三巻「おもいっきり森電話」
>>240>>241>>242>>243
〈L'arbre de la fee〉
>>244
三度目の救国
vsエリ・カサモト&フィオ・ジェルミ ―ポワティエ平野で朝食を―
>>249>>250>>251>>257>>258>>259>>260>>261>>265>>266
>>269>>274>>277>>283>>288>>294>>295>>297>>304
挿話 第四巻「聖杯伝説」
>>316
〈L'arbre de la fee〉
>>317
四度目の救国
vsメディスン・メランコリー ―576年目の森林教室―
>>320>>321>>322>>323>>326>>328>>329>>331
>>335>>351>>354>>363>>388>>389>>443
〈L'arbre de la fee〉
>>448
五度目の救国
vs聖女ジャンヌ・ダルク=@Rust Riddle 〜錆色の舞踏曲〜
>>452>>460>>461>>462>>463>>464>>466>>477
>>486>>487>>493>>494>>498>>500>>507>>511
挿話 第五巻「夢のきざはし」
>>517>>518>>519>>520
〈L'arbre de la fee〉
>>521
挿話 偽典「黒猫キティ! 悪い悪い子猫ちゃん!」
>>522
六度目の救国
vsグルマルキン ―アリス戴冠 Queen ALICE is born in the Reims―
(※ちびふみこ乱入)
>>522>>523>>524>>525>>531>>556>>572>>580
>>586>>598>>599>>600>>601>>602>>603>>604
>>605>>606>>607>>608>>610
最後の救国[dernier defile]―パリへ―
導入
>>614>>620>>621>>622>>623>>624>>625
vs姫
>>628>>639>>646>>649>>657>>664
>>673>>679>>685>>688>>693>>730>>731
vsイグニス
>>646>>701>>702>>703>>704>>705
>>707>>708>>710>>711>>745
Epilog
挿話 最終巻「翠の森、イヴェットの唄」
>>746>>747>>748
[NAZI-SEITE]
>>749>>750
カーテンコール[Forest]
>>751>>752