PHANTOM OF INFERNO × THE DAMNED STALKERS                ―PHANTOM TORCH―               『ファントム・トーチ』  エントランスの郵便受けはスチール製だった。メッキ仕上げで鏡のようにみがき込まれ ている。  アリッサ・メイベルは好機を活かす女だ。―――これってつまり、最終チェックが必要 だってことだよね。そう理解して、さっそく郵便受けに自分の顔をうつすと、あらゆる角 度から観察した。  いつものように……いや、いつも以上にいい女がそこにいた。  気になるところと言えば、駆け足のせいで乱れた髪型ぐらいか。これはこれで活発そう なところがチャーミングだと思うんだけど、せっかく化粧台の前で一時間もドライヤーを 当てて自然なウェーブを作ったんだから、ここは調和に満ちた完璧を選ぼう。世界で二番 目にきれいな銅色の髪を最高の状態で見せつけてやるんだ。  さっと手櫛で自慢のショートヘアを整えると、待っていたエレベーターが「ちん」とチ ャイムを鳴らして、エントランスに着いたことを知らせてくれた。完璧なタイミング。つ まり、あんたもオレに惚れちゃっているわけだ。 「しかたないね。じゃあ、特別に新婦のところまでエスコートさせてやるよ。それまでオ レは、あんたのものさ。……だから、さらったりするなよな?」  四階のボタンを押すと、扉は音もなく閉まった。  自分が浮かれきっているというのは分かる。足取りは軽すぎて月まで飛んで行けそうだ し、ちょっとでも油断すれば鼻歌まで口ずさみそうだ。傍から見ればいかれた女。街でそ んなやつを見かけたら指さして笑ってやるに違いない。  ―――もし、今のオレを笑うやつがいたら指じゃなくて鉄拳を食らわせてやるけどね。 人さし指は挑発じゃなくてトリガーを引くために使うもんだ。……ま、これはあいつの受 け売りだけど。  四階に着いたので、エレベーターとの短い逢瀬に別れを告げる。劣化の目立つボロアパ ートの廊下を歩きながら、それぞれの玄関に打ち付けられたプレートナンバーを確認した。 どうやら412号室はいちばん奥の部屋みたいだ。  玄関に表札は下がっていなかった。他の部屋のように、廊下に私物が放置されてもいな い。ドアの脇の窓は分厚いカーテンがかけられ、灯りすら漏らそうとしなかった。生活感 がまるで感じられない玄関。アリッサは周囲に人気がないことを確かめてから、ドアに耳 を当てた。……かすかにだけど、音が聞こえる。スピーカーを通した男の声。続いて音割 れした効果音。甲高くて安っぽい拳銃の発砲音だ。 「―――ガンマン無頼。フランコ・ネロ主演、1966年」  アリッサは確信する。間違いない、この部屋だ。  急に自分のかっこうが気になった。最後にもう一回ぐらいチェックしておけば良かった。 エレベーターに乗っている間に髪型が崩れたかもしれないし、一階から四階に移動したせ いで目も当てられないくらいのブスになっているかもしれない。もう一度だけ、自分が最 高にかわいいということを確かめたかった。……けど、辺りを見渡しても姿見になりそう なものはない。重力とか気圧が無慈悲な変化をもたらしてないことを祈るしかなさそうだ。  たっぷり十秒かけて深呼吸してから、ドアをノックした。初めは控えめに。でも、それ はアリッサ・メイベルらしくないと気づいて、今度は乱暴に。インターフォンのような気 の利いた道具は無かった。  いっそ大声で呼び出してやろうか―――なんて思ったところで、がちゃりと鍵が開く音 がして、ドアノブが回った。ドアが内側に開かれる。  アリッサは高鳴る心臓を巧妙に隠して、「ハァイ!」と世界で二番目にキュートな笑顔 を作った。 「―――あれ?」  わずかに開かれたドアの隙間から、見知らぬ少女が顔だけ出している。もちろん、アリ ッサのお目当ての人物ではない。  アリッサよりもさらに短く刈られた深緑色のベリーショート。アリッサよりさらに白く て滑らかな肌。身長は、たぶんアリッサのほうが高い。年齢は同じくらい。仮面のような 無表情と、感情を灯さない無垢な双眸が気に障る。―――三秒の観察でアリッサは結論づ けた。絶対にオレのほうがかわいい。 「……誰だよてめえ」  凄みをきかせまくって問い質す。立場が逆なのかも知れない。ノックしたのは自分のほ うだ。でも、オレはこんなやつに会うために来たわけじゃねえ。  少女は、アリッサの脅迫じみた言葉には反応せず、無表情のまま一瞥すると、音も立て ずにドアを閉めた。廊下にはアリッサひとりが取り残される。 「ヘイ! ふざけんなよ!」  ドアに拳を叩きつける。ついでに膝と靴底も。 「キャルを出せよ! オレはキャルに会いに来たんだから!」  頭突きまでしてやった。二回、三回と。 「ちくしょう! てめえみたいな淫売に用はねえんだよ。てめえのケツの穴をこいつでノ ックされたくなかったら、さっさとキャルを―――」 「うるせえよバカ!」ドアの奥から聞き慣れた声が響いた。「鍵は開いてるからさっさと 入ってこいバカ。騒ぎ立てて目立つような真似すんなバカ!」  アリッサの表情が一転して晴れ渡った。―――そうだ。この声を聞くために、オレはこ こまで来たんだよ。 「キャル!」  蝶番が吹っ飛ぶんじゃないかという勢いで、ドアを押し開けた。  が、気を取り直して乗り込んではみたものの、目に見える範囲にキャルはいなかった。  視界に飛び込んだのは殺風景なダイニングキッチン。こんなボロアパートなんだから当 然だけど、玄関と直結していた。  テーブルと椅子に、食器棚や小さいテレビ。きっと家具付きで借りたのだろう。ダイニ ングキッチンにはひとが暮らせる最低限の生活品が揃えてあった。……それらがすべて色 褪せて見えるのは、築二十年を数える建物だからだろうか。それとも、椅子に小さく座っ た少女のせいだろうか。アリッサは後者に決めた。こいつはさっきオレを無視した女だ。  少女に向かって中指を突きたてながら叫んだ。「キャル? どこにいるのさ」  少女が無言で奥の部屋を指さす。 「てめえには聞いてねえよ」  アリッサの声が一瞬で一万オクターブは低くなった。 「……」  だけど、そんな彼女の露骨な悪意にも、少女は一切の反応を示さない。  ずっとこのダイニングキッチンにいたんだろうか。椅子に座って、テレビもつけずに? テーブルの上には食事も雑誌もなかった。退屈を潰せるようなものはなにもない。……な ら、奥の部屋でキャルと一緒になにか――なにか≠ヘなにか、だよ――をしていたって 考えるのが女ってもんだぜ。アリッサはわざとらしく舌打ちすると、左手でも中指を立て て、少女に二挺拳銃を突きつけてやった。 「Double fuck of.....」と悪態を残してリビングを後にする。  少女は最後までアリッサに興味が無さそうだった。―――なんだアレ。余裕のつもりか よ。アリッサは胸に誓った。今度会ったら決着をつけてやる。  ダイニングに寝室が一個だけついた1BSの典型的な――アリッサには見慣れた――貧乏 部屋。キャル・ディヴェンスはその唯一の寝室を占領していた。  窓みたいな大きさのプラズマテレビが二つ並んでいて、隅にはシングルサイズのベッド がひとつ。部屋の真ん中にはふかふかのソファと光沢のある漆黒のローテーブルが鎮座し ている。壁にはまるで絵画のようにコートやジャケットがハンガーでずらりと引っかけら れていた。―――部屋に染みついたボロ臭さは誤魔化せないけど、それでもあの殺風景な ダイニングキッチンと比べれば別世界だ。  お目当ての幼なじみは、ソファの上にあぐらをかいて座っていた。  アリッサが憧れてやまない黄金の髪は、いまは無造作にうしろで括ってポニーテイルに している。世界でもっとも高潔な翡翠色の瞳は、エーゲの海面のように潤いに満ちていて、 ローテーブルに広げた銃のパーツらしきものを熱心に見入ってる……と思ったら、その隣 のノートパソコンのモニタに視線を移した。それからすぐに、頭を上げてプラズマテレビ の画面を見た。どっちのプラズマテレビかまでは分からない。よく見ると、左手だけで器 用にテレビゲームのコントローラーを操っている。 「……な、なにしてんの」  久しぶりの邂逅だというのに、挨拶も忘れて尋ねてしまった。 「なにって―――」  右手でノートパソコンのキーボードを叩きながら、プラズマテレビ――多分、左の『ガ ンマン無頼』の画面。フランコ・ネロ演じるバート・サリバンが悪辣なタコス野郎にファ ニングをしているシーンだ――を見ている。 「……まあ、色々かな?」  アリッサのほうは見ようともしない。オレはその色々≠フうちのひとつなのかよ。そ う尋ねたかったけど、三ヶ月ぶりの再会を喧嘩で切り開きたくはなかった。  つまりキャルは、ゲームをしながら映画を見てインターネットをしながら銃の手入れを しているんだ。ついでに煙草も吸おうとしている。  アリッサ・メイベルの役目。それは、キャルが現在進行中の色々≠すべて中断させ て、自分の相手だけをさせること。―――そして着替えさせる。この三つ上の幼なじみは、 タンクトップにデニム地のショートパンツというあからさまな部屋着姿だった。  今日遊びに行くって言ったのに!  キャルは部屋から出る気すらなさそうだ。三ヶ月経っても、彼女は相変わらず彼女のま まだった。……それで安心するようなことは絶対に無いけど。 「ひ、久しぶりじゃんキャル」気を取り直して、再会をやり直す。「まさか、また東海岸 (イーストコースト)に来てくれるとは思わなかったぜ。しかもこんな突然にさ。オレす っごく嬉しいよ」 「サイスのくそったれの点数稼ぎに引っ張り出されたんだよ」キャルはくわえた煙草を上 下に揺らして呻いた。「あのオカマ野郎はてめえの都合しか考えてないんだ。リズィが忙 しいからって、あんなクソガキをつけてくるしよ。まったく冗談じゃないって」  つまり、それは来たくてマンハッタンに来たわけじゃないってことかよ。  アリッサは笑顔を作る頬が痙攣するのを自覚した―――が、強引に自制する。キャルが 不機嫌なのはしょうがない。そのサイスってやつが悪いんだ。  右のプラズマテレビが忙しくフラッシュした。撃墜されたんだ。「あーあ」とキャルは 溜息を漏らした。―――コンテニューしたら殺す。殺気を孕んだ眼で様子を見守っていた が、キャルはコントローラーを投げ捨ててくれたので、アリッサは取りあえず安堵する。  これでひとつ片づいた。『ガンマン無頼』のほうもあと三十分もしないで終わる。キャ ルお得意の「マカロニウエスタン・チェーンロードショー」じゃなければの話だけど。  彼女が気分を変えないうちに、さっさとゲーム機と右のプラズマテレビの電源を切って しまう。特に文句は言われなかった。よし、これでオレに注意を向ける余裕ができたぜ。 「まあ座りなよ」キャルは自分が座るソファの隣を指さした。「アリッサが三ヶ月の間、 いちインチも背が伸びていないのは分かったからさ」 「うん!」  挑発には乗らない。だって、狙い通りにオレのことを見てくれたんだもん。アリッサは 満面の笑みを浮かべて、キャルの隣に落ち着こうとした。 「もうすぐ『ガンマン無頼』が終わるから、そしたら一緒に『拳銃無宿』を見ようぜ」 「……はあ?」  座るのは、やめた。  拳銃無宿。スティーブ・マックイーン主演、1958年から1961年。……ていうか、映画じ ゃないし。テレビドラマだし。全部で九十話以上あるし。  チェーンロードショーどころの話じゃなかった。 「……」  左のプラズマテレビもぶちりと切る。 「ああ?!」  キャルの叫び。ちょうどバート・サリバンが墓穴を掘るシーンだった。ここから怒濤の 拳銃殺法が繰り広げられる。キャルがこの映画のめちゃくちゃな拳銃捌きを実戦で応用し ようとしていることは、アリッサもよく知っていた。……けど、今はどうでもいい。 「おまえ、そこで消すなよ。一緒に観ればいいじゃん」 「もう見たよ。何十回も。セリフも覚えちゃうくらいにね。全部誰かさんのお陰だよ」 「あたしは百回は見たぜ。でも、まだ観たい」 「……」  アリッサは無言で睨んだ。キャルはすぐに降参のポーズを作る。 「……オーライ。それはつまり、いつでも観られるってことだからね」 「そのパソコンは?」  モニタを指さす。 「ん? ああ、こいつは―――」 「それも、いつでもできるんじゃない?」 「……まぁ、そうだね」  キャルは嘆息して、ぱたんとモニタを閉じた。アリッサは満足そうにうなづく。これで キャルは銃の整備に集中できるわけだ。彼女なら一分もかからずに組み立てられる。  幼なじみの期待の視線に気づいたキャルは、「はいはい」と適当な相づちを打つと、整 備を中断して組み立てにかかった。どうやら仕事用の拳銃じゃないらしい。  キャルは45口径の狂信者だ。ゴールドクロスのスプリングフィールドV12をいつも二挺 ぶら下げている。けど、ローテーブルに広がっているのはS&Wのオートマチック。つまり、 趣味用の拳銃だ。なら、やっぱりいつでもできる。  これでキャルはオレだけに集中できる。残る気がかりと言えば――― 「ねえ」  声のトーンを落として、顔を近づける。 「あいつ誰だよ」 「あいつ?」  キャルは片眉を持ち上げて応えた。彼女が本気なのかしらばっくれているのかは分から ないが、アリッサはそういう反応を求めていなかった。  手のひらをローテーブルに叩きつける。 「あいつだよ、あいつ! ダイニングにいる気取ったガキ! すっげえキャル好みなベリ ーショートのプッシーキャット! なに? あいつはキャルのなんなの。なんであんなア バズレの尻軽女がここに当然のようにいるんだよ! そんなにあいつのビーバーが気に入 ったのかよ!」  ビジネスパートナー。それがキャルの返答だった。  今回はインフェルノの仕事ではなく、サイス・マスターとかいう男の独断のため、いつ ものレッドラム(REDRUM=MURDER)チームは使えない。だからバックアップのためにサイ スの私兵を押しつけられた。それがあの少女だ。  名前は知らない。みんなからはフィーアと呼ばれている。別に買ったわけじゃない。あ たしだって気に食わないんだ。放り出せるものならとっくに放り出している。―――キャ ルもあの少女を快く思っていないと知って、フィーアは安心した。むしろ良い気味だと思 った。ざまあみやがれってやつだ。  ……だけど、一緒に住んでいるというのは気に入らなかった。 「寝室ひとつしかないじゃん。ベッドひとつしかないじゃん!」 「あいつはダイニングで寝てるよ」  キャルはいい加減めんどくさそうだ。 「ダイニングで寝るって、ソファもないのに?」 「寝袋を使ってるみたいだぜ」 「寝袋ぉ?」アリッサの感情が反転した。フェアプレイを愛するガンチェリーの血が、警 鐘を叩き鳴らす。「キャルは寝室占領してベッドやらソファやら持ち込んでいるのに、あ の子はダイニングで床に転がって寝てるわけぇ? それってすげえかわいそう!」 「この小さいベッドで一緒に寝ろってか?」キャルはわざとらしく鼻を鳴らした。「冗談 じゃねえ。あたしはゴメンだぜ」 「あったりまえじゃん! 一緒になんて絶対に寝させないよ」 「……ああ、そうかよ」  キャルは疲れた表情で、煙草の火種を灰皿に押しつけた。アリッサはローテーブルの上 に転がっていたポールモールのパッケージをさっと拾い上げると、一本抜き出してキャル の唇にくわえさせる。そしてもう一本を、自分の唇に。―――が、すぐにキャルに奪い取 られてしまった。 「あたしは他人に煙草はやらない主義なんだ。吸いたければてめえで買うんだね」  これは何十回とくり返された儀式。キャルがそうすることは分かっていた。彼女はなぜ かアリッサに煙草を吸わせない。別にアリッサも、本気で吸いたいなんて思ったことは無 かった。煙草を吸うより、吸っているキャルの横顔を見ているほうがはるかに楽しい。 「フィーアだっけ? ねえ、あいつとはいつもどんな会話してんだよ。もう三日も一緒に 暮らしてんだろ。部屋から一歩も出ないでさ」 「おまえもしつこいね」キャルはすぼめた唇から紫煙を吐き出した。「あたしがフィーア となにを話すっていうんだよ。一日に二言三言さ。いつまでもくだらないことでガタガタ 言ってると、ドライブに連れって行ってやらねえぞ?」  キャルはショートパンツのポケットからキーケースを取り出すと、上下に振った。金属 音がアリッサを昂揚させる。思わず「ワオ!」と叫んだ。 「うそうそ。あんなやつ別にどうだっていいよね。それより行こうぜ。今すぐ行こうぜ。 ああ、もう最高じゃんキャル。今回はどんないかした車で来たんだよ」  キャルの口端がにやりと持ち上がった。その質問を待っていたんだ。彼女はいつもそう だ。車に限らず、常に新しいおもちゃを自慢したがっている。 「ポルシェ・カレラGT」歌うように幼なじみは言った。「最高にセクシーな車だぜ。助手 席のシートを濡らすんじゃねえぞ。生理が止まるほど高かったんだから」 「へえ? ポルシェならオレも知ってるよ。マイスター副官だろ、トランスフォーマーの。 すごいじゃん、キャル」 「ああ、イチローと同じ車なんだ。イチローもカレラのオーナーなのさ」 「イチロー!」今度こそアリッサは感嘆した。ポルシェのグレードは知らなくてもイチロ ーの偉大さなら分かる。「すげえ。キャル、オレいまマジで感動してるよ」 「……おまえってほんとにガキだよな」  キャルはソファから立ち上がると、ショートパンツを脱ぎ捨てた。下着姿でベッドの上 に散らばっているパンツを物色し、その中から細身のジーンズを選んだ。 「で、どこに行くの」  ジーンズに足を通す様子をアリッサは満足そうに眺めている。 「ここはアリッサの地元だろ」とキャル。「おまえに任せるよ。言っておくけど、あんま り目立つことはできないぜ。部屋から一歩も出るなって命令されてるんだから」  ま、そんなのは知ったじゃことねえけどな。キャルは無言で嗤った。 「任せる」と言われたが、それはアリッサが自由に決めていいという意味ではない。キャ ルの興味を惹くようなデートコースでなくちゃダメだ。この飽きっぽい女王様を満足させ るには、彼女への深い理解が必要だった。 「映画とかどう? 古い映画ばっかりやってる映画館をオレ知ってるんだ。名作からマニ アックなのまで、なんでもやってるんだぜキャル、そういうの好きだろう」 「ふぅん。それで、今日はどんなタイトルがやってるんだよ」  イエス、と心の中で喝采する。話に食いついてきたということは、取りあえず成功だ。  今日の上映タイトルは事前にちゃんとチェックしてある。 「『ティファニーで朝食を』がやってるんだ。オレ、あの映画のヘップバーンが―――」 「クズ映画だな」  キャルは一言で両断した。 「……じゃ、じゃあ『映画に愛をこめて アメリカの夜』なんてのはどうかな。オレ、こ れをずっと前からキャルと一緒に―――」 「そんなゴミのために、あたしのカレラのミシュランタイヤを削るつもりかよ」  ぐっと言葉に詰まる。「本日の上映作品」はあとひとつしか残っていない。これだけは 教えたくなかった。どうしてジョーカーを切らずにゲームクリアできないんだろう。 「一応、『悪魔のサンタクロース 惨殺の斧』も……」 「リリアン・シャーヴィン主演、1984年」キャルは上機嫌に指を鳴らした。つまり、ビン ゴってわけだ。「アリッサ、あんた最高にいい趣味してるぜ」  アリッサは疲れた吐息をこぼした。 「……キャルは最高に子供だよ。オレなんかより、よっぽどね」  キャルは光沢のあるサテン地のジャンパーをタンクトップの上に羽織った。お気に入り の上衣だ。背中には金糸や銀糸で繊細な刺繍が施されている。今回のは、カートゥーンや ディズニーに出てきそうな愛らしいウサギが、獰猛なライオンを地面に押しつけて後背位 で攻め立てるシュールなパターンだ。「暴力があたしをレイプするのなら、あたしは暴力 をレイプするウサギになる」という一文が、飾り文字で縫い込まれている。  きっとキャルがオートクチュールで仕立てさせたんだろう。彼女は、こういう派手なス タジアムジャンパーもどきに目がなかった。  つばにシルバーのピアスを通したベースボールキャップを目深にかぶって、キャルの着 替えは終了した。  ガキっぽいかっこうだな、とキャルを見て思う。彼女は自分と違ってもっと大人っぽく てカッコいい服装も似合うのに、なぜか着ようとしてくれない。いつまで経っても悪ガキ 気分が抜けてないんだ。  ダイニングキッチンでは、フィーアがぼうっと座っていた。最後に確認した位置から一 歩も動いていない。うへ、とアリッサは顔を歪める。見ているだけ気味が悪くなる女だ。 「ちょっと出かけてくる。サイスには適当に誤魔化しておいてくれよな」  キャルがウインクすると、フィーアは感情の色彩が失せた瞳で相棒を見つめた。待機と いう命令を言い聞かせる気配はない。このまま黙って見送るつもりなのだろう。 「あいつは注意とか忠告って言葉を教わらなかったんだ。もし強姦魔に襲われても、悲鳴 をあげるより早く喉笛を捻り潰してるに違いないぜ。応用がきかないんだよ」  キャルは鼻で笑い飛ばした。  ポルシェは近くのレンタルガレージに駐めてあるらしい。こんなボロアパートに五十万 ドルの超高級車を駐車するのは狂気の沙汰で、清貧を貴ぶイエス様がビバリーヒルズでバ カンスするようなものだ―――と、キャルは笑う。  部屋を出てエレベーターに入ると、さっきまでの騒々しさが嘘のように二人は黙りこく った。沈黙の中をエレベーターの下降音が響きわたる。  結局、一階につくまで二人は一言も口をきかなかった。この沈黙が自分のせいだという ことを、アリッサは自覚している。アリッサ・メイベルは鬱陶しいぐらいにキャルにじゃ れついて、マシンガンのように話しかける落ち着きを知らないじゃじゃ馬なんだ。こんな 風に口を閉ざしてしまうのは、らしくなかった。  あの部屋にいたときはフィーアという異分子が刺激になった。嫉妬などといった偽装で 自分を誤魔化すことができた。こうして二人っきりになると、否が応でも現実を意識して しまう。  エレベーターからは、キャルが先に降りた。彼女の背中を上目遣いに見つめながら、ア リッサは口を開く。「……ねえ、こっちにはいつまでいられるの」  キャルは足を止めてはくれたが、振り返りはしなかった。その背中が、どうしてそんな 分かり切った質問をするんだ、と黙したまま語っている。だけど彼女は――アリッサを甘 やかすことしかできない彼女は――自分の感情を裏切って、くだらない欺瞞に付き合って くれた。 「仕事が終わり次第撤収さ。今週末にはあの部屋も引き払っているよ」 「……うん、そだよね」  キャルの背中を追って、アリッサもエレベーターから降りる。だが、足が重い。今から キャルとドライブに出かけられるっていうのに、靴底が地面に磁石のように吸いつく。  なにやってんだよ。こんなに早く限界が来ちまったのかよ―――アリッサは声にも表情 にも出さず、自分を叱責した。  今日はキャルと三ヶ月ぶりに遊んで遊んで遊びまくれる日なんだ。今日だけは、誰にも 邪魔されずキャルを独占できる日なんだ。だから、オレもいつも以上にアリッサ・メイベ ルをやり通さなくちゃいけねえってのに。まだキャルの愛車も見ないうちから、がたが来 ているなんて。こんなの情けなさ過ぎるぜ。まったくアリッサらしくないじゃん。  キャルがニューヨークに来ることの意味を、アリッサは誰よりも深く理解している。  キャル・ディヴェンス―――愛しい彼女は、アリッサの知るような〈妖怪〉ではないけ れど、ひとつの禍であることに変わりはない。ひとの身のままで悪夢に成り果ててしまっ た、ある意味では〈妖怪〉よりも恐るべき存在だ。  そしてアリッサは、ニューヨークのささやかな正義を死守する、ちっぽけで無力なヒー ローだった。  アリッサの苦しみは、アリッサ・メイベルという捻くれた少女の役柄の他に、ガンチェ リーなんて大役をかけ持ちしていることだ。  別に、どっちの自分も嫌いじゃない。どっちの役も、同じくらい誇らしく演じている。 ―――だけど、時にふたつの役が反目して、途方もない矛盾を生み出すこともあった。例 えば今がそうだ。目の前に悪夢が背中を見せている。なのに彼女はいま、なにも出来ずに いだ。……背中に銃口を突きつけることも、抱きつくこともできないなんて。 悪夢≠ヘガンチェリーの明確な敵ではない。味方には絶対になり得ないけれども、ガン チェリーたちが戦うべき相手にも含まれてはいなかった。だけど、はっきりとした境界線 があるわけでもなく、悪夢はいつだって曖昧な立ち位置で夜の世界を脅かす。  覚悟は決めているはずだった。いつか、この悪夢はガンチェリーの敵になる。少女の胸 に宿したレーダーに引っかかってしまう日が必ず来る。それは今週末かもしれないし、一 年後かも知れない。ただいつか≠ヘ訪れることだけが分かり切っていた。  だからこそ、敵ではないこの瞬間を噛み締めなくてはならないのに。ガンチェリーでは なく、親友のアリッサ・メイベルとして一緒にいるべきなのに。  ダム、と胸裏で罵倒する。二つの役をうまく使い分けられない。割り切ってキャルの腕 に手を回すなんて、オレには無理だ。―――でも、あの背中に問い質すようなこともでき ない。脅えきっている自分に比べて、キャルは呆れるぐらいにいつも通りだった。  彼女がニューヨークに来たことを、アリッサは教えられたわけでもないのに知ることが できた。マンハッタンの住居まで嗅ぎつけた。……悪夢の訪れを事前に察知するなんて、 絶対に不可能なはずなのに。  キャルは今週末に仕事があると言った。ガンチェリーも、今週の終わりは予定が詰まっ ている。あまり愉しくないお仕事が待っている。 いつか@るはずの敵対。それは今週末かもしれない。そうじゃないかもしれない。そ のことを考えると、アリッサは怖ろしくてしかたがなかった。  キャルがこのことをどう考えているのかは、分からない。彼女の背中は、アリッサに逡 巡も葛藤も告げてはくれなかった。  きっとキャルは、アリッサよりよっぽどきれいに割り切っているんだろう。そして優し すぎるから、アリッサの見えすいたお芝居にも最後まで付き合おうとしてくれている。  ……そんなあんたが、大嫌いだぜキャル。 「映画もいいけどさ」近くて遠い背中に言葉をかける。「オレ、他に行きたいところある んだ。そっちにしない?」 「『悪魔のサンタクロース』はどうするんだよ」 「どうせキャルはもう何回も観てんじゃん。なら、また今度にしてオレに付き合ってよ」 「……まあ構わないけど」そう応えるキャルは、顔を見せてくれない。背中を向けたまま だ。「それで、お姫さまはどこに行きたいんだい」 「遠いとこ」 「遠いって、ただ車を走らせるだけかよ」 「ううん、そうじゃない。だから遠いとこ、だよ」  いつもと変わらない口調で言えたつもりだ。 「とにかく遠いところがいい。誰も想像できないぐらい遠いところ。誰も追っかけてこれ ないぐらいに遠いところ。オレとかキャルのことを知っているやつが誰ひとりいないぐら いに遠いところ。帰り道なんて簡単に見失っちゃうぐらいに遠いところ。そこで見上げる 月は、こことは違った大きさをしていてさ、空の高さもこんなんじゃなくて、オレが知っ ている世界なんてバカらしくなっちゃうくらいに未知ばっかりで。……そういう遠い場所 に、キャルと行きたい。行きたいんだ」  逃げようよ、キャル。オレと一緒に、バカみたいに高価なポルシェでどこまでも逃げよ うよ。―――言葉にはできないけど、つまりそういうことだ。  前から考えていた。アリッサ・メイベルのときも、ガンチェリーのときも、その考えが 頭から離れられなかった。……だけど、言うつもりもなかった。今はつい口が滑ってしま っただけだ。うまく役を演じきれなくて、台本にないセリフを言ってしまった。  だって、こんなしょうがない話、聞き入れる価値なんてねえもん。  キャルはポールモールをくわえると、もったいぶった仕草で火を点けた。返事を一秒で も遅らせられるように、ゆっくりと肺を煙で満たす。―――そして、ふぅ、と。まるで瀕 死の人間が、死んで脱力する瞬間に漏らす吐息のように紫煙を吐き出した。 「そいつは無理だな。あたしはそこには行けないよ」  返事は短かった。だからこそはっきりとキャルの意思が顕れていた。  だろうね、とアリッサはうなづく。そう答えることは分かっていた。それしか答えがな いことも分かっていた。だって、「遠いとこ」なんて世界中をひっくり返してもあるわけ がないんだから。  キャルは金髪の頭を鬱陶しそうに掻きむしると、踵を返して、ようやくアリッサと向か い合う。世界でいちばんきれいな彼女の顔に、笑みは無かった。だけど、厳しさも見えな い。翡翠の瞳がじっとアリッサを見据えた。 「怖いかよ、アリッサ」 「ん……」 「そんなに、その時が怖いのかよ」  当たり前じゃん。怖くないはずがない。苦しむことが分かり切っているのに、怖れない ことができるものか。 「……そういうキャルこそどうなんだよ。怖く、ないの」  アリッサは震える唇で、なけなしの強がりをはってみせた。 「あたしのことはどうでもいいだろ」 「いいわけないじゃん!」  つい声を荒げてしまった。キャルは少しだけ驚いた表情で、アリッサの瞳を覗く。  ……そう。どうでもいいわけないんだ。キャルがどう考えているのか。それがいちばん 重要なことなんだから。  ごめん。オレが用意したゲームなのに、オレ、最後まで自分の役を演じきることができ なかった。結局、こんな気まずい空気を作って、眼を逸らしたい問題に自分から向き合っ ちゃって……ああ、なんか最低の気分だぜ。自分で自分のゲームを投げ出してりゃ世話が ねえよ。―――でも、オレ、それでも知りたいんだ。キャルがどう考えているのか。  だから、教えてよ。  涙をこらえるアリッサの瞳を見て、思いは伝わったのか。キャルは煙草を床に落とすと、 火種をスニーカーで踏み消した。一歩、二歩と足を進めて、アリッサの目の前まで近づい てくる。そして彼女の肩に手を置くと、短く告げた。 「あたしがおまえを殺すよ、アリッサ」  どくり、と心臓がはね上がった。アリッサは目をみはって、キャルを見上げる。彼女は 構わずに続けた。右手の指で拳銃のかたちを作ると、銃身に見立てた人さし指をアリッサ の胸に突きつける。 「あたしがアリッサを殺す。苦しまないように心臓を一発で撃ち抜いてやる。そして、手 を握って、アリッサの肺から最後の息がこぼれる時を見守る。そうしてあたしはおまえを 征服するんだ。あたしだけがアリッサを殺す。だから安心しろよ。他の誰にも、アリッサ を傷つけさせたりしないから。アリッサはあたしのためだけに泣いて、あたしのためだけ に苦しめばいい。―――だから、ほら、そんなに思い詰めた顔をするなよ。あたしの次に かわいい顔が台無しだぜ?」 「キャルぅ……」  じわり、と涙が滲んだ。アリッサはくしゃくしゃになった表情を見せたくなくて、キャ ルの胸に顔を押しつけた。  その言葉、信じてもいいんだよね。あんたがトリガーを引いてくれるんだよね。あんた がオレを殺してくれるんだよね。 「ごめんね、キャル。オレ、わがままばっかりで……」 「どうせ、それがてめえのチャームポイントだとか思ってんだろう」 「ま、そうだけどさ」  ぐずり、と鼻を啜って笑った。  キャルもふっと微笑むと、アリッサを抱きしめた。腕が絡みあい、花びらのようにやわ らかな頬と頬がくっついた。胸と胸が重なって相手の鼓動をダイレクトに伝えてくる。  あたりはしんとしていた。まるで、二人に遠慮して時の刻みが凍りついてしまったかの ようだ。きっとイエス様が気を利かせてくれたに違いない。  やがて、キャルが耳元で囁いた。 「―――あたしはアリッサを置いてどこにもいかないよ。だって、おまえはあたしがいな いとなにもできないじゃねえか。だから、いつまでも一緒にいてやるよ」  吐息が耳たぶをなでてくすぐったい。アリッサは泣きながら笑って「バカ」と呟くと、 キャルの耳にキスをした。  なにからなにまで嘘ばかり。キャルはアリッサを置き去りにして、どこかへ行ってばか りいる。いつまでも一緒なんて、そんな甘い言葉に騙されるわけがない。―――それに、 オレをダメな女にしちまうのはキャルじゃんか。あんたがいなければ、オレはなんの問題 もなくオレらしくいられるんだ。なのにあんたがいつも、余計なことをする。 「ねえ……」熱い息を吐きかける。「どうしても映画に行かなくちゃ、ダメ?」 「だから、別に拘ってないって。アリッサが行きたいところに連れて行ってやるよ」  遠慮なくリクエストしてくれよ。アリッサを抱きしめたまま、キャルは言った。  二人きりになれるところがいい。かすれるような声音で囁くと、途端にかっと顔が赤面 するのが分かった。躯が見る間に熱くなっていく。こんなに熱っぽくなってしまったら、 キャルだってすぐに気づくだろう。それが死ぬほど恥ずかしかった。  キャルは冷やかすように笑った。 「なんだよ。発情しちゃったのか。それとも、ずっと我慢していたとか」 「だって……キャルのバカ……しょうがないじゃん……あんたが……」  自分はほんとに泣き上戸だ。感動して泣いた次の瞬間には、恥ずかしくて涙をこぼして いる。でも、自分の中でキャルへの愛おしさが増せば増すほど、躯は勝手に熱を帯びてい き、感情は昂ぶっていく一方だ。こんなの、もうどうしようもない。  オーライオーライ、とキャルはアリッサの背中を叩いた。 「なら、あたしのカレラが似合うホテルにエスコートしてやるぜ。あんな雰囲気のねえボ ロアポートじゃなくて、マンハッタンの摩天楼を見下ろせる最高級のホテルだ。ハリウッ ドスターとかメジャーリーガーとか、そういう自分のからだにきれいなクソを塗りたくっ てる連中が泊まるような、昔のあたしたちじゃ考えられない部屋で愉しもうぜ」 「うん、そこでいいから……いいから……」  キャルのジャンパーをぎゅっと掴んだ。キャルはアリッサの銅色の髪をなでると、抱擁 をといて彼女の腰に手を回した。そして二人並んで歩き出す。 「オレ、信じているからね。待っているからね」キャルの肩に頭を預けた。「あんたがオ レを殺してくれる日を。オレの全部を征服してくれる日を」 「……ああ、アリッサはあたしだけのものだよ」 「うん、分かってる」  キャル、ともう一度名前を呼んだ。 「ん?」 「……嘘つき」  唇にさっとキスをすると、彼女の腕から抜け出した。ガレージがある、と教えてもらっ た方向にジャケットの裾を翻して駆ていく。 「遅いぜ、キャル!」振り返って叫んだ。「オレ、もう待ってらんないよ。からだがバー ベキューみたいに熱くって、このままじゃ真っ黒に焦げちゃいそうなんだ。だから、ハリ ー・アップ! じゃないとオレ、ここで裸になっちまうぜ」  嘘つきなキャル・ディヴェンス。嘘が下手なキャル・ディヴェンス。自分では演技がう まいと思っている三流役者のキャル・ディヴェンス。そんな見えすいた嘘じゃ、自分は騙 せても、このアリッサ・メイベル様を騙すことなんてできねーぞ。  ……あんたはオレを殺せない。オレとは違う理由で殺せない。クールぶってあんなこと 言ってるけれど、現実にその日が来たら絶対に違う選択肢を選ぶ。誰にも相談しないで、 自分の勝手な判断でそれが最良だって決めつけて―――また、オレを置き去りにしてどこ かへ行っちまうんだ。ひとりが嫌いな癖に、すぐにひとりになりたがる。  キャル・ディヴェンスっていうのはそういう女。いまさらオレが文句をつけたって、歪 みきった性格は治らない。だから全力で愛してやるしかないんだ。  小走りで追いついてきたキャルは、アリッサの首筋に触れるとわざとらしく「アツっ」 と手を引いた。 「おいおい、いくらなんでも火照りすぎじゃねーか? 危うく火傷するところだったぜ。 まるで歩くオーブンだ。こんな情熱的な女のからだに乗っかったら、ローストじゃ済まさ れねえって。骨まで焼き尽くされちゃうよ」 「だったらキャルのからだでオレを冷ましてよ」 「それより、一緒に溶けちまうほうがあたしの好みだけどね」 「それ最高! キャルも熱くなって、一緒にどろどろになりたいね」 「だろう? ま、あたしの熱はこんなもんじゃないけどな。ヒューマン・トーチだってあ たしと比べたらクールな男さ」 「すげえ。ラピダッシュも返り討ちじゃん!」 「はあ? なんだよそれ」 「知らないの? ひのうまポケモンだよ! フレアドライブがめちゃくちゃ強いんだぜ」 「……アリッサってほんとにガキだよな」 「キャルにだけは言われたくないけどね!」 「抜かしやがる。ま、いまのうちに強がっておくんだね」 「うん、腰が抜けるほどオレをいじめてみせてよ」  くすくすと顔をよせて笑いあいながら、二人の少女は手を取り合ってガレージへと駆け ていった。 【PHANTOM TORCH】  THE END