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■ 【鉄人!・・じゃないけど】円盤皇女ワるきゅーレ総合【28号】
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中越地震:発生から4年 阪神被災者と出会い米作り再開
:2008/10/26(日) 07:57:48
68人が死亡し12万棟の家屋被害をもたらした新潟県中越地震発生から4年を迎える23日、震度7の激震に見舞われた川口町木沢地区に阪神大震災の復興住宅に暮らす被災者18人が初めて訪れる。木沢で農業を営む小林正利さん(67)は、18人の一人で兵庫県西宮市の飯干初子さん(62)との出会いを機に再び米作りに励み始めた。「木沢はまだまだ復興の途上ですが、美しい風景を楽しんでほしい」と、飯干さんとの再会を心待ちにしている。
小林さんは生まれ育った木沢で50年以上、米作りを続けてきたが、中越地震で約70アールの棚田は地割れが起こり、井戸水が枯れた。「今までの苦労が水の泡。ノイローゼになりそうだった」。震災後の2年間は何もできず、現在の収穫量もかつての8割にとどまる。そんな小林さんが、飯干さんと出会ったのは今年1月17日、阪神大震災から13年の日。木沢でボランティアを続ける学生らの仲立ちで、20人が西宮市を訪ねた。
飯干さんは倒壊したアパートの下敷きになり、脊髄(せきずい)を痛めて腰から下の感覚を失い車椅子生活になった。出歩こうにも「周囲に迷惑をかける」と、大工をやめた夫(66)と一緒に、自宅でふさぎ込む日々。周囲の励ましで外に出られるようになったのは、ほんの数年前だった。
小林さんは、向かいに座った飯干さんからシジミの貝殻に千代紙を巻きつけたアクセサリーを贈られ、語りかけられた。「自分にできることに精いっぱい取り組んでます。みんな痛手を負っているけど、それぞれ頑張りましょう」。木沢に戻った小林さんは手紙とコシヒカリを送った。「今度は自分にできることで元気づけたい」との思いだった。
震災は、過疎化が進む木沢に追い打ちをかけた。耕作をあきらめた人も多いが、残った人々の暮らしは少しずつ元に戻りつつある。小林さんも、来年の作付けに備え、新米のもみがらを田んぼに鋤(す)き込む作業に忙しい。「棚田やニシキゴイだけでなく、田舎の人情も元通りになったと皆さんに見せたい」
町内の温泉施設である交流会では、収穫したての新米を振る舞うことにしている。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20081023k0000m040085000c.html
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