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■ 「陰陽頭」と「堕ちた天秤の騎士」の会議場

24 名前:柳生友景:2011/08/14(日) 01:37:18
>>23 続き
 
 神韻たる能楽の謡(うたい)の声が響く。――闇の中だ。
 塊として掴み取れそうな、重く、濃密な闇である。灯りといえば燭台が一つあるきりだ。
 灯っているのは青白い鬼火であった。
 その冷たい炎は、果ても見通せぬ四方の闇をかえって色濃く際立たせていた。
 
 幽たり、また玄たる謡に合わせ、笛や鼓の音が流れている。姿は見えないが、闇の何処か
に囃子方が控えているらしい。
 鬼哭啾々――陰々とした調べの裡(うち)に、二人の人影がある。
 かそけき灯りにもかかわらず、それらは異様にくっきりと闇の中に浮かび上がって見えた事
だった。
 
 
 一人はシテ――能の舞い手だ。謡の声の主である。
 烏帽子に狩衣姿も高雅な四十年配の男性だった。能面はつけず、気品に溢れる素顔をさら
した直面(ひためん)だ。
 囃子方と同じく、シテの介添えであるワキの姿はない。だが見えぬ操り糸でぴんと縛られた
ような所作の一つ一つには、能楽の蘊奥に没入した凄みが漲っている。
 
 今一人は観客だった。シテから少し離れた所に座している。
 縹(はなだ)色――薄藍の直衣(のうし)も涼やかに、被った黒い冠では垂纓(すいえい)が
野鳥の尾羽のように垂れている。
 美しい人物であった。
 海底(うなそこ)の深みを思わせる瞳、高く通った鼻梁。微薫のような笑みが、朱唇にほんの
りと漂っている。
 華咲き乱るる宮中にあって、雲上人らと恋歌を交わした美姫とは、かくの如き貌(かんばせ)
だったのではないか。そんな匂うようなこの佳人は、しかし男であった。
 
 座したその脇には、公家風の態には似合わぬひと振りの刀が置かれていた。
 朱鞘の太刀だ。柄では白糸で編みこまれた小兎と、緑糸の亀の二つの紋様がのどかに駆け
比べをしている。
  
 
  ――信ずる者 其れ正義なれば
  まことの王侯なりけり
  夢見のままにありつる 我が妄想ならんや
 
 
 寂莫とした闇の世界の中で、シテの謡は妖々と続く。
 発祥から卑賤の芸とされた能ではあるが、観客ではなく、演者自身が斯くも貴顕である舞台
はそうはないだろう。
 なんとなれば、舞うのは日の本六十余州の魔界を統べる大首領――崇徳上皇その人であり、
見守るのはその股肱たる剣客にして術客、柳生友景(やぎゅう ともかげ)であった。
 

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