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■ RHマイナス板専用テストスレッド

619 名前:『蓬莱の人の形』藤原 妹紅 ◆zPhoEniXzw :2009/01/18(日) 18:13:03


 ―――右腕の痛み=指先から肩に至るまでの複雑骨折=回復まで四半刻。
 つい勢いで殴りつけてしまった代償は少々大きい。肩から焼き切って新しく生やしても
いいんだが、今度は骨折と筋肉の断裂に火傷の苦痛まで残ることになる。如何に慣れてる
といっても、絶えず励起され続ける痛覚は動きと判断力を鈍らせるから、それは避けたい。

「私は古手梨花。ここの守り神であるオヤシロ様の巫女、そう言ったはずだけれど?
 で、私の後ろで半透明にあぅあぅ言ってるのが、そのオヤシロ様こと羽入。
 これで満足?
 羽入が見えるのは驚いたけど、まあ、ここまでくればなんでもありよね。
 羽入以外の神様なんて、自称多少問わずはじめて見たもの」

「ん、ああ、そうなのか。道理で雰囲気が違うわけだ。こっちでカタチを取れるほど信仰
のある神様なんてそうそう居ないんだけどな……まあ、見えることは見えるよ。ちょっと
色々と事情はあるんだが、『特殊な訓練を受けてる』くらいに思ってくれればいい」
 だから、痛みから気を逸らすために二人の会話へ乗ることにした。
 ……実を言えばとっとと切り札を切って、あの化生にトドメを刺したいところなのだが。
それをやるとこの二人も巻き込みかねない。もちろんこの馬鹿騒ぎで誰かに迷惑をかける
気は毛頭ない。
 どう追い払うか考えつつ―――

 あれ、何か間違ってないか。
「ちょ、ちょ、ちょ。ちょっと待てオイ」
 待て待て、マジで待て。
 私は神様なんて大層なモノじゃないぞ。
「なに勘違いしてんだよ。私は人間だぞ。ちょいと長生きはしてるがね。少なくとも神と
祀られるようなことはした覚えがないし、そんな面倒なモノになる気もない―――ああ、
やべ、さっきのか。そりゃ疑われても仕方がないな。けどさ、神がいるんなら魔術や仙術、
妖術の類があっても不思議じゃないだろ?」
 どうせ信じてくれないだろうが、まあ実際本当に人間なのだから仕方が無い―――

「生き返るとしたら?」

「……何?」
 怪訝な顔をする。死んでも生き返るなんて、私じゃあるまいし。
 けどそういうのは私の他にあと二人はいるから、実は。

「教えてあげるわ、私は数年後の六月に、誰かに殺されるの。
 そしてそのたびごとに過去へとループして、別の世界へと飛ぶ。そして新しい可能性を探す」
 ――一人が死に、一人が消える。
「その伝承になぞらえて、私は殺される。それが『オヤシロ様の祟り』。
 笑っちゃうわよね。そのオヤシロ様本人は、すぐ後ろであぅあぅ言ってるだけなのに。
 私はそうして、100年を生きてきた。1000も2000も殺されてね。
 腸を引きずり出されるのが普通だったけど、毒を盛られたり首を掻き切られたりもしたわね。
 ああ、自分で包丁を頭に突きたてたこともあったっけ。あれは結構痛かったわ」

「―――なんだ、じゃあご同類……か?
 っても蓬莱人なんてそうそういるわけじゃないだろうけど」
 それに転生の仕方も違う。
 いちいち過去の時間に戻ってやり直せるというのは。ついぞ聞いたことが無い。
 「蓬莱の薬」は魂を現世に固定することで死亡した際に輪廻転生をその場で行い、記憶
と肉体、そして精神を保存したままその場に復活する、まさに禁断の薬にふさわしい効果
となっている。それでも、時間を遡ることは出来ない。
「……推測だが、そいつは後ろの神様の力かい? だとしたら破格のご加護だな、そりゃ。
例えるなら“マンダム”か“バイツァ・ダスト”くらいか? 私の知ってるメイドも時間
止めたり加速させたり出来るけど逆行は難しいって言ってたしね。反則レベルだ」
 出来ない、とは言わなかった辺りが怖い。もしかしたら明日にでも時間を巻き戻したり
出来るようになるかも知れない。能力は究極へと行き着くまで、生きている限り常に成長
する。私も肉体的な成長は止まっているが、精神では未だに変化を続けている。
 ―――ただ、私はもし遡れるとしてもそんなつもりはないが。
 やり直すには少々、長く生き過ぎた。捨てる荷物が増えすぎた。
 要は過去ではなく現在に未練がある、という本末転倒な状況だ。
「……しかし、ワケが解からんほど壮絶な人生だな。いったい何をどうすればそんなこと
になるんだよ。英米のシリアルキラーより性質が悪い殺され方なんてそうそう……そうか、
その犯人が解からないからループしてるわけ、か」
 酷い話だ。見た目は私より五つか六つは年下なのに―――知らず左で握る拳がより強く
硬くなる/理不尽への怒り/ここに渦巻く祟りと相似した感情/共感。余計なお世話だと
解かっているが、それでもそいつを櫓櫂及ぶ果てまで追い詰めてブッ飛ばしてやりたい。
「――死ぬ経験なんて一度で十分なのに。いっぺん下手人をブチ殺してやりたい気分だ」
 あ、口に出てた。さっきの戦闘のテンションはまだ引きずってるようだ。もちろんいい
ことなのだが、あんまり物騒なこと言ってると怖がられそうでちょっとアレな感じが。

「ひょっとして、あなたは私を助けにでも来てくれたのかしら?
 でも残念ね、私より先に、この世界が死んでしまったもの。
 あなたも見たでしょう? 打ち捨てられたノボリやビラを。
 ダム戦争は、私達の敗北に終わったのよ。
 百年の中でも、こんなことは初めてね。最大の、そして最悪のイレギュラー。」

「……そうだったのか」
 だからこその無念か。増幅された怒りか。
 死者の怒りと、今生きている人間の怒り。
 故の無差別なジェノサイド。災害という名の復讐。
 そして―――目の前の神と巫女。向こうで停止している古き荒神。
 これじゃ、祟りが起きない方がおかしい。
 これだけ揃っていればダムどころか大地震で国の半分が全滅しても不思議じゃない。
 ある意味、その鍵をこの古手梨花が握っている、ということだ。

「この世界は、もうおしまい。
 私は私と共に戦うべき仲間と出会うこともなく、街のどこかで殺されるでしょう。
 だから、私もこの世界に見切りを付けて、次の世界に行くことにした。
 誰もいない村で、いつもの部屋でワインを飲んで、布団に入る。
 気がついたら水の中で、私は死んで、次の世界に。
 そのはずだったのに、あなた達のせいでとんだ邪魔が入ったわ。これじゃ飲み直しね」

 だから、それだけの力を。
 暴力を。
 奇跡を。
 味方につけておいて。

「まったく……どうせ滅びゆく世界だというのに、なぜあなた達はそれすら許さないと言うの!?
 滅ぼすなと言うんじゃない、ただ静かに滅んでいくのを見ていてくれればいいのに。
 だから私は一人、自分の部屋で水に沈んで、そしてこの世界を見限ってやるつもりだったのに。
 それさえも、それさえもあなた達は許さないと言うの!?」

 
「―――死にたがりが何を言ってるんだ、大馬鹿野郎。死んでもいないのに勝手に諦めて
入水なんぞ気取るんじゃない。それでも稀有な不死者(イモータル)かテメェ。過去まで
戻れるからって人生無駄遣いする余裕があるなら、もっと早く下手人を見つけて樺太辺り
までブッ飛ばしてやれば良かったんだ」
 頭に血が上る―――思考は冷静/口調も淡々。
 感情―――“ふざけるな”と大合唱。
 誰よりも有利な条件=必ず勝てる戦い/百回も繰り返せば誰だって勝てる。
 けどこいつは手札を見る前にドロップしている。
 ―――そんなんじゃ、ツキに/神に/仲間にだって見放される。
「……ああ、確かにこんなザマじゃ逃げたくもなるだろうよ。投げたくもなるだろうよ。
けどお前は“まだ”生きてるんだろうが。“まだ”殺されちゃいないだろうが。だったら
いくらでも手の打ちようはあるだろう。んな洒落た死に方のために、お前の神様は奇跡を
与えたのか? だとしたらどっちも本気で救いようの無い馬鹿だ」
 加速する罵倒―――どう見ても子供に向ける類ではない。
 だが、
「殺されるって解かってるなら相打ちに持ち込むくらいやれ。自分が死ぬ直前まで相手を
ブチ殺すことを止めるな。いや、死んでもいいからブッ飛ばせ。そして相手に自分の行い
を後悔させてやるんだ。お前は自分が思ってるよりはるかにデカい手役を持ってんだぞ。
そんなロイヤルストレートフラッシュみたいなカード持っててドロップなんて正気の沙汰
じゃねーぞ。“まだ”故郷が水に沈むだけだ。そして“まだ”水は入ってないんだ。勝負
はこれからだ。というよりまだ始まってもいねェよ」
 そうだ、だから。
 こいつと一つの をすることにした。
「―――そう、そして今日は。その手役に私ってチートが入ったんだぞ。
 これで勝てないなんて、地球に客星がぶつかって真っ二つに割れるより有り得ねーよ」
 そうだ。私はここで起きている何もかもが気に食わない。
 八つ当たりする祟りと、死にたがりの人間と、そしてほくそ笑む理不尽と。
 根こそぎ

 獰猛な笑みが勝手に浮かんでくる/これでいい/これがいい。
 何万回と死生を潜ってきた私は、いつだって逃げられなかった。
 そしてやがて逃げることを止めて、目の前の理不尽や自分の罪を殴り倒すようになった。
気づいてしまえば簡単だったんだ。解かってしまえば、そんなもの苦しくなんてなかった。
立ち向かう『覚悟』さえあれば『幸福』になれたんだ。

 さあ、この勝負、お前は乗る(コール)か反る(ドロップ)か。
 私は乗る―――ここまで来て降りるなんて有り得ない/絶対に叩いて潰す。
 いつでも真正面から。そいつが私と世界の摩擦の消し方で、理不尽の潰し方だ。

「まあ、あなたに言ってもしょうがないことかもしれないけど。
 でも、人の最期の楽しみを邪魔したのだから、そんな意地悪な神の名前くらい聞いても、
罰は当たらないわよね?
 名前が分かっているもう片方は、あなたに叩きのめされて死んだみたいだし」

「……馬ぁ鹿。相手は仮にも神代の国譲りですら信仰の揺るがなかった、祟り神中の祟り
神だぞ? 正直、私が後先考えないで全力出しても勝てるかどうかってくらいの―――」

>>957

 そして、惨劇はすでに始まっている。
 ぽつりと降り出した雨―――それが私の左腕に当たる。
「つっ」
 焼けるような痛み―――皮膚に焦げ跡。
 見覚えがあった。
 確かそれは、強烈な脱水作用による炭化。
 硫酸。
「―――逃げろッ!!」
 そして二つ目の猛毒が身体に当たると同時に、私は突っ走り、古手の襟首を掴んで校舎
の玄関口まで全力で投げ飛ばしていた。ひょっとしたら骨折くらいはするかも知れないが、
神のご加護があるならたぶん平気だろう。
 だが、私は無事じゃない。
 そのくらい解かっている。
 背中越しに蝦蟇の動く気配―――濃厚な酸の匂い。今度は蒸発していく汚泥。そして雨
が強さを増し―――あらゆる酸素と水素を根こそぎ奪い取っていく。強烈な発熱/火傷と
変わらない、しかし性質の悪い痛み。
 そして最悪なのは。
 その蝦蟇がどこから造ったのか、硫酸を土石流みたいにぶっ放そうとしていることだ。
 口から硫酸を吐き出す生物なんて、千三百年生きててもお目にかかれない。
 回避不能/防御不能/反撃不能=スペルを起動させる暇も無い。
 常ならば即死/幸運補正でも重傷。神経を侵されれば不随は免れない。
 そしてその幸運は今回、裏返る。
「―――ッ!!」
 背中に意識が吹き飛びそうな痛みを感じた。腕も足もお構い無しに酸で引き連れて故障
していく―――圧倒的な量の硫酸は、薄紙よりたやすく皮膚を焼き、神経をちぎった。
 髪が焦げる/服が焦げる/背中が焦げる。薬の仕様で火傷しない体質だが、恐らく火傷
をしたとしたらこういう痛みだろう。滅多に経験出来るものじゃない。
 だから踏みとどまり切れない。酸を浴びた勢いのままもんどりうって倒れる。
(くそ……動けない……治るまで何秒かかる?)
 背中からもろに浴びたのがマズかった。脊椎がやられている。意識はある。が、手も足
も棒切れみたいに動かない。完全に神経を潰されていた。痛覚が消失したのはある意味で
運が良かったかも知れないが、そんなもの大して意味は無い。
 なまじ、即死より性質が悪い。復帰まで時間がかかる上に硫酸は未だに降り注いでいる。
その分だけ再生の手間がかかる。
 まるで私の弱点を知っているかのような布石/布陣―――
(いや、知ってても不思議じゃないか? 何しろ神様だ、何処にでもいるし、神様同士で
知り合いなんてありふれ過ぎている)
 もしも“向こう”で岩永の姫とこいつが世間話でもして、私の話題が出たとしよう。
 神の本質は全にして一。何処にいてもそれが固有の名前を共有する限り、どれだけ分霊
されていても一つの神として扱われる。だからここにいるこいつも、向こうにいるこいつ
も、同じ存在だから知識も経験も信仰もまた同質として扱われるわけだ。
 だから、解かっていてやっていたとしても不思議じゃない。
 むしろ、私の厄介さを知っているなら最初から準備していたのかも知れなかった。
(―――せめて、早く逃げてくれればいいんだけど)
 私一人なら幾ら死んでも平気だが……古手の方は違う。
 過去に遡ってやり直す―――言い換えれば、今がどれほど良い手札でも死んだら御破算。
 私の身体なんかより、そっちの方が心配だった。

 ―――再生まで、約三分。



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