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■ RHマイナス板専用テストスレッド
- 620 名前:古手梨花 ◆ReNAW5TNRU :2009/01/26(月) 00:52:36
――――ぴしりと。
何かがひび割れるような音を、感じた。
物理的なそれではない。
違和感? 既視感? その両方がないまぜになったような。
刹那の戸惑いを、目前の神(仮)の言葉が現実へと引き戻す。
小首を傾げるも、すでにその感覚は去った後。
>「なに勘違いしてんだよ。私は人間だぞ。ちょいと長生きはしてるがね。少なくとも神と
>祀られるようなことはした覚えがないし、そんな面倒なモノになる気もない―――ああ、
>やべ、さっきのか。そりゃ疑われても仕方がないな。けどさ、神がいるんなら魔術や仙術、
>妖術の類があっても不思議じゃないだろ?」
「人、間……?」
なんとまあ、面妖な人間もいたものね。
羽入は見える、火は吹く……というよりばら撒く?
私と同じように、巫女のような力を持っているということかしら?
だとしても、反則に変わりはないけれど。
まったく――本当に今日はイカレた夜ね。
>「……推測だが、そいつは後ろの神様の力かい? だとしたら破格のご加護だな、そりゃ。
>例えるなら“マンダム”か“バイツァ・ダスト”くらいか? 私の知ってるメイドも時間
>止めたり加速させたり出来るけど逆行は難しいって言ってたしね。反則レベルだ」
反則、ずる、チート。
確かにそうだろう。
本当なら「あの一回」で――それがいつかを忘れたほど昔の「一回」で――終わったはずなのだから。
けれど、それが何?
同じことの繰り返しを百年。期待と失望、不安と諦念。
その繰り返しをもう百年。
こんな百年に、それを可能にした奇跡に、何の意味があるというの?
私は内心、そう嗤う。
だが、目の前の彼女は笑わない。むしろ怒っている。
>「――死ぬ経験なんて一度で十分なのに。いっぺん下手人をブチ殺してやりたい気分だ」
そう、彼女は怒っている。
そして、
>「―――死にたがりが何を言ってるんだ、大馬鹿野郎。死んでもいないのに勝手に諦めて
>入水なんぞ気取るんじゃない。それでも稀有な不死者(イモータル)かテメェ。過去まで
>戻れるからって人生無駄遣いする余裕があるなら、もっと早く下手人を見つけて樺太辺り
>までブッ飛ばしてやれば良かったんだ」
その怒りを、私に向けた。
>「……ああ、確かにこんなザマじゃ逃げたくもなるだろうよ。投げたくもなるだろうよ。
>けどお前は“まだ”生きてるんだろうが。“まだ”殺されちゃいないだろうが。だったら
>いくらでも手の打ちようはあるだろう。んな洒落た死に方のために、お前の神様は奇跡を
>与えたのか? だとしたらどっちも本気で救いようの無い馬鹿だ」
ふざけるな。
お前に何が分かる。
>「殺されるって解かってるなら相打ちに持ち込むくらいやれ。自分が死ぬ直前まで相手を
>ブチ殺すことを止めるな。いや、死んでもいいからブッ飛ばせ。そして相手に自分の行い
>を後悔させてやるんだ。お前は自分が思ってるよりはるかにデカい手役を持ってんだぞ。
>そんなロイヤルストレートフラッシュみたいなカード持っててドロップなんて正気の沙汰
>じゃねーぞ。“まだ”故郷が水に沈むだけだ。そして“まだ”水は入ってないんだ。勝負
>はこれからだ。というよりまだ始まってもいねェよ」
理屈を言うな。
感情を叫ぶな。
何も知らないくせに。
死ぬことさえできない人間モドキの出来そこない。
「あなたは何も知らないのね……。
この村がどんなムラだったのか」
冷静に話す。激情を隠すために。
そう、感情に流されてはいけない。
それは無益だ。
「教えてあげるわ、このムラの姿を。
おだやかな裏では、ダム賛成派と反対派で、村を挙げての疑心暗鬼。
私の友達は、ダム反対派の娘だったってだけで、今でも買い物さえ満足にさせてもらえない」
冷静になれ。感情を押し殺せ。仮面をかぶれ。
怒りは感情を揺らがせる。感情の揺らぎは期待につながる。
期待はそして、失望で終わる。
「数年後にできるハズの『友達』は、自分の姉妹の爪がはがされてるのを黙って見ていた臆病者。
別の『友達』は、疑心暗鬼にかられて自分の家族と友達を拷問して殺した。
ああ、この前の世界での、ある『友達』が一番笑えたわね。
宇宙人が攻めてきたとか妄言吐いて、私を含めて片っぱしから鉈で殴り殺して回ったもの」
感情を殺して、諦念の笑みで顔を覆え。
寸分の狂いなく、鉄面皮の壁をつくって自分を覆え。
どこからも漏れることのないような、完璧な盾をつくれ。
「疑心暗鬼に殺しあい、これがこのムラの住民の姿。
分かるかしら? 私を含めて、誰もがイカれてるのがここなのよ。
そんな中で、本当の仲間なんてできるはずない、力になるはずもない。
そして子供の私一人で、運命をひっくり返すなんてもっと無理。
私が持っているカードは羽入、たった一枚だけ。
オヤシロ様の生まれ変わりと言われようと、羽入が見えようと、
所詮は焼け石に水」
そうだ、これでいい。
期待なんかするから、裏切られる。
殻をつくれ。殻にこもれ。それで守られる、「その時」までは。
これ以上この正義気取りの顔を見たくなくて、私は目をそらす。
空を見上げれば、そこには満天の星。
「そうね……知ってるかしら?
ヒジリとは……日知り、の謂いだそうよ」
『ところで、今日のお弁当は何なのですか』――
クラスでそう聞いた時のようにさらりと、話題を転じる。
「日と星を知り、暦を知り、種蒔きの時期も収穫の時期も知る。
すなわち、天地の理を知る者。
人々を導く、人ならざる者。神と人の代弁者、聖なるものにして邪なるもの。
ゆえに日を知る者をヒジリ、すなわち聖という」
それは、かつて母に教わったこと。
常ならざる力を持ち、人々の役に立つ。だから尊ばれる。
だがもし、それが役に立たないのなら、人に害をなすのなら――
「そして私は、『オヤシロ様の生まれ変わり』、と呼ばれた。
鬼の血をひく古手家の中でも、とりわけ神に近い存在と。
聖なる存在として、誰もがかわいがってくれた。
でも、今こうしてムラそのものが消えようというのに、
幼い私の言葉は誰にも届かなかった。
ダムなんかに負けちゃいけない、私達の場所を守ろう、そう言ったのに。
笑わせないでよ。何が聖よ。何も導けやしない。
導きたくても、誰も私の言葉なんて聞きやしない。
私の『仲間たち』だってそう。
何度も何度も警告しても、いつも無視して疑心暗鬼で最後は殺し合い。
ここの人間は、みんなそう。
そんな中で、先のことを『予言』する私なんて、恐怖の目で見られるだけ。
やれ神の使いだヒジリだなんて綺麗に取り繕っても意味なんてない。
そうよ、私なんて――」
――ただの、化けものだ。
羽入が見えたって、不気味がられるだけだった。
羽入が見えない母親にも疎まれた。
何がロイヤルストレートフラッシュよ。
手札切ろうにも、まわりに誰も切る相手がいなかったら意味ないじゃない。
「知ってるかしら? 私の血には鬼が流れている。
そして、職を失いまつろわぬ民となったかつてのヒジリ、陰陽師たちも、
鬼と呼ばれたそうよ?
だとすれば、私こそ鬼。化けものじゃないかしら?
誰にも助けられず、誰も助けられない、化けもの。
だから私は、化けものらしく大人しく死ぬこととしたの。
最期くらい悪あがきしないできれいに、ね。
たまにはこういう死に方をする世界があってもいいでしょう。
分かったら、とっとと――」
>「―――そう、そして今日は。その手役に私ってチートが入ったんだぞ。
> これで勝てないなんて、地球に客星がぶつかって真っ二つに割れるより有り得ねーよ」
――――え?
何かが崩れる音がした。
彼女は何を言っているの?
「私ってチート」?
彼女は、私を助けようというの?
鉄面皮が崩れる。
皮肉と笑みの盾にひびが入る。
心臓が早鐘を打って、苦しい。
チート?
確かにこれはチートだ。
彼女なら、どんな「人間」が攻めてきても、確実にそれを撃退できる。
相手が軍隊だろうと、千、万が攻めてこようと、それを引っくり返せる最高のカード。
そう、これは最高のチート。
彼女なら、あるいは?
――馬鹿なことを考えるのはよしたほうがいい。
頭がそう告げる。
けれど、一旦破れた堰は、音を立てて崩れ始める。
何年かぶりに感じる「期待」の感覚。
ああ分かっている、この後に来るのは「失望」以外あり得ないと。
けれど、けれど――!
>「―――逃げろッ!!」
思考を絶叫が切断する。
同時に浮遊感、ついで飛翔、最後に落下。
強烈な衝撃。身体を伝わる痛み。
全身が痺れる。
「か、はっ」
何とか肺から息を絞りだす。
状況を確認すべく目を開くと――押し寄せる硫酸。倒れている少女。
満天の星空は雲に覆われ、いつの間にか雨。
しかも、その一滴一滴が校舎の窓の桟を溶かし始めている。
「硫酸の雨? 物理法則さらりとガン無視なんて、さすがにチートは神様のお家芸ね。
どう後始末付けるつもりよ、これ」
毒づきながら立ち上がる。……なんとか、体はまだ動くらしい。
と同時に、胸の中に失望感がこみ上げる。
あの少女も、偉そうな講釈を垂れておきながら、こうもあっさりボロ雑巾。
所詮こんなものか。
分かっていたはずなのに、期待は裏切りへの一本道だと。
それでもつい期待してしまった。
まったく、なんて道化かしら、私。
もっとも、ここにも硫酸の濁流は押し寄せつつある。
『あぅあぅ……梨花、このままでは保たないのです!
あんな量、僕の結界じゃ防ぎきれないのです!』
羽入が悲鳴を上げる。
硫酸の雨は、羽入が結界で守ってくれていたらしい。
まったく、あんたも同じ神様のはしくれなら、このくらいなんとかしなさいって言うのよ。
「羽入」
『……梨花、まさか』
「それしかないでしょう」
『梨花、でもそれじゃ』
「やりなさい!」
倒れている少女の方を見る羽入に、私は一喝。
あんなものに気を使って、こんな終わり方はごめんよ。
『……分かったのです』
羽入が不承不承頷くと、稲妻が走る。
空中放電。神威の発現たる雷撃。
雲は親切にもあちらが呼んでくれていたから、たいした負担でもない。
昔、部活メンバーと勾玉争奪戦やった時に、調子にのったこの馬鹿が
『オヤシロサンダーなのです☆』とか言って稲妻落してたの、覚えておいてよかったわ。
とはいえ、威力としては大したものはない。
あくまで微弱な雷撃、人間でも痺れる程度だろう。
おそらく、あのミシャグジとやらには、毛ほどの痛みもないだろう。
それでも充分。
雷撃は地面の硫酸を次々に蒸発させ、私のところにまでは届かない。
もっとも、これの欠点は範囲がそうそう狭めないことだ。
当然、倒れている少女のところにも雷は落ちる。
稲妻に打たれた少女が、顔を歪めさせているのが見える。
たいしたものではないでしょうけれど、治りかけた傷口を稲妻が打つのだ。
たとえるなら、治りかけのすり傷に、レモン汁をいちいち刷り込まれるようなもの。
それは当然、痛いでしょうね。
ほら、無様。
私の痛みも知らずに、知ったような説教をするからそういう目にあうのよ。
おかげで、いらない期待まで抱いて、また失望する羽目になったじゃない。
そういうの、余計な御世話というの。知らなかった?
あざけりを胸の中に秘めて、私はゆっくり少女に近づく。
そして、部活でよく見せた、満面の作り笑顔で、こう言ってやった。
「じゅくじゅくビリビリで、かわいそかわいそ、なのですよ。にぱー☆」
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