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■ RHマイナス板専用テストスレッド

637 名前:閑馬永空:2011/11/25(金) 01:26:53
 
 その時、私はひとり座していた。
 待っていた。誰とも知れぬ対手(あいて)を待っていた。
 
 
 
 其処は奇妙な城だった。
 袖を通す衣服の意匠は年経るごとに様変わりし、その都度据わりの悪い思いをしてはすぐに馴
れるものだが、その時感じた違和感は多分そう簡単には消えないだろう。
 機能的な暗いグレーの野戦服と軍帽、それに黒い軍靴は、美麗と退廃を信じ難い規模で融合さ
せたこの巨城の造りとは、存在自体が絶望的なまでに合っていない。
 もっとも壁には大きな亀裂が走り、柱の幾本かは倒れ、豪壮なシャンデリアは落下して臓腑の如
き様を晒していたが。
 
 私は大型トラックが二列横隊で昇ってゆけそうな、大階段の下の方に腰を下ろしていた。愛刀ひ
と振りを抱くようにして。
 
 
 さて、どこから話すか。私が過ごして来た日月を語ろうとすれば、それと同じ時間がいる。
 ――では、ここからにしよう。
 
 「その時」から半世紀ほど前だ――二度目の世界大戦の最中、私は大日本帝国陸軍に所属して
いた。
 正確には所属は変わったばかりだった。事もあろうに、ドイツ武装親衛隊(SS)へである。
 内々にドイツから打診された特務を果たすべく、陸軍のはみ出し者が屑と滓を掻き集めてでっち
上げたこの部隊は後世では――正史に記載はないが――東亜総統特務隊≠ニ呼ばれる事に
なる。便宜上、軍籍をSSへと移した私達はドイツからの要請を着実にこなし、シベリア鉄道を爆破
し、イラン鉄道を爆破していたものだった。
 頬に向こう疵のあるあの中尉はどうなったか。それに別の貧相な眼鏡は――名前が何といった
か思い出せないが、それまで後ろから撃たれず済んだのがふしぎな位のろくでなしだった。いずれ
どこかで野垂れ死んだろう。
 
 まあ、人の事は云えないし、彼らはもう関係がない。
 兎に角、私は、私だけは今度はもっと胡乱な部隊に編入されたのだった。狂った少佐≠ェ率
いるあの大隊≠ヨだ。
 
 
 私は、常人とは些か異なる体をしている。
 それまでは何とか誤魔化し、隠し通して来た体の秘密が、任務中の戦場で遂に露見した。その
報告は一応の所属元であるベルリンへも伝わったらしい。
 これがさる連中の興味を引いた。
 連中は――これまた表の歴史にはその名を留めないが――最後の大隊≠ヘ、私の身柄を
自組織へ抱え込んだ。
 そして私の体を弄くり回した。それは噂に聞くメンゲレ悪魔医師もかくやの方法でだった。
 
 吸血鬼の兵士を製造し、武装化して運用するという狂気の沙汰を遂行していた連中には、私の
ような存在は格好の実験材料だったのだろう。
 逃げようとしなかったのは、独力では到底叶わなかったという事情もある。言い訳でしかないが、
少佐≠ノ付き随うあの大尉≠ヘ恐ろしい。あれを斃すのは少なくとも私だけでは不可能だ。
 ただ――連中は、私が望むものだけはきちんと与えてくれた。
 以来何十年、私は連中に首輪をつけられた地位に甘んじる事になる。

 ヴェアヴォルフなる泡沫(うたかた)の肩書きを被せられ、私はある程度の単独行動を許された。
ほぼ全てが吸血鬼で構成される軍組織では、私のような異能を持つものはまさしく異物だ。適切
な部隊運用を阻害しかねない。それ故の処置だった。
 どうせ何処にいようと、仮寝の宿に過ぎない。そんな嘯きは引かれ者の小唄に過ぎず、もっと忌
々しい事には単なる事実だった。
 

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