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■ 吸血大殲 夜族達の総合闘争会議室 其の五

47 名前:八神 庵 ◆Iori/GPRcE :2006/03/07(火) 02:07:58

  時間に直せば日付が変わる頃、既に幕は開いていた。
  轟音が轟音を呼び、客席からはその轟音にも勝る声がする。
  半狂乱の聴衆達。その様は一種の地獄の様で、個を喪失した聴衆は一体化した蟲にし
 か見えない。

  危機感の無い奴等だと、ステージに立った瞬間に思った。一夜の宴の為に命をベットす
 る事が出来るのだから。
  現在の情勢は非常に不安定だ。連日連夜テレビではテロ組織による犯行と見られる最
 悪の暴力が映し出されていた。死傷者の数は覚えてはいない。が、その暴力の傷跡は酷
 く痛々しい物だった。
  その凶行は無能な警察や国家権力では止められる筈も無く、今でも続いている。一応、
 意味の無い検問や夜間の外出を控えるようにとの通達が出ている。それはその程度の事
 で止められると願っているからか、それともこの国が如何なろうと知った事ではないのかは、
 定かではない。

  それにしても、詰まらないステージだ。

  個々の演奏はとても息が合っているとは言えず、それに気付きもしない愚かな観客。煽動
 者である俺達は寄せ集めに過ぎず、一夜限りの為に結成された道化と言っても過言ではな
 く、その一員である事に吐き気がする。
  そのお陰か人間味が薄れていくような感覚が止らない。ベースを奏でている筈の腕は既に
 自分の物ではなくなってしまったようだ。ただメロディーを追うだけの壊れた機械。苛立ちを覚
 えるが自分の意思で制御出来ないのだから、仕方が無い。

  次第に思考まで虚ろになり、聴こえる音は自身の鼓動だけ。
  最近では感じる事が出来ないほど小さな波だった血の疼きが、はっきりと感じられる。
  視界が暗くなる寸前に、壁際に立つ誰かを見た。

  その誰かは興味が無いかの様に佇んでいる割に、不敵に微笑んでいた。
  白い髪が、白い肌が強烈に目に焼き付き、脳髄に刻み込まれる。
  目が合った様な気がするのは気の所為だと思う一方で、これから交わるであろう縁を感じて
 いた―――
 

48 名前:八神 庵 ◆Iori/GPRcE :2006/03/07(火) 02:08:54

>>

  ―――気付けばライブは終わり、控え室へと戻って来ている自分。
  過去にもこんな事は多々あった為に今では気にも止めないが、最近では減って来てい
 た筈だ。アレ以来―――オロチを封じて以来、記憶が飛ぶような事は無かった。それが今
 になって起こると言う事は、昨年のアレが原因なのだろう。

  心臓が震える。
  まるで、オロチと言う言葉に反応したかのように。

  「……ッ……」

  ざわめく鼓動。
  大きくなる血の疼き。
  血への渇望もまた、鎌首を擡げる。

  「……ハァ……ハァ……」

  苦しい。
  苦しい。
  クル、シイ。

  「……クッ……」

  紅い血が、零れた。
  黒い血も、零れた。


  暫らく夜風にでも当たるとしよう。
  夜空には星は無く、月だけが浮かんでいる。

  今にも落ちてきそうな月は、何を示しているのだろう。
 

49 名前:八神 庵 ◆Iori/GPRcE :2006/03/07(火) 02:10:11

>>

  一人きりの静かだった空間に声が響く。
  歌声は風に乗り、体を撫でるように通り過ぎて行く。
  「悪くない歌声だ……」そう一人呟き、空に浮かぶ月を見上げる。


  真紅の―――血染めの月だ。


  胃の奥から沸き立つ血の香りに酔いながら、悠然と浮かぶ月を見る。
  鮮血を溶かし込んだような紅い月。
  その光を受ける手足は、血に染まったかのように錯覚してしまう。


  ナニモカモガ、アカイ。
  カラダガ、アツイ。


 「帰らないのかい? つまらないライブも終わったのに」


  自分の中の「異物」に取り込まれる寸前に、言葉が響く。
  助かったなどとらしくも無い安堵を抱き、声が響いた方向へ目を向けると、そこには
 類稀なる美貌の見本とでも言うべき彫像があった。何処かで見かけた記憶がある。が、
 思考にノイズが掛かり、目にした事があるのか無いのかも解からない。


  意識の底に落ちていく感覚。


  飲み込まれる前に、「俺」を掴む。
  細く細い、蜘蛛の糸の様なそれを。


 「……何の用だ。態々興味のない物を見ていたくらいだ。何かあるのだろう?」


  少しだけ落ち着いた様な気分になるが、所詮仮初の物。
  今夜は早く独りになるべきだろう。
  俺が「俺」で在る内に。
 

50 名前:八神 庵 ◆Iori/GPRcE :2006/03/07(火) 02:11:23

>>

  彫像のような造形美を誇る男も笑うのだな、などと下らない事を考えながら、ただ目
 の前にあるものを凝視する。
  月明かりの所為なのか。肌の下、肉の合間を流れる血液すら凝視出来る様な感覚。
  離れていても体温まで感じ取れるほど、神経が暴走している。

  それでも、神経は凍り付いていく。
  この月の女神すら裸足で逃げ出すような微笑は、絶対零度の微笑とでも言うべきだ
 ろう。全てを凍らせ、打ち砕いていく。そんな笑みだ。
  しかし、芯には炎の息吹が感じられる。紅く、赤い、今夜の月のような炎が。


  視点を変え、空を見上げれば未だ望む血染めの月。


  眼前の氷の微笑とは正反対に、この月は―――アツイ。
  まるで体の奥底に眠る、忌々しい「血」を目覚めさせるような波動を送り続けてくる。
  凍りついた神経が熱に犯されていく。

  一歩、また一歩と歩を進める。
  相対する男も軽やかな足取りで進み、何時か軌跡は交わるだろう。


               そのときに果たして
             オレハオレデイラレルノカ?


  その思いを掻き消すように、風に流れて声が響く。

  「何せね。――ほら、こんな夜だもの。誰だって浮かれちゃうだろう?」
  「ハッ……他者に期待しても意味など無かろう。
  それとだ―――既に貴様は浮いている」


  これ以上近付かない事を心の何処かで祈りながら、吐き棄て、月を仰ぐ。
  変わらぬ色は心を惑わせ、昂ぶる血は神経を蝕む。
  血が―――ミタイ。
 

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