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■ 月下の蜘蛛は露となり―――それでも彼女は笑うのか?

12 名前:七夜志貴 ◆nb.mURders :2007/02/09(金) 00:49:390
 空は遠く、月は天を手中に収めんばかりに輝く。

―――――紅く。
―――――赤く。

 空に浮かぶ大輪の華は見るものを狂気に誘い、死者は狂喜乱舞し現世へと舞い戻り、果たせぬ約定を
悔いてか儚んでか喚き蠢く。

「やれやれ―――――折角自由の身を手に入れたんだが、長く染み付いた習性は拭えやしない、か」

 アスファルトを打つ靴底の音は闇夜に紛れ、響くコトなく霧散する。
 これも、長く染み付いた習性だが忌避するものではなく、むしろ喜ばしい異能であるコトは事実であり夜
の街を闊歩するには非常にありがたい。

 ほら―――――こんな風に。

 音もなく手にしたナイフは前を歩いていた男の背中に突き刺さり、突き通し、傷口を抉って―――死に
至らしめる。その傷口からはゴボゴボと蛇口の壊れた水道のように、今夜の月と勝るとも劣らない紅い
血液を零し、水溜まりを作り上げる。
 男はその水溜りを踏んでようやく自分の”死”に気付き―――悲鳴を上げるまもなく解された。

 なんと甘美な―――”死”
 なんと優雅な―――”死”
 なんと無様な―――”死”

「で、今夜の目的はなんだ? 巧く使うのはそっちの領分だ。目的がないなら俺は散策も兼ねてこの街を
見て回りたいんだが―――――」
「好きになさい。今のところ予定はないし―――今夜は私の予定があるの。貴方は不要よ、七夜」
「ああ―――そうかい。ならば今夜は別行動としよう。精々、羽を伸ばさせてもらうよ<ruby><rb>使い魔</rb><rp>(</rp><rt>マスター</rt><rp>)</rp></ruby>」

 急激に都市開発が進み、未だ未開拓の土地が多い街。すぐそこにビルが林立していたかと思えば、そ
の十メートル先には深い森が待ち受けている。流石にこれは極端な例ではあるが、人の手の入らない箇
所は多く存在し、当然―――”殺す”には丁度いい場所が点在する。
 今しがた一人を解したここもその一つではあるが―――血の匂いに溢れ返ってしまった。「つくづく下手
な殺し方だ。これでは誘蛾灯どころか蚊帳の中だ」などと自嘲し、歩みを進める。

 ビチャリ、ビチャリと靴底に付着した血が音を立てるが、それもまた心地いい。
 これで漸く晴れて自由の身。”遠野”に潜む悪夢でも、噂の呼び出す殺人鬼でも、反抗の手駒でもない
―――”俺”の生だ。

「漸く―――漸く、か」

 俺は―――――漸く殺人鬼として振舞える。

 カツ、カツ、カツと月明かりの支配する世界に音が響く。「無様な―――」音を立てるなんて二流のする
コトだ。だから―――大凶に当たってしまう。

「吾は面影糸を巣と張る蜘蛛―――――」

 一息に音の主の前に立ち、

「―――――ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ」

 二人目の犠牲者もまた、音もなく闇へと紛れ逝く。

 ああ―――素晴らしきはこの世界。
 生命の循環は留まるコトを知らず流れ続け、されども儚き生命は何時でも、何処でも、災厄によって
淘汰される。死とは突然の終わりではなく、生命の循環の中に埋め込まれしモノ。
 ならば、終わりを甘美に彩ってこその生命だ。

 極彩と散る珠は―――――儚くも、美しい。

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