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■ 月下の蜘蛛は露となり―――それでも彼女は笑うのか?

66 名前:『悪魔の妹』 フランドール・スカーレット ◆495/xezQ72 :2007/03/22(木) 02:53:210


 ここには風は通らない。光一つ差さない閉ざされた領域。
 冷たく薄暗い世界。私の495年が納められた場所。まるで閉ざされた災厄の箱のよう
な闇は、静かな眠りと孤独だけを約束してくれる。独りでいるのも嫌いではない。何もし
ないのも苦痛ではない。けれど―――退屈ではあった。
 そんなところでも、生まれつきなのか、月の満ち欠けだけは肌で分かる。まるでこの目
で見たかのように分かる。冷たい石の壁を、赤い屋根を突きぬけた先の空には、赤く紅い
―――満月。今日はもっとも満ちたりたる日。

「―――うん、でよっか」

 だから、私は当たり前のように、外に出た。紅い月に誘われて、この身の無卿を慰めに、
壁を砕いて、扉を潰す。空を掴んで呪いを引き裂き、阻む全てを払っていく。全ての運命
の終わりは、私の右手の中に。ただそれを握り締めればいい。私を阻むものはなくなる。
 ―――まあ、面白くないから、あんまり使うことなんてないけど。
 そんなことより、弾をたくさん撃ったり撃たれたりしたほうがはるかに面白い。
 壊さないから何度でも遊べると言うのが、またいい。
 一瞬の楽しさより、永遠と続く楽しさの方が素晴らしいに決まってる。

 無用な思考はもう要らない。
 長い階段を飛ぶように駆け上がり、紅い紅い―――月明かりでさらに紅い廊下へ出る。
音もなく窓を破ると、冷たい風が体を掠めていった。この館は窓も風通しもほとんどない
ので、新鮮な感覚だった。
 ―――導かれるように、外へ飛び出す。
 音もなく、誰にも気づかれないように出て行くのは、なんだかいけないことをしている
ような気がして妙に楽しい。私が興味を持つ、数少ないこと―――外に出ること。外には
見たことがないものも、壊したことがないものも、世界の果てまで広がっている。だから、
気が向いたときだけ、私は外を楽しむ。永遠に変化する、流れ行く世界を。
 それは壊さずとも自ら流れ、そしてよみがえっていく伝説の流転。
 私に欠けている創造を補う要素。
 だから、私は求めるのかもしれない。
 世界を。

「……あは」

 空を見上げれば、真円を描く月。血を吸う悪魔の守り神。
 それが座する蒼い夜を、白い雲の狭間を、私は駆けていく。
 外へ。外へ―――
 それだけを気持ちに抱いて。
 その足元には、深い森が広がっていた。その木々は赤い光を飲み込むほどに深く―――
緑色の地平が何処までも続いているような気がした。




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