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■ 月下の蜘蛛は露となり―――それでも彼女は笑うのか?
- 68 名前:『悪魔の妹』 フランドール・スカーレット ◆495/xezQ72 :2007/03/22(木) 02:58:250
―――背筋が熱い。高揚しすぎて燃えてしまいそう。
私が私の中で私を急かしている。早く始めよう、速く楽しもう、と歌うように踊るよう
に気持ちだけが駆け上がって行く。
それを何とか押さえながら、後ろ手に体をくるりと躍らせて、“絵”を見上げる。
三つの亡骸に、鮮やかな紅い筆遣い。燃え上がるような色彩は文字通り炎を描いて――
硬い地面と高い壁をキャンバスみたいに仕立て上げている。絵画のタイトルは「煉獄」と
でも名づけようか。他に名前があっても、きっと不吉で不気味なものになるだろう。そん
な不思議な確信が、私の中に在った。
画伯は、目の前の彼。そして画廊は、この空間。
優雅に、大げさに一礼するその姿が、とても気に入った。
宝石みたいな蒼い目と、血に濡れたナイフ。
パレットナイフとは違う。日本刀めいた美しさの刃。
あれが、彼の絵筆なのだろう。
「素敵な絵ね。それに貴方も。こんな血の匂いでそんな嬉しそうな顔が出来るのなんて、
私は一人しか知らないわ」
その一人はお姉さま。運命を手に握る紅い悪魔。
そして―――私は、その妹。
「フランドール・スカーレットと申しますわ、絵描きのお兄さん。今日は月も綺麗だから、
ちょっと散歩に来たの。誰にも気づかれないように―――こっそりとね。ばれたら怒られ
ちゃうのよね。だから、内緒よ」
くすりと悪戯っぽく笑う。一歩下がってスカートを持ち上げ、丁寧に一礼を返す。
淑女の嗜みは大事な物。私も壊せない素敵な決まりごと。
「ところで、この絵。今日はどれだけ描いたのかしら。見たところ、筆はなかなか早いと
思うんだけど。これは―――三つで一つの絵になってる、ってところかしらね。躍動感が
あって好きよ、こういう絵。まるで何かが燃え上がってるみたいで―――綺麗」
命の流れで描かれた絵画は、生き物のように揺らめく錯覚を覚える。まるで絵の具自体
が生きているようにゆらゆらと―――むせ返る血の匂いがそうさせるのだろうか。騙し絵
みたいに炎の抽象画がちらつく。
「出来れば、描いてるところも見てみたいわ」
こみ上げる愉快さに、笑みを浮かべながら、私はそういった。
―――この人は、どんな風に私を魅せてくれるのだろう。
その期待が、胸の奥の鼓動とともに、少しずつ膨らんでいった。
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