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■ 月下の蜘蛛は露となり―――それでも彼女は笑うのか?
- 72 名前:『悪魔の妹』 フランドール・スカーレット ◆495/xezQ72 :2007/03/22(木) 03:04:140
「―――!!」
一瞬の違和感。蒸発する血の匂いと肉の香り。『人だったモノ』を投げつけられたと理
解したときには、すでに剣を振り下ろしている。一瞬の停止を経た黄昏の一撃は、相手に
終焉を与えること無く大地を蹂躙した。
得たときは一瞬。されど彼の者は光の如く掴み取ろうとした指の隙間から零れ落ちる。
まだ終わらない舞踏。訪れない死。与えられない終了。全てが更に気分を高ぶらせる。
その意識のまま二太刀目を放つ。
「っ、わっ!?」
前に、予想外の奇襲を受けた。背中側から倒れこんでくる鉄塊―――細く長い棒の形を
持ったそれは、数秒前は煌々と光を出していた、科学の燭台。
その衝撃で、軌道がズレる。狙い定めた相手より数メートル先、そこにあった背の高い
建物を撫で斬りに破壊してしまった。焼き切られた断面から、ゆっくりと巨大な質量が滑
り落ち、轟音と破壊を呼び寄せる。ガラスの割れる音と、岩が砕ける音。無数が重なって
狂騒を演奏した。
まただ。また外した。
「ちぇ、やっぱりなかなか当たんないや」
けれど、だからこそ面白い。
「……あれ?」
―――と、空気が変わるのを感じる。
どんな夜も見通す瞳が、あらゆる音を聞き逃さない耳が、『ここはもうまずい』と推理
して私に教えてくれる。人間は弱い。けれど、強い。統一された意志は、磨き抜かれた殺
意は、たとえ夜族も容易に討ち果たす。ドラキュラ公が滅ぼされたように、妖怪たちが駆
逐されたように。だから、私もそろそろ引き時だろう。場所を変えないと面倒だ。
私に応じるように、向こうも姿を眩ましていた。夜の闇の向こう、黒い森の中へと。
ふと―――私はそばに倒れていた電灯を拾い上げた。なんとなく、私にぶつかったもの
が気になったからだ。電気の力で駆動する、人工の蝋燭。けれど今はただのがらくた。そ
の根元は、背筋が震え上がるほど綺麗に、切断されていた。
あのナイフがそんな切れ味をしていたのだろうか、それとも―――
私はその電灯を投げ上げると、
「……どかーん」
轟音。
右手を握り締めて、破壊した。
どんなものにでも、壊れやすい部分がある。こと現実に―――そう、現実に存在するも
のであれば、全てに終わりはある。だから、私に壊せないものは無い。全ての核は、生ま
れた時から私の右手の中にある。
電灯が、砕け散って光を散らす。
けれど、それは不出来な花火。
そんな風に思えた。
―――私では、どれだけ工夫しようとも。あの綺麗な壊し方が出来ない。
少し妬ましくて、羨ましくて、けれど素敵だと思った。
思い返す―――夜と血に濡れて輝いている、彼の蒼い目。
……そこで、私は気づいた。
どれだけ優れたナイフでも、こんな風に切ることは出来ない。妖怪が作ったとか、そん
な出自がおかしなものでもないかぎり、人間が作ったものである限りは、切りつけた刃物
の方が壊れるだろう。生身とは違う、鉄の塊なのだ、あの電灯は。
―――じゃあ、おかしいのは彼の方なのか。
蒼い目が、意識の奥に凛として残っている。
血に濡れてなお、蒼い輝きを失わない、瞳。
そう、その眼はおそらく―――
「……そっか。“同じ”なんだね」
気づいて、今までにないものを感じた。
誰と戦おうと、何を壊そうと、決して感じたことのない感覚。
体中がさわさわと撫で上げられているような、背筋の痺れる感触。
「同じ―――そう、同じなんだ!!」
感動。
唯一無二と思っていた同種の力。
戯れることを望めなかった唯一の相手。
なにもかもがないまぜになって体を突き抜けていった。
声が上がる。
私とは思えないような、笑い声。
高らかに響く、高ぶるままに叫ぶ歓喜。
「いいわ、どこまでも、どこまでもつきあってあげる!!」
炎の剣を消し去ると、赤い光を振り切って、黒い森へと翔ぶ。
月を背に、星を散らし、私は夜を往く。
―――永遠に訪れない午前零時。無限に続く舞踏会。
影絵の街をすり抜けて、私は彼を―――“志貴”を求めた。
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