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■ とかげ

1 名前:◆MidianP94o :2008/08/29(金) 23:52:50


転生無限者【てんせいむげんしゃ】

 生き続けるもの。
 死に続けるもの。
 無限に転生を繰り返すことで、死徒や妖魔とは異なる不老不死を可能とする。
 死ねば肉体を離れ、新たな躯に憑いたり生まれ変わったりするため、追跡は
困難を極める。死徒27祖のひとりアカシャの蛇≠ェ有名だが、教会や協会は
他にもタイプの異なる数人の転生無限者を存在していることを確認している。
 転生無限者が果たして人間なのか、それとも人外なのか。その定義は非常に
曖昧で、機関や研究者によって見解は異なる。

                ――――オーガスト・ダーレス『神秘学用語辞典』より

216 名前:零姫 ◆1kpREIHIME :2009/09/03(木) 21:36:06



 まずは一閃、裂帛の斬撃。その軌跡に重なるようにして逆袈裟が一太刀。
 神刀二振りによる十字の剣閃は、型破りに乱暴でこそあったものの、刃を振るう者の
拓けた未来≠ノ対する希望を、不屈の精神を、真摯に描写していた。
 暴力と呼ぶにはあまりに感傷的な十文字の刃。―――吃驚と焦燥に我を失っていたア
セルスは、殺気を気取ることすらできず、正面から剣閃を浴びた。
 自分の左腕が落ちて、初めて彼女は自分が斬られたことに気付く。

「な―――」

 なぜ、私は斬られた。
 なぜ、イーリンは私を斬った。
 なぜ、彼女はそんな野蛮な表情を作っている。
 なぜ、なぜ―――

 呆然事実とはまさにこのこと。訳も分からぬまま親から平手打ちを食らった童子のよ
うに、アセルスはきょとんとした目つきでイーリンを見つめた。
「どうして……」と暗に語る魔眼が徐々に強張っていく。現実から目を背けようにも、
刀痕から流れ出す蒼血が逃避を許してくれない。
 ―――問いかけるまでもなく、答えはひとつしかなかった。

「……なんて、コト」

 要するに、彼女はイーリンではなく。
 こいつは初めから私を謀るつもりで。
 つまり、私の愛念を逆手に取った―――道化。

「そ、んな―――」


 ……とかげが追い打ちの太刀を用意しなかったのは、先の十文字の必殺を信じていた
からなのかもしれない。月下美人と嘯風弄月―――いくら妖魔の君といえども、なんの
防御もせずに正面から浴びれば致命傷は免れない、と。
 事実、アセルスは重傷だった。左肩から胸にかけて刃が通り抜けた。左手は二の腕か
ら斬り落とされ、胸の疵は心臓にまで達している。
 この世界≠ナの初めてのダメージらしいダメージが、まさかそのままゲームの終わ
りを告げる合図になろうとは。彼女の肉体と心の均衡が崩れたいま、針の城≠フ浸食
もキャンセルされるに違いない。―――違いないはずなのだが。

 アセルスは怒りで道理をねじ曲げた。敗者の法則を撥ね付けた。

「貴様……分かっているのか」

 自分が禁忌を侵したことを。
 もっともやってはならないことを、してしまったことを。
 この私の愛情を無惨に踏みにじったことを。

 私は、本当に―――

「喜んでいたんだぞ!」

 血の泡を吐きながらとかげに飛びかかる。
 半死人の抵抗……と侮るなかれ。月下美人が奪われたとしても、アセルスにはまだ幻魔
がある。この針の城≠ナもっとも醜く、もっとも利己的な―――つまり彼女自身に等し
い、恐るべき魔剣が。
 
 闇に手をかざし、距離の概念を歪めて、虚空の鞘から幻魔を引き抜―――けない。
 柄に手をかけられはするのだが、こっち側≠ノ持ち出すことができない。
 ―――火炎天≠ナ、シャオジエ/アセルスはイーリンを使って〈紅の魔人〉の胸に幻
魔を突き立てた。深紅の刃は、未だに彼の心臓に噛み付いたまま離れていない。
 離れてくれない。

「ゾズマ……!」

 彼は、自身の心臓を鞘に見立てて幻魔を封印しているのだ。
 アセルスは確かに霊視した。火炎天≠フ書棚で、脂汗を滝のように流しながらも涼し
げな笑みを消そうとしない上級妖魔の姿を。
 
 月下美人は奪われ、幻魔は封印させられた。
 妖魔の君の象徴ともいえる二つの刃をいっぺんに失ったアセルスは、一瞬だけ攻撃の手
段に悩み―――その一瞬の逡巡がすべてを手遅れにした。

 アセルスはまたもや油断した。怒りに囚われ、とかげに意識を傾けすぎたあまり、彼女
の世界≠フ果てから谺する奇怪な轟きを忘失してしまった。
 音は瞬く間に近づき、彼女の耳元で雄叫びをあげるまでになっていたというのに。

 まず、視界に黒い影が飛び込んだ。
 それが猛スピードで回転する車輪だと気付くより前に、アセルスの躰に鋼鉄の騎馬が突
撃する。浮遊感が訪れたが、すぐにそれは落下へと転じ、地面に墜落する。夜を踊るよう
にして跳ねられたアセルスは、まるで調律の狂った人形のように細かく痙攣した。
 霞む意識の中でほぞを噛む。―――まさか、あの音の正体はこいつだったのか。


「待たせたのう」

 後輪を滑らせて方向転換をした零姫は、それ≠ノ跨ったままとかげに手をさしのべた。

 まるで焼却炉にシートと車輪を無理矢理くっつけたかのような無骨なデザインは、クー
ロンでは高価ではあったが、見慣れないものではなかった。
それ≠ヘイーリンの足≠フ役割を果たしていたものであり、こうなってしまったいま、
唯一ともいえる忘れ形見だった。
 ―――そう、概念武装化された蒸気スクーターである。

「ほら、さっさと後ろに乗れい」

 照れを隠すように零姫は素っ気なく言った。

「約束通り一緒に外≠ヨと往ってやるわい。それものんすとっぷ≠ナじゃ!」

 アクセルを空吹かしする。蒸気機関から伸びる鉄筒が鬨の声をあげた。

217 名前:零姫 ◆1kpREIHIME :2009/09/03(木) 22:57:51

 とかげから受け取ったイーリンの一部を、大事そうに懐にしまう。

「よくやった。よくアセルスに取り込ませなかった……」

 とかげが後部座席に跨ったのを確認して零姫はアクセルを回した。
 臀部を棍棒で叩かれたかのような急発進。前輪が浮き上がり、危うくとかげもろとも
置き去りにされそうになる。
 いかにも拙い運転。
 ……幻獣の召還や使役は熟達している零姫でも、こういった無機物の乗り物にはまっ
たくと言っていいほど馴染みがなかった。いっぱしに運転してきたように見えるが、そ
れはこのスクーター≠フ操作方法が「ハンドルを回せば走り出す」という簡素極まり
ないからであり、零姫自身は四苦八苦しながら車体にしがみついている状況だった。

 そも蒸気スクーター≠ネどといっても、それはあくまでイーリンが残した記憶の形
骸であり、存在は極めて概念的で精密な機械とは程遠い。現実と心象が混濁した針の
城≠ノおけるイメージの産物に過ぎないのだ。
 だから石炭をくべなくてもタイヤは回る。このスクーターを動かすのは蒸気ではなく、
零姫の意志の輝きだ。彼女が走ると信じれば―――無骨な鉄馬は忠実に嘶く。


 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ―――


 第七層土星天≠通過し、二人はついに第八層恒星天≠ヨと至る。
 第十層至高天≠フ先に待つ城外≠ヨ。更にリージョン港より向こう側にあるはず
の、本当の外≠ヨと―――迷いも躊躇も捨てて、二人を乗せたスクーターは快走する。
 恒星天≠いくら走れども真っ平らに舗装された道路しかなく、現実には剣山の如
く密集しているはずのペンシルビルの風景はどこにも見えなかった。
 アセルスの支配力が弱まった針の城≠ヘ、もはや零姫ととかげの意志の力を阻むほ
どの幻想を顕現できないでいるのだ。

 ―――行ける。

 小さな躰を更に前傾して、零姫はスピードを速めた。
 
 ―――イーリンを外へと、連れて行ける。

 胸に広がるのは希望。過去、幾千幾万と踏みにじられ、絶望へと置き換わった儚い感
情。それでも捨てきれず、諦められず、胸の奥底に隠し続けていた想い。
 それがゆっくりと花開いていくのを―――零姫は確かに感じた。

218 名前:零姫 ◆1kpREIHIME :2009/09/03(木) 22:58:11

 ―――ふざ、けるな。

 二人を乗せた鉄馬が走り去った地で。
 妖魔の君主は四肢を投げ出したまま、地響きの如き呻きを漏らした。
 例え致命傷に見えようとも、物理的なダメージにはなんの意味もない。ここは彼女の世
界なのだ。世界の支配者を殺したければ、世界そのものを破壊するしかない。

 そしていま、アセルスの世界≠ヘ脆く崩れ去ろうとしていた。

 少なくとも、クーロンに浸食した針の城≠ヘ限界を迎えている。アセルスの心理的ダ
メージが、あまりに大きいからだ。

 混沌を象徴する濃厚な闇は薄れ、非現実的な茨の大群は急速に枯れてゆく。どこからと
もなく眩い火が上がり、それは瞬く間に世界¢S体へと広がっていた。
 アセルスの城が燃えていく。
 策謀に策謀を重ね、とかげとイーリンを利用し、IRPOを出し抜き、十年以上の月日を注
いだ結果、ようやくゾズマの張った結界を破れたというのに―――クーロンを丸ごと取り
込み、零姫を捕らえるという悲願が炎に包まれてゆく。
 闇を蹴散らす焔の勢いはあまりに強い。

 クーロンが、燃える。

「―――まだだ」

 躰を引きずるようにして、アセルスは立ち上がる。

「例え、針の城≠失おうとも。我が世界の顕現に失敗しようとも。……私は諦めな
い。私は決して逃がさない。私は追い続ける」

 零姫もイーリンも私のものだ。

「バイコーン!」

 アセルスの声に応じて彼女の影が蠢いた。
 水面のような闇から巨馬が躍り出る。
 山羊の如き雄々しい二本の角を持ち、怖気を振るうほどに黒い毛並みを誇る魔獣――
―不純を司る二角獣バイコーン≠セ。

 アセルスは隻腕にも関わらず愛馬に跨ると、馬の腹を蹴って走らせた。

 とかげに負わせられた刀傷からは、鮮血の代わりにさらさらと闇が溢れ出している。
 アセルスが針の城≠ネのか、針の城≠ェアセルスなのか―――境界線が限りなく
曖昧になっている証拠だ。
 浄化の炎は高く高く上っていき、アセルスの世界≠現実の風景から猛烈な速度で
追い出していく。
 ……残された時間は少ない。

 赤炎の幕があがる。
 炎上する針の城≠ナ、いま、フィナーレとなる逃走/追走の劇が始まった。

219 名前:零姫 ◆1kpREIHIME :2009/09/03(木) 22:58:25

 ―――そして。
 
 鉄屑の墓地と化した機関車の残骸にて。

 自らの棺桶になるところだった冷蔵庫の扉を蹴破って、その寵姫は戻ってきた。
 大げさに頭をさすりながら呟く。「あいやー、死ぬとこだったアルよ」

 おどけたまなこが見据えるのは外≠フ方角。追う主と逃げる余所者がいるであろう
世界≠フ果て。
 彼女はしばらく立ち尽くし、考えた。
 自分は所詮寵姫であり、あのお方の所有物に過ぎない。これ以上首を突っ込むのは僭
越というもの。主君が私の姿を借りたのは、あくまで完璧な変装のためなのだ。
 他の寵姫同様に大人しく成り行きを見守ろう。別に零姫やらイーリンやらがどうなろ
うと、自分には関わり合いがないのだから。

 ―――しかし。

「……乗りかかった船ネ」

 そうして、道化もまた終幕へと参加する。

220 名前:とかげ ◆LIZARD.khE :2009/09/11(金) 22:44:54
>>216↓これ↓>>217-219、の順だな。
ちなみに赤字は追記な。……つーか、入れるつもりで書き忘れてた。


>>

 掴んだ月下美人でそのまま斬り上げ――同時に、左手の鞘を上空に放り投げる。
 空いた左手で嘯風弄月を掴み取り、反転一閃。
 俺流二刀十字斬、ってか。二刀を振るうにゃ流石に鞘は邪魔だからな。
 
 ……どうやら結構なダメージになったようだ。奴の驚愕のツラに胸がすく。
 もっともこれで致命傷だとは思わねえが……残念ながら追撃の余裕はない。
 即席二刀流はそうそう続かねえし、それに俺にはやるべきことがある。
 こいつを殺るのは決して「本懐」じゃあない。それよりも……片手フリーにしとかなけりゃな。
 
 驚愕が憤怒に塗り替えられていく様を油断無く見つめながらも、右の月下美人を地面に突き刺し
落ちてきた鞘を掴み、嘯風弄月を血振るい、納刀。
 そして…………姫さんが特攻して今に至る。
 いや、つーかやりすぎ。別にやりすぎて困ることはねえけど。
 むしろ「してやったり」ではあるけど。
 
 
「ああ、待ちくたびれたぜ。おかげでイーリンに泥を塗るハメになっちまった」
 
 実際、半分くらいは「見ればわかる」と言った案配だろう。衣服がボロボロってだけならまだしも、
右腕が「中の肉が剥き出し」となりゃあ、な。
 それに姫さんのことだ、おまけに俺が何をやらかしたかさえも、あのバカの様子から察しを付けるかも
知れねえしな。
 
 ……不甲斐ねえ、な。こうして我が身振り返ると。
 それでも、やっとの思いで掴んだ活路だ。不死者が死人の振りをする、なんて狼藉働いてまで
切り開いた脱出口だ。
 何としてでも逃げてやる――一緒に。
 そう。
 
 ……差し伸べられた手を取る代わりに、ある「もの」を拾い上げ、手渡す。
 
 そいつは、さっきの激突でアセルスが取り落としたもの。
 絶対に渡すべきではないもの。
 不甲斐ない俺が手放してしまった、俺のものではあったが、もう俺のものではないもの。
 ――切り落とされた、「イーリンの」、右腕。
 俺は自分の手で姫さんの手を握る代わりに、そいつを握らせた。
 ……今のこの血塗れの腕は、最早イーリンの腕ではない。こんな手では握れない。
 それにこいつを持って行かなけりゃ、目的は果たされない。拾っていくためには片手が必要……
と、そういうわけだ。
 
「ああ、気味悪いとか言うんじゃねえぞ? そいつも一緒に、弔ってやらなきゃいけねえからな。
 本当は俺が持って行くべきなんだろうが、まだまだ攻め手で手一杯になりそうなんでな。
 預かっといてくれや」
 
 手が空いたので、行きがけの駄賃とばかりに月下美人を引き抜いて、姫さんの後ろに跨る。
 これで全部だ。これで手の届くものは全部、奪い返してやった。
 奴の言う「喜び」、文字通りの偶さかの喜びさえもだ。
 あとは。
 
「それじゃ、仰るとおりノンストップで頼むぜ、姫さん!」
 
 逃げる、だけ。

221 名前:とかげ ◆LIZARD.khE :2009/09/11(金) 22:45:25
んで、つづき。


>>

 かくして物語は終局へ向けて、疾走する。文字通りに地の果てまでも。
 あちらこちらに火の手が上がるも、それは俺らの行く手を遮りはしない。
 行く手を阻む物は何も見えない。ゆえに、ただ前へひた走るのみであり、希望の未来へれっつらごー……
 
 か?
 
 ……はっ、まさか。
 
 絶対的な大前提、「この期に及んで奴が諦めるはずがない」。ゴールするまでは、油断なんか出来ねえ。
 ましてや姫さんはこいつの運転に手一杯だろう。だから警戒は俺の役目だ。
 抜き身の月下美人を右にぶら下げて、何かあればすぐに斬りかかれるよう、油断無く周囲を見据える。
 
 ……その右腕だが、思ったより治りが早い。薄皮がだいぶ形成されてきて、痛覚が抑えられてきている。
 ついでに全身を穿った荊の傷も、ほとんどが完治してきている。
 こいつは、俺の現在の『より』である姫さんの後ろにぴったりくっついているせいか。
 おまけにその姫さん自身も、希望が現実的になってきたとあって、かなり昂揚しているようだしな。
 全身に力が行き渡る感覚。俺だって昂揚しようと言うものだ。
 
 
 “共に外へと行ける”
 
 
 くく、こいつが正真正銘のイーリンとリリーだったら、最高の絵面だったんだろうがな。
 だが代役でも物語は物語だ。
 ハッピーエンドを迎えてみせる。
 警戒は怠らない、だが正直、何が来たって……負ける気はしねえ。雑魚の百や二百、斬り伏せてみせる。
 
 
 
 
 ――というその考えはやはりまだ甘かったのだと、僅かな後に思い知らされた。
 
 
 初めは、奇妙な閉塞感だった。
 
 前方には何もない。吹き上がる炎に煌々と照らされるその光景には未だ、俺らを阻む物は見えない。
 だというのに、何か袋小路へ突き進んでいるかのような感覚に襲われる。
 何なんだ。何があるってんだ?
 
 前方。何もない。
 後方。何もない。
 右方。何もない。
 左方。何もない。
 下方。轍が刻まれるだけ。
 上方。そもそも何もあるわきゃね……え、ええ!?
 
 我が目を疑うとはこの事だ。
 いや、実際には何があった訳じゃねえ。何もない。
 ――ただし、“地面があるのを除けば”、だ。
 
 それは紛れもなく地面だった。何しろ気づけば、土くれや雑草までが見えるほどにその“地面”が
近付いてきていたからだ。
 さらに程なくして、その“地面”がたわみ始める。
 慌てて前方を見やれば、ゴールが待っているはずの地平線までもが歪んでいた。
 ……素直にゴールさせる気は毛頭ねえってか、おい!
 
「くそ――おい姫さん! しっかり運転してくれよ! こりゃこの先あんたのアクセルワークにかかってんぞ!」

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